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第六話
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自分の悪事が知れたと分かった途端、ジャスパー様は逃走を図りました。しかし裏手に潜んでいた兵士達が彼を取り押さえたのです。そんな相手にエイベル様は高らかに告げました。
「ジャスパー・ローザレイル辺境伯! 略奪と殺人の罪により、その爵位を剥奪して死刑に処す! 犯罪に加担した愛人ワンダも拘束しろ!」
「うがああああああッ! そんなの嘘だああああああッ!」
「嫌ぁッ! ジャスパーなんかと関わらなきゃ良かったッ!」
ジャスパー様は罵詈雑言を撒き散らし、ワンダ様は泣きながら暴れます。しかし兵士達はそんな二人を引き摺るように連れていきました。
「ありがとうございます、陛下」
「感謝します……陛下……」
私達は国王エイベル様へ向かって、頭を下げます。
「ああ、二人共良かったな。これで全て元通りだ」
エイベル様の言葉に、私は大きく震えました。全て元通り……私は伯爵家へ戻って次の結婚を待ち、メレディス様は辺境伯となって国を守る。その敷かれたレールからは逃れられないのです。船乗りも、旅人も、叶わぬ夢なのです。
「メレディス、兄の爵位は剥奪してしまったから、新たに爵位を授けることにする。私の前に歩み出るがいい」
「はっ……」
そしてメレディス様はエイベル様の足元に跪きます。
「お前に辺境伯の爵位を授ける――」
その言葉を私は茫然として聞いていました。彼はこれによって辺境伯となり、国境を防衛して一生を終えるのです。夢は永遠に叶わぬままです。
しかしエイベル様は言葉を止めると、言い直しました。
「――と言いたいところだが、お前には公爵の爵位を授けよう」
「えっ?」
私の間抜けな声が、広間に響きます。
「そしてメレディス、お前はやるべきことがあると手紙に書いていたな?」
「はい、陛下。この機会をお与え下さり誠に――」
「良い良い。さっさと済ますがいい」
エイベル様は退屈そうな顔をして、手を振っています。一方、メレディス様は私の前に跪くと、真剣な表情をしてこちらを見詰めました。彼のアメジストの瞳が、星のように煌めいています。
「アシュリー、どうか僕と結婚して下さい。そして二人の夢を叶えよう」
「メレディス様……何を言って……――」
「よく聞いてくれ。陛下が僕達を使節団の大使に任命してくれたんだ。これから僕達は船に乗り、様々な国へ行けるんだよ」
「え……? でもこの国は鎖国しているはずでは……?」
するとエイベル様がニヤリと笑って言いました。
「いいや、私が国王となったことで、国の方針を変えた。鎖国は取り止め、他国との外交を復活させる。その上で、メレディスとアシュリーには我が国の新しい使節団の大使になってもらいたい」
その言葉に、私は目を見開きます。
「し、しかし陛下……辺境伯がいなくなっては……」
「それなら心配はいらぬ。我が腹心の将軍が辺境伯となり、役目を果たす」
「で、でも……私は外交の経験がなくて……」
「そこまで心配するのか? アシュリーは言語博士だし、メレディスも外国語に秀でている。これ以上の人材は望めない。私は君達を信じて、大使に任命したのだぞ?」
エイベル様は信頼の籠った目で私達を見ました。その瞬間、敷かれたレールが粉々に砕けて、消え去り――開けた視界にはメレディス様の微笑みがあったのです。
「これで叶わぬ夢じゃなくなったよ? さあ、一緒に叶えよう!」
「あ……あぁ……メレディスさま……もちろんです……」
私の目から、次々と涙が零れ落ちます。メレディス様は立ち上がり、私を強く抱き締めました。何て言ったらいいのでしょう。何て言ったら気持ちが伝わるでしょう。しかし唇は自然と動き、ありふれた感謝を呟いていたのです。
「ありがとう……ありがとうございます……! 本当に……本当に……――」
私はメレディス様に抱かれ、エイベル様に見守られて――嬉し涙を流し続けます。この瞼の内側には愛しい彼と旅する大海原が描き出されていました。
―END―
「ジャスパー・ローザレイル辺境伯! 略奪と殺人の罪により、その爵位を剥奪して死刑に処す! 犯罪に加担した愛人ワンダも拘束しろ!」
「うがああああああッ! そんなの嘘だああああああッ!」
「嫌ぁッ! ジャスパーなんかと関わらなきゃ良かったッ!」
ジャスパー様は罵詈雑言を撒き散らし、ワンダ様は泣きながら暴れます。しかし兵士達はそんな二人を引き摺るように連れていきました。
「ありがとうございます、陛下」
「感謝します……陛下……」
私達は国王エイベル様へ向かって、頭を下げます。
「ああ、二人共良かったな。これで全て元通りだ」
エイベル様の言葉に、私は大きく震えました。全て元通り……私は伯爵家へ戻って次の結婚を待ち、メレディス様は辺境伯となって国を守る。その敷かれたレールからは逃れられないのです。船乗りも、旅人も、叶わぬ夢なのです。
「メレディス、兄の爵位は剥奪してしまったから、新たに爵位を授けることにする。私の前に歩み出るがいい」
「はっ……」
そしてメレディス様はエイベル様の足元に跪きます。
「お前に辺境伯の爵位を授ける――」
その言葉を私は茫然として聞いていました。彼はこれによって辺境伯となり、国境を防衛して一生を終えるのです。夢は永遠に叶わぬままです。
しかしエイベル様は言葉を止めると、言い直しました。
「――と言いたいところだが、お前には公爵の爵位を授けよう」
「えっ?」
私の間抜けな声が、広間に響きます。
「そしてメレディス、お前はやるべきことがあると手紙に書いていたな?」
「はい、陛下。この機会をお与え下さり誠に――」
「良い良い。さっさと済ますがいい」
エイベル様は退屈そうな顔をして、手を振っています。一方、メレディス様は私の前に跪くと、真剣な表情をしてこちらを見詰めました。彼のアメジストの瞳が、星のように煌めいています。
「アシュリー、どうか僕と結婚して下さい。そして二人の夢を叶えよう」
「メレディス様……何を言って……――」
「よく聞いてくれ。陛下が僕達を使節団の大使に任命してくれたんだ。これから僕達は船に乗り、様々な国へ行けるんだよ」
「え……? でもこの国は鎖国しているはずでは……?」
するとエイベル様がニヤリと笑って言いました。
「いいや、私が国王となったことで、国の方針を変えた。鎖国は取り止め、他国との外交を復活させる。その上で、メレディスとアシュリーには我が国の新しい使節団の大使になってもらいたい」
その言葉に、私は目を見開きます。
「し、しかし陛下……辺境伯がいなくなっては……」
「それなら心配はいらぬ。我が腹心の将軍が辺境伯となり、役目を果たす」
「で、でも……私は外交の経験がなくて……」
「そこまで心配するのか? アシュリーは言語博士だし、メレディスも外国語に秀でている。これ以上の人材は望めない。私は君達を信じて、大使に任命したのだぞ?」
エイベル様は信頼の籠った目で私達を見ました。その瞬間、敷かれたレールが粉々に砕けて、消え去り――開けた視界にはメレディス様の微笑みがあったのです。
「これで叶わぬ夢じゃなくなったよ? さあ、一緒に叶えよう!」
「あ……あぁ……メレディスさま……もちろんです……」
私の目から、次々と涙が零れ落ちます。メレディス様は立ち上がり、私を強く抱き締めました。何て言ったらいいのでしょう。何て言ったら気持ちが伝わるでしょう。しかし唇は自然と動き、ありふれた感謝を呟いていたのです。
「ありがとう……ありがとうございます……! 本当に……本当に……――」
私はメレディス様に抱かれ、エイベル様に見守られて――嬉し涙を流し続けます。この瞼の内側には愛しい彼と旅する大海原が描き出されていました。
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