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第2話 クララ視点
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私は、伯爵家にて女中をしているクララです。私には、とても幸せな……いいえ、とても悲しい記憶があります。
それは、優しいお父さんとお母さんに育てられた記憶です。私は汚い女中ですが、その記憶の中では綺麗なお嬢様なんです。立派なお屋敷で、執事や侍女に可愛がられ、王子様の婚約者までいるんです。
何の記憶なのかなぁ……。私は平民なのになぁ……。窓のないお部屋にいた時から持ってるこの指輪が、お嬢様の証とか……? そんな訳ないよね……――
そう思いつつ、溜息を吐きます。なぜなら皆から愛されていた記憶を思い出すと、とても悲しくなるのです。だって記憶の中の私は、凄く幸せだから。女中をやってる私は、凄く不幸だから。とてもとても辛くて、優しいお父さんとお母さんと王子様に会いたくなってしまうんです。
「おい、クララ? 聞いているのか?」
「すみません……! フィリップ様……!」
私は掃除の手を止め、フィリップ様を見上げました。このお方は、私を雇っているハリオット伯爵様の息子さんです。確か二十九歳だったはずですが、もっと老けて見えます。中年のおじさんみたいです。
「クララ、お前は今年で何歳になった?」
「十二歳です」
「ふむ、良い年頃だ。今夜、俺の部屋に来い。夜伽を命じる」
「よとぎ……? 何ですか、それ……?」
私が聞き返すと、フィリップ様は大袈裟に仰け反りました。
「はぁッ!? お前、夜伽を知らないのか!? 御添寝役だぞ!?」
「添い寝……? フィリップ様はお一人で眠れないのですか……?」
「おいッ! 馬鹿にするなッ! いいか、夜伽と御添寝役とはな……――」
何と夜伽と御添寝役とは、赤ちゃんを作る行為をするお仕事らしいのです。そしてフィリップ様は、赤ちゃんの作り方を語りました。そのお話は、汚くて、恐ろしくて、ぞっとするものでした。しかもそれを私にしてほしいと、ニヤニヤ笑いながら言ってくるのです。
きっと全部嘘です! そうに違いありません!
「そんなの嘘です……! 赤ちゃんは清らかな行為で出来るんです……!」
「はッ! 馬鹿な小娘だなッ! 今ここで分からせてやろうかッ!?」
「いやあッ……いやあああああああああッ!」
私は逃げ出しました。箒を捨てて、スカートを捲り、全力で走ります。逃げる途中に大きな花瓶を倒すと、フィリップ様は足を引っかけて転びました。
今のうちに逃げ切らなくちゃ! 伯爵家の領地の外へ逃げよう!
私は走って走って、サフィル街まで来ました。そして古い聖堂の横にある空き屋へ逃げ込んだのです。壺の横で小さくなって、震えながらお祈りします。どうかどうか誰も追ってきませんように。
でも――
「おい! クララが居たぞ!」
「すぐに捕まえて、屋敷へ戻るぞ!」
それはフィリップ様の手下のマイルズさんとロナウドさんでした。きっと命令されて追いかけてきたんです。そんな二人は怖い顔をして、こちらへ襲いかかってきます。私は横にあった壺を持ち上げ、マイルズさんの頭を思い切り殴りました――
「ぎゃあああああああああッ!」
パリィンと音がして、血が飛び散りました。聖堂からお年寄りの司祭が飛び出してきて、空き家を覗き込みます。
「なんじゃ!? 何が起きておる!?」
「チッ……司祭か……!」
司祭だけじゃなく、近所の人も集まってきたみたいです。私は怖くて怖くて震えていました。血塗れのマイルズさんが、ロナウドさんに何か言っています。
「ロナウド……今すぐ伯爵様に伝えろ……俺はクララを見張る……」
「マイルズ! 分かった! 待ってろよ!」
私はずっと震えていました。そのうち伯爵様が来て、司祭や近所の人にお金を渡します。しばらく経ってから治安官さんが来て、私の両手を縛ります。そして私は馬車に乗せられて、治安官さんの事務所にある牢屋に入れられてしまったのです。
どうして? マイルズさんを殴った罰なの? 襲われそうだったから、自分を守っただけなのに? どうして誰も、私の話を聞いてくれないの?
それから一週間後――
私はサフィル街の裁判所へ連れていかれました。裁判所の中に集まっていた街の人達が、私を指差して叫びます。
「見ろよ! あれが男を殴って犯した小娘だぞ!」
「いかにもやりそうな顔をしているぜ!」
「悪魔め! 死ねばいいんだ!」
え……? 犯すって何……? それ、私がしたの……――?
それは、優しいお父さんとお母さんに育てられた記憶です。私は汚い女中ですが、その記憶の中では綺麗なお嬢様なんです。立派なお屋敷で、執事や侍女に可愛がられ、王子様の婚約者までいるんです。
何の記憶なのかなぁ……。私は平民なのになぁ……。窓のないお部屋にいた時から持ってるこの指輪が、お嬢様の証とか……? そんな訳ないよね……――
そう思いつつ、溜息を吐きます。なぜなら皆から愛されていた記憶を思い出すと、とても悲しくなるのです。だって記憶の中の私は、凄く幸せだから。女中をやってる私は、凄く不幸だから。とてもとても辛くて、優しいお父さんとお母さんと王子様に会いたくなってしまうんです。
「おい、クララ? 聞いているのか?」
「すみません……! フィリップ様……!」
私は掃除の手を止め、フィリップ様を見上げました。このお方は、私を雇っているハリオット伯爵様の息子さんです。確か二十九歳だったはずですが、もっと老けて見えます。中年のおじさんみたいです。
「クララ、お前は今年で何歳になった?」
「十二歳です」
「ふむ、良い年頃だ。今夜、俺の部屋に来い。夜伽を命じる」
「よとぎ……? 何ですか、それ……?」
私が聞き返すと、フィリップ様は大袈裟に仰け反りました。
「はぁッ!? お前、夜伽を知らないのか!? 御添寝役だぞ!?」
「添い寝……? フィリップ様はお一人で眠れないのですか……?」
「おいッ! 馬鹿にするなッ! いいか、夜伽と御添寝役とはな……――」
何と夜伽と御添寝役とは、赤ちゃんを作る行為をするお仕事らしいのです。そしてフィリップ様は、赤ちゃんの作り方を語りました。そのお話は、汚くて、恐ろしくて、ぞっとするものでした。しかもそれを私にしてほしいと、ニヤニヤ笑いながら言ってくるのです。
きっと全部嘘です! そうに違いありません!
「そんなの嘘です……! 赤ちゃんは清らかな行為で出来るんです……!」
「はッ! 馬鹿な小娘だなッ! 今ここで分からせてやろうかッ!?」
「いやあッ……いやあああああああああッ!」
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今のうちに逃げ切らなくちゃ! 伯爵家の領地の外へ逃げよう!
私は走って走って、サフィル街まで来ました。そして古い聖堂の横にある空き屋へ逃げ込んだのです。壺の横で小さくなって、震えながらお祈りします。どうかどうか誰も追ってきませんように。
でも――
「おい! クララが居たぞ!」
「すぐに捕まえて、屋敷へ戻るぞ!」
それはフィリップ様の手下のマイルズさんとロナウドさんでした。きっと命令されて追いかけてきたんです。そんな二人は怖い顔をして、こちらへ襲いかかってきます。私は横にあった壺を持ち上げ、マイルズさんの頭を思い切り殴りました――
「ぎゃあああああああああッ!」
パリィンと音がして、血が飛び散りました。聖堂からお年寄りの司祭が飛び出してきて、空き家を覗き込みます。
「なんじゃ!? 何が起きておる!?」
「チッ……司祭か……!」
司祭だけじゃなく、近所の人も集まってきたみたいです。私は怖くて怖くて震えていました。血塗れのマイルズさんが、ロナウドさんに何か言っています。
「ロナウド……今すぐ伯爵様に伝えろ……俺はクララを見張る……」
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どうして? マイルズさんを殴った罰なの? 襲われそうだったから、自分を守っただけなのに? どうして誰も、私の話を聞いてくれないの?
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