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第七話
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荒廃したヴント国でのこと――
エンティの言った通り、罪無き国民はオパールの守護を受け、無事にヴント国から脱出した。しかしイェールとウィリアは守護を得られるはずもなく、王都を彷徨っていた。本来なら即座に殺されてもおかしくはないが、魔王は自らの宿主となった人間達をいたぶることに決めたのだ。
「誰か……誰か……食料をくれる奴はいないのか……」
「助けてぇ……助けてぇ……お腹が空いて死にそうなの……」
二人はもう何日も食べ物にあり付けずに彷徨っている。
しかし視界に入るのは魔族ばかりで、人間はひとりもいない。
やがて我慢の限界を迎えたイェールはウィリアの肩を突き飛ばした。
「これも全部ウィリアが魔王を産んだ所為だぞッ……!」
「何よ……!? 魔王はあなたの子供でもあるでしょう……!?」
「うるさい、うるさい! こんな事なら、アリアを裏切らなければ良かった!」
「私だって、アンタみたいなろくでなしと寝なきゃよかったわよ!」
「くそッ……――」
イェールはウィリアを殴ろうとして、腕を振り上げる。しかし空腹を覚えて転倒した。ウィリアも強い眩暈を感じ、その場に崩れ落ちる。二人共、体力と気力の限界を迎えていたのだ。
「もう嫌だ……楽に死にたい……」
「私も死にたい……もう嫌よ……」
そう呟いた時、二人の前に禍々しい闇が広がった。
現れたのはイェールとウィリアの子供として産まれた魔王――かつての勇者と聖女に倒された大悪党である。
『パパ、ママ、駄目だよぉ。楽に死んじゃ駄目ぇ。二人には地獄を味わってもらいたいもん。今から、痛覚を鋭くする魔法をかけて痛いことするね? 良いよね?』
「ひいいいいいいいいいぃッ!」
「いやああああああああぁッ!」
激しい苦痛の中、二人はオパールに謝った。
謝るから助けてくれ――そう叫び続ける。
しかし助けが得られることはなかった。
………………
…………
……
魔王誕生から四年後――
勇者であり聖女である“神人”が、魔の領域ヴント国に降り立った。
その子の名はオパール――たったひとりで魔王に戦いを挑んだ
オパールは魔王だけでなく魔王軍とも戦う必要があったが、勝ち目は十分だった。そもそも魔王はイェールとウィリアを宿主としたにもかかわらず、身近にいたアリアの中に“聖なる魂”が宿っていることを見逃していた。それは大きな力量の差を物語っていたのだ。
勝敗は一瞬とも言える速度で決した。
オパールは魔王軍を倒しつつ宮廷の玉座に辿り着く。
そして魔王の生命活動を司る核を、瞬時に貫いたのだった。
さらにオパールは聖魔法で魔王の魂を捕獲し、空間魔法で天上界へ移動した。本当なら最初の死後、魔王は天上界で裁かれるはずだった。しかし勇者と聖女の血筋に潜むことで、逃げおおせていたのだ。
天上界には最高位の天使達が待ち構えていた。
ついに魔王の魂は裁きを受け、浄化されるのだ――
これにより、魔王は消滅した。
戦いを終えたオパールはセクト国へ戻った。
そしてアリアとエンティへ勝利を報告する。
「オパール……! あなたが無事でよかったわ……!」
「これで魔王は二度と復活しない! 素晴らしい戦いだった!」
するとオパールはこくりと頷き――母アリアを見詰めた。
その表情は思案気な大人の顔でもあり、怯える幼子の顔でもあった。
「お母様、私は魔王消滅を求めるが故、あなたを犠牲にしてしまいました……。命を得るため、お母様が乱暴されるのを止めなかった……。お父様の保護を受けるため、お母様が国外追放されるのを止めなかった……。全部、私の責任です……」
我が子の謝罪に、アリア涙を滲ませる。
「オパール、謝らないで……! 私はあなたを産めて、本当に嬉しかったのよ……! しかもエンティ様とも相思相愛となって夫婦として結ばれた……あなたは私に最高の幸せをくれたの! 心から愛しているわ!」
「お、おかあさま……――」
オパールは顔をくしゃくしゃにして、泣きじゃくる。
その姿は“神人”ではなく、幼い子供そのものだった。
アリアも、エンティも、愛しい我が子を抱き締める――
それからも、オパールは行動を続けた。
国王の許可を得て、ヴント国を一新したのだ。
まず、魔王軍によって破壊された建物全てを時間魔法で新築にする。そして呼び戻した国民の中から才覚ある者を見抜いて、重要職に任命する。国民達の資質や才能を鑑定し、補助魔法で開花させる……――オパールは自身の能力を最大限に発揮して、国の繁栄に尽力した。
それにより、住みにくかったヴント国は生まれ変わった。
たった数年で、多くが移住を望む豊かな国となったのだ。
そして人々はオパールをこう称した。
過ちを犯すが、それ以上の幸せをくれる“神人”と――
―END―
エンティの言った通り、罪無き国民はオパールの守護を受け、無事にヴント国から脱出した。しかしイェールとウィリアは守護を得られるはずもなく、王都を彷徨っていた。本来なら即座に殺されてもおかしくはないが、魔王は自らの宿主となった人間達をいたぶることに決めたのだ。
「誰か……誰か……食料をくれる奴はいないのか……」
「助けてぇ……助けてぇ……お腹が空いて死にそうなの……」
二人はもう何日も食べ物にあり付けずに彷徨っている。
しかし視界に入るのは魔族ばかりで、人間はひとりもいない。
やがて我慢の限界を迎えたイェールはウィリアの肩を突き飛ばした。
「これも全部ウィリアが魔王を産んだ所為だぞッ……!」
「何よ……!? 魔王はあなたの子供でもあるでしょう……!?」
「うるさい、うるさい! こんな事なら、アリアを裏切らなければ良かった!」
「私だって、アンタみたいなろくでなしと寝なきゃよかったわよ!」
「くそッ……――」
イェールはウィリアを殴ろうとして、腕を振り上げる。しかし空腹を覚えて転倒した。ウィリアも強い眩暈を感じ、その場に崩れ落ちる。二人共、体力と気力の限界を迎えていたのだ。
「もう嫌だ……楽に死にたい……」
「私も死にたい……もう嫌よ……」
そう呟いた時、二人の前に禍々しい闇が広がった。
現れたのはイェールとウィリアの子供として産まれた魔王――かつての勇者と聖女に倒された大悪党である。
『パパ、ママ、駄目だよぉ。楽に死んじゃ駄目ぇ。二人には地獄を味わってもらいたいもん。今から、痛覚を鋭くする魔法をかけて痛いことするね? 良いよね?』
「ひいいいいいいいいいぃッ!」
「いやああああああああぁッ!」
激しい苦痛の中、二人はオパールに謝った。
謝るから助けてくれ――そう叫び続ける。
しかし助けが得られることはなかった。
………………
…………
……
魔王誕生から四年後――
勇者であり聖女である“神人”が、魔の領域ヴント国に降り立った。
その子の名はオパール――たったひとりで魔王に戦いを挑んだ
オパールは魔王だけでなく魔王軍とも戦う必要があったが、勝ち目は十分だった。そもそも魔王はイェールとウィリアを宿主としたにもかかわらず、身近にいたアリアの中に“聖なる魂”が宿っていることを見逃していた。それは大きな力量の差を物語っていたのだ。
勝敗は一瞬とも言える速度で決した。
オパールは魔王軍を倒しつつ宮廷の玉座に辿り着く。
そして魔王の生命活動を司る核を、瞬時に貫いたのだった。
さらにオパールは聖魔法で魔王の魂を捕獲し、空間魔法で天上界へ移動した。本当なら最初の死後、魔王は天上界で裁かれるはずだった。しかし勇者と聖女の血筋に潜むことで、逃げおおせていたのだ。
天上界には最高位の天使達が待ち構えていた。
ついに魔王の魂は裁きを受け、浄化されるのだ――
これにより、魔王は消滅した。
戦いを終えたオパールはセクト国へ戻った。
そしてアリアとエンティへ勝利を報告する。
「オパール……! あなたが無事でよかったわ……!」
「これで魔王は二度と復活しない! 素晴らしい戦いだった!」
するとオパールはこくりと頷き――母アリアを見詰めた。
その表情は思案気な大人の顔でもあり、怯える幼子の顔でもあった。
「お母様、私は魔王消滅を求めるが故、あなたを犠牲にしてしまいました……。命を得るため、お母様が乱暴されるのを止めなかった……。お父様の保護を受けるため、お母様が国外追放されるのを止めなかった……。全部、私の責任です……」
我が子の謝罪に、アリア涙を滲ませる。
「オパール、謝らないで……! 私はあなたを産めて、本当に嬉しかったのよ……! しかもエンティ様とも相思相愛となって夫婦として結ばれた……あなたは私に最高の幸せをくれたの! 心から愛しているわ!」
「お、おかあさま……――」
オパールは顔をくしゃくしゃにして、泣きじゃくる。
その姿は“神人”ではなく、幼い子供そのものだった。
アリアも、エンティも、愛しい我が子を抱き締める――
それからも、オパールは行動を続けた。
国王の許可を得て、ヴント国を一新したのだ。
まず、魔王軍によって破壊された建物全てを時間魔法で新築にする。そして呼び戻した国民の中から才覚ある者を見抜いて、重要職に任命する。国民達の資質や才能を鑑定し、補助魔法で開花させる……――オパールは自身の能力を最大限に発揮して、国の繁栄に尽力した。
それにより、住みにくかったヴント国は生まれ変わった。
たった数年で、多くが移住を望む豊かな国となったのだ。
そして人々はオパールをこう称した。
過ちを犯すが、それ以上の幸せをくれる“神人”と――
―END―
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