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第5話

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「お招きに与り、光栄ですわ! ファース様!」
「ようこそいらっしゃいました、聖女イザベル様」

 イザベルは満面の笑みで、ファースにお辞儀した。彼女は気候を無視したドレスで身を飾り、額に汗を流している。そんな彼女にファースは笑みを浮かべつつハンカチを差し出した。それを見るなり、イザベルは歓喜する。この王子は絶対に私に気がある――そう思い込んで内心笑っていた。
 彼女は今日、ファースを落とすつもりだった。そのために媚薬も仕込んでいるし、聖女としての力を発揮するペテンも準備済みだった。そのためにも、この外交を成功させなければならない、とイザベルの肩に力が入っていた。やがて馬車でハーレムまで連れてこられたイザベルは女の匂いを漂わせる建物に首を捻った。立ち込める香水の匂い、艶のある笑い声……ここは一体どんな施設なのだろう。そう思って後を付いて行くと、中庭で戯れる女達を発見した。

「ファース様……ここは……――」
「ああ、ここは僕専用のハーレムです。今から女達を紹介しますよ」
「そ、そうですか……。そうなんですか……」

 イザベルは内心苛立ち始めていた。この王子はとんでもない大馬鹿者だ。淑女に対してハーレムを紹介するなんて、無神経にもほどがある。いや、それとも意中の相手であるこの自分をハーレムへ入れたいがために連れてきたのだろうか――イザベルは現実を自分自身の都合の良いように解釈すると、広間の椅子へ座り込んだ。

「イザベル様、少しだけ待っていて下さい。今、召使を連れてきます」
「はい、ファース様」

 蒸し暑い室内で、じっと待っているのは退屈だった。イザベルは楽しいことを考えようとして、姉のことを思い浮かべた。聖女の力を持っていた目障りな姉――あいつから全部奪ってやったことを思い出すと笑いが止まらない。きっとアナベルはこうしている今も、娼館で客を取らされて苦しみ抜いているだろう。一方、妹の自分は念願のファースを手に入れようとしている。そう思うと、最高の気分だった。

「お待たせ致しました――」

 その声に顔を上げると、ご馳走を手にした召使達が入ってくるところだった。召使達はイザベルを取り囲むと、お姫様のように恭しく傅いた。やっぱり、ファースは私をこのハーレムへ迎えようとしているんだわ、イザベルの予想が確信に変わる。

「ご馳走の味はどうです、イザベル様?」

 その時、ファースがひとりの女を伴って戻ってきた。
 彼はイザベルの正面に座ると、自分のすぐ近くへ連れの女を座らせた。
 その女は真っ赤なヴェール付きのドレスを身に纏っており、顔全体を隠していた。

「……その女は誰です?」

 イザベルが殺気立った声を出した。
 女狐は殺してやると、その目が語っていた。
 するとファースはくすくす笑ってこう言った。

「この子は僕のお気に入りの姫だよ。この世で最も美しい姫だ」
「はぁ? そんな女がこんな辺鄙な所にいる訳……――」

 うっかり素を出しそうになり、イザベルは口を噤んだ。
 するとファースはお道化たように目を見開いて見せた。

「おや? それは聖女様の素かな? もしかして育ちが悪いのかな?」
「な、何を……! 失礼ですよ……!」
「失礼なのはどっちだろうね? さて、僕の言葉が本当であることを証明するため、我が寵姫の顔を見せようか――」

 そしてファースは赤いヴェールを捲り上げた。そこに現れたのは化粧を施されたアナベル――美しく装った彼女は妹の何層倍も魅力的だった。何より憂い秘めたその表情は召使達の目を奪い、ごくりと喉を鳴らさせた。
 一方、姉が目の前にいることを知ったイザベルは頭が真っ白になった。あの忌々しい姉は今頃娼館にいるはずなのに、どうしてこんな場所にいるのだろうか。まさか自分からファースを奪うために亡命して……いいや、愚図な姉にそんなことできるはずがない。きっとこの王子が姉を娼館から買い上げたのだ。そうだ、それしかない。

「ファース様! そいつは娼館で客を取っていたアバズレです! そんな女と関わるのはやめて、この私を敬うのが先決でしょう!?」
「――は? 誰が、何を敬うって?」

 ファースの目が冷たく光り輝いていた。
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