上 下
11 / 12

第11話

しおりを挟む
 ジャネットは腕組みをすると、アランを値踏みした。

「赤ん坊の扱い? 何よそれ? 押し売りみたいなもの?」
「いいえ、違いますよ。僕はその道のプロなのです」
「へえ、まあいいわ。上がってちょうだい」

 心配する両親をよそにジャネットはアランを居間に通す。
 そしてお茶の用意をしつつ彼の顔をちらちら覗き見た。
 男に目のない彼女は彼の美貌に釘付けだった。
 この男、かなりの美形ね……。
 彼なら夫にしても構わないわ……。
 そんなことを考えていると、アランが口を開いた。

「それで、赤ん坊はどこです?」
「赤ん坊ですって? あッ……――」

 ジャネットはようやく浴槽に置き去りの赤ん坊を思い出した。
 すぐさま浴室へ走り、浴槽を覗き込む。
 その瞬間、ジャネットの全身に衝撃が走った。
 浴槽からはお湯が溢れ出し、底には赤ん坊らしき物体が沈んでいたのだ。
 彼女は大慌てでお湯の中に手を突っ込み、赤ん坊を助け出す。
 しかしその子は動きもせず、呼吸もしていなかった――

「ああッ……そんな……そんな……――」

 ジャネットは赤ん坊を揺さぶるが、息を吹き返すことはない。
 そんな彼女の背後から、冷たい声が響き渡った。

「赤ん坊を、殺したんですか……?」
「殺したッ!? 人聞きの悪いことを言わないでッ! これは事故よッ!」
「事故? 一体どんな事故を起こしたと言うのです?」
「うるさいッ! アンタがタイミング悪く訪ねてきたからこうなったのよッ!」

 鬼の形相でジャネットは振り返る。
 そんな相手を見て、アランは口元を歪めた。

「お姉さんから赤ん坊を盗み、挙句の果てには殺してしまう……。なんて酷い妹なんでしょうね……」

 彼の右目が赤く輝き、渦を巻いていた。

「な、何なの……アンタ、何者なの……?」
「僕は治療人ですよ。ただし魔術の腕だけは宮廷魔術師に選ばれるほどですがね」
「はあッ!? 治療人なら赤ちゃんをどうにかしてよッ!?」
「赤ちゃんね……。でもそれって――本当に赤ちゃんなんですか?」

 次の瞬間、ジャネットが抱いていた赤ん坊が土人形に変わった。
 その額には“emeth”の文字が浮かび、やがて“meth”となって崩れ落ちた。

「ああああああッ……赤ちゃんがッ……!?」
「それはゴーレムですよ。今、遠隔操作で文字を消して殺しました。本物の赤ん坊に見えるように幻術をかけ、居場所を教える探知魔法もかけていたのです」

 その言葉にジャネットは青ざめた。

「まさか……アンタ、最初からずっと私を騙していたの……!?」
「ええ、その通りですよ。あなたなんかに赤ん坊を渡す訳がないでしょう?」
「くッ……!」

 ジャネットはアランを押しのけると、玄関へ走る。
 しかし途中の廊下で両親が倒れているのを発見し、立ち止まった。

「お父様……! お母様……!」
「その二人にはある魔法をかけさせていただきました」

 後ろからアランの声が迫ってくる。
 ジャネットは逃げようとしたが、その体が固まった。
 彼が時間魔法をかけて、彼女の体の時を止めたのだ。

「やだ……どうして……どうしてなの……!?」

 ジャネットは硬直したまま涙を零して訴える。

「酷い……酷過ぎるわ……! 私は前の入院で、子供を産めない体になったのに……! お姉様の子供をもらったっていいじゃない……!」
「あなたの不妊はお姉さんから奪った男と遊び、堕胎を繰り返した結果でしょう? あなたが入院した治療院に友人がいるのですが、その人から全て聞きましたよ。もう三回も無茶な堕胎したそうですね。どう考えても、自業自得というものではありませんか?」
「うっ……うぅ……――」

 そしてアランはにっこりと微笑むと、ジャネットへ告げた。

「あなたにも魔法をかけさせていただきます。なぁに、大した魔法はかけません。ちょっと罪悪感を強烈にするだけですよ。え? そんなことしたらバレるって? いいえ、僕は宮廷魔術師のトップに選ばれる腕前ですよ? つまり僕の魔法を見破れる者はこの国にいないって意味です。ご理解いただけましたか、ジャネットさん?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?

あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」 「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」 「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」 私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。 代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。 お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。 ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい? お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】『母の命を奪った罪人である自分は、誰にも愛されない』だと? そんなワケあるかボケっ!!

月白ヤトヒコ
恋愛
うちで開催されているパーティーで、家族に冷遇されている子供を見た。 なんでも、その子が生まれるときに母親が亡くなったそうで。それから、父親と上の兄弟に目の仇にされているのだとか。俺は初めて見たが、噂になる程の家族の言動。 俺、こういうの大っ嫌いなんだけど? ちょっと前に、親友が突然神学校に入りやがった。それもこういう理由で、だ。 というワケで、大人げなく怒鳴っている見苦しいオッサンと、罵倒されて委縮している子供の間に割って入ることにした。 俺の前で、そんなクソみたいなことしてるそっちが悪い。 罵倒されてる子は親友じゃないし、このオッサンはアイツの父親じゃないのも判ってる。 けど、赦せん。目障りで耳障りだ。 だから――――俺の八つ当たり受けろ? お前らが、その子にやってることと同じだろ。 「あなた方がそうやって、その子を目の仇にする度、冷遇する度、理不尽に叱責する度、『キャー、わたしの仇に仕返ししてくれてありがとう! わたしの産んだ子だけど、そんなの関係ないわ! だって、わたしの命を奪った子だものね! もっと冷遇して、もっとつらい目に遭わせて、追い詰めて思い知らせてやって!』って、そういう、自分の子供を傷付けて喜ぶような性格の悪い女だって、死んだ後も家族に、旦那に喧伝されるって、マジ憐れだわー」 死んだ後も、家族に『自分が死んだことを生まれたばかりの子供のせいにして、仇を討ってほしいと思われてた』なんて、奥さんもマジ浮かばれないぜ。 『母の命を奪った罪人である自分は、誰にも愛されない』だと? そんなワケあるかボケっ!! 設定はふわっと。 【では、なぜ貴方も生きているのですか?】の、主人公の親友の話。そっちを読んでなくても大丈夫です。

【完結済み】妹に婚約者を奪われたので実家の事は全て任せます。あぁ、崩壊しても一切責任は取りませんからね?

早乙女らいか
恋愛
当主であり伯爵令嬢のカチュアはいつも妹のネメスにいじめられていた。 物も、立場も、そして婚約者も……全てネメスに奪われてしまう。 度重なる災難に心が崩壊したカチュアは、妹のネメアに言い放つ。 「実家の事はすべて任せます。ただし、責任は一切取りません」 そして彼女は自らの命を絶とうとする。もう生きる気力もない。 全てを終わらせようと覚悟を決めた時、カチュアに優しくしてくれた王子が現れて……

【完結済み】全部、兄です。不貞を疑われたけど…。

BBやっこ
恋愛
婚約破棄 そんなのほんとにやる馬鹿が婚約者とは。 王子様まで参加して 兄まで巻き込んで。 答えは明確です。 ※【完結済み】

妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。

酒本 アズサ
恋愛
伯爵家の長女で跡取り娘だった私。 いつもなら朝からうるさい異母妹の部屋を訪れると、そこには私の婚約者と裸で寝ている異母妹。 どうやら私から奪い取るのが目的だったようだけれど、今回の事は私にとって渡りに舟だったのよね。 婚約者という足かせから解放されて、侯爵家の母の実家へ養女として迎えられる事に。 これまで母の実家から受けていた援助も、私がいなくなれば当然なくなりますから頑張ってください。 面倒な家族から解放されて、私幸せになります!

【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。

珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……

冤罪をかけて申し訳ないって……謝罪で済む問題だと思ってます?

水垣するめ
恋愛
それは何の変哲もない日だった。 学園に登校した私は、朝一番、教室で待ち構えていた婚約者であるデイビット・ハミルトン王子に開口一番罵声を浴びせられた。 「シエスタ・フォード! この性悪女め! よくもノコノコと登校してきたな!」 「え……?」 いきなり罵声を浴びせられたシエスタは困惑する。 「な、何をおっしゃっているのですか……? 私が何かしましたか?」  尋常ではない様子のデイビットにシエスタは恐る恐る質問するが、それが逆にデイビットの逆鱗に触れたようで、罵声はより苛烈になった。 「とぼけるなこの犯罪者! お前はイザベルを虐めていただろう!」 デイビットは身に覚えのない冤罪をシエスタへとかける。 「虐め……!? 私はそんなことしていません!」 「ではイザベルを見てもそんなことが言えるか!」 おずおずと前に出てきたイザベルの様子を見て、シエスタはギョッとした。 イザベルには顔に大きなあざがあったからだ。 誰かに殴られたかのような大きな青いあざが目にある。 イザベルはデイビットの側に小走りで駆け寄り、イザベルを指差した。 「この人です! 昨日私を殴ってきたのはこの人です!」 冤罪だった。 しかしシエスタの訴えは聞き届けてもらえない。 シエスタは理解した。 イザベルに冤罪を着せられたのだと……。

処理中です...