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第10話
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ビルンナ国王と公爵令嬢モニカ様に関する知らせは、二人が同じ病気に罹って幽閉されたというものでした。恐らく、王子殿下が王位継承するまで閉じ込められ続け、やがて罪を裁かれる……そうなるのではないでしょうか。
そして私ですが――
国王陛下の願いを聞き入れ、宮廷に住むことにしました。そうして王家から依頼を受けて仕事をしていると、使用人の噂話が色々と聞こえてきます。
それは、国王陛下と王妃殿下が本当に良い方だということ、エヴァン様も同様だということ、彼が国一番の剣の使い手であること、何人もの令嬢に好かれても見向きもしないということ、そういったものばかりでした。
そうですか……ネッシーレ王家は善人ばかりなのですね……――
………………
…………
……
「ヴィオラ、ここに居たのか」
「どうなさいました? エヴァン様」
私は庭のベンチで、本を読んでいるところでした。彼からは微かに汗の匂いがして、剣の稽古後であることが分かります。
「少し……話がある」
「何でしょう?」
すると彼は、私のすぐ横へ腰かけました。こちらを見ようとはせず、正面を向いたまま遠くを見詰めています。そして一呼吸置くと、言いました。
「知っていると思うが、俺はヴィオラが好きだ」
「左様ですか」
「ああ、君を深く愛している」
そして遠くを眺めながら語ります。
「君の全てが好ましい。君ほどの女性を見たことがない。君のことで頭が一杯なのだ。ヴィオラ以外に、伴侶にしたい女性はいない……良かったら、素直な気持ちを聞かせてくれないか? 脈がないことは知っているが、どうしても答えを聞きたい」
私はその言葉を理解し、口を開きました。
「畏まりました。しかしここでは返答しかねます。私の部屋へ移動しましょう」
「俺が恥を掻かないように気遣ってくれているのか? それなら――」
「エヴァン様、参りましょう」
私は有無を言わせず、歩き出します。するとエヴァン様も渋々と歩き始めました。そのまま自室として与えられた部屋に入って、鍵をかけます。
エヴァン様を見ると、判決直前の罪人の顔色をしておりました。
「それで、返答は……?」
「返答する前に、お願いがあります。私は【アミュレットマスター】の加護を使い、自らの精神面を強化していると言いましたね? エヴァン様は私の中身を高齢女性だと仰いました」
「あ、ああ……すまない……」
どうやら責められていると思ったようです。私は彼に近付いていきます。
「謝る必要はありません。ただエヴァン様に解いて頂きたいのです」
「解く……だと……?」
「ええ、太腿に巻いた【精神力強化】と【冷静沈着】の加護を付与したリボンです」
そして私はスカートをたくし上げ、エヴァン様に太腿を見せます。そこには、赤とピンクのリボンが巻いてありました。それを目にした彼は、息を止めます。
「この二つのリボンを解けば、精神年齢が十六歳に戻ります。その私は、エヴァン様に恋心を抱くでしょう。いいえ、きっと愛するに違いありません」
数秒間、エヴァン様は瞬きもせずに固まっていました。しかしおもむろに手を動かすと、【冷静沈着】のピンクのリボンに触れました。
「いいか……?」
「構いません。私は覚悟致しました」
「そうか……――」
エヴァン様は慎重な手付きで、リボンを解いていきます。結び目がほぐれた瞬間、心がぐらりと揺れて、心臓が早鐘を打ちました。彼が、私の太腿をなぞるように手繰り、残りの赤いリボンを解こうとしています。
「お待ち下さい、もう少しゆっくり――」
「駄目だ。もう待てない」
そして【精神力強化】の赤いリボンも解かれました。
徐々に……徐々に……心の強さを失って……――
私は、恥ずかしさのあまり涙ぐみました。エヴァン様の前でスカートをたくし上げるなんて、そして彼にリボンを解かせるなんて、自分自身の行為が信じられません。
「ヴィオラ、愛している。君の答えをくれ」
そんな愛の囁きに、返事ができませんでした。体が震えて、声が出せないのです。エヴァン様の銀細工のような瞳が、熱を持って輝いています。
「君は、俺を好きになってくれたのか? 愛してくれたのか? 返答をくれるといったじゃないか?」
彼は立ち上がり、その顔を寄せてきます。悲しみに浸っていたエヴァン様は、もうどこにもいません。挑戦的な笑みすら浮かべています。やがてこの状況に耐えられなくなった私は“好きです……”と小さく囁きました。
「ヴィオラッ……――」
すると優勢だった彼は、顔を真っ赤にして……解いたリボンを差し出しました。
「エヴァン様……?」
「いつもの君に、戻ってくれないか」
「な、なぜでしょう……?」
「今の君は可愛過ぎて、我慢できなくなる――」
私は、その答えに何度も頷くと、加護ありのリボンを足首に結びます。その途端、心が平静となり、強靭となり、普段通りの私に戻ったのです。
「……エヴァン様、私の気持ちをお確かめ頂けましたか?」
「ああ、よく分かった。その上で、頼みがある」
「何でしょう?」
そう問いかけると、彼は恥ずかしそうに頼んできました。
「俺以外の誰かに、その可愛らしい素顔を見せないでくれ……。そして冷静な時も、素顔の時も、ずっと傍にいてほしい……。どちらの君も、愛している……――」
私はその願いを受け入れた証として、人生最高の笑みを浮かべたのでした。
―END―
そして私ですが――
国王陛下の願いを聞き入れ、宮廷に住むことにしました。そうして王家から依頼を受けて仕事をしていると、使用人の噂話が色々と聞こえてきます。
それは、国王陛下と王妃殿下が本当に良い方だということ、エヴァン様も同様だということ、彼が国一番の剣の使い手であること、何人もの令嬢に好かれても見向きもしないということ、そういったものばかりでした。
そうですか……ネッシーレ王家は善人ばかりなのですね……――
………………
…………
……
「ヴィオラ、ここに居たのか」
「どうなさいました? エヴァン様」
私は庭のベンチで、本を読んでいるところでした。彼からは微かに汗の匂いがして、剣の稽古後であることが分かります。
「少し……話がある」
「何でしょう?」
すると彼は、私のすぐ横へ腰かけました。こちらを見ようとはせず、正面を向いたまま遠くを見詰めています。そして一呼吸置くと、言いました。
「知っていると思うが、俺はヴィオラが好きだ」
「左様ですか」
「ああ、君を深く愛している」
そして遠くを眺めながら語ります。
「君の全てが好ましい。君ほどの女性を見たことがない。君のことで頭が一杯なのだ。ヴィオラ以外に、伴侶にしたい女性はいない……良かったら、素直な気持ちを聞かせてくれないか? 脈がないことは知っているが、どうしても答えを聞きたい」
私はその言葉を理解し、口を開きました。
「畏まりました。しかしここでは返答しかねます。私の部屋へ移動しましょう」
「俺が恥を掻かないように気遣ってくれているのか? それなら――」
「エヴァン様、参りましょう」
私は有無を言わせず、歩き出します。するとエヴァン様も渋々と歩き始めました。そのまま自室として与えられた部屋に入って、鍵をかけます。
エヴァン様を見ると、判決直前の罪人の顔色をしておりました。
「それで、返答は……?」
「返答する前に、お願いがあります。私は【アミュレットマスター】の加護を使い、自らの精神面を強化していると言いましたね? エヴァン様は私の中身を高齢女性だと仰いました」
「あ、ああ……すまない……」
どうやら責められていると思ったようです。私は彼に近付いていきます。
「謝る必要はありません。ただエヴァン様に解いて頂きたいのです」
「解く……だと……?」
「ええ、太腿に巻いた【精神力強化】と【冷静沈着】の加護を付与したリボンです」
そして私はスカートをたくし上げ、エヴァン様に太腿を見せます。そこには、赤とピンクのリボンが巻いてありました。それを目にした彼は、息を止めます。
「この二つのリボンを解けば、精神年齢が十六歳に戻ります。その私は、エヴァン様に恋心を抱くでしょう。いいえ、きっと愛するに違いありません」
数秒間、エヴァン様は瞬きもせずに固まっていました。しかしおもむろに手を動かすと、【冷静沈着】のピンクのリボンに触れました。
「いいか……?」
「構いません。私は覚悟致しました」
「そうか……――」
エヴァン様は慎重な手付きで、リボンを解いていきます。結び目がほぐれた瞬間、心がぐらりと揺れて、心臓が早鐘を打ちました。彼が、私の太腿をなぞるように手繰り、残りの赤いリボンを解こうとしています。
「お待ち下さい、もう少しゆっくり――」
「駄目だ。もう待てない」
そして【精神力強化】の赤いリボンも解かれました。
徐々に……徐々に……心の強さを失って……――
私は、恥ずかしさのあまり涙ぐみました。エヴァン様の前でスカートをたくし上げるなんて、そして彼にリボンを解かせるなんて、自分自身の行為が信じられません。
「ヴィオラ、愛している。君の答えをくれ」
そんな愛の囁きに、返事ができませんでした。体が震えて、声が出せないのです。エヴァン様の銀細工のような瞳が、熱を持って輝いています。
「君は、俺を好きになってくれたのか? 愛してくれたのか? 返答をくれるといったじゃないか?」
彼は立ち上がり、その顔を寄せてきます。悲しみに浸っていたエヴァン様は、もうどこにもいません。挑戦的な笑みすら浮かべています。やがてこの状況に耐えられなくなった私は“好きです……”と小さく囁きました。
「ヴィオラッ……――」
すると優勢だった彼は、顔を真っ赤にして……解いたリボンを差し出しました。
「エヴァン様……?」
「いつもの君に、戻ってくれないか」
「な、なぜでしょう……?」
「今の君は可愛過ぎて、我慢できなくなる――」
私は、その答えに何度も頷くと、加護ありのリボンを足首に結びます。その途端、心が平静となり、強靭となり、普段通りの私に戻ったのです。
「……エヴァン様、私の気持ちをお確かめ頂けましたか?」
「ああ、よく分かった。その上で、頼みがある」
「何でしょう?」
そう問いかけると、彼は恥ずかしそうに頼んできました。
「俺以外の誰かに、その可愛らしい素顔を見せないでくれ……。そして冷静な時も、素顔の時も、ずっと傍にいてほしい……。どちらの君も、愛している……――」
私はその願いを受け入れた証として、人生最高の笑みを浮かべたのでした。
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