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第3話
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「ヴィオレット、ごめんなさいね……私が弱いばかりに……」
ヴィオレットの母はそう言って、彼女を抱き締めた。母は地位の低い男爵家の出で、伯爵である父に頭が上がらない。それでも母は今回の件を知るなり、土下座して伯爵へ許し請うたのだ。しかし伯爵の許しは得られず、ヴィオレットは勘当された。裏口の脇に置かれたのはたったひとつの鞄――それだけがヴィオレットに許された荷物だった。
「最後にこれを……――」
「え?」
手に握らされたのは地図と大きな鍵である。
母は彼女の耳に口を寄せると、そっと呟いた。
「これは私が所有する空き屋の地図と鍵よ。お父上はこのことを知らないから、空き屋に住んで仕事を探せばきっと生きていけるわ。後でこの土地と建物をあなたの名義に変えておくわね」
「お、お母様……!」
母の愛情にヴィオレットは泣きそうになる。
彼女の言う通り、空き屋に住んで仕事をすれば生きていける。
そしてヴィオレットは母に別れを告げて、伯爵家を去ったのであった。
。・゚・。。・゚・。。・゚・。。・゚・。・゚・。。・゚・。
「ここがお母様が所有する空き屋……? 思っていた以上だわ……」
ヴィオレットはその建物と土地を見て、驚いた。建物は随分古びてはいるが、屋敷と呼べるような立派な造りをしている。土地もほんのわずか中心地から離れているだけで、一等地と言えるのではないか。彼女は鍵を握り締めると、建物の扉へ向かった。
「あら……? 鍵が開いている……?」
鍵を回しても手ごたえがない。
ドアノブを回すと、あっさりと扉が開いた。
まさか誰かが勝手に住んでいるのでは――そう思って警戒したが、他に帰る家はない。ヴィオレットは自らを奮い立たせると、建物の中に入っていった。建物内は埃っぽく、人が住んでいる形跡はなかったため、きっと母が鍵をかけ忘れたんだと納得する。どの部屋も少し手直ししたら使えそうで、彼女はほっと胸を撫で下ろした。ただし早く仕事を見つけなければ、その手直しすらできないのだが。
そして彼女が寝室へ入った時、突然目の前が闇に包まれた。
「だぁれだ?」
「きゃっ……きゃあああああああああっ!?」
彼女は逃げようとしたが、次は体を抱き締められた。
身を捩って相手の顔を見ると、そこには恐ろしいまでの美青年がいた。
「ガレッド、淑女に抱き付くなんて失礼ですよ」
「ブラッド、別にいいじゃねぇか」
「え……? ガレッドにブラッドって……?」
ヴィオレットはその名前に聞き覚えがあった。しかしまさか二人がその人物だとは思えない。なぜならガレッドとブラッドという双子の兄弟はとても地位の高い令息達であるのだから。彼女が茫然としていると、双子の片方が恭しく挨拶した。
「初めまして、ヴィオレット様。僕は公爵家のブラッド・フェシニークと申します」
「初めて会うな、ヴィオレット。俺も公爵家の息子のガレッド・フェシニークだ」
「え……ええっ……!?」
輝ける金髪、美しき青の双眸、神が与えし顔貌――彼らは間違いなく、公爵家の麗しき令息ガレッドとブラッドであった。ヴィオレットは頭を抱え、混乱する。確かこの二人は第一王子の従兄弟にあたる王族の血を引く者達だ。そんなやんごとなき人々がなぜここいるのか、理解できずにいた。
「あ、あのう……こ、これって……――」
「ん? ここへ来た経緯は言わなくていいぞ、全部知っているからな」
「それより、僕達がどうしてここにいるのか、説明しましょうか」
ここへ来た経緯を知っているとはどういうことだろうか。
しかし二人は首を傾げるヴィオレットを座らせ、こう語り出した。
「王都学園で火事があったのは知ってるな? 実はあの火事で、男子寮が焼け落ちててしまったんだ。しかも上位貴族の住む建物がな」
「現在、男子生徒達には宿を取らせて対処していますが、それを長く続ける訳にはいきません。それで僕達はこの建物に目を付けたのです」
ヴィオレットはその話しの続きが分かった。
つまり彼らはこの建物を使わせてほしいのだ。
「頼む、ヴィオレット。この建物を男子寮として貸し出してほしい」
「勿論、代金は支払いますし、改装費用はこちらが持ちます。どうですか?」
一瞬、ヴィオレットは困惑した――しかしすぐに胸が高鳴った。
この依頼を受ければ、自分は仕事を探さなくて済む。
断る理由はひとつもないのだった。
「分かりました! この建物を男子寮として提供します!」
ヴィオレットの母はそう言って、彼女を抱き締めた。母は地位の低い男爵家の出で、伯爵である父に頭が上がらない。それでも母は今回の件を知るなり、土下座して伯爵へ許し請うたのだ。しかし伯爵の許しは得られず、ヴィオレットは勘当された。裏口の脇に置かれたのはたったひとつの鞄――それだけがヴィオレットに許された荷物だった。
「最後にこれを……――」
「え?」
手に握らされたのは地図と大きな鍵である。
母は彼女の耳に口を寄せると、そっと呟いた。
「これは私が所有する空き屋の地図と鍵よ。お父上はこのことを知らないから、空き屋に住んで仕事を探せばきっと生きていけるわ。後でこの土地と建物をあなたの名義に変えておくわね」
「お、お母様……!」
母の愛情にヴィオレットは泣きそうになる。
彼女の言う通り、空き屋に住んで仕事をすれば生きていける。
そしてヴィオレットは母に別れを告げて、伯爵家を去ったのであった。
。・゚・。。・゚・。。・゚・。。・゚・。・゚・。。・゚・。
「ここがお母様が所有する空き屋……? 思っていた以上だわ……」
ヴィオレットはその建物と土地を見て、驚いた。建物は随分古びてはいるが、屋敷と呼べるような立派な造りをしている。土地もほんのわずか中心地から離れているだけで、一等地と言えるのではないか。彼女は鍵を握り締めると、建物の扉へ向かった。
「あら……? 鍵が開いている……?」
鍵を回しても手ごたえがない。
ドアノブを回すと、あっさりと扉が開いた。
まさか誰かが勝手に住んでいるのでは――そう思って警戒したが、他に帰る家はない。ヴィオレットは自らを奮い立たせると、建物の中に入っていった。建物内は埃っぽく、人が住んでいる形跡はなかったため、きっと母が鍵をかけ忘れたんだと納得する。どの部屋も少し手直ししたら使えそうで、彼女はほっと胸を撫で下ろした。ただし早く仕事を見つけなければ、その手直しすらできないのだが。
そして彼女が寝室へ入った時、突然目の前が闇に包まれた。
「だぁれだ?」
「きゃっ……きゃあああああああああっ!?」
彼女は逃げようとしたが、次は体を抱き締められた。
身を捩って相手の顔を見ると、そこには恐ろしいまでの美青年がいた。
「ガレッド、淑女に抱き付くなんて失礼ですよ」
「ブラッド、別にいいじゃねぇか」
「え……? ガレッドにブラッドって……?」
ヴィオレットはその名前に聞き覚えがあった。しかしまさか二人がその人物だとは思えない。なぜならガレッドとブラッドという双子の兄弟はとても地位の高い令息達であるのだから。彼女が茫然としていると、双子の片方が恭しく挨拶した。
「初めまして、ヴィオレット様。僕は公爵家のブラッド・フェシニークと申します」
「初めて会うな、ヴィオレット。俺も公爵家の息子のガレッド・フェシニークだ」
「え……ええっ……!?」
輝ける金髪、美しき青の双眸、神が与えし顔貌――彼らは間違いなく、公爵家の麗しき令息ガレッドとブラッドであった。ヴィオレットは頭を抱え、混乱する。確かこの二人は第一王子の従兄弟にあたる王族の血を引く者達だ。そんなやんごとなき人々がなぜここいるのか、理解できずにいた。
「あ、あのう……こ、これって……――」
「ん? ここへ来た経緯は言わなくていいぞ、全部知っているからな」
「それより、僕達がどうしてここにいるのか、説明しましょうか」
ここへ来た経緯を知っているとはどういうことだろうか。
しかし二人は首を傾げるヴィオレットを座らせ、こう語り出した。
「王都学園で火事があったのは知ってるな? 実はあの火事で、男子寮が焼け落ちててしまったんだ。しかも上位貴族の住む建物がな」
「現在、男子生徒達には宿を取らせて対処していますが、それを長く続ける訳にはいきません。それで僕達はこの建物に目を付けたのです」
ヴィオレットはその話しの続きが分かった。
つまり彼らはこの建物を使わせてほしいのだ。
「頼む、ヴィオレット。この建物を男子寮として貸し出してほしい」
「勿論、代金は支払いますし、改装費用はこちらが持ちます。どうですか?」
一瞬、ヴィオレットは困惑した――しかしすぐに胸が高鳴った。
この依頼を受ければ、自分は仕事を探さなくて済む。
断る理由はひとつもないのだった。
「分かりました! この建物を男子寮として提供します!」
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