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第一部 六章 オーブを求めて

到着、ハイエンド王国

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 人口二千人を誇るハイエンド城下町。
 広大な敷地には歴史的な物品を展示している博物館や、珍しく美しい作品を飾る美術館が何件もある。さらにはハイエンド王国自体もかなりの歴史がある古い国家だ。
 そんな王国に到着したエビル達はまず宿を探すべく、迷路のような町中を歩き回っている。

 基本、旅をしていると町や村に辿り着く頃には疲労が溜まっているものだ。
 ノルド町からハイエンド王国までの道のりは草原なので、道は分かりやすかったため十九日で到着した。……とはいえ長旅だったのでエビル達にはもちろん疲労が溜まっている。

 宿屋を目指す理由としては早く温かく柔らかいベッドで横になり、きれいな水で体を洗いたいからだ。旅の途中ではなるべくきれいな水を飲んだり、水浴びも睡眠も魔物に襲われないよう警戒しなければならない。そういった面倒な心配がなくなれば体だけでなく心も休まる。

「それにしても、活気がないわけじゃないけど……予想していたより静かなんだねこの国」

 白いマフラーを巻いた白髪の少年、エビル・アグレムが感想を零す。
 それに反応したのは自分がいた国との雰囲気の違いを感じ取っていた赤い短髪の少女、レミ・アランバートだ。

「そうね、アランバート城下町とは正反対。賑やかさが足りないわね」

「こういった雰囲気の方が合う人間もいますからね。アランバート王国は確かに騒々しい……活気ある場所だと聞いています」

 レミの否定的な感想に、ハイエンド城下町を擁護する形で口を挿んだ女性が一人。腰まであるプラチナブロンドの長髪で、白を基調とした法衣を身に纏うサトリである。うるさい場所が苦手な彼女にとってハイエンド城下町は過ごしやすい場所で好印象らしい。

「別に言い直さなくてもいいわ。確かにアタシの国はそう、ぞう、しい、でしょうし」

「……怒ってますよね?」

 歴史的価値のある物が多く集まるこの国では、考古学者や研究者などさまざまな者達が訪れる。しかしそういった者達が大騒ぎすることはないだろう。研究や観察には静かな環境が適しているし、どの店もそれを分かっているので大声での客引きはしない。人は集まっても騒がしくない町、それがハイエンド城下町なのだ。

「あれ、もしかしてサトリもアランバートへ行ったことねえの?」

 言い方からそう捉えた黒髪褐色肌の大鎌を担いだ少年、セイムが問う。

「ええそうですね。アランバートはプリエール神殿から遠いですし、直接行く機会もなかったもので噂程度にしか。ただ現女王であるソラ様とはお会いしたことがあります」

「へえ意外。……なあ、女王様ってどんな人だ? やっぱレミちゃんと似てる?」

 女王ソラはレミの実姉でもある。そういった情報が事前にあるとセイムはサバサバしたイメージの、まるでチンピラから姉御と呼ばれるような女性を思い浮かべている。

「私目線ではお優しい人という印象でした。レミと似てはいますが、ソラ様は王族そのものと言える仕草や言動をしていましたね。それに、少々大人しめな顔つきだったと記憶しています」

「あと姉様は発育がアタシよりいいわね……発育、アタシより……」

「自分で言って自分でダメージ受けるなら言わなきゃいいのに……。レミ、あんまり気にしない方がいいと思うよ。レミは今のまんまでも全く問題ないって」

「ふーん、発育のいい高貴なお嬢様……か。早く見てみたいぜ。レミちゃん、もし会うことがあったら俺のことは気配り上手なナイスガイだって伝えてくれよな」

「伝えるとしたらお調子者の女好きよ。あのね、アタシは姉様に幸せになってほしいのよ。別にアンタが悪いってわけじゃないけど、姉様のタイプには合わないと思うなあ」

 結婚するということはセイムが義兄になる。そんな未来は否が応でも阻止してやると強くレミは決意した。もちろんセイムが悪人というわけでもないので純粋に愛するなら止めるつもりはないが。
 少しショックを受けたセイムは「そっかあ」と呟いた。

 そんな風にソラの話が出てから少し。歩き続けていたエビル達は宿屋へ――全く入れずにいた。むしろ見かけることさえなかった。慣れていないとあまりに複雑な道なので目的地へ一向に辿り着かない……というか気付けばさっきから同じ場所をグルグル回っていた。

 迷路のような町で、住む人々は迷わないのかと疑問すら出てくる。このままでは迷い続けることになるので素直に道行く人々に宿屋の場所を訊こうという結論に至る。
 率先してセイムが動き、親切な女性に何とか宿屋まで案内してもらえることになった。そして女性に案内してもらった場所は町の右奥、行き止まり。怪しげな壺や本が販売されている細道を抜けたそこには、一目見て分かるほどの古い建物が存在していた。

「……ここ、一応宿屋のようですね」

 錆びなどで薄汚れている看板に視線を送ったサトリが呟く。

「ちょっとセイム、アンタが口説いたりしたから変なとこ紹介されたんじゃないの? オススメとか言われたけど信じられないわよ」

「な、なわけあるかよ。あの美しき女性は終始笑顔だったじゃねえか。きっと本当にオススメで、外からじゃはかれない何かがあるんだって」

 傍から見ればただのボロボロな木造建築だ。家の壁も白い塗装が剥がれている部分が多く、元の素材の色がよく見えている。とてもオススメですと人に紹介できる宿屋ではない。

「……言い辛かったけど、さっきの女の人から不快感が伝わって来たよ」

「う、嘘だろ!? あんなに笑顔だったのに……俺の口説き方のどこが悪かったんだ」

「ダメじゃない部分を探す方が難しいでしょう、あなたは赤の他人にグイグイ近付きすぎです。もう少し慎みを覚えなさい。……エビル、人の好意は素直に受け取りたいところですが、悪意の交ざる偽りの好意は遠慮したいです。探せばもっといい宿屋もあるでしょう」

「いや、不快感はあっても悪意はなかったよ。さっきの女の人は本気でここをオススメしてきたんだと思うし、まずは入ってみよう。今からまた宿屋を探すのも厳しいだろうしさ」

 疲労もある、まずはどこかで休むことが先決だ。
 複雑な道が多いハイエンド城下町を歩き回ったことで確かな疲れが足に溜まっている。無理して疲労を溜めるよりも、早めに休む場所を確保して休んだ方がいいだろう。

「そうだぜ! それにレディから紹介されたんだ……ならば男セイム、どんな場所だろうと入ってみせる! いざ行かん!」

「……こんなところで漢気おとこぎ発揮されてもねえ」

 拳を掲げて先頭を歩いて行くセイム。宿の扉を開ける彼に、エビル達も顔を見合わせたあとで付いていく。古くてボロボロの宿に嫌悪感を示していたレミとサトリも、仲間一人を放って違う宿に泊まりに行くのは薄情な気がして出来なかった。

 宿の中に入ってみれば、意外にも清潔にされており埃一つない。サビや穴はあれど、木の板の僅かな溝にさえ埃が落ちていない。ボロボロなことに変わりないが掃除されていることは見て分かる。
 掃除に感心はするがこの宿に泊まるのは嫌だと思う気持ちは変わらない。そう、正直なところエビルも嫌だったのだが、案内してもらった手前他の場所へ行きづらかったのである。もちろん他の宿屋へ辿り着くまでにかなり疲れるだろうという考えもあった。

「客か?」

 木製のカウンター内で椅子に座っている老人が顔を上げる。
 ごくりと喉を鳴らしたセイムは店主だろう老人の元へと歩み寄り、木製のカウンターに手をつくと口を開く。

「じいさん、部屋は空いてるよな? 四人で一泊どれくらいだ」

「二部屋空いとる。四人で六十カシェだ」

「六十カシェだあ? ずいぶんと安いな、こっちとしてはありがてえけどよ。そんなんでやってけるのかよ」

 一般的な宿屋の宿泊費用は一人一泊百カシェ以上は当たり前。この宿屋の宿泊費用は四人分でもそれに満たない。
 法外な値段のものよりはいいが安すぎると逆に怪しく思えてくる。うまい話には裏があると思って警戒するのは仕方のないことだ。安い値段は見せかけで何かあるのではとセイムは疑惑の目を向ける。すると老人は深いため息を吐き語り出す。

「この宿屋はボロいだろ。当然部屋もボロい。食事も風呂もぶっちゃければ一般家庭以下。一人十五カシェというのは決して安すぎるわけではない。それが客にとって最適であり、店にとって安くできる限界値でもある。だがそれでもやっていけるのさ、なにせこの町の連中はボロいのが好きだからな」

「は、はぁ? ボロいのが好きぃ?」

「お主ら旅人だろ、それも今日来たばかり。町の連中のことを理解していないのがその証拠。ボロいのが好きというのはちと違うか……歴史があるものが好き、これが正しいな。掃除しないとかそういうことではなく、清潔にされてはいるが古い物が好きなんだよ。この宿屋もそんな連中を客として入れるために若い時に買った。自宅としての面もあるから、せいぜい支出は宿屋に来た客へのおもてなしくらいだ。食費とシーツ代くらいか、その程度なら一人十五カシェでもギリギリ大丈夫ってわけだよ」

 国によって文化が違うのは当然だ。それをエビル達とて理解している。
 アランバート王国ならば調理方法が火を使うものしかない。
 砂漠王国リジャーならば馬レースやサーカスが日々の娯楽となっている。
 そしてこのハイエンド王国では歴史ある古い物が愛される。建物も、食べ物も、衣服も、古来より伝わるものなどが町人の心を掴んでいるのだ。王宮すら古く、直すことなく六百年近く建ち続けているというのは店主談。ハイエンド王国民の考え方は、エビル達には理解しづらいものであった。

「はあ、色々あんだな……ま、いっか。そんじゃあ四人で二部屋ずつな」

「ああ構わんとも、六十カシェ確かに受け取った。だがベッドも当然ボロい、張り切りすぎて壊すなよ」

「……何の話してんだよじいさん」

 宿の予約を取り、本来なら観光としたいところだが疲労もある。ハイエンド王国へ来た目的はエビルが風の勇者にまつわる物を目にしたいからだが、その展示会は今日から三日も開催される。ゆえに時間的猶予はたっぷりとあるので今は休むことを優先する。
 安い値段で泊まれるのは予想外だがいいことだ。男性陣と女性陣に分かれてエビル達は部屋で休むことにした。

 宿屋にある六部屋のうち二部屋を案内されたエビル達は早速部屋に入る。
 外見が古いからといっても掃除は行き届いているため、二つある白いベッドは清潔である。
 本棚にはハイエンド王国の歴史に関する本が並んでいる。生憎とエビル達はあまり興味がないので関係ない、ただセイム以外は眠くなるまでの間の暇潰しに本を読むこともあった。
 こうしてハイエンド王国での初日は過ぎ、夜が明けた。
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