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第一部 六章 オーブを求めて

大漁

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 クラーケンとの激闘から六日。
 エビル達の泊まっている宿屋の食卓にはこれまで出されなかった魚料理が並んでいる。漁師達の活躍によりクラーケンは討伐され、海の危険が減少したことで漁が再開されたのだ。

 格闘大会で起きた事件、今までの漁師達の怠慢は本人達が町人へ謝罪した。
 今まで人気であったホーストの株は落ちはしたが、素直に謝罪したことが町人の許すきっかけに繋がっている。殺人を犯したのはコルスであり、事情を汲み取ってホーストが悪者にされることはなかった。だが許した一番の理由は、クラーケンに立ち向かったことを町人達が離れた場所で見ていたからである。

 海の悪魔と評されるクラーケンを間近で見て、彼らは己の軽い言葉が愚かなことだと知ったらしい。実際に見たことがなくて危険が分かっていなかった町人達は、三日前のクラーケンを目で見て初めて理解したのだ。漁師達が働かないのは仕事をしたくないからではなく、あの怪物に出会い恐怖したからであると町人達は暴言を吐いたことを悔やむ結果となる。

 それなりに鍛えてはいるが漁師が立ち向かえる相手ではない。逃げ帰るのも、海に行きたくないというのも当然の結果。……だが彼らは立ち向かった。誰かの助力もありはしたが彼らは自分の意思で恐怖を乗り越えた。
 そんなホーストや漁師達が真摯に謝ってきたというのに、町人達が許さないなどと言えるわけがなかった。
 格闘大会の件は今までの被害が不明でありホーストも罪を償うと言葉にしている。町長である老人がある条件を提示して許したことで今は誰も追及していない。

「うわぁ、美味しそう……!」

 エビル達は朝食を取ろうと食卓に着く。
 ノルド町に来てからエビルは食べることが出来なかった魚料理を見て、僅かに微笑んでから箸をつける。

 魚料理は魚介類を獲る漁師がほぼいなかったせいで、一部を除きほとんどの店が食事を提供していなかった。レミ達が初日に食べに行った店も食事が出はしたが、魚料理と呼べるものは出されていない。ゆえに今こそがエビル達にとって初めてノルド町の魚料理を食べる瞬間なのである。

 並んでいる料理は焼き魚以外見たことがないものだった。
 カルパッチョ、ムニエル、味噌煮込み。どれも異国の魚料理知識が流れているノルド町ならではのもの。エビル達は一斉に料理を口に運び、目をカッと見開いた。

「お、おいしい……!」

「ウソでしょ、焼かない料理がこんなにおいしいなんて! これだけでも来た甲斐があったってもんよね!」

「やっべえ、箸が止まんねえええ! マジ美味い、美味いしか言えねえ!」

「……行儀が悪いですよセイム。口に物を入れながら喋らないでください」

 食べたことのない味に出会う。それも旅の醍醐味の一つだ。色々な未知と遭遇することこそが人間の器を大きくする。
 エビル達は三分も経たずに完食して「ごちそうさまでした」と元気よく告げた。

「これがこの町での最後の食事ですね」

「でも同時に最高の食事でもあったよ。これはあの人達に感謝しないと」

「はい。魚が食べられるようになったのも、全て彼らのおかげですしね」

 食事を終えたエビル達は宿屋の主人に挨拶したあと、大空の下に身体を晒す。
 天気のいい日で太陽光が気持ちよく体に当たる。暖かいなかエビル達は騒がしい広場へと足を進める。

 ノルド町最奥の広場。そこでは三艘さんそうの船が止まっていた。
 民衆が何かを待ちわびているように集まり、一人の男が船の甲板から姿を現すと歓声が沸き上がる。

「みんなあ! 今日も大漁だぞおお!」

 男はそう言うと魚捕獲用の巨大な網を広場に投げ落とす。
 人がいない場所を狙って投げられたそれには大量の魚が入っている。新鮮で活きのいい魚達が地面を跳ね続けていた。

 オレンジ色のバンダナを頭に巻いている長髪の男、ホーストは笑顔を浮かべて船から降りる。そしてエビル達を見つけると小走りで駆け寄る。

「お前達も来ていたのか。どうだ、少しはさまになっているか?」

「よく似合ってますよホーストさん」

 ホーストの服装は灯台管理人のものではなく、黒く厚い長袖シャツに、水色のオーバーオールというノルド漁師スタイルになっていた。

「……町長の条件として漁師に戻ったが、なんというか今はすごく穏やかな気持ちになれる。昔は海に出れば体が強張ることなんてざらだったんだがなあ。漁の間に訊いてみたんだがあいつらも同じ気持ちらしい」

「いいことじゃないですか。……そうだ、獲ってきた魚食べましたよ。やっぱりおいしいですよね」

「そうか食べてくれたか! だがどうせなら町の名物として有名な解体ショーも……」

 意気揚々と話すホーストは段々と勢いがなくなっていく。

「……いや、お前達は旅人だったな。これから旅に戻るんだろう?」

 ホーストの言う通りエビル達は今日町を出る予定である。
 クラーケン戦での怪我も治り、宿屋に泊る理由もなくなった。旅人な以上一か所に留まり続けることはない。それに何よりもエビルにとって見逃せないイベントが次の目的地――ハイエンド王国にて開催されるのだ。

「はい。二十日後にハイエンド王国で開かれる展示会。風の勇者にまつわる品が集まるもので、僕にとっては絶対に見ておきたいものなんです」

「エビルは風の勇者大好きだもんね」

「まあそういうわけでわりいなホースト。こいつは魚より展示会だ」

 ホーストは微笑みながら頷く。

「分かっているさ。……ハイエンド王国までの道のりは船だと遠回りになっちまう。俺達が送っていくことはできない……だからここでお別れだな。もしも船で移動したい場所があるなら来てくれ。お前達には本当に世話になったからな、隣の大陸だろうと俺が連れていってやるぞ」

「はい、そのときはお願いします。……それじゃあ、お元気で!」

 笑顔で一礼したあとにエビル達は町入口に向かう。その後ろ姿をホーストと、船から降りた漁師達は姿が見えなくなるまで見送っていた。
 灯台にはまだ消えることのない灯りがあり、ホースト達は船の方に振り向く。

「よし、時間もあるしもう一回漁に出よう! またあいつらが来たときに魚不足にならないようにな!」
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