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第一部 六章 オーブを求めて

ホーストの告白

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 細かく逆立っている緋色の髪。興奮しているのか細い目が限界まで見開かれており、前の試合で発覚しているが鉄製の左腕。多少の変化はあれどエビルが彼を見間違えるはずがない。

「イレイザー!?」

 アランバート王国城下町にてエビルと死闘を繰り広げた男だ。エビルの心には強くあの時のことが刻まれている。
 この再会に感動要素はない。左腕を奪ったエビル、多くの命を奪ってきたイレイザー、互いにあるのは相手への敵意のみだ。

「待ち焦がれてただろ、俺のことをよおオ。俺もそうだァ、俺もお前とまた戦えると思うと気分がハイになっちまってよおおオ! さあ楽しい楽しいバトルの始まりだア!」

「ふざけないでくれ。僕は君が死んだと思っていた、あの致命傷から生き延びたのは……その腕のおかげか」

「いいやア? 機械化は生き延びたあとにしたことだァ。魔信教本部にある超高級薬草液に浸かれば重傷でも癒えるんだよオ。まあ、あの時にできた傷口は邪遠のやつに炎で焼いてもらったからア、それで生き延びられたようなもんだがなア」

「……あの時の僕は殺意が出せなかった。でも今は違う」

 エビルは甘い、これは自分でも感じていることだ。敵を倒そうという闘志はあるが、とある時期まで敵に対しての殺意はほぼなかった。最近は段々と殺気を出せるようになってきたので成長はしている。アランバート城での戦闘のように躊躇って命より左腕を取るようなことはもうない。

 殺意ある敵として対峙したならどちらかが死ぬ以外に終わりはない。
 実力差がありすぎるなら無力化して終わらせることもできなくはないが、エビルと一部機械化したイレイザーの実力はかなり近いものだ。それはお互いにほぼ全力で戦ってどちらも決定打が与えられないことから明白である。剣があればエビルの優勢で進められるだろうが試合である以上使えない。

 殺さなければ被害が増える。ゆえに殺さなければならない。エビルはイレイザーを再び前にしてそう強く思った……といっても試合中なので殺しは厳禁。大人しく拳を構えて試合を続けることにする。

「お前のおかげで俺の腕はこうなっちまったア。……でもなァ、この腕には便利な機能があってなア。凄いんだぜエ? 目ん玉かっぽじってよーく見ときなア」

 イレイザーはスッと開いた左手をエビルへ向ける。手のひらには中心に黒い穴が空いており、左手周辺の空気が歪んでいく。
 風の秘術使いであるエビルだからこそ感じた。嫌な風が吹いていると。

 中心に空いている穴に熱が溜まっていくのが分かる。
 熱が規定値まで溜まると、それは放たれた。
 エビルはすぐに首を逸らした。そのすぐ横を通り過ぎたのは赤紫に光る熱線。
 赤紫の熱線は直進して関係ない者の民家に穴を開けて貫通した。民家の持ち主は広場に来ていたので「俺の家があああ!」と悲痛な叫びをあげることになる。

「と、まあこんな感じだ。それにしてもよく避けたなア、それでこそ戦いが面白くなるぜェ」

「ちょっとちょっと! 武器の類は反則で――」

 格闘大会での殺しは厳禁。武器も殺傷力があるない関わらず使用禁止。
 数秒の沈黙後、司会の男が注意するために声を上げるが、イレイザーは苛ついた「うるせえなア……!」という声とともにまた熱線を放つ。額を見事に打ち抜いたので男はもう動かなくなってしまった。
 殺人が起きたことで観客達の混乱は大きくなり、空に届くほどの悲鳴が多く上がる。観客達は叫びながら自分達の家目指して広場から離れていく。

「さあ、これでもう試合じゃない。ホースト! ここでお前を倒し友の無念を晴らす!」

 司会が殺されたことで試合は継続不可能になった。ナクウルは強く握りしめた拳をホーストへと振るう。何度も繰り出される殺意の塊をホーストは避けきれずに殴り飛ばされる。

「ホーストさん! くっ……以前の光線銃が必要なくなったということだね。すごい技術だ……けど、無関係の罪もない人々と家を傷つけるな!」

「ほオ? なら関係があればいいんだなア」

 次にイレイザーが左手を向けたのは港近くに建てられている灯台だった。
 距離は離れているが、わざわざ手を向けたということは届くのだろう。
 灯台にはホーストが保護している漁師達が大勢いる。狙われる場所が悪ければ誰かが熱線に貫かれるかもしれない。

「あのホーストとかいうやつ、大会出場者を襲っていたんだろオ? なら罪があるよなア、だったらあいつが管理している灯台をぶち抜いてもいいよなア」

 ナクウルと戦闘を繰り広げながらホーストはギョッとしてイレイザーの方を見る。しかし止めようにもナクウルの猛攻を捌きながら阻止するなど不可能に近い。それでもやるだけやろうとホーストは駆けるが飛んでくる拳に直撃してしまい地面を転がる。

 そんなことをしている間にも、熱エネルギーが充填されて熱線発射口が赤く染まっていく。このままではまた死人が出てしまうと思ったエビルが動き出す。嗤いながら熱を溜めていくイレイザーへ向けて「やめろおおおお!」と叫びながらエビルは駆けた。

 発射寸前、エビルの殴打でイレイザーの左腕が動かされた。照準が灯台から逸れたまま熱線は何もない青空へと伸びていく。

「なるほどなるほどオ! 発射されちまった熱線はどうにもならねえがア、発射前の段階なら狙いを逸らすことくらい簡単だってかア!」

 イレイザーはそう言いながら後方へと思いっきり跳ぶ。
 手足が届かなければ今の防ぎ方は実行出来ない。距離を取っておけば一方的に攻められると――思ったのをエビルは感じ取っていた。風の秘術使いであるエビルなら集中すればある程度の行動は読める。距離を取ろうという考えを感じ取ってすぐ、離れないようにすぐさま自分も疾走する。

「なアっ!? 俺の行動を読んでいたってのか!?」

「風が教えてくれる。君はもう逃げられない」

 慌てて左手を向けて来たがエビルはそれを裏拳で弾く。
 熱線の狙いがエビルから外れた。一度溜めたものは放出しないといけないようでイレイザーは舌打ちしながら熱線を繰り出し――それがナクウルの胸を貫いた。これはイレイザーにとっても予想だにない展開であった。

「ぐふっ……!」
「……え?」

 皮膚も、筋肉も、骨すらも、高熱で溶かされた飴と変わらない。ドロドロに溶けていて、猛烈な熱さと痛みを彼に与えている。

 心臓のような重要な臓器をいくつも溶かされて彼は呆気なくその命を終わらせた。その最期は、憎しみの篭った目で睨みながらホーストに手を伸ばしているところであった。
 瞳から憎しみもろとも全てが消えた彼は地面に倒れ伏す。

「オイオイ、なんてついてない野郎だよオイ。相方を殺した二人をどちらも自分の手で殺せないで死ぬなんてなア」

「……相変わらず、何も感じないみたいだね。ナクウルさんは君のパートナーだったっていうのに」

「パートナーだとかくだらねえなア。こんなものは今回限りだろうが。今後関わらねえ奴が惨めな死に方しようと何も感じねえよオ。まあ……そっちの男は偽善か後悔なのかは知らねえが何か感じているみてえだけどよオ」

 伸ばされた手は憎い相手に届くことがなかった。そんな何一つ報われないまま死んだナクウルをホーストは棒立ち状態で見下ろしている。やがて見下ろすのを止めて白い雲が多い青空を見上げる。

「……悪いっていう自覚はあったんだ。自分の実力では勝てないだろう強者を蹴落とすため、襲撃の計画を立てて実行したのは本当だ。……別に、観客がいなくなったから白状するってわけじゃない。ただ、この男があまりにも哀れで、遅すぎたとしても何か言いたくなっただけだ」

 ホーストは罪を認めた。まだナクウルが生きている頃に、観客が逃げる前に白状しなかったのは当然のこと。普通は自分が犯した罪を大衆の面前で告白などしない。だが彼は今、まだエビル達がいるのに告げなくてもいい罪を口に出した。

「……どうしてそんなことをしたんですか」

「ア? おい、なんだこの流れはア? まさかエビル、お前戦いを中断するつもりじゃねえよなア? 仮にそうだとしてもそうはさせねえよオ!」

 空気を読まずに戦いを再開させようとイレイザーはエビルに殴りかかる。それを横へ躱したエビルは薙ぎ払うように脚を振るうが、空振りから流れるように動いたイレイザーは上に跳んで躱す。

 攻撃が空ぶったにもかかわらず動きを止めることなくイレイザーは蹴りを放ってきた。顔面を蹴ろうとするのは見え見えだったので、エビルは迫り来る足に掌打をぶつけて軌道を逸らすことでやり過ごす。動きを感じ取れるようになってから相手の攻撃を流すのはかなり楽になっている。

「ホーストさん、僕はあなたを信じていた! あなたは良い人だと感じた! だからどうしてそんなことをしたのか教えてください!」

「お前……! 戦いに集中しろよォ……俺だけを見ろオ!」

 着地したイレイザーが再び襲い掛かって来た。エビルは迫る攻撃を全て受け流しながらホーストへも意識を傾ける。

「……金さ。あの灯台で保護している元漁師達の生活は、俺の管理人としての給金で守れるものだ。でもそれだけじゃ足りなくて、俺の金以外でというなら格闘大会の賞金しかない。確実に賞金を手に入れるためにはこういう方法しかなかったんだ……。多少強かろうが所詮は灯台管理人。正体を隠して覆面で出た初めての大会で俺は負けてしまった。その敗北した日から、俺は努力の方向をはき違えていたのかもしれないな……」

 灯台で生活している者は現在五十人を超えている。それ以前は六十人を超えていた。生活する人数が増えるだけで暮らすための費用は大きくなる。食費だけでも費用はホーストの給金ギリギリだ。男達は食事をろくに取らない者がざらだったがホーストは毎日食事を出していた。さすがに栄養のことにまでは配慮がいかないが、海を嫌う男達に魚介類だけは出さなかった。

「生活するためには金が必要だ。どんなことをしてでも手に入れなきゃ未来なんてない。こんな考え、一般的に間違っているとされるのは分かっている。それでも俺はこんな方法しかとることができなかった」

 エビルは何も言えなかった。戦いに集中していたからではなく、どんな言葉を放とうと、どうしようもない悲しい現実の前には無力だから。

「この男が言っていたのは全て事実さ。忘れもしない、丁度一年前だったか。俺の友で協力者であったコルスが血相変えて灯台に入って来た。元々俺達は殺すつもりはなく、脅し、交渉、色々言葉を尽くして実力者の出場を止めさせていた。だがあいつは意志の強い相手にぶつかってしまい、ついに痺れを切らして手を出してしまったと震えながら語っていた。俺はあいつを責めることなんて出来なかった。……だって俺も、卑怯な人間だったんだからな」

 ゆっくりと、ホーストは視線を下ろす。その表情はエビルからは見えなかったが酷い傷心と後悔だけを感じた。

「昨日言っただろうエビル。お前は良いやつだ……。今こうして語る俺を殴ったり、糾弾したりせず、俺のことを理解して何も言わないのが証拠さ。俺のような裏で卑劣なことをしていた偽善者とは違う、本当に良いやつだ。だからこそ他人を理解した気になって、良いやつだと判断するのは深い付き合いをしてからでも遅くない。お前は……そうするべきだ。今後俺みたいなやつを、良いやつと勘違いしないためにも」

 ホーストが語っている間にも戦いは続いている。
 イレイザーが左腕を後ろに振りかぶるのを見てエビルは次の攻撃も左腕だと予測した。金属で作られている左腕の方が一撃の破壊力は大きいからだ。実際、今までの衝突でイレイザーは左腕での攻撃回数が一番多い。しかしそう思わせることがイレイザーの策略だった。

 左腕を振りかぶったのはフェイントであり、そこで止まらずに右拳でエビルの顎にアッパーを叩き込んだ。
 相手の行動を感じ取れるといってもまだ完全なものではない。こうしてフェイントに引っかかることもまだまだある。だが多少遅れたものの感じ取れたので、瞬時に顔を上げることでダメージを軽減することに成功した。それでも衝撃はかなりのもので数メートル吹き飛んで地を転がる。

「……もう、潮時か。これ以上は俺の心が持ちそうにない。誰かが俺を裁いてくれないと、罪悪感に呑まれそうだ」

「だったら俺が殺してやるよオ! その顔面に風穴あけて涼しくしてやるからありがたく思えよなア!」

「ま、待て……!」

「うるせエ! こんな奴がいるからお前は俺に集中しねえ、そんなお前をぶっ殺したところで何の意味もねえんだよオ。それにこいつを殺せばお前も最高に盛り上がるだろ! 止める理由なんざねえんだよオ!」

 エビルが立ち上がる前に、イレイザーが棒立ちのホーストに向けて走り出す。
 動かない者を殺すなど容易いことだ。左手から熱線を放射すればそれだけで死亡させられる。だがイレイザーは、どうせなら頭を掴んでゼロ距離から放出してやろうと非道なことを考えていた。

「なぶっ……! あア?」

 もう少しでホーストの頭が掴まれるるというところで、イレイザーのこめかみに手頃な大きさの石が衝突した。
 痛みはさほどなかったが、何が起きたのか理解するのに数秒かかり動きが止まる。

「ホーストさんを、殺させはしない……!」

 石が飛んで来た方向にいるのは灯台に閉じ篭っているはずの男達であった。さすがに全員は来ていない。まともに動ける数人だけが駆けつけていて、勇気を持って投石を行ったのだ。
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