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第一部 五章 秘めたる邪悪な灯火

証明

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 神官二人に腕を押さえられながら神殿内を歩かせられるエビル達。
 大勢の武装した神官が取り囲んでいる様はさながら大犯罪者。通りかかる人々は興味本位で野次馬になろうとするが、その殺伐とした雰囲気を感じ取ってすぐに離れていく。

 連行されていたエビル達は階段を下りて最終的に地下牢へと辿り着いた。
 地下牢といっても神官が掃除しているため、ねずみなどの小動物はいるがあまり汚れてはいない。囚人は多くいないようで静かな場所である。

 大神官の女性が手首を軽く振って合図すると、エビル達は奥の牢屋へと放り込まれる。
 強引に隅の牢屋に入れられたエビル達は転がって軽い悲鳴をあげるがすぐに立ち上がる。ここで無実を証明しなければ本当に牢屋生活のスタートだ。

「あ、あの僕達は本当に魔信教じゃなくて!」

 身の潔癖を証明しようと説得を試みるが大神官はため息を吐き、呆れたように口を開く。

「はあ……まだそんなことを言っているのですか」

「だいたいアタシ達が魔信教なんて証拠がどこにあるのよ!」

「そうだぜ、テメエ等が勝手に言ってるだけじゃねえか! おっぱいが大きくて腰が細くて程よく引き締まった美女だからってこんなの許されねえぜ!?」

「アンタもう黙ってなさい!」

 レミの蹴りが頬に直撃したセイムは壁に激突して倒れる。
 女性として大神官は金の瞳に軽蔑を込めた後、エビルへと向き直って告げる。

「証拠も何も……あなたは以前もこの場所を襲い、自ら魔信教と名乗ったではありませんか。あの時に多くの神官や一般人の命を奪ったあなたのことを忘れはしませんよ」

「え? 僕が魔信教だと名乗った……?」

 プリエール神殿に来たばかりのエビル達には襲撃など絶対に不可能である。やはり自分ではなく勘違いされているだけだと改めて認識し、誤解を解くためエビルは必死に言葉を絞り出す。

「それは僕じゃありません。僕達はついさっきここに来たばかりです」

「それを証明できるのですか?」

「それは……そうだ、ホーシアンレース。少し前までリジャーにいてレースに出てたんです。優勝もしたから記録に残っているかもしれない……!」

 探っていくと証明出来るかもしれない記憶が出てきた。実際にリジャーの人々、特にホーシアンレースを見物していた人間達にコンタクトが取れれば証明出来る。

「あなたが神官達を斬り殺して去っていくのをわたくしは見ています。……言い訳は無駄です。少し雰囲気を変えるためにその肌や髪を染めようと私の目は誤魔化せません」

 違う、それは僕じゃない。そう言っても無駄なのを理解するのに時間は掛からなかった。
 何を言っても大神官の中ではエビルが悪だと決まっている。たとえリジャーにいたことが分かったとしても記録を偽造したなどと言いかねない。

 最初から相手を疑っていれば真実が話されていたとしても霞んでしまう。何を言われても騙されてたまるかと考えてしまって、正常で冷静な判断というものが出来なくなってしまうものだ。現在の大神官もそれと同じだろう。

「アタシは……レミ・アランバート。アランバート王家の血を引いている現女王の妹よ。王国に連絡してくれればすぐ分かるわ。エビルの無実だって分かるはず」

 本当はそういった権力のようなものに頼りたくないのがレミの気持ち。特にアランバート家としての、王族としての、秘術使いとしての自分を毛嫌いしていた。頼りたくないがそれでもそれしか打てる手がない以上使うしかない。

「まさかアランバート王国王族のお方が騙されていようとは。この者を信じてはなりません。この者は邪悪な気配を撒き散らしております」

「アタシは騙されてなんかない!」

「では洗脳されているようですね、悲しいものです。気付かぬうちに自らの心すらその悪魔に変えられてしまったのですから」

「……この、このっ石頭! 分からず屋!」

 せっかく本当は嫌な名前を出したというのに無意味に終わった。最悪な結果にレミは大神官を睨みつける。

「レミ様、あなたのお姉様とはお話したことがあります。善人と呼ぶに値する尊敬出来るお人です。そんなお人の妹君いもうとぎみであられるあなたも心優しきお人だと信じています。ですからお聞きください。以前この場所を襲撃して来た男の名はシャドウといい、外見は彼に瓜二つでした。自らを魔信教だと宣言した彼は多くの命を奪っていった。これを聞いてもまだ庇うのですか?」

「名前が違うじゃない。彼はエビルよ、間違えないで」

(シャドウ……!? そうか……そうだったのか……!)

 点と点が繋がる。魔信教と間違われたのはそういうことだったのだ。
 以前の襲撃犯というのは大神官の言う通りシャドウ。つまり今ものうのうとエビルの影に潜んでいる人外である。

 どうしてもっと早くに気付けなかったのか。自分と瓜二つな容姿をしている者にエビルはもう会っているというのに、その可能性を考えてすらいなかった。
 彼とエビルの違いなど本当に肌や髪の色、眼光の鋭さくらいなもの。何も知らない大神官が見間違えるのを責められはしない。

「この錫杖しゃくじょう、実はとある力を宿していまして。こうすると――」

 大神官は持っていた錫杖の下部を床へと打ちつける。
 錫杖に付いている金の輪が三つともカタカタと揺れ始める。そしてやがてゆっくりとだがエビルの方へ輪が移動していく。金の輪は錫杖に繋がっているので取れたりしないが、これ以上向かえないというのに動くのを止めたりはしなかった。

「このように金輪かなわが己の捜索したいものがある方向へと動くのです。だいたいの距離も動く勢いで分かります。そしてこんな弱々しい動きをするということはほぼ目の前にシャドウがいるということ……そう、そこの彼がシャドウだという証明ですよ」

 武器や防具で何か特殊な力を持つものがこの世に存在している。
 シャドウの黒剣や、スレイが死神の里へ侵入するのに使用した剣などもその一種。アスライフ大陸ではほぼ市場に出回っていない貴重な物だ。

「そ、そんなの、アタシから見たらただの武器にしか見えないし……。そういう特殊な武器があるのは知ってるけど、それがそうだって証拠なんてないし……」

「この錫杖は遥か昔から神殿の大神官に受け継がれてきた貴重な錫杖。疑われるのは大変遺憾ですが……まあ、信じるも信じないもあなたの自由です。ただ今のままではあなたは不幸になる。それだけはお忘れなきに」

 そう告げると大神官含めた神官達は身を翻して去っていく。
 結局、誤解は解けることなくエビル達は地下牢に閉じ込められてしまった。大神官からすれば以前の襲撃犯だと裏付ける証拠もあるため誤解を解くのは厳しいだろう。実際シャドウが目の前にいたのは事実なのだから尚更説得が難しい。

 世界を旅する目的をこんなところで果たせなくなるなど予想外もいいところだ。全てシャドウのせいだと分かっているので、エビルは多少怒りを孕んで彼へ語りかける。

『シャドウ、お前が神殿の人達を襲ったのは本当なのか』

『……ああ? ……ったく、こっちは戦い続きで疲れてるってのに。ああそうだよ、お前がいた村に行く途中通りすがりに神官をぶっ殺したよ。そういやあの女、随分強くてしぶとかったっけ。死んだと思ってたが生きてたのか』

 当然というべきかシャドウには心当たりがあるようだった。
 決してエビルは忘れていたわけではない。この男は邪悪であり、人間を平気で殺すような者だと以前から知っているし憶えている。
 魔信教に所属している以上誰かを殺すのは当たり前。そのせいで酷似しているエビルがシャドウと間違えられて被害を受けるのは迷惑だ。今すぐにでも斬りたいとすら思う。

『誰かを殺す時、お前は何を考えている? どうして殺した?』

『はっ、思考も理由も特にねえよ。俺は邪悪そのもの……誰かの命を奪うことなんざ日常となんら変わらねえ。お前だけは別だがな』

『……訊くだけ、無駄だったか』

 シャドウという者はもうそういう者だと思うしかない。多少の正義心すら持たない異常な邪悪さしか持たないのだ。しかし裏返せばそれはそれ以外を持たないということ。誰かと笑い合うような喜びも、涙を流す悲しみも味わうことがないということ。果たしてそれは本当に生きていると言えるのか。
 今さらどっちでもいいことだと、エビルは首を横に振って今の思考を記憶の奥へとしまう。

「二人共、ごめん。僕のせいでこんなことに……」

 こうして捕まったのはシャドウのせいだ。分かってはいるがエビルはそれでも自分を責める。

「おいおい別にエビルのせいじゃねえだろ? 悪いのはシャドウとかいう奴なんだからよ。あのボイン大神官も被害者みたいなもんだから責められねえよな」

「アンタ復活早いわね」

 蹴られて気を失っていたはずのセイムがいつの間にか復活していた。蹴った張本人であるレミはもう意識を取り戻したことに目を丸くする。そんな風に驚いていたレミは俯き「ねえ」とエビルへ話しかける。

「……エビル。……シャドウって……誰かな」

 同一人物とは考えないレミが問いを投げかけた。
 瓜二つで他人が間違えるレベルの外見なのは想像に容易いだろう。エビルは両目を瞑って話すか話さないかを考える。

「……知っていること、二人には全部話すよ」

 目を開けたエビルは決心して話すと決めた。
 故郷がシャドウという人間ではない者に滅ぼされたこと。
 自分と外見が酷似していて肌や髪の色くらいしか違わなかったこと。
 意識のない状態で一応倒したらしいが自分の影の中に侵入して生き延びていること。そして今もまだ居座っていていつ出て行くか分からないこと。

「こんなところかな。ごめん、二人に何も伝えてなくて」

 知っていることを全て話したエビルは二人の反応を窺う。
 セイムは絶句していた。レミは無言で歩き出す。

 事実としてエビルが同行していたから地下牢に閉じ込められたのだ。怒りで「アンタさえいなければ」だとか罵倒の言葉を叫ばれるのかもと思う。
 不安気な瞳が揺れる。段々と近付いて来るレミに視線が固定される。
 レミは両腕を前に動かしてエビルを抱きしめた。突然の大胆な行動にエビルの目が驚愕で見開かれる。

「……辛かったよね、一人で抱え込んで」

 密着状態に慣れていないのでエビルの頬は赤くなり、驚きから彼女の名前を小さく呼ぶ。
 抱きしめているレミは離れるどころか力を強くした。

「もっと早く、話してくれればよかったのに……。いいんだよ、友達なんだから、仲間なんだから。何でも相談してくれていいんだよ。それともアタシじゃ……頼りないかな?」

「……そんなこと、ない」

 頼りないはずがない。むしろ頼りすぎていたと思っているくらいだ。
 声の音量と顔が下がっていくエビルの肩に男の手がポンと置かれる。

「レミちゃんの言う通りだぜ。俺達に隠し事はなしだ。もちろん的確な答えを出せるとは言わねえがよ、俺達なりに一緒に考えて向き合うぜ。シャドウを倒すのだって協力してやるって」

 後ろから耳に届くセイムの声にエビルの瞳が潤む。
 照れくさそうな顔をしているセイム。衝動的にしたことを再認識して「あわわわ」と赤面して離れるレミ。
 二人と出会って仲間になって、共に旅を出来たことに心から感謝する。

「……レミ、セイム……ありがとう」

 旅をすると決めてから不安は山ほどあった。シャドウの件についてもあるが、初めて旅というものをする緊張があった。それでもこの旅は、長いようで短いこの旅はきっと後悔のないものになるとエビルは思えた。
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