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第一部 四章 砂漠王国での出会い

薬と仲間

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 砂漠のリジャー王国へと帰って来たエビル達は真っ先に宿屋へ向かった。
 レッドスコルピオンの尻尾の一部をイフサの元に持っていくと、驚いた彼はすぐ解毒薬を調合すると言って隣の部屋に篭って出て来なくなった。

 解毒薬についてはイフサに一任するしかない。
 エビルとセイムは怪我を負っているため、その日は白いベッドで眠りについた。

 ――翌日。
 すっかり元気になったエビルと違いセイムはまだベッドで横になっている。
 セイムが使用した〈デスドライブ〉は強力だが反動も大きい。全身筋肉痛になってしまい、数日は寝ていなければ治らないだろう。

 レミはといえば、毒々しい紫に変色している部分が右半身にまで広がっていた。首の上にも進みそうになっており、高熱が出ているし呼吸も荒い。別の部屋に泊っているジョウが言うにはそれでも毒の進行が遅いという。
 火の秘術で毒を焼けるとレミは言っていた。もしかしたらその影響なのかもとエビルは考えを纏める。

 その日の朝から夜遅くまで、エビルはレミの傍の椅子に座って眺めていた。
 苦しんでいる顔を心配そうに見つめ続ける。額に乗せているタオルの交換はするが、それ以外ではたとえ暗くなっても目を離すことはない。

「もう少し、もう少しだから……死なないでくれ」

 レミの手を取って、エビルは絞り出すようにそう言うことしか出来なかった。それからそのままの態勢でいつの間にか眠ってしまった。

 ――レッドスコルピオンの猛毒にレミが侵されてから三日目。
 セイムが起きてもエビルはずっと苦しんでいる彼女を見守り続けている。彼女の手は熱く、まだ血が通っていることを証明している。しかし鼻より上や左腕を除いて紫に変色しているし、意識も飛んでしまっていた。

 イフサを信頼して待ち続けたその日の夜、急ぐ足音がして扉が開かれる。

「やったぞ! 恐らく間違っていなければこれで完成だ! ……そら、エビルだったよな。お前さんが飲ませてやれよ」

 部屋に駆け込んで来たのはイフサであった。左手には青紫の液体が入っている瓶、右手には深緑の液体が入っている瓶を持っている。
 飲ませろと言われたことにエビルは目を丸くして驚いた。

「……え? 僕が、ですか?」

「俺はもう十分だ、役目を果たしたろ? あの時救えなかった、何も出来なかった自分の慰めならもう終わったんだ。それによ、そのお嬢さんを一番心配してんのはお前さんだろう?」

「……分かりました」

 ずっとこの時をエビルは待ち望んでいたのだ。
 青紫の液体が入った瓶を受け取って、零さないようレミの口元へ慎重に運ぶ。意識がないせいで自分で飲むことは出来ないが、頭をそっと持ち上げて液体を喉の奥へと流し込む。

 一滴も零さないように慎重に、液体全てを飲ませることが出来た。
 エビルは傍で見守っていたセイムと向き合って笑みを浮かべる。

「次はこっちだ」

 そう言ってイフサに手渡される深緑の液体が入った瓶。

「イフサさん、こっちも解毒薬なんですか?」

「今飲ませたのが解毒薬。こっちは毒で傷付いた細胞の応急処置みたいなもんさ。他の大陸の技術でな、こっちじゃ誰かに言っても鼻で笑われるだけだったよ。夢物語みたいな医療だってさ」

「僕は笑いません」

「俺もだぜ。人間ってのは未知を怖がるもんだから、そういうのはしょうがねえのかもと思うけどよ。こっちは一刻を争うんだし、アンタのこと信用してっかんな」

 今度は深緑の液体をレミの口へと流し込んでいく。
 全て流し終わったエビルは深く重い息を長く吐いた。

「いいか、助かったなんて思うなよ? これは試作、誰に実験したわけでもねえこの俺の、医者でもなんでもない男の作ったものなんだ。これでもし助からなかったら……俺の責任だ。焼くなり煮るなり好きにしてくれ」

「……そんなことしませんし、僕は助かると思っています。イフサさん、あなたは亡くなった妹さんのためにも知識を必死に集めたんでしょう? それなら絶対この薬は効果がありますよ。あなたの努力が、今までの想いが込められたこの薬が効かないわけがない」

「そうだぜオッサン、自分を信じろよ」

「……そう、か……とにかく効果が分かるは明日以降だ。明日熱が下がって腕の変色した部分が広がってなければ成功。俺は寝る、お前さんらも寝ておけよ? それと……ありがとな」

 イフサが部屋から出て行ってからエビル達も寝る準備をする。
 セイムはベッドに転がるが、エビルはレミの傍に置かれている椅子に腰を下ろす。昨日と同じ場所に座ったのを見たセイムは口を開く。

「お前、今日もそこで一夜を明かすのか」

「うん。少しでも、苦しんでいる彼女の傍に少しでも寄り添っていたい」

 目を逸らすように体を反転させたセイムは「……俺はお邪魔虫かな」と誰にも聞こえないような小声で呟く。

「何か言った?」

「いや何でもねえよ。明日……治ってるといいな」

「うん。絶対、絶対治ってるよ」

 数分後にはセイムが寝息を立てていた。
 彼が寝ている間もエビルは眠気に耐えて起きている。首がいきなりガクッと落ちるのも多くなり、眠るのも時間の問題だがエビルはずっと手を放すことなく見つめている。

「治ってるに決まってる。だってそうじゃなきゃ、僕は……また……な人を……しまう……もう……嫌……なんだ」

 眠気に耐えられる限界を超えてエビルも俯くような態勢で睡眠をとる。目を瞑って寝ている間も手を放すことは一秒もなかった。

 ――そして早朝。
 射しこんで来る眩しい日光が部屋を照らしてエビルの目を強制的に覚まさせる。
 繋いでいる手はまだ温もりがあり、温かった。その人が生きているという体温に安心しつつ同時に不安も襲ってくる。

「どうなんだ? 成功、だよね?」

 まだセイムが寝ているので静かに、エビルはレミの熱を確認するために額同士をピタリとくっつけた。
 温度はそう変わらないように思えたし、変色した肌が戻っているのを見て助かったのだと判断する。これなら大丈夫だと思ったエビルは無意識にレミを抱きしめる。

「よかった……本当に、よかった……」

 呼吸も体温も正常。猛毒も消えているとみていい。
 エビルは涙を零しながらレミの体を抱いて穏やかに笑う。
 しばらくそうしていた彼は「そうだ」と呟いて彼女から離れる。

「イフサさんに大丈夫だったって伝えないと。きっと不安であまり寝れていないはずだし、早く吉報を知らせないと」

 薬を作った張本人は隣の部屋にいる。
 製薬した直後から不安を顔に出していたので、エビルはイフサのことも元気づけてあげなければと思い隣の部屋へ向かった。

 放置されたレミはぐっすり眠っている――かに思われた。
 彼女の顔は赤くなっているが高熱などのせいではなく、エビルに抱きしめられた時には意識が覚醒していたため羞恥などからの赤面である。

「寝たふりってのも大変だよなあレミちゃん」

 唐突に掛けられた声で彼女は目を開けて横目でセイムを見やった。
 彼はにやけた面でレミの方を眺めており、その態度と表情は心に苛立ちを与える。

「……アンタ、見てたの?」

「そりゃもうバッチリ。抱きしめられたご感想はどうだい」

「家族以外で初めてよあんな風にされたの。温かくて、心が落ち着いて、何だか悪くないって思えた。もっと長い時間やってくれても構わなかったのに……」

 恍惚とした表情でレミは語る。

「俺が抱いてあげようか?」

「ぶん殴るわよ。どうせ厭らしい気持ちがあるんでしょ」

「あ、バレた? へへっ、俺も久し振りにレディを抱きたいと思ってね。女性特有の柔らかさを堪能したいなーんてね。どう? 俺に抱かれてみない?」

「アンタそれでアタシがオッケーするとでも思ってるわけ?」

 欲望丸出しのセイムには強めに当たるレミ。そんな彼女も今回の一件で、いや死神の里での一件でもだが大幅に評価が見直している。
 初めて会った時は女好きの軽薄な男だと思っていたがそれだけではない。スレイから命懸けで里の民達を守ったし、今回だってレッドスコルピオン相手に奮闘して怪我をした。自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとする心優しき男であり、本質は自分やエビルと同じなのだと今ではそう思う。

 薄く笑みを浮かべたレミは「ねえ」と口を開く。

「アンタ、何でアタシのために危険なことしたのよ。アンタが命を賭ける必要なんて別になかったのにさ」

 しかしだからこそレミは納得出来ない。
 あまり親しく接して来なかった自分のために命懸けで戦うなど、何となく理解は出来ても納得が出来ない。

「エビルだって一緒だろ?」

「……エビルは助ける理由があるわ。もちろんそれだけで戦ってくれたわけじゃないだろうけど、でもさ……アンタは……理由なんてないでしょ」

「あるぜ……。俺達仲間じゃねえか。そりゃあ期間は短いけどよ、仲間になるのに時間なんて関係ないだろ」

「……そうね、時間なんて関係ないわ。正直アンタのことよく思っていなかったけど見直したわ。ただの変態じゃなかったのね」

「元から変態じゃねえけどな」

 今まで親しく接しなかった自分を仲間と呼んでくれることにレミは感謝する。そしてこれからはもう少し仲間として距離を考えてもいいかなと思う。
 二人は微かに笑い合い、エビルが戻って来るのを待った。
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