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第一部 三章 死神の里

ヒマリ村

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 アランバート城下町から西方に位置する森。
 他の森よりも日差しが入りやすく明るい部類の場所だ。そんな森の木に寄りかかっている白髪の少年が一人。
 右手の甲には竜巻のような紋章。白いマフラーを首に巻き、腰には紐で剣を固定している。穏やかそうな雰囲気の白髪の少年、エビル・アグレムは同行者であるレミ・アランバートが戻って来るのを待っていた。

 近くに川が流れているのを見つけた二人は一旦休憩とし、レミは「お風呂に入れていないから体洗ってくる」と告げて川で水浴びをしている。当然その間傍にいるわけにもいかないので、エビルは少し距離をとった場所で水浴び終了を待っているのだ。

「レミの話によれば一番近いのはヒマリ村って話だったな。そして段々と荒野、砂漠となって砂漠の国が存在している……か」

 次の目的地について考えていると、エビルの視界の端を小さな影が横切る。
 すぐに気付いたエビルは左方に顔を向けると一匹の白兎がいた。しかし額に長い角が生えていて、後ろ脚の筋肉が発達していることから普通の兎ではない。通常の動植物からかけ離れた生き物――魔物だ。

「あれは、ホラビィか。魔物図鑑で見たことがあるな」

 魔物情報が多数収録されている図鑑をエビルは故郷の村で読んでいた。
 その図鑑の知識によればホラビィという名で、可愛い見た目とは裏腹に凶暴であり、自慢の長い角で人間を串刺しにしたという情報まで記載されていたのを覚えている。

「放置するのは危険だ。まあ、襲ってくるか」

 凶暴な性格だという以上襲ってくるだろうとエビルは身構える。
 ホラビィは後ろ脚の筋肉を倍近くに膨らませ、一気に跳躍することで突進してきた。その動きに反応してエビルは抜剣してホラビィを両断した。

「魔物……殺すことを躊躇わなくなった気がする。人間相手じゃ抵抗があるかもしれないけど、魔物相手ならなんとか……」

 両断されたホラビィは黒く染まり、塵と化して消滅した。
 これが魔物の死だ。異形の生物である魔物については解明されていないことが多々あり、この塵になって死体も残らないという現象も謎の一つである。

「きゃああああああああ!」

「レミの声……! 魔物か!」

 離れた場所からよく知っている高い声が聞こえた。丁度川の方角も叫び声のした方角と同じだったので、エビルはレミが襲われたのだと思い駆け出す。

 ホラビィは基本的に群れで行動すると図鑑には記載されていたのを思い出す。一匹しかいなかったのは群れからはぐれたからか、何にせよ別個体のホラビィが近くにいる可能性は極めて高い。

 川へと急いで駆けつけたエビルは「レミ!」と叫び、木々の間から河原へと飛び出す。――相手が水浴び中だということも忘れて。

「……エビル?」

 目を丸くして驚いている赤い短髪の少女は全裸で川に立っていた。
 綺麗な白い肌。ささやかながら膨らんでいる胸。くびれた腰。細い腕と脚。少女の裸体は女慣れしていないエビルには刺激が強く放心してしまう。

 一方でその水浴び中だった少女、レミはぐったりとしたホラビィを両手で持ちながらエビルの方を見ていた。目を丸くして驚いていた彼女は自身が水浴び中だということを思い出したのか、自分の裸体を見下ろしてから一気に顔を真っ赤に染める。そして「きゃあああああああ!」と悲鳴を上げてその場に座り込んだ。

「いつまで見てるのよ!」

「……あっ! ごめん!」

 謝りつつエビルは身を翻して背を向ける。

「レミ、違うんだ! 覗きとかじゃなくて、悲鳴が聞こえたから魔物に襲われているんじゃないかと思って! 心配して走ってきただけなんだ!」

「その気持ちは嬉しいけど……。アタシ水浴びするって言ってたのに……ちょっとは躊躇してよね、アタシだって女の子なんだからさ」

「うん、気をつけるよ……。無事なのは分かったしあっちで待ってる」

 エビルは歩いて木々の間を通り元の場所へと戻った。
 男女の二人旅ともなればこういったトラブルも増えてくる。次は何があるのか、エビルは先が思いやられるなと密かに思った。

 先程いた場所で待っていると鼻に違和感を覚えて手を伸ばす。

「……うわっ、鼻血出てきた」

 手のひらには少量の赤い血が付着していた。どう考えてもつい今しがたレミの裸を見てしまったことが原因だろう。
 幸い鼻血はすぐ止まったもののレミにはバレたくないと思う。

『ククッ、随分と楽しそうな旅で何よりだぜ』

 脳内に直接届くエビルそっくりの声。

『シャドウ……お前、最近喋っていなかったな。どうしてだ』

 故郷を襲った張本人であり、現在は影の中に潜んでいる悪魔のような男だ。シャドウはアランバートに滞在した最後の日から今の今まで喋っていなかったのに、急に楽しそうな声で喋りかけてきたのでエビルは怪訝な表情になる。

『なんだあ? まるで俺と愉快なお喋りでもしてえみてえじゃあねえかあ』

『違う。いつも結構喋ってくるのに黙っていたから調子が狂っただけさ。それにも何か理由があるんだろう? 正体と同じでそれも教えてくれないのか?』

『……一つ、教えてやろうか』

 今まで重要なことは教えてくれなかった相手がその気になったことに驚く。
 エビルはごくりと息を呑み、次の発言へと意識を集中させる。

『俺はな、あんなお子様体型に欲情はしねえよ』

「僕だってしてないけど!? ……ていうか教えるってそんなことか」

 思わず心の中で会話するのも忘れて口に出してしまう。
 緊張したのが無駄だったと軽く落ち込むエビルにシャドウは事実を告げた。

『鼻血出してんだから説得力皆無だな』

「いやそれは、女の子の裸を見たことなかったから! それに誰がどう言おうと、お子様体型だろうとレミは十分魅力的だし!」

『ククククッ! あー笑える。お前後ろ見た方がいいぜ』

 その忠告に従いエビルは後ろへ振り返ると――レミがいた。
 首に逆向きに巻いて逆立っている黒のスカーフ。朱色の無袖上衣。太ももの中心程度までしか丈のないミニスカート。ちゃんと着替えてきた彼女は俯いており、右腕を力の入れすぎで小刻みに震わせている。

「ねえエビル……」

 明らかに先程の会話、レミからすれば独り言になってしまうだろうがそれを聞かれたのだ。
 レミが顔を勢いよく上げ、一気にエビルは顔面蒼白になる。
 敵を見るかのような睨んでいる目を向けられると言葉が出てこない。

「お子様体型で悪かったわね……こっちは気にしてんのよ!」

 瞬時に距離を詰められて思いっきりエビルは右頬を殴られた。
 うっかりとはいえシャドウとの会話を口に出してしまった自分に非があるのは事実。これからはより一層気をつけようと心に刻む。

「まったく……ほら行くわよエビル。もうすぐ村に着くんだから」

 殴られた右頬を擦りながら立ち上がったエビルはレミに視線を向ける。
 レミは腰に紐で固定している小さな麻袋あさぶくろの口を開けると、丸まって入っていたアスライフ大陸の地図を取り出して両手で広げている。

「その袋……本当に便利だよね」

「ああこれ? そうね、でもこういうのが他の大陸だと当たり前らしいわよ。魔王の拠点だったアスライフ大陸の復興も進んではいるけど、こういった道具や技術の方はまだまだ未発展なのよね」

 レミが腰につけている小さな麻袋はアランバートを出る時に持って来たもの。以前、姉であるソラが他大陸の商人から購入したという貴重な代物だ。

 一見薬草が三十本程度しか入らなそうな小さい袋は見た目以上に物が入る。エビルが褒美として受け取るはずだった剣や硬貨もそこに入っていたし、事前にレミが準備していた地図や着替えなど様々な物が入っていた。しかもそれだけ入っていたのにまだ空きがあるという。
 収納袋というらしいこの道具が他大陸では常識なのにエビルは驚くしかない。

「さっ、ヒマリ村はもうすぐよ!」

 レミが地図をしまってから笑顔で言い放ち歩き出す。
 リードする立場が逆転してしまったようで複雑な気持ちを抱くが、置いて行かれないようにエビルもその後を追っていった。



 *



 岩壁に挟まれた草原にある小さな村――ヒマリ。
 魔物から守るための木製の柵に囲われており、入口は荒野へと続くエビル達の目的の方向か、これから辿り着く小さな門の二か所のみだ。

「あれがヒマリ村……。僕がいた村と同じくらいの広さか」

「ようやく村に着くわね! 早くお風呂入りたいし着いたら宿屋へ直行よ!」

 そう言って小さな木製の門の前に来た二人の前に、村の警備を担当しているであろうアランバートの兵士が立ち塞がった。

「止まれ、旅の者か……ってレミ様!? なぜここにレミ様が!?」

 今まで国から出られなかったレミが現れれば誰だって驚く。冷静そうだった兵士は突如大声を上げて、目を見開いて驚愕する。
 そんな彼にレミは「いやあ、それがね」と言って説明し出す。

 アランバートで起きた事件も、外出を許されたレミの件も兵士は知らなかった。
 連絡に頻繁に利用されるコミュバードという魔物での伝達はされていないということだ。わざわざ知らせるほどでもないとソラが判断したのかとレミは思う。

「……なるほど、そういうわけでしたか。それならばお通ししないわけにはいきませんね。アランバート城下町と比較すればかなり小さな場所ですが、ごゆっくりお休みください」

 兵士に通されて入った村はアランバート城下町と比べれば賑わいに欠けている。それも人口数や店舗数が少ないからだろう。周囲を見渡しても城下町に多くあった食べ物を扱う店は一店もない。
 木造の家は全て木造というわけではなく、屋根部分は大量のわらが束ねられて造られている。アランバートは煉瓦れんがや石で造られていたので根本的に違うことをエビルは感じ取る。

 とにもかくにも旅の疲労などから二人は宿屋へ直行した。
 宿屋に入れば白いエプロン姿の中年女性が木製カウンター越しに挨拶してくる。

「いらっしゃいませー。本日は二名様かい?」
「はい、そうです」

「部屋は一つかい?」
「一つです」

 エビルは「え、一つなの?」と驚愕する。
 確かに旅の途中では近距離で寝ていたしほとんど一緒にいた。しかしだからといって女性と同じ部屋を使うというのは慣れていないものだ。外と中では意識が違う。

「旅の間はけっこう距離近かったし問題ないわよね。それに二部屋とるのは所持金的に勿体ないし、節約していかないと」

「そ、そうだね。僕も賛成」

 本音を言えばエビルは慣れないため二部屋とりたかったがその分値段は高くなる。
 二部屋なら二千カシェはするが一部屋なら半額の千カシェで済む。
 ソラから貰った旅の資金にまだまだ余裕があるとはいえ、節約出来るところでしていかないと後に辛くなる時が来るだろう。早いところ金を稼ぐ手段を見つけようとエビルは一人考える。

 案内された部屋に入ってみると白いベッドが二台存在していた。

(……ふぅ、よかった。ベッドは二台ある)

 他には箪笥タンスが壁際にポツンと一つ置いてあり、上には花の入った白い花瓶が飾られている。あとは小窓が一つあるくらいで目立ったものは特にない。

「はあっ、久しぶりのベッド!」

 興奮した様子のレミは白いベッドに向かってダイブした。
 柔らかい素材なので二回ほど弾んだ後に落ち着き、枕に顔を埋めて数秒後にレミは顔を上げる。

「なんか旅をしてると小さな村一つに足を踏み入れるだけで少し感動するわね」

「ベッドで寝るのは森の中とかじゃ無理だしね。固くて多少デコボコしている地面に用意した寝袋で寝るのも慣れたけど、やっぱりちゃんとした寝具で寝るのが一番だよね」

「まあベッドもいいけど一番はお風呂よ! 水浴びはしてたけど臭いとか心配だし……アタシ早速入って来るわ!」

 寝転がったと思えば勢いよく起き上がり、レミは足早に部屋を出て行く。

「なんか、平和な旅って感じでいいなあ」

 故郷が燃やされたり、魔信教という殺人宗教団体に襲われたりと最近は休めていなかった。エビルの旅はその後に始まったとはいえ、いや始まったからこそ平和というもののありがたさを実感出来る。
 しみじみと呟いたエビルは「僕もお風呂入ろう」と言って部屋から出た。

 それからは屋内生活を堪能するため一歩も外に出なかった。
 昼食、夕食と食事をとってからはベッドに飛び込む。横になってからは柔らかな感触を味わいつつ一分もかかることなく熟睡した。

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