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第一部 一章 目覚めの風

初めての相手

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 上下青い服という盗賊のわりに悪目立ちしていた二人を、駆けつけた兵士達が連行していくのをエビルは大人しく待っていた。
 およそ連行する兵士が来くまでの二十分もの間、盗賊二人は一度も目を覚まさなかった。
 暇なエビルは待っている間で国の歴史をレミに、アランバートの剣術をヤコンに詳しく教えてもらっていた。

 大昔から火を大事に生きてきた一族がアランバート。
 彼ら彼女らが住む集落がやがて国となり、発展していくなかで争いが起きないようにと設置されたのが聖火。外から争いの種が持ち込まれることはあっても、平和の象徴ゆえか国が出来てから反乱などが起きたことはない。

 外からやって来る災いに負けないよう力強く生きる。
 それが国のキャッチコピーといってもいい。それに影響されてか、アランバートの兵士の剣術は攻撃を全て受けてから打ち負かす力の剣となっている。

「なんだか、ありがとうございます。国や剣術のことを教えてもらって」

 盗賊二人が連行されていくのを見送りながらエビルは礼を言う。

「いいのよ別に。むしろ退屈でしょこんな話」

「レミ様、あなたの立場的にそんなことを言うのは……」

 話を聞いている間、いや出会ってからずっとエビルは気になっていることがある。
 ヤコンがレミのことを様付けで呼ぶことについてだ。会話からヤコンが兵士なのは間違いないだろうが、その立場の人間が敬称を用いるとなればかなり身分が高いことになる。

 疑問に思ったことを訊こうと「あの……」とエビルは口を開くが、言い切る前にレミに遮られた。

「エビルさ、アタシと話すときは敬語なくていいよ。なんか堅苦しいし壁があるみたいで嫌じゃない」

「え、あ、ごめんなさ――」

「敬語とって」

「ごめん……えっと、レミ。ならどうしてヤコンさんは様付けで呼んだりするのさ。君って身分が高かったりするんじゃないの?」

 問われたレミは「あー」とか「えーと」とか煮え切らない態度だった。
 訊かれたくないことだったのかと思ったエビルは話題を転換しようとする。だがその前にヤコンが正体を答えてしまう。

「レミ様は火の秘術使いなんだよ。だからほとんど国から出られないし、普段いる城から外出の際には俺なんかが護衛につくんだ」

「……火の秘術? あの、秘術って?」

「知らないのか。まあ秘術については研究もあまり進んでいないし、地域によっては知らないのも無理ないかな。この世界には風、林、火、山という四つの特別な力がある。その特別な力を秘術といって、世界で各属性一人、扱える者の肉体には生後から既に不思議な紋章が存在しているんだ。つまりレミ様は世界に四人しかいない秘術使いの一人ってわけさ」

 説明されている間、レミの表情は元気が感じられない暗いものであった。
 先程までと明らかに違う彼女を一瞥し、エビルは普通に話しかける。

「じゃあ凄いじゃないかレミ。秘術ってやつが使えるんでしょ?」

「ふふっ、そんな大層なもんじゃ……ってエビル、アンタ敬語は」

 何かにレミは驚愕して目を大きく見開いていた。

「え? だって自分で止めろって言ってたじゃないか。もしかして僕もレミ様とか呼んだ方がよかったかな」

「あ、いやいいのよ全然! でもちょっと意外っていうか……。アタシが秘術使いって知ったらこれまでみんな敬ってきて、堅苦しい態度になってさ。エビルがそうならないのに驚いちゃったのよ。なんか友達みたいだし」

「そう言ってくれると嬉しい、かな」

 友達みたいと告げられたことで僅かに照れたエビルは頬を指で掻く。
 秘術使いは世界で四人。その内の一人というなら珍しく狙われる可能性も高い。一般人からすればとんでもなく希少な人間なので敬称をつけて畏まってもおかしくない。これまでレミに対等な態度で話してくれる相手がほぼいなかったのだと、詳しく知らないエビルでも容易に想像がついた。

 対等に話す相手の少なさからの勘違いだろうが、もし本当に友達になれたならエビルも嬉しいと思っている。

「そうだ、こんな機会滅多にないだろうしさ、火の秘術ってやつ見せてくれない?」

 エビルに「秘術を?」と訊き返すレミは困り顔だ。
 僅かな照れを隠すために話題転換したエビルは予想外の反応に内心軽く驚いた。強引に頼むつもりはなかったので発言を撤回しようとしたところ、隣にいるヤコンが口を先に出してくる。

「すまないがエビル君、軽々と一般人に見せては秘術の価値が下がってしまう。女王様や大臣達の許可なき者には見せられないんだ。本当にすまないね」

「いえ、決まりなら仕方ないですよ。僕の考えが浅はかだっただけです」

「……そういえばエビル君。この町の出身じゃない旅人なんだろうけど、何か目的があって訪れたのかな」

「ああはい、実はある焼き菓子を買いにここまで来たんですけど。確か名前はモエキです。モエキって知ってますか?」

 モエキ。それが村長に頼まれたおつかいの焼き菓子。
 コクのある甘さと型崩れしない程度の硬さを持ち、しっとりとしていて軽い食感の焼き菓子だと事前に村長から解説されている。

「それ知ってるわ、アタシもたまに食べるから。あれ甘くて美味しいから女性人気の高いお菓子なのよね。店も知ってるから案内しようか?」

「本当に? ならお願いするよ。僕はまだまだ知らないことだらけだし」

 ありがたい申し出なので断る理由はない。むしろ盗賊二人の連行まで待っていたのはそれを頼みやすくするためである。村長がしっかり店の名前や場所も教えてくれれば必要なかったのだが。

「それじゃ案内してあげるわ! さ、早く行きましょ!」

 レミは笑顔でエビルの手を掴むとリードして歩き出す。
 強引さに驚きつつも早歩きに近い彼女の速度にエビルとヤコンはなんとか付いていった。

 道中では牛肉の串焼きなどの美味しそうな食べ物を売っている店がいくつもあった。それらをスルーして向かうのは村長から頼まれた焼き菓子、モエキを売っている露店だ。

 先頭を歩いていたレミが「ここよ」と告げて止まる。いきなりだったがエビルとヤコンはなんとか続けて止まることが出来た。
 立ち止まったのは赤と桃色のチェック模様の外装が特徴的な露店。女性向けと明言されてはいないものの、店の外装の配色は明らかに意識して作られている。

「いらっしゃい。あらレミ様にヤコンさん、それに……」

 客と見なされたからか露店内にいるおっとりとした女性が話し出す。
 レミとヤコンの二人はたまに来るので顔を覚えていたようだが、初対面のエビルを見つめて知りもしない名前を思い出そうとしている。

「エビルです。あの、モヤキ二十個入りを一つください」

「ああエビルさんだったわね、お久し振り」

「一応言いますけど初対面です」

「あらあら、そうだったわ。初対面でしたね私達」

「相変わらずマイペースっぽいわね……」

 慣れているであろうレミやヤコンも呆れた様子だ。大丈夫なのかと心配するエビルは改めてモヤキを眺めた。
 焼かれた薄茶の生地は一見硬そうに見える。村長の話では柔らかいらしいが見た目からはそう思えない。菓子は初見なので甘そうにも美味しそうにも感じなかった。

「はい二十個入りです。お値段は二百カシェね」

 一口サイズのモヤキが二十個入れられた円柱状の缶を手渡される。エビルは腰に紐で固定している袋から紙幣を取り出そうとするが、その前にレミが割って入って紙幣を渡してしまう。
 百カシェ二枚を受け取った女店主はにこやかに「まいどー」と告げる。

「ちょっ、ちょっとレミ、なんで君が払うのさ」

「さっき盗賊捕まえるの手助けしてくれたお礼よ」

「そんなこと……別にさっきのはそんな狙いがあったわけじゃないのに」

 エビルはついさっき会ったばかりの人間に払わせることに罪悪感を感じる。拒否するがレミの瞳からは一歩も引かない意思が込められている。

「ついさっき起きた問題はエビルがいなければ解決出来なかったわ。エビルが足止めしてくれなきゃきっと国の外に逃げてた」

「エビル君、こうなったレミ様は強情だよ」

「強情って何よ。まあとにかく人の好意なんだから受け取ってよ!」

「……分かった。ありがとう、素直に受け取るよ」

 人の好意と言われては受け入れるしかない。エビルにとって得しかない提案であるし、レミ本人がそう言うのだからこれで良いはずだと思う。
 エビルはモヤキの缶を袋に収納して礼を告げる。

 その後、浮いたお金でエビル達は食べ歩きをしていた。

 余ったなら全て村長に返すべきなのにと口にするエビルに対し、本来こうして奢られる予定じゃなかったんだからいいじゃないとレミが悪魔のように囁いたのだ。
 元々観光に訪れたわけではないのだがら早く帰るべきなのだが、初めての町ということで浮かれ気分のエビルはレミの言葉に流されてしまう。

 いい匂いのするタレに漬けられた焼き鳥。香ばしい匂いの焼き兎。ここらでは滅多に採れない魚介類の塩焼き。モヤキのような多くの焼き菓子。町のどこを歩き回っても漂ってくる火独特の何かを焦がす匂いがして、また火を扱っている場所が多いことで全体的に温かい。気のせいか石畳ですら足に熱を伝えてくる。

 焼き菓子に使うはずだった二百カシェ全てを使い切った後、エビル達は歴史ある建物など観光地を見て回る。エビルとレミの二人は時間も忘れて城下町内を満喫し、一歩引いたところからヤコンが見守っていた。

 遅くなってくれば空も色を変化させておおよその時間をエビル達に知らせてくれる。
 さすがに遊びすぎたと反省したエビルは帰ることを告げ、案内してくれた二人が見送ってくれることになった。

 夕刻、アランバート城下町の入口へと戻って来たエビルは二人と向かい合う。

「レミ、ヤコンさん、本当にお世話になりました」

 朱色に染まった空の下、エビルは二人に軽く頭を下げる。

「いいのいいの、アタシが好きで案内したんだし。本当なら明日も案内したいけどずっといるわけじゃないもんね。あーあー、もっと一緒に行きたい場所あったのになあ」

「仕方ないですよレミ様。その代わり、またエビル君が来てくれたときに案内してあげればいいじゃないですか」

「それもそうね。エビル、絶対またアランバートに来てよ! そしたらアタシがエスコートしてあげるからさ!」

「うん、村長に頼んでみる。僕もまたここに来てレミと会いたいから」

 エビルは今まで友達といえる存在がいなかった。
 親しいといえば親代わりの村長や、剣術を教えてくれるソルなどの大人達。だが友達と言っていいのかエビルには分からない。同年代なら分かりやすく一緒に遊んだりすれば友達だと胸を張って言えるのだが。

 過疎的な村では人口も多くなく成人している大人がほとんどを占めている。
 同年代の少年少女が全くいないわけではないが少ない。この十六年程で関わってみて友達と呼べるほど仲良くはなれなかった。精々が薪拾いなど仕事の話をする程度だった。

 しかしレミは違う。純粋に、関わった今日が楽しかったと思える。エビルに初めて出来た友達といっても過言ではない。

「うん、アタシも会いたい。なんかね、エビルって本当に友達みたいで一緒にいると楽しくって。……アタシって友達いないから、ずっと今日みたいに対等な相手と出かけたいって思っていたの」

「そうなの? 活発だし意外……もしかして、秘術使いだから?」

「そうよ。みんなアタシに対しては様付けで呼んだり、妙に礼儀正しい態度とか敬語だったり、話すことなんて世間話じゃなくて経済とかそんなんだしさ。姉様ねえさまは普通に話してくれるけど、対等な友達ってのがアタシにはいないのよ。だから、エビルみたいに普通に接してくれるのってすっごく新鮮だったの」

 最初は悲しそうな表情だったが、レミの表情は次第に楽しそうな笑顔になる。
 赤い短髪。筋肉のついた女性にしてはやや太めの手足。男と見間違えるような容姿でも微笑む姿が可愛らしいとエビルは思った。少々頬がやや赤くなり胸が高鳴ったのを感じる。

「あのさ。一緒にお店回って、料理食べて、遊んで……もう僕達って友達じゃないかな。僕はそう思ってたんだけど、レミは違う?」

 レミの瞳が大きく見開かれ、そのまま固まってしまった。
 硬直しているレミを前にしてエビルは心配そうに表情を変え、もしかして迷惑だったかななどと声を掛ける。

「……ふふ、あはははは! うん……もうアタシ達は友達だよね!」

「僕も同年代の友人はいなかったんだ。レミが一人目だよ」

「そっかあ……お互い初めての相手ってことね。なんか嬉しいかも」

 頬を紅潮させたレミが照れた様子を見せる。

「じゃあエビル、またこの国に来てくれるの待ってるからね。覚悟しといてよー、一日じゃ回れないくらい良いところなんだからさ」

「うん、次もよろしく頼むよ」

 レミは自分の薄い胸を叩いて「任せといて!」と自信満々に口にする。
 続いて微笑ましいものを優しく見守るような顔をしたヤコンが口を開く。

「エビル君、最近は色々物騒な世の中だから気をつけて」

「ご親切にご心配ありがとうございます。それじゃあ二人共、またいつか」

 こうしてエビルとレミ達は一旦別れることになった。
 薄く赤みを帯びている道をエビルは南にある森の方へと、レミ達は王城の方へと向かって真っすぐに歩いて行った。



 * * *



 帰りは順調だったといえる。
 向かう際にキングコングを倒しているエビルは自信をつけており、森の魔物達を軽くあしらってみせた。町に行けた感動と、初めて出来た友人のことを早く話したいと思い歩みを急がせた。

 約束は守りたい。またアランバートへ行ってみたいと村長に頼もうとエビルは思う。そうすればまたレミやヤコンに会えるから。

「……なんだろう」

 村に近付いているのに胸がざわつく。どこか落ち着かないエビルは走って焦るように村へと辿り着いた。
 そうして息を切らせたエビルは視界に映る景色に目を見開く。

 エビルが住み慣れた故郷の村は――燃えていた。
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