9 / 9
Night.1-8
しおりを挟むすっかり登りきった陽によって乾かされていたラグマットをベランダから回収して敷き直し、東はその上にすとんと腰を下ろした。
嵐のように去って行った敦のいない、静かすぎる室内は耳が痛い程だった。
たった一晩共に過ごしただけで、かくも日常に違和感を感じるものなのか。自分の、あるいは人間の順応性の高さに驚かされる。
暖かさを残したラグマットに頬を載せて横になる。日の匂いのするそれは、普段の同じものよりもずっと居心地がいい。
いつもなら横になるのも腰掛けるのもベッドの上だというのに。不思議に思いつつうつらうつらとしていると、飛びかけていた意識を硬い解錠音が呼び起こした。
どうやら敦が帰ってきたらしい。
目を開けると、いつの間にやらリビングへ入ってきていた敦の足が見えた。
「……おかえり」
「びっ……くりしたぁ!」
開口一番。ただいまと応じる声よりも先に、悲鳴じみた叫声が上がった。
「なんであずまさんっていつも死んでんの!?心臓に悪いからやめとこうぜ!?」
「勝手に殺すな」
欠伸を噛み殺しツッコミを入れると、大袈裟なため息をついた敦は持っていたビニール袋を床に置き腰を下ろした。中身をひとつずつ取り出してみせる。
「とりまパンとおにぎりとカップ麺買ってきたけど……ど?」
東は考える間もなく首を振っていた。
昨夜摂ったアルコールのせいか、胃が痛く食べ物を受け付けそうにない。
「んじゃ、最後の砦」
言いつつ、二つ取り出す。
即席お粥とフルーツゼリー。それならなんとか流し込めそうだ。
働くわけでもないのに朝からしっかり食べるというのは学生時代以来だが、かと言って真摯に心配してわざわざコンビニまで行って来てくれた歳若い青年の厚意を無下にできるほど、東は神経が太くない。
肯定の意を示すようにゼリー飲料に手を伸ばすと、見下ろす敦の視線が和らいだ気がした。
「おれも食べてっていい?昨日の昼から食ってねぇもん。ペコペコ」
ひとつ頷いた東は、蓋を開け、添えてあったスプーンでゼリーをすくう。
小粒のみかんの果実が入ったゼリーをぼんやりと眺め、横になったまま口に含んだ。
ヒヤリとした感触に、再び脳が覚醒し始める。すると、今まで気に留めなかったことが気になり始めた。
目の前でぱりぱりと海苔を巻いておにぎりを頬張る青年。彼は、確か二十歳だと言っていた。
ひとり暮らしなのだろうか?
実家暮らしであれば、一晩帰らなかった息子を心配しているかもしれない。
「敦くん」
呼びかけると、ハムスターみたいな頬で目を瞬かせてこちらを振り返る。
「帰らなくていいのか?親御さんとか……」
ああこれ、なんだっけ。フラグってやつか。小説でよくある展開が浮かび、背に冷や汗が浮かぶ。
自分ひとりでいっぱいいっぱいなのに、年下の男の家庭事情なんか抱え込む余地などない。
「ああへーきへーき」
意に反して、敦はからりと笑った。おにぎりを頬張り飲み込む間を器用に縫って続ける。
「おれんち、結構な男前家庭でさ。可愛い子には旅をさせよってゆーか、なんだろ。法に触れずお天道様の下歩けるなら、なんでも経験しておけって。十八になった時は競馬連れてってもらった」
「今はいくつ」
「二十歳」
あくまで揺らがない年齢に、微苦笑する。
名前と年齢。あと教育方針。それ以外に彼の顔は知らないが、少なくとも悪い子ではない。
少し憧れが暴走しすぎた結果、ストーカーまがいになってしまっただけなのだ。
現に、自殺しようと思い立った面倒な大人を、心配して朝飯まで面倒を見る有様だ。
「なんか、想像できるな。お前の家庭」
「マジで」
「うん。全員敦くん」
両親も、いるかはわからないが兄弟も、皆敦のようにからっとした爽やかな笑顔で、下らないことで大笑いして顔をクシャクシャにして。想像し、その中の敦の家族に釣られ、東は少し笑った。
0
お気に入りに追加
26
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
つまりは相思相愛
nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。
限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。
とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。
最初からR表現です、ご注意ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる