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Night.1-5
しおりを挟む「あのさー、羽鳥さん」
チューハイの缶を開栓しながら、敦がため息をついた。
「もーやめた方がいいと思うんだけど」
「うるさい」
蛍光灯に照らされたフローリングには、空き缶が十数本程転がっていた。元々甘いサワー系を好む東だが、いくら好みの酒だとしても一本でしっかり酔える彼にその量は、酩酊するには十分だった。
「ダメな大人だな~」
「はいはいどうせダメだよ俺は」
「羽鳥さん全然ダメじゃねえっしょ」
「どっちだ。はっきりしろ」
めんどくさいなと笑い、敦は東の手から缶を取り上げた。
「あ、お前」
「約束、したっしょ」
約束。その言葉に、体が自然に硬直した。
「羽鳥さん死んじゃったら出来ねーし」
使い古したくたくたのラグマットの上に、優しく押し倒された。
ほとんど力の入っていない身体は、何の抵抗もなくくにゃりとされるがままになる。
「絶対よくするから。苦しませたりしないから」
自殺幇助を依頼した最低な大人に、未熟な若者は優しく囁いた。
「......う、」
細い呻き声を上げ、東は顔を腕で覆い隠した。
仰向けになった彼の秘部を、熱い舌が這っている。
残念なことに東は女性経験がない。そんな所を舐められたことなど、男性は勿論女性にもない。しかし、掌ではないぬめりを帯びた感覚に、羞恥を超えて快感が競り上がっていく。
東は顔を隠したまま、無意識に身体をよじった。
「目、そのまま隠してて」
「え......?」
水音が止んで聞こえた声に、半ば虚ろな意識の下、かろうじて応じる。
「萎えるっしょ」
そうか、と思った。
普通は、同性に性器をもてあそばれて興奮したりなどしないのだ。
では、自分はやはり普通ではない。......いや、ひょっとすると飲みすぎた酒のせいかもしれない。
(そうだ、酔ってる。だからこんな────)
ぼんやりとした思考は、再開された愛撫によって途切れた。
「......ふ、ぅ.....んんんっ」
ふわふわと消えそうな理性が、男の癖に、となじる。
敦だって、男の嬌声なぞ聞かされて、うんざりしているのではないだろうか。そう思うものの、なお東の敏感に反応するそこを這う舌は、吐息は、熱い。
「く、口......離せ」
「いーよ、イッて」
「良くな、っあ───」
痩せ過ぎた細い腰が跳ね上がる。悲鳴を上げて、東は達していた。
肩で息をする東を見下ろし、敦は手を厚手のパーカーの下に滑り込ませた。熱い掌が腹に触れ、東はきゅっと身を竦める。
「お前、……マジで」
「うん、マジで」
掌がゆっくりと下ろされ、下腹に触れる。
びくりと身体を震わせ、東は顔を背けた。
柔らかな髪が、目元を隠す。
それを指先でそっと退けた敦の手が、尻の間に差入れられる。
水気を帯びた指を押し込まれ、東は無意識に息を詰め、敦の服をきつく握り締めた。
「ぅ……く……」
「痛くない?」
「痛いとか、そういう問題じゃ、ない」
そもそも、他人に触れられる場所ではない。あまつさえ、そんな所に指を挿れられるなど。
「羽鳥さん、ゆっくり息吐いて」
は、と素直に従い息をつき、呼吸を緩める。
「ひ、う……ッ」
力を抜いた瞬間、指が体内に滑り込み、東は悲鳴を上げた。
酔いの逆上せが引くように、血の気が引く。
「待、ってくれ、あと一分、いや、三十秒でいい」
「待ってても怖くなるだけっしょ。自殺とおんなじ」
「頼むから、待ってくれ、やっぱり」
「やめちゃう?自殺もやめなきゃだけど」
冷静な声に、追い詰められる。
東はぶんぶんと首を振った。
死ぬ事さえ上手く行かない。生きていても上手く行かない。八方塞がりだ。目尻に涙が滲んだ。
その間も、敦の指は後孔を押し広げていく。
不快感のせいかアルコールのせいか、胃にきりきりと締め付けるような痛みが走り始めた。
嗚咽が喉に込み上げ、堪えると呻くような音が鳴った。
「羽鳥さん?」
我に返ったあどけない声が呼ぶ。
「あーもう……ゴメンゴメン。強く言い過ぎた」
覆い被さるように抱き締められ、頭を撫でられる。
東は嗚咽を堪え、次々流れる涙を乱暴に拭う。
「何で、こんな、……死にたいだけ、死にたいんだ、だけ、なのに」
「うん、ゴメン。ごめんなさい。ちょっと酷かったね」
甘ったるい声で言い、目を擦る東の手をそっと退けると指先で優しく涙を拭う。
精神的に堪えている時に優しくされるのは逆効果であることを、この青年は知っているのだろうか。
余計に本降りになる涙の雨に、敦は柔らかな唇を当てた。
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