しあわせになりたい君は夜ごと幸福を嘆く

沖田水杜

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Night.1-4

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「なんで?何が辛いの」

「なんでって」

 東は立ち上がり、玄関に向かうと施錠した。

 おもむろにビニール袋から缶を取り出すとプルタブを倒す。小気味いい音が静寂の中にやけに大きく響く。一口啜ると、蒼い頬にすうっと朱が差した。

「月が綺麗だったから」

「は?」

「今日は最高にいい日だったんだよ」

「明日もいい日かもしんないじゃん」

 敦が拗ねたように唇を尖らせた。

 幼さ故か、酒など飲まなくても彼の頬も唇も血が通っているのがはっきりと分かる。

 東は大きく一口煽ると、ふっと自嘲的に笑った。

「生きてみたら嫌な日って方が絶望的だろ」

 何が辛い訳でもない。ただ、疲れたのだ。下手くそな愛想笑いも、鉛を飲んだような身体の怠さも、自分の弱さも。

 缶をぐっと傾け、軽くなった缶を振る。僅かな水滴の音がした。東はそれを傍らへ転がす。

「おれ、羽鳥さんに惚れてたんだよ。こんな大人になりたいなって。一生懸命でさ、優しくてさ、強くて」

 美化しすぎだろ。俺はそんなできた人間じゃない。胸中で毒づきながら、東は2缶目に手を伸ばす。

 アルコールに強くない彼の目は、既にぼんやりと眠たげに潤んでいる。とても買い込んだ酒を全て消費しきれそうにない。

「でも、あんたがそんな傷ついてたなんて知らなかった」

 ほうとため息をつくと、敦はおもむろに缶の山へ手を伸ばした。

「一本。貰ってい?」

「いいよ。どうせ飲みきれない......一応聞くが、幾つ」

「二十歳」

「じゃあ、いいよ」

 嘘の可能性もあったが、どうせ今日は最後の日だ。大人としてあるまじきことでも、きっと見逃されるだろう。東と同じ葡萄のサワーのプルタブを倒し、敦は勢いよく煽る。
 
 からになった缶をサイドテーブルに置くと、敦はベッドの上で膝を抱え、両膝に顔をうずめた。

「夢、見すぎてたのかな」

 東は黙って缶の中を見つめる。自分には、見せられる夢など、とうに残っていない。

「まじで死ぬ気なの、羽鳥さん」

「うん、まじで」

 ふと、うずくまる青年を見上げ、東は思った。

 この子供は、何の為に自分を追いかけていたのだろう。ストーカーなどしたのだろう。

「何がしたかったんだよ、お前は」

「何って」

 敦が顔を上げた。押し黙り、こちらを見詰めている。言葉を探す彼に、東は静かな声で言った。

「俺が死ぬのを見届けて」

「は?」

「自殺がうまく行くとは限らないだろ。失敗して死に損ないのレッテル貼られて世間に後ろ指さされながら生きるなんて、それこそ生き地獄だ。ちゃんと死ぬように見張ってくれたら、俺に出来る事ならしてやるから」

 敦は絶句していた。丸っこい少年らしさの残る瞳が、いっぱいに見開かれている。泣くんじゃないか、と思うような顔をしている。

 そりゃあそうだろうな、と思った。自分が酷なことを頼んでいるのは理解している。断られたなら断られたで、じゃあ邪魔をするなと追い返してしまうつもりだった。大人とはそういうものだ。残酷で冷たい生き物なのだ。

「じゃあ」

 敦が声を発した。それは先程までの東によく似た、嘲笑を含んだような声だった。

「あんたを抱きたい」

 耳を疑った。嘲笑が引いた冷静な目で、敦は繰り返した。

「抱かせてくれるなら、手伝ってもいいよ」
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