しあわせになりたい君は夜ごと幸福を嘆く

沖田水杜

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Night.1-2

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 苦難続きの日々。

 人並みのことも頑張り通せない弱い自我。

 息もできない程押し込められた満員電車も、舌打ちしながらぶつかってくるサラリーマンも、人酔いしそうな混沌とした街も、今なお耐えて頑張っている人がいるのに、自分には出来ない。心が思うよりも先に身体が拒絶する。

 そんな自分の弱さにうんざりしてばかりだった。

 だから。

 せめて最後くらいは、苦しいのも、辛いのも感じないまま、幸せな気持ちで消えてなくなりたかった。

 そうだ、今日しかない。

 帰ったら風呂にお湯を張って、浸かりながら大酒飲んで、確か昔ドラッグストアで買った睡眠薬が残っていたからそれも飲んで、眠ったまま溺死しよう……。

 自殺念慮を抱いているというのに、東の瞳には生き生きとした光が宿っていた。


 耐震性の怪しい古びたアパートの3階302号室に、東の部屋はある。鍵を差し込み、手応えに目を瞬いた。

 鍵が開いていた。

 今朝閉め忘れたのだろうか。閉めた記憶も閉め忘れた記憶もない。無意識の行動の怖さだ。

 そっとドアノブを捻り、中を覗いた。

 明かりのついていない玄関。朝出た時のままだ。

 しかし、見覚えのない赤いハイカットスニーカーが、ご丁寧に揃えて脱いであった。

「お邪魔します……」

 呟いて中へ踏み出してから、滑稽さに首を傾げる。お邪魔しているのはこのスニーカーの持ち主だ。東ではない。

 東は手を塞ぐビニール袋を床に置くと、玄関の壁に立て掛けた藍色の傘を両手に掴み、足音を忍ばせて進んだ。

 電気がついていないせいで、余計に恐怖心が掻き立てられる。


 死のうとしている人が何を恐れる、と言われそうなものだが、彼としては、できる限り苦しみを排除して自分のタイミングで死ぬのと、突然出てきた見知らぬ人間に撲殺されるのではまったく違うのだ。

 玄関から数歩も進めば台所があり、その先のリビングにはミニテーブルとラグマット、小さな液晶テレビ、一番奥にシングルベッドがある。

 東は台所で止まり、食器棚の影からリビングの様子を伺った。

 ベッドの上に、誰かが体育座りをしている。暗い部屋の中テレビだけが点滅していて、その人物をチラチラ照らしていた。男のようだ。若い。

 黒ではなさそうな薄い色の髪に、パーカー、細身のズボンを履いている。テレビからイヤホンを繋いでいた。ぎりぎり10代か、20代に入りたてか……といった容貌だ。

 そのあまりに自然にくつろぐ姿は、どう見ても空き巣ではない。しかし不審者であることは間違いない。

 東は意を決して足を踏み出した。
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