しあわせになりたい君は夜ごと幸福を嘆く

Daybreak.

　狭い部屋。1LDKのアパートの一室。軋むベッドのスプリング。

　彼はふと誘い込まれるように、伏せていた目を上げた。

「ああ、」溜息のような声に、絶えず鳴っていた軋みが止んだ。

　窓の外は、黒い夜闇が目に沁みる青に塗り替えられようとしていた。白い月が消えそうに薄い。夜が明ける。また、夜が明ける。朝がやって来る。あと僅かで、東の空から、燃えた陽が昇ってくるのだろう。

「あずまさん、泣いてんの」

　舌っ足らずな響きのする声に、彼は窓に向けていた目を閉じた。

「泣いてない」

「うん、でも……」

　上から降る戸惑う声。分かっている。目尻から、横にすうっと輪郭を伝っていく雫の感覚がある。

「空が眩しすぎるだけだ」

　瞼を上げた。心配そうに見下ろしてくる青年を強引に引き寄せ、唇を重ねる。目はまた、窓の外へ。

　酒気を逃がすために僅かに開けた窓から、薄群青の空の色が風を帯びて射し込んで来ている。眠らず夜を明かした彼には、それは眩し過ぎた。目の奥と眉間にツンとした痛みが走る。

　陽は────命を削る。人は歩き、走り、急ぎ足でそうとも知らずに命を削る。夜は時が止まり、生が止まる。人は眠り、一時の死に浸る。夜から朝への境は、死と生の境だ。朝日を浴びて人は息を吹き返し、また命を削る。夜を越えない者は、さらに深く、永遠の眠りに身を委ねる。

　日が昇る。

　それを見上げて涙を流す彼は、やはりまた生きているのだろう。

　命を削る為に。