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貴族様の男娼
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「おばさん、おはよう」
「おはようさん。昼から客の予約が入ってるよ」
「そう」
シンは目を擦りながら軽く頷く。店のオーナーであるエレおばさんが珈琲を淹れるのを尻目に、洗面所へ向かう。
洗面台に手をつき、鏡を睨んだ。蒼白い顔の、あどけない顔の少年がそこに立っている。もう歳を数え始めてから17年になるというのに、その顔つきやしなやかな細い身体には、青年らしさというよりも少年的な美しさが滲んでいた。タオル地のローブを脱ぎ、質素な浴室へ向かう。
シャワーを浴びながら、シンはここ数年のことを思い出していた。
彼はあの日以来、少年群を抜け一人で生きていた。無論、雇い先など安易に見つかるはずもない。リーダーに教えられた唯一の生きる術、盗みを繰り返し、罵声と石と暴力を浴びながら生きるにも限度があった。10日に1度パンが手に入ればまだいい方で、身体はますますやせ細って行く。
そんな彼に手を差し伸べたのは、青少年を金持ち連中へ斡旋している風俗の女だった。
病的に痩せていたが、運のいいことに彼は未熟な身体ながら美しかった。
国では珍しい黒髪は見事で、やや乾燥していても絹のように艷やかに肩に降り掛かっていたし、肌は蒼く白く透き通るようであった。薔薇のように紅く小振りな唇。華奢ですらりとした手足。細いウエスト。小さな尻。痩身だからこそ、その清らかな美が際立つようであった。
彼は、自らの身体を売り物にして生きる道を選んだ。その日から彼の生活は一変した。裕福な男に、時には女に、身体を弄られ、金を得、寝食を得、衣服を得た。
シャワーを止め、シンは浴室を後にする。タオルで身体を拭い、白いネグリジェのような衣服を纏った。
リビングでは、揺り椅子に腰掛け新聞を広げたエレが珈琲とロールパンを置いた机を指し示してくれる。他の青少年はまだ起きていないらしい。通いの者もまだ来ていない。
自然二人きりになったリビングで、シンは珈琲を啜り、顔をしかめる。ノンシュガーの珈琲は、彼の若い舌にはまだ馴染まない。エレに言い角砂糖を貰うと、3欠けすべて放り込む。甘ったるくなった珈琲を啜るシンに、エレは苦く笑った。
「相変わらず悪趣味な舌だねぇ」
「高尚だろ」
しれっと返すと、エレはおかしそうに笑う。が、ふと思い出したように声を止めた。
「悪趣味と言えば、あんたに話があってね」
「話?」
シンは珈琲のマグを置き小首を傾げる。エレは頷き、続けた。
「ある貴族のご子息が、そっちの趣味の方らしい」
「よくある話だよ」
「まぁお聞き。そのボンボンがね、秘密裏に愛妾を探しているって話さ。うちにも噂を聞きつけて使いが来てね」
そこで言葉を切り、エレはシンをじっと見つめた。
「どうだい。あんた、行ってみないかい」
「おれ?」
ただの下世話な世間話だと思って耳を傾けていたシンは、目を丸くした。貴族の家ともなれば、報酬は案ずるまでもないだろう。場合によっては、衣食住まで保証される可能性もある。しかし、そんな美味しい話をなぜ自分に持ってきたのだろうか。
「あんたなら上手くやれると思うんだよ。少々危なっかしくて不躾なところはあるけどね、しっかりしてるし、何しろ可愛くて気の利くうちの稼ぎ頭だ」
シンはふぅんと唸った。確かに客は多い方だ。少年趣味、嗜虐趣味など特殊な客の相手をすることが多いから客数は減るものだが、それなのにシンには常連もいたし、日々しごとには困らなかった。街角へ出て客を捕まえるまでもないほどには、界隈で名の知れた子供だったのだ。
しかしそこまでは知らないシンは、別のことが気にかかった。
「稼ぎ頭がいなくなって、おばさんは食っていけるの?」
エレは目を細めた。エレは、10に満たずに死にかけていた幼い彼を拾い、食わせ、仕事を与えた親のような存在である。
幼い手にペニスを握らせクリトリスを愛撫する術を教えたこの女を、世間は鼻に皺を寄せて見るだろう。しかし、シンに手を差し伸べたのも、18になるまで付き添ったのもこの女ただ一人なのだ。そんな彼女が、かつての自分のように路頭に迷うことにならないかが、ただ1つの心配だった。
「お前はいい子だよ。こうさせているのが勿体無いくらい。おばさんのことは気にしないでいいから、お前さんはもっといい服を着て、もっと上等な寝床をもらいなさいな。辛ければ帰ってくればいいさ」
「おはようさん。昼から客の予約が入ってるよ」
「そう」
シンは目を擦りながら軽く頷く。店のオーナーであるエレおばさんが珈琲を淹れるのを尻目に、洗面所へ向かう。
洗面台に手をつき、鏡を睨んだ。蒼白い顔の、あどけない顔の少年がそこに立っている。もう歳を数え始めてから17年になるというのに、その顔つきやしなやかな細い身体には、青年らしさというよりも少年的な美しさが滲んでいた。タオル地のローブを脱ぎ、質素な浴室へ向かう。
シャワーを浴びながら、シンはここ数年のことを思い出していた。
彼はあの日以来、少年群を抜け一人で生きていた。無論、雇い先など安易に見つかるはずもない。リーダーに教えられた唯一の生きる術、盗みを繰り返し、罵声と石と暴力を浴びながら生きるにも限度があった。10日に1度パンが手に入ればまだいい方で、身体はますますやせ細って行く。
そんな彼に手を差し伸べたのは、青少年を金持ち連中へ斡旋している風俗の女だった。
病的に痩せていたが、運のいいことに彼は未熟な身体ながら美しかった。
国では珍しい黒髪は見事で、やや乾燥していても絹のように艷やかに肩に降り掛かっていたし、肌は蒼く白く透き通るようであった。薔薇のように紅く小振りな唇。華奢ですらりとした手足。細いウエスト。小さな尻。痩身だからこそ、その清らかな美が際立つようであった。
彼は、自らの身体を売り物にして生きる道を選んだ。その日から彼の生活は一変した。裕福な男に、時には女に、身体を弄られ、金を得、寝食を得、衣服を得た。
シャワーを止め、シンは浴室を後にする。タオルで身体を拭い、白いネグリジェのような衣服を纏った。
リビングでは、揺り椅子に腰掛け新聞を広げたエレが珈琲とロールパンを置いた机を指し示してくれる。他の青少年はまだ起きていないらしい。通いの者もまだ来ていない。
自然二人きりになったリビングで、シンは珈琲を啜り、顔をしかめる。ノンシュガーの珈琲は、彼の若い舌にはまだ馴染まない。エレに言い角砂糖を貰うと、3欠けすべて放り込む。甘ったるくなった珈琲を啜るシンに、エレは苦く笑った。
「相変わらず悪趣味な舌だねぇ」
「高尚だろ」
しれっと返すと、エレはおかしそうに笑う。が、ふと思い出したように声を止めた。
「悪趣味と言えば、あんたに話があってね」
「話?」
シンは珈琲のマグを置き小首を傾げる。エレは頷き、続けた。
「ある貴族のご子息が、そっちの趣味の方らしい」
「よくある話だよ」
「まぁお聞き。そのボンボンがね、秘密裏に愛妾を探しているって話さ。うちにも噂を聞きつけて使いが来てね」
そこで言葉を切り、エレはシンをじっと見つめた。
「どうだい。あんた、行ってみないかい」
「おれ?」
ただの下世話な世間話だと思って耳を傾けていたシンは、目を丸くした。貴族の家ともなれば、報酬は案ずるまでもないだろう。場合によっては、衣食住まで保証される可能性もある。しかし、そんな美味しい話をなぜ自分に持ってきたのだろうか。
「あんたなら上手くやれると思うんだよ。少々危なっかしくて不躾なところはあるけどね、しっかりしてるし、何しろ可愛くて気の利くうちの稼ぎ頭だ」
シンはふぅんと唸った。確かに客は多い方だ。少年趣味、嗜虐趣味など特殊な客の相手をすることが多いから客数は減るものだが、それなのにシンには常連もいたし、日々しごとには困らなかった。街角へ出て客を捕まえるまでもないほどには、界隈で名の知れた子供だったのだ。
しかしそこまでは知らないシンは、別のことが気にかかった。
「稼ぎ頭がいなくなって、おばさんは食っていけるの?」
エレは目を細めた。エレは、10に満たずに死にかけていた幼い彼を拾い、食わせ、仕事を与えた親のような存在である。
幼い手にペニスを握らせクリトリスを愛撫する術を教えたこの女を、世間は鼻に皺を寄せて見るだろう。しかし、シンに手を差し伸べたのも、18になるまで付き添ったのもこの女ただ一人なのだ。そんな彼女が、かつての自分のように路頭に迷うことにならないかが、ただ1つの心配だった。
「お前はいい子だよ。こうさせているのが勿体無いくらい。おばさんのことは気にしないでいいから、お前さんはもっといい服を着て、もっと上等な寝床をもらいなさいな。辛ければ帰ってくればいいさ」
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