蒼き炎の神鋼機兵(ドラグナー)2nd Season

しかのこうへい

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第二章

その男、クルーガー-06

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夜が来た。あれからムーアからの威力偵察も、ダス・ヴェスタサイドの動きも無い。アジ・ダハーカのブリーフィングルームでは、私とテーブルを挟んで斜向いに座ったクルーガーの二人きり。奴は不信感を露わにした私の視線をも意に介せず、飄々とポケット瓶の酒を煽っている。

「…こうなる事は想定の範囲内だったと?」
私の口調にも、若干の棘があったのだろう。クルーガーはちらりと私の方を見やると、懐にしまったポケット瓶を再び取り出し、その瓶を私に向けながら言った。
「ああ。だから言ったろう、副長さん。アレはライヴ殿の功績だと。アレはな、ライヴ殿あって初めて成功する策のひとつなのさ」

「…つまり、現在このように膠着状態になるというのも?」
腕組みしたまま、私の口調の棘は更に鋭くなってくる。しかし、それもやむを得まい。
「ああ、そうさ。連中はさっきの戦闘で痛い目にあったからな。そう簡単に近付いてはこれまいて」
「では?」
「アジ・ダハーカはこのままこの場所で睨み合いを続ける。敵ムーア軍の本隊が来るまでに、あっち・・・の段取りが間に合うかどうかが勝負だ。次にムーアの連中がやって来る時には、情勢が随分変化している筈さね。さて?」
そう言って、クルーガーはニヤリと笑う。

あっち・・・?」
私は少しでも状況を把握しようと声を発した。
「ああ、あっち・・・だ。ここで作戦内容を開示しようかね、副長さん。今回の作戦はまず、アンタが必ず反対するような内容だった。故に、今まで黙っておいた。勿論、今回の作戦の全容を知るものはこの艦には誰一人としていない。その内容をすべて知っているのは、ライヴ殿くらいのものさね」

そう前置きして、灯火管制の中、クルーガーは酒臭い息を吐きながらゆっくりと口を開いた。私はその言葉をひとつひとつ確認するように、その言葉を咀嚼していく。

◇     ◇     ◇     ◇

「…そんな作戦だとは…」
私は驚きを隠せないでいた。
「綱渡りもいいところだ! オースティン砦のブルフント=ヴィジッター公が動かなければ、そもそもが…」
「動くさ。動かなければ、彼奴の運命は決まったようなものさね。度を越した日和見主義も、決断しなければならない時が来る。それが、今だ」

私は呆気にとられてしまった。開いた口が塞がらないというのは、正にこの事を言うのだろう。
「な? だから言わなかったんだ。今のところ、これでこの作戦の内容を知る者は一人増えた。素晴らしい事だ! 事案もここまで来たら、反対のしようもあるまい?」
ガハハ…、クルーガーはそう笑いながら、また一口酒を煽る。私の心の奥底から、侮蔑と驚嘆の入り混じった言葉が、自然と口をついて出てきた。
「クルーガー殿。アンタはつくづくのペテン師だな…!」
それは、正直な私の感想だった。
「ああ、褒め言葉と受け取っておくさね!」
クルーガーは瓶の中の、最後の酒の一滴を惜しみながらニヤリと笑った。

◇     ◇     ◇     ◇

「皆さん、こんばんは。クーリッヒ・ウー・ヴァンの世界へようこそ。私が当番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?

さて。ダス・ヴェスタ戦の第2戦目が終わりました。これから彼らの戦いはどのように動くのでしょう? 史記”ゲシュヒテ”や演義”ディクローム・クーリッヒ・ウー・ヴァン”を愛読されている方には、何の説明もいらないかもしれません。ですが、あえてこの戦いを分析してみようと思います」

視聴者の皆様には、画面を見て欲しい。これは演義”ディクローム・クーリッヒ・ウー・ヴァン”における、ライヴ隊の戦いを絵図にしたものである。この絵図が描かれたのは、今から2,000年ほど前…、クーリッヒ・ウー・ヴァンの時代から1,000年ほど後の時代のものである。歴史の暗黒時代から抜け出し、再び文明の黎明期が訪れた頃の傑作だ。

史記”ゲシュヒテ”では、当時の戦いをこのように描いている。この戦いはラウレスランドの大返しとムーアの逆落し、そしてそれらが絶妙に絡み合った作戦であったと。では、それらは一体どのような作戦であったのだろうか?

「この作戦は、地の利と電撃作戦を巧みに組み合わせた作戦であったといえるでしょう!」

そう話すのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。

「ラウレスランドを反帝国勢力の陣地として上手く活用できたこと、そしてローテクである騎馬兵を上手く用兵できたことが勝利の要因として挙げられるでしょう。ムーアに遺されている詩篇には、以下のような記述が今に伝わっています。

『ベイク=カンターは慄いた。全兵力を前面に出したことを悔いた。そして、ダス・ヴェスタへと転進した。
カンターは謳う。

我、今ここに至るに、エイヒダット公の信を得る資格を失う。
今はただ、残された兵たちを如何に引くかを考むる。
ああ、我が愛し妻と子よ。我は今この地で果てん。
願わくば、ただただ敵に一矢報いんと欲す』

なんと哀しいうたでしょう。かのベイク=カンターは、知将:アドマイア=エイヒタッドを師と仰ぐ、従順な部下でした。そして、先のダス・ヴェスタ戦でライヴ少年を窮地に陥れた人物でもあります。しかし、知略に至ってはヴァータス=クルーガーに及ばなかったのです」

では、一方のライヴ少年はどうだったのだろう。

「かの人物… ヴァータス=クルーガーの策を非常に高く評価していた模様です」

と語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。

「ベイク=カンター大佐は、アドマイア=エイヒタッドに次いで非常にその人格を高く評価された人物です。当然ですが、彼のファンも多いでしょう。ですが運命とは残酷なものです。そのような人格者までもが、敵味方に別れたことで悲劇に導かれてしまったのですから。ムーアにある州立歴史博物館には、一時期盗難に遭い遺跡から切り取られた、当時を忍ばせるレリーフが遺されています。そのレリーフには、珍しく悪漢として描かれたライヴ少年の姿を見ることができます。もしよろしければ、一度本物のレリーフに当時の息吹を感じ取ってみてはいかがでしょうか?」

◇     ◇     ◇     ◇

時は半日ほど遡ることになる。

「カンター大佐!」
ムーア砦にて。軍靴の足音が、私のいる作戦立案室まで慌ただしく聞こえてきた。それはやがてドアの前でピタリと止まる。やや激しいノックの後、私を呼ぶ誰かに、私は声をかけた。
「どうした?」
私は図面上に駒を配置しつつ、次の一手を考えている最中だった。そんな矢先のことである。ガッシリとした体格に似合わぬ小さく細い目に、太い眉。シンク=バレイトー大尉が部屋に入ってきた。確か、彼はまだ30前だと言っていたか? 普段から慌ただしい男だとは思っていたが、私は彼のそのあまりの驚きぶりチラリと横目で見ると、それを敢えて無視した。
「敵ライヴ隊がダス・ヴェスタに現れたとの一報が入りました! ライヴ=オフウェイは再起不能に陥ったとの情報があります。しかし、アジ・ダハーカの甲板には、レクルート・ファハンを確認! 我々はどうすべきでしょう?」

「何もそんなに驚くことはないだろう。落ち着き給え、バレイトー君。一時はライヴ=オフウェイ死亡説も出たくらいだが、それすら一種のデマに過ぎぬ。速やかに威力偵察の支度を始めたまえ」
私は大尉の微妙な表情も確認することもなく、盤上の駒をひとつ、動かした。

「では、どのような規模の偵察隊を?」
「そうだね…」
私は次の一手を考え始めていた。本来、ダス・ヴェスタにはこちらの兵力の1/3を割いている。虎の子のシアルルをかの地に配置しているのも、ダス・ヴェスタが如何に重要な場所であるかを考慮した結果だ。私ははじめて、バレイトー大尉の顔を見上げた。

ふむ、確かに尋常では無いようだ。
「で、そのアジ・ダハーカ本隊がどうしたというのだね?」
「はい。ダス・ヴェスタ本陣を前に一向に動こうとしません」
「動かぬ、と?」
私の脳裏に、今までに聞き及んでいた”ライヴ隊の奇策”や、彼の者が取りそうな作戦のパターンに思いを巡らせていた。もしライヴ=オフウェイが健在であったとして、何故ダス・ヴェスタを一気に攻めてこない? それとも、これは彼の布石か…?

「ダス・ヴェスタでの敵の戦いぶりからも、何らかの意図を感じます。大佐、私はどのように…?」
大尉の瞳に、私の無愛想な表情が見て取れる。私は静かに、ふたつの駒を進めた。
「シアルルは足が遅い反面で、我軍の要だ。既にダス・ヴェスタでの戦いで三騎のシアルルのうち一騎を失っている。それ故に、新たにダス・ヴェスタへ配置した一騎以上のシアルルは派遣できぬ。うむ、貴君のヘイムダルを中心にしたランダー隊15騎と騎兵300、クアット5騎によるスカイアウフ隊を出そう。これは前回の戦いで失った我が隊の総数にあたる。地上に注意を引きつつ、遥か上空からクアットで一気に叩き潰せ。当然、敵も何らかの策を張っている筈。くれぐれも慎重に。危険を感じたら、構わぬ。引け!」
「り、了解!」

「…どうした?」
私は、ここで初めてバレイトー大尉の表情を読み取った。頬はやや高揚し、言葉にも若干の覇気が感じられる。そうか、そういえば彼にとって、これが初めての隊長としての本格的な戦いだったな。

「いいか、バレイトー大尉。功を焦るな。威力偵察とは言え、十分に敵を叩けるだけの一群を任せるのだ。安心して行ってきたまえ」
私はバレイトー大尉の肩を軽く叩くと、彼は感極まったようにニヤリ、と笑った。
「可能であれば、私の手で完膚なきまでに叩き潰してやりますよ」
「ハハハ、威勢がいいな。ではいつもの通り、ランダー隊で気を引きつつスカイアウフ隊に敵艦船を地に落とさせるのがいいだろう。その後の処理は、騎兵や一般兵に任せればいい。ただし、調子に乗ってやりすぎてはならぬ。一方的な戦いになるだろうが、くれぐれも調子に乗らないようにな。一応、釘を差しておくぞ。一番の目的は、アジ・ダハーカの動向だ。敵を壊滅させることではない。いいな?」
「了解であります!」
敬礼をして、バレイトーは走り去っていった。さて。私は私で、痛み分けに終わったダス・ヴェスタ戦に備えなければ。

そういえば、ラウレスランドへ派遣した部隊はどうなっている? 書類を見た上では、ラーサス、ワサフォート両砦からの援軍も加わって、こちらの負担も少なくなっている。彼の地のファントメシアの一族は何気に手強い。彼らを纏めているクルーガーという男。この男がどう動くか…。放った情報屋は未だ帰還せず、これでは作戦の立てようもない。それと、クルーガーの妹が率いているという騎馬隊も気になる。ああ、忘れていた。気にかかっていた。オースティン砦のファルクニューガン城にいるブルフント=ヴィジッター公が動かない。ましてや、ライヴ隊と袂を分かったロータ・メティオ隊と共に、あの堅物のエッセン=ハンプトフィンガーがヴィジッターに降ったという噂も聞こえてくる。この動き、全く腑に落ちぬ。一体戦局はどうなっている? 万が一、かのブルフント公が裏切るような事でもあれば、戦局は一気に変貌する。

戦いは優位なまま進めねば…。私は呟くと、オースティン砦のブルフント公へと使いを出した。
『私は知っているぞ』と。
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