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第八章

悪鬼の終焉-03

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「シズカ様!」
その敵兵たるエイサー=フラットは思わず声を上げた。エイサー=フラット… グロウサー帝国第13騎士団親衛隊の一員である。白い巻髪、整った顔立ち。どこからどう見ても、女性好みのいい男である。それだけに、なんだか面白くない。とにかく、リーヴァのことを知るためにしずの協力を得ることにしたのだ。

「よくぞご無事で…」
「私が無事なことはおわかりでしょう? 第一、私がそう簡単に軍門に下るように見えて?」
静は髪を掻き上げ、首を傾げながら微笑んだ。いやいやあなた、結構アッサリと降ったじゃありませんか?
「はい! …とにかく安心しました。あなたがこの無粋な男に倒された時には、息も止まるかと…」
「無粋な男?」
「ええ、あのライヴ=オフウェイという…」
エイサーの瞳に邪険な光が宿っていた。
「…いくらNo2のあなたでも、この方のことを悪く言うのは許しませんことよ」
「何と嘆かわしい! あなたほどの方が、こんなにも簡単に籠絡してしまうとは…」
…こいつ、本気で馬鹿にしてないか?

「…おい」
「なんでしょう、ライヴ様!」
静の声のトーンが跳ね上がった。
「…いや、静もそうなんだけどさ。エイサー、君は俺に何かおかしな感情を持ってないか?」
「ああ、持っているとも。俺が掴んだ情報だと、次々と女という女をタラしこんでいるらしいじゃないか」
「それは誤解だ。勝手に、とは言わないけど、自然発生的にそういう感情を持たれてしまってるだけで…」
「なんにせよ、だ。我々のシズカ様を惑わした罪は死罪に値する!」
「いや、そーゆーのはこっちに置いといてさ。俺は人の居所を探している。協力して欲しい」
「誰がお前の頼みなぞ…」
「…エイサー、私からもお願いしたいのだけれど?」
「はい! 喜んで!」

◇     ◇     ◇     ◇

「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸いである。心穏やかであろうから。それ故に、伝えよう。連綿と受け継がれてきた、英雄たちの物語を。…皆さん、こんばんは。クーリッヒ=ウー=ヴァンの世界へようこそ。私が当番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?

…さて。戦後処理のお話です。深夜から朝にかけてのわずか数時間で、グリーティスタンの州都スタディウム・ノーディスタンは陥落しました。その経緯についてはいまだ詳しくはわかっていません。ですが、海浜の都市ズィーゲン=ダミーラスから発掘された書簡には、戦後復興に関する資料が書き込まれていました。では、ライヴ=オフウェイ少年たちはどのようにこの州の復興に関わってきたのでしょうか…?」

ここに、数巻のバンバスの書簡がある。ここに描かれているのは、他国からの侵略に対抗する要衝としての州:グリーティスタン地方全体の戦後復興に関する内容だ。当時無事だった都市からの資材や人員などの流通の情報が事細かに記載されていた。その内容について、アンスタフト=ヒストリカ教授はこのように語ってくれた。

「…当時戦争に巻き込まれずにすんだズィーゲン=ダミーラス、フォフトヴァーレン、ディーツァ、グリート・レインスの4都市から、陸路を通じて人と物の動きがあったことが記されています。特に被害の酷かったダズアルト砦のシュタークフォート城では、数多くの人夫が出入りしていたとされています。中でも、非常に興味深い書簡があります。この書簡にには、シュタークフォート城修復に携わった人夫のタイムカードが記載されていました。朝の7時頃から、夕方の6時まで。もちろん休憩時間にはおやつ・・・も出されていた模様です。また休暇の理由も事細かく書かれていて、『工事中の怪我のため』という理由から、中には『二日酔いのため』などというユニークなものまで遺されています。このように、当時の人々が生き生きと働いていた様子が窺い知れますね」

では、軍事面ではどうだったのだろうか? その疑問には、ミンダーハイト=ギリアートン教授が答えてくれた。

「…少なくとも、国境近くにあるフィスクランドやブラガルーンのフェアンレギオン砦には、一旦集結した各地の各部隊が配備されたとあります。城塞都市であるアーサーハイヴの第13号遺跡で発掘された書簡によると、兵士の配置についての詳細な情報が遺されていました。その中に、ライヴ=オフウェイ少年の名前が列記されていたのは言うまでもありません。とにかく。奇跡的に城以外の大きな破壊を免れたスタディウム・ノーディスタンのハープシュタット城の修復を含め、この時期でも非常に早いスピードで復興が成されたとされています。そう、流通の基礎は、この頃には既に確立されていたのです…」

◇     ◇     ◇     ◇

…結論から言おう。
捕虜として捉えたエイサー=フラット、エース=ロイター、タレント=ツァズァイトの三名は全くお話しにならなかった。ただひたすら静を讃え、敬い、愛していたことだけは痛いほど理解できた。そんな中でわかったことが一つだけある。

静は”ジーベン・ダジール魂の入れ替え”である以前に、更に東にある”ナフバシュタート州”の貴族の娘であったらしい。しかも数ヶ月前までは美しい黒髪にブラウンの瞳の少女だったと言う。そんな静の本名はブラウヌ=アーガン。数年前に突然ジーベン・ダジールが起こり、静としてのパーソナリティが発現したというのだ。

静は言う。
「ええ、わたくしは列記としたこの世界の住人でしたわ。たしかに、もう一人の自分に気がついた時には正直ビックリしましたけれど…。でも、今の自分も嫌いではありませんの。あなたという運命の人と巡り会えたんですもの!」

で、静のフリーク三人組は言う。
「たとえシズカ様が誰であろうとも、我々の愛は変わることはないッ!」

くり返し言おう。つまり、お話にならないのである。
仕方ない。他を当たるしかなかった。そんな時である。

「そう言えば私の実家… オリエンアリッシュからの便りでは、領主様のところに少女がひとりやって来たそうですわ。それがライヴ様の言う方かどうかは存じ上げませんが…」

◇     ◇     ◇     ◇

「…では、東に向かいたいと?」
アジ・ダハーカのブリッジにて。俺はローンに今後の相談をしにやって来ていた。
「はい。たとえ僅かな情報でも、リーヴァにつながる手がかりになるなら行ってみて損はないと思います」
「しかし、…本当にいいのかね? かの州もそう簡単には落とせはしないぞ」
「と、いうと?」
「キミは知らないだろうが、ナフバシュタート州というのは先のウィクサー首長国と、砂漠と海とで繋がっている緩衝地帯だ。それだけに、強固な砦で固められている。当然ではあるが、それなりに強力な兵士も多い。…できるかね?」
「できるできないではなくて、やるしかないんです。マーダーの脅威は去っても、彼女が無事でいる保証はない…」
ローンは大きく深呼吸をした。そして空を仰ぎながらサングラスのブリッジを直し、横目で俺を見つめる。
「もう決まっているようだな」
「…はい。」
「ならば、今なすべきことは…」
「既に手配済みです」
「…だったな。後は私のサインを待つのみ… なのかね?」
「よくご存知で」
「ハハハ… 君には参ったよ。わかった。承認しよう。ただし、ちゃんと勝算の目処が付いてからだ」

◇     ◇     ◇     ◇

「ねぇ、今度はナフバシュタートへ向かうって?」
アジ・ダハーカのラウンジで地図を眺めていた俺に、シェスターが後ろから抱きついてきた。
「ちょ、シェスター、苦しいって!」
「で、リーヴァの居所でも掴めたのカナ?」
シェスターは頬を俺の頬に擦りつけながら嬉しそうに聞いてくる。
「ま、まぁね。居所になるかどうかはわからないけど、ヒントらしきものがあったから…」
「そっかぁ! 良かったじゃん」
「あ、アリガト。それよりも、ムネ、ムネ…」
「え? ボクのムネがどうしたって?」
「そう言いながら、更に押し付けてくるんじゃなーい!」
「へへっ! 臆病者にはなんにもできないでしょ?」
「お、おまえなぁ…」
「あ、怒った!」
シェスターはピョンと飛び退くと、笑いながら走り去っていった。

「どうした? シェスターが顔を真っ赤にして嬉しそうに走っていったぞ?」
シェスターと入れ違いにフラウが入ってきた。風呂上がりなのか、なんだか少し艶っぽい。
「あ、ああ。なんでもないよ。次に向かう土地について調べてたんだ」
「ほう… で、今度はどこへ行こうと言うんだ?」
何気なしにフラウは俺の隣りに座って、地図を覗き込む。頭にタオルを巻いていて、うなじがやけに色っぽい。しかも、なんだかいい匂いがする。これは、シャンプーの香り? それとも、香水オードトワレ

「…あ…」
フラウが、顔の近さに驚いたようだ。段々と頬が、耳まで真っ赤に染まる。つられて俺まで頬が熱くなる。
「あ、あわわわわわわ…」
「フラウ、えっと、あっと…」
「ララララライヴ、ええええっとな!?」
「…そんな、人の名前を謳い上げるみたいに言うな」
「すすすすまん、こんな、わたし、そんな、つもりじゃ…」
「い、いや。そういう事もあるさ。ドンマイ」

「…で、ナフバシュタートか…」
気付くと俺とフラウは背中合わせになって、話をしていた。
「そう。で、実際どんな場所なんだ?」
「暖かい国だ。冬がないと言ってもいい」
「そんなに温かいの?」
「冬でも泳げる」
「そうなんだ?」
「ああ。それから、大きな神殿がある。アブソルート・ゴットを祀っている…」
七大天使アブソルート・ゴット?」
「…ああ、…その、お前をこの世界に召喚した… 天使たちを祀っている」
魂の入れ替えジーベン・ダジール…」
「そうだ。できれば私は行きたくないな…」
「なぜ?」
「…察しろ、バカ!」
フラウは突然立ち上がり、歩いていった。

「…クックック…」
「…アギル、見てたろ?」
ラウンジの入口から、笑い声の主が現れた。
「フラウもシェスターも、可哀想に…」
「なんだよ。責めるなよ」
「だから、前から言ってんじゃん。早く気持ちに答えてやれってさ」
「アギルはどうなんだよ?」
「俺? もちろん、お持ち帰りしてるぜ?」
「…お持ち帰り…」
「ああ。俺が死んじまったら可愛そうだから、一夜限りの関係だけどな」
「…アギル、お前っていくつだっけ?」
「俺? 21」
「成人か、なら…」
「何言ってんの? もうお前、ちゃんと自分で生活できてんじゃん?」
「…へ?」
「兵士だろうが文民だろうが、生活できてりゃ、立派な成人だよ。例え10歳でもな」
「じ、10歳って…」
「俺が知ってる奴で、2人嫁貰ったのがいるぜ。12で」
「12歳って… その人の仕事ってば…?」
「ああ、ドラグナー乗り。優秀でね、今ダス・ヴェスタのレジスタルスメンバーだよ」

デ・カルチャー!!!!

「おい、どうしたライヴ?」
「いや、ちょっち目眩が…」
「ちなみに、ふたりとも年上女房だそうだ。毎日のように可愛がられてるってよ」
「…へ、へぇ~…」
「とにかく。連中の気持ちを知っているなら、死んじまう前にちゃんと気持ちに答えてやりな」
「あ。ああ…。参考にさせてもらうよ…」

それにしたって、12で二人の嫁さんか…。文化が違えば、制度も変わるもんだな…。一体、どんな嫁さんなんだろ?

◇     ◇     ◇     ◇

数時間後、俺はスタディウム・ノーディスタンの市街地にいた。フレンドリッヒャー=プロデュセン… フレディが会いたいと言ってきたのだ。彼はヌッツからこの国内における興行権を手にしていた。そんな彼からの、突然の呼び出しである。なんとも不思議な感覚だった。一体どのような要件なのだろう…?

時は夕刻、街中の小さなオープンカフェにて。俺は店に最も近い席に座り、その時を待った。
「やぁ、お待たせしました。お早いですね」
フレディがポロシャツにジーンズという出で立ちでやって来た。ナルホド、デニム生地はこの世界にもあるよな。
「いえ、いま来たところです。で、ご用というのは?」
「いやぁ、お呼びだてして本当に申し訳ありません。実は、ライヴさんにお見せしたいものがありまして…」
俺に? 興行のことに関したら、今やフレディのほうが手練なはず。一体何を見せてくれるのだろう…?

「…お見せしたいというのが、…これです」
彼は一枚の写真を見せてくれた。そこには、内戦中と思われる一人の人物が映されていた。…なんだ、ただの戦場写真か。最初はそう思った。だが、そこに映っていたものに、俺の目は釘付けになった。
「…フレディさん、コレ…」
「…お気づきになりましたか。この写真は、ほんの昨日に撮影されたものです。場所は、ナフバシュタート州にあるラウレスランド。ご存知かもしれませんが、ナフバシュタート州で最も激しい戦闘が行われてきた場所です。そして… この写真に映された人物こそ、…リーヴァ=リバーヴァその人です…」
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