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第四章
リーヴァ=リバーヴァ-01
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「ほほう、これは実に面白い」
その男の口角が上がり、細い目が一層細くなる。
「マーダー卿。あなたもそう思われますか」
広い公園の一角。誰もが気にも留めないベンチ上でその会話は行われていた。一見ただのコートを羽織った中年”情報屋”と背広を着てタバコを咥えた大柄な男”マーダー卿”はお互い背面になるようにベンチに座りながら話を続ける。
「突然戦線に現れた名も無き少年の大活躍。…既に周辺諸国でも話題になりつつあります。詳細はその書状に…」
「…そうかね。それは実に面白い話題だ、烏。まるで私自身の昔話を聞いているようではないか」
二人は付かず離れずの距離を保ちつつ、後ろ手に書簡と報酬の交換を行った。
「とにかく、参加した作戦全てにおいて無敗。対ドラグナー戦成績は27戦27勝。周囲をドラグナーに囲まれた状態にあっても尚冷静に対処し、その全てをコクピットへの一撃で落としている。全く躊躇がありません。まるで鬼神の如く… ですな」
クリーアは報酬の金貨袋を手にすると、すっと立ち上がった。
「いずれにせよ、帝国に対する大きな障壁となる前に何とかするべきでしょう。若さゆえの伸び代もありますし、蒼き旅団へ加入したことによる帝国への損害も甚大となりますゆえ…」
「言われずとも分かっておる。私が介入するにふさわしい事案ではないか。この書状、有効に活用させてもらう」
「…では、またいずれ…」
「待て。もう一つ、調べて欲しいことがある」
思い出したように、マーダーはクーリアを呼び止めた。
「…と、いいますと?」
「少年の側にいる、この娘… 非常に興味をそそる」
マーダーは書類の中にある1枚の写真を指差した。
「…御意」
そう呟いてクリーアがその場を立ち去ると、”マーダー卿”はその懐から吸殻入れを取りだした。そして吸い終わったタバコを放り込むと、もう一本の新しいタバコを取り出した。その銘柄から、大衆向けの安いものではないことがわかる。マーダー卿は火筒でタバコに火を付けると、大きく深呼吸して甘い香りを楽しんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を覚えている者は幸せである。心健やかであろうから。だからこそ伝えよう。数々の英雄たちの物語を。皆さん、こんばんは。ブレンドフィア=メンションです。今夜は歴史を学ぶものにおいて、知らぬものはいないであろう有名人について、取り上げていこうと思います。
アムンジェスト=マーダー… 知らないという方でも、伝奇小説のモデルとしてよく取り扱われる”メッド=クラウン卿”だといえば納得するかもしれません。この人物を有名にしたのは、彼がまだ16歳の頃のエピソードでした。ならず者に故郷を破壊され皆殺しにされた少年が、大道芸人に扮してならず者達の中に紛れ込み、その全員を狂気的な手段で血祭りにあげたという事件に端を発します」
「当時の事件を記したバンバスの書編は物語っています。その所業はとても人の成せるものではなく、まさに悪鬼のそれであると記されているんですね」
そのように語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授である。
「その死体からは内臓が抜かれ、壁にその臓物が飾られるように打ち付けられていた。残酷な事件に遭遇することの多い警らの役人でも顔を背け、死人ともっとも接する機会の多かった勇敢な兵士ですら近寄ろうとしなかった、と。内蔵を抜かれた死体はことごとく破壊され、原型をとどめていなかったとも描かれています」
「そんな彼は騎士になっても尚その性癖は治ることはなく、周辺諸侯からは”恐怖公”の名を冠していたとの記述があります」
と語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「戦場においては神鋼機兵との相性も良く、立ち会った全ての兵士が恐怖におののいた。まるで獲物を嬲るようにじわり・じわりと死の恐怖を与えつつ、やがて死に至らしめる。そんな彼の紋章は踊る人形。帝国軍第13騎士団の軍旗を見たものは皆逃げ惑い、震え上がったと記載されています。そのような人物と同じ時代を生きたライヴ=オフウェイ少年との因縁は、決して浅くはなかったと、私は考えています」
では、このアムンジェスト=マーダーとライヴ=オフウェイ少年との接点はいつが最初であろう?
ディーパ・ティイという街がある。既にブラウ=レジスタルスによって開放された街であり、激しい戦場となった為に復興が遅れ、ようやく市民が立ち上がったばかりだった。フェアンレギオン砦の麓の町、ブラガルーンから南西に50Giz(約80.5km)に位置しており、ローン=リアリズレンの提唱する戦術『遊撃戦論』に従って開放された町でもある。
リアリズレンによる『遊撃戦論』は、腿に以下の4つの項目で構成されている。
・軍事行動の計画性
・防御と攻撃の関係
・主導権の問題
・兵力の柔軟な運用
この中でもっとも重要視されているのは軍事行動の計画性であり、防御と攻撃の問題と密接にリンクしていることである。敵対している周辺諸国… 例えば前章におけるウィクサー首長国などとの関係性を分析し、時には情報をリークし時には完全に反抗しながら戦力をまとめ上げ防御と攻撃のバランスを確保している点がそれにあたる。均衡した情勢下で帝国軍を圧倒するために人海戦術を多用していたウィクサー首長国に対し、質的優位のある帝国軍に圧倒的優位性があるわけではない。しかし他方で帝国軍はその質的優位性を最大限に活用することで人海戦術の弱点となりうる。したがって戦略的攻撃の中でも戦闘においては防御、つまりは外線作戦を展開できるというのだ。
具体的にいえば、その本質は奇襲である。正規の戦争とはそれ以上の奇襲効果が求められるし、同時に、それを行わなければならない。重要なことは遊撃戦争の基本方針を正規の戦争と比べて、より戦略的攻撃の中でも集中的な奇襲的進撃を行うことにあった。
◇ ◇ ◇ ◇
ディーパ・ティイの町に宿営を初めて数日。リーヴァはボランティアの病院での看護任務にあたっている。この地を開放したローンの考えの通り、可能な限り清潔で空気我欲風通しも良いこの街の郊外でテントを張り、そこを病院代わりとしていた。この街は冬でも比較的温暖で、一年を通して食べ物に事欠くことはない。故に、完全な復興は時間の問題となっていた。
「敵襲、敵襲…!」
それは突然のことだった。
「回せー…ッ!!」
俺はいつの間にかアジ=ダハーカ内の流儀に慣れてしまっていた。俺達の号令で整備班が慌ただしく動く。
「スタンバイできてます、期待してますよ。幸運を!」
「レクルート・ファハン、ライヴ、出ます!」
アジ=ダハーカのカタパルトが開き、俺のファハンがカタパルトから射出された。射出時、一気にGがかかる。
「で、今度は何処に現れたって?」
ディーパ・ディイの中心から3Giz(約18km)。それは丁度森林地帯のキャンプ地だった。それこそリーヴァがボランティアを行っている病院がある場所なのだ。俺は内心、大きな不安にかられていた。
既にフラウのラウェルナが防戦に入っていた。だが…。
「ち… ちょうどいいところに来た! 恥ずかしながら加勢をお願いしたい!」
フラウは珍しく苦戦していた。敵のドラグナーは、俺にとっては初めて見るタイプ。
「全く、帝国軍人というのはモラルも何もあったもんじゃないな…」
「お前は…?」
「ライヴ。…ライヴ=オフウェイ!」
「ほほう、お前が噂の…。実に光栄だ。この戦い、我がドラグナー:スターク・ヘイムダルと私:アンター=ゲヴェイナーが承ろう!」
スターク・ヘイムダル、と言ったか? 俺の知っているヘイムダルより洗練されたデザインをしたドラグナーだ。ランダーにしては羽根が大きく、スカイアウフにしては重そうなイメージ。つまり、中途半端だったヘイムダルが格好良くなった感じとは、まさにこのようなデザインだった。
「アンター、とか言ったな? この先の病院はどうした?」
『-…知らん。とにかく、俺達はある人物の保護を命じられている-』
「ある人物…?」
『-死にゆくお前には関係ないことだ!-』
スターク・ヘイムダルは小さな半径で一気に振りかぶり、剣を突き出してきた。俺は大剣でその軌道を軽く弾き、一気に間合いを詰める。その勢いを活かして、ヘイムダルの頭部を切り飛ばした!
『-なに!?-』
俺はジャンプし、切り取った首の傷口から真下に剣を突き… 立たなかった。スターク・ヘイムダルは俺の動きを予測したのか、超信地旋回で俺の大剣をギリギリでかわした。敵の胴体と俺の大剣が擦れて、耳障りな音とともに火花が散る。アンターが操るスターク・ヘイムダルは態勢を立て直すと、剣を腰溜めに構え、そのまま突進してきた。俺はレクルートの左足のピックを地面に突き立て、超々信地旋回でその一撃をかわした。その回転した勢いもそのままに、アンター騎の背中から袈裟懸けに斬りつける。
ヒット!…だが、浅い。
『-ただのヘイムダルとは違うのだよ!-』
アンターは叫びながら、更に信地旋回で態勢を立て直す。今度は中段に構えると、その剣をスッと上段へと構えた。そしてゆっくりと切先で円を書いてみせる。
「…おいおい、満月殺法とでも言うのかよ…!」
俺は構わず体験を腰だめに構えて突っ込んでいった。
「!?」
アンター騎は弧を描いていた剣をその両腕から離すと、左腕を胴体いっぱいに引きつけ、そのままパンチを食らわしてきた。だが、俺のほうがリーチが長い。そのまま突進しようとした。
パァァ…ン!
火薬が弾けるような音とともに、その腕に装着してある”ニードル”が加速を付けて伸びてきた。加えてアンター騎自身も間合いを詰めてくる。
…避けられない!
俺は右肩から崩れるように前転、かろうじてダメージ軽減を図った。しかし、肩を覆うパッドに大きな傷跡を残す結果となってしまった。
『-ほほう、あれを避けるとは、相当の手練とは聞いてはいたが…-』
「それは嬉しいお言葉で…!」
俺は速攻で起き上がり、間合いを取り直す。
「ところでさ、アンターさん。今のはなんだ?」
『-…何の事を言っている?-』
「さっきの攻撃だよ。グンとニードルが射出されたよな? あれは…」
『-パイルバンカーのことか?-』
「そうそう、それって、ファハンにも付いてるの?」
『-…馴れ馴れしいやつだな、貴様。何も知らずにそいつに乗っているのか?-』
「コイツに乗り出したのは行きがかり上でね、コイツの性能云々は身体でひとつひとつ覚えてる真っ最中だよ!」
『-そのようなことも知らぬ素人に、同胞はやられてきたというのか…?-』
「正確には体捌きだけだね。で、どうなの?」
『-…ああ、ファハンにもついている。標準でな。…はぁ…-』
「どうかした?」
『-興が削がれた。…ええい、実にバカバカしい…-』
「なら、やめるかよ?」
『-やるさ。だが、お前とは次の機会にな。今はお前の顔も見たくない-』
そう言うと、アンター騎は早々に戦線から消えてしまった。
ばかばかしい、か。でも、知らないものは聞かなきゃわからないものな。例え相手が誰であれ。
「次は…ッ!?」
俺は別のヘイムダルの方に移動・フラウと背中合わせに向き直った。全部で残り7騎。機体番号が読めるので、それをざっと読んでいく。俺の眼前には13-05、13-06,13-07,13-01の四騎。一方、俺の後ろで背中を守ってくれているのがフラウ。彼女の方には、13-02,13-03、13-07の三騎。中でも13-01が他のドラグナーよりも装飾が派手で、ちょっぴり偉そう。でも型式は同じみたい。おそらくコイツが隊長騎なんだろう。俺はその13-01に向けて語りかけた。
「帝国軍ともあろう方々が、抵抗もできない怪我人や病人だらけの施設を襲うとは世も末だねぇ。…おかしいんじゃないか?」
『-それが上からの命令であれば、我々は従うまで…!-』
「おかしいと思わないの? そんな立派なもんに乗っててさ」
『-それは…-』
「上官命令であれば、倫理的な問題もあっさりとクリアなんだ。すごいね~、帝国の騎士様は」
『-貴様、言葉がすぎるぞ!-』
「はいはい、13-03は黙ってて。俺は今、あんたさん方の隊長さんに聞いてるの」
『-おかしい… とは思う。だが、仕方がないのだ。我らが団長の命に背くことは、すなわち反逆罪となるのだから-』
「ふ~ん…、一応自覚はあるんだ。ちなみにその団長さんの名前、聞いてもいい?」
『-アムンジェスト=マーダー… メッド=クラウン卿その人だ-』
『-メッド=クラウンですって!?-』」
フラウが即座に反応した。そういや、もともとどこかの騎士様だったっけ。
『-第13騎士団団長の直轄部隊自らが来たって言うの?-』
『-あんたも噂くらいは聞いたことがあるだろう。”恐怖公”の話を…-』
「…知らん。全く知らん。なんだ、そのヴラド=ツェペシュみたいな設定は?」
『-…ヴラド… 何だそれは。気が逸れた。我々はここにいるというリーヴァ=リバーヴァという少女を保護しに来ただけだ。それ以外のことは知らん-』
俺はこの言葉に驚きを隠しきれなかった。
「お、おい! 何故リーヴァを狙ってる? 彼女が何をしたって…!?」
『-我々は知らぬ。だが坊主。お前は騎士団の中でも最も厄介な方に目をつけられた。覚悟しておくことだ。それにしても流石だな。その口先ひとつで我々の戦意を奪ってしまうのだから。全く、わけのわからん小僧よ…-』
そう言うと、八騎の敵のドラグナー・ヘイムダルもまた、羽を広げ次々と飛び去った。
「フラウ、君はどう思う?」
『-……-』
「フラウ!」
『-ああ、ごめんなさい。少し考え事をしてたものだから…-』
「…そんなにヤバいやつなのか?」
『-…ええ、他に比類ないほどにね。実力もかなり上だと聞いているわ-』
俺は即座にキャンプ地の方へ向かった。無事ならば、そこにリーヴァがいるはず…。
「リーヴァ! …リーヴァはいるか?」
俺はスコープの倍率を変えながら、キャンプの中を呼んで回った。
「なによ、ちゃんとここにいるわよ。一体どうしたの?」
「……。よかった…!」
「一体どうしたの? 大事なことだから、二度言いました」
「お前が狙われてる。それも厄介なやつに」
「え、何故? そんな覚え、全く無いんだけれど」
「大事なことだから、もう一度言う。お前は敵将にその身柄を狙われている。すぐに俺達とアジ=ダハーカへ戻るんだ!」
「…嫌よ。だって、まだお仕事残っているんだもの」
「それどころじゃない、すぐに帰るんだ!」
「それは出来ないわ。だって、今晩はここで泊まりよ。苦しんでる患者さん、一杯いるし何より交代要員が他にいないんですもの。私がいなくなった間に万が一急変でもされたら、どうするのよ?」
「…フラウ、聞いたか?」
『-ええ、嫌でも聞こえました。で、あなたはどうするの?-』
「俺はリーヴァがここにいる間、毎日でもこの場に居続ける…! そうローンさんに言伝を頼む!」
『-…そうね、できるだけ交代で彼女の身柄を守れるよう、相談してみる-』
「すまない、助かる」
『-その御礼は後でちゃんと返してもらいますからね!-』
「ああ、煮るなり焼くなり好きにしなさいってんだ」
フラウのラウェルナがローラーダッシュで視界から消えた。俺はファハンから降りると、リーヴァの元へと駆け寄る。
「本当に強情なんだからな、キミは」
「仕方ないわよ。そうなってしまっているんですもの。それに…」
「それに?」
「ここには頼れる勇者様がいるんでしょ?」
◇ ◇ ◇ ◇
結局、だ。ローンの計らいにより、このキャンプ村にアジ=ダハーカが宿営することになった。滅多に側で見られないフルックツァグ・リッターを間近で見られるとあって、近所や難民キャンプから子供たちが集まってくる。俺は愛される遊撃部隊を目指して、大いに地元へのサービスに努めていた。
「…やつは呑気に、一体何をやってるんだか…」
「まぁそう言うな、マーン。これも我々の仕事だよ」
「ローン様はそう言うでしょうが、あなたはあいつに甘すぎやしませんか? 今までこのような前例はなかったでしょう」
「…そうだな。だが、私の遊撃戦論は覚えているか?」
「もちろんですとも。重要な四ヶ条…
・軍事行動の計画性
・防御と攻撃の関係
・主導権の問題
・兵力の柔軟な運用
…ですよね」
「そうだ、よく覚えててくれたな。さすがは秀才と謳われたマーンだ。今回のそれは重要な”防御と攻撃の関係”に由来する。彼らとのコミュニケーションを図っておくことによって、必要な情報や協力が得られ易くなるのだ。故に、”軍事行動の計画”が練りやすくなる。いいかい、マーン。戦争は地元住民の協力無くしては勝利できない。その事をよく覚えておくことだ」
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、ああ~疲れた! 子供たちの相手も疲れるもんだな…!」
「でも、お陰で随分助かってるわ。子供たちの笑顔が戻っているのが何よりの証拠よ」
リーヴァは屈託のない笑顔で俺を見つめた。
「でも、私が狙われてるって話は本当なんでしょう?」
「ああ、何故だかは分からんが、敵将からキミの名前が出てきた。それが不思議でならない」
「…それはきっと、ライヴが有名になりすぎたせいよ。ホント、いい迷惑ね」
クスクスと笑うリーヴァ。だが、もしそれが本当であれば大変なことだ。
「ちょっとばかり目立ち過ぎた… かな?」
「もちろんよ。ダーフの村での一件からこっち、ずっと無敗じゃない。アジ=ダハーカですら敗退してその土地を撤退することがあったらしいのに、ライヴときたら全く関係なく、いともたやすく勝利を導くんですもの。あたしだって、もし敵将ならばライヴの身近な人を捕らえてどうにかしようと思うわ。だからね」
「?」
「もしあたしが邪魔になった時には、すぐに見捨ててちょうだい。あなたはこの国の希望なの。あたしのせいで簡単に落ちてもらったら困るわ。だからお願い、約束して。あなたの進むべき道をあたしの存在が邪魔になるようなら、見捨てるって」
「…出来るわけあるか! キミは俺にとって大事な人だ。それに何より、ここに来てすぐ、助けてくれた恩人でもある」
「だから、それは記憶喪失なのよ。記憶を失ったことで、あなたは本来の力を発揮できているのかもしれない。だから決して魂の入れ替えじゃない。あなたはあなたよ、他の誰でもない、ライヴ=オフウェイその人だわ」
◇ ◇ ◇ ◇
「て、敵襲、敵襲ー!!」
あれから数日が経った。最前線にいる斥候から、次々と敵の襲来を告げる狼煙があがる。小さな山々しか無い平地で構成されているこのディーパ・ティイでは、敵の拠点からあっという間に敵集団が到着する。その進撃速度よりも速い情報伝達方法が、この狼煙だ。カンファという樹脂を多く含んだ低木を乾燥させて燃やし、その炎に鉱物を投げ込むことによって煙の色が変化する。その煙の色によって情報の内容がわかるという、古来からの知恵だった。
俺達は各ドラグナーに乗って待機をする。
『-新しい情報が入った。敵の中に厄介なのが混ざっている。その徽章に”踊る人形を確認。第13騎士団本隊が向かってくるとのことだ。騎士団の第一部隊から第3部隊はアジ=ダハーカへできるだけ動けないキャンプの人員を載せ、動けるものはこの場から避難するよう促すこと。ドラグナー隊と第四・第五・第六騎士団はこの先5Giz(約8km)先で接敵、敵の進軍を食い止めよ。アジ=ダハーカはキャンプの民を安全な場所におろした後、戦線に加わるものとする。いいか、敵はあのメッド=クラウンだ。くれぐれも留意されたし。以上だ!-』
その男の口角が上がり、細い目が一層細くなる。
「マーダー卿。あなたもそう思われますか」
広い公園の一角。誰もが気にも留めないベンチ上でその会話は行われていた。一見ただのコートを羽織った中年”情報屋”と背広を着てタバコを咥えた大柄な男”マーダー卿”はお互い背面になるようにベンチに座りながら話を続ける。
「突然戦線に現れた名も無き少年の大活躍。…既に周辺諸国でも話題になりつつあります。詳細はその書状に…」
「…そうかね。それは実に面白い話題だ、烏。まるで私自身の昔話を聞いているようではないか」
二人は付かず離れずの距離を保ちつつ、後ろ手に書簡と報酬の交換を行った。
「とにかく、参加した作戦全てにおいて無敗。対ドラグナー戦成績は27戦27勝。周囲をドラグナーに囲まれた状態にあっても尚冷静に対処し、その全てをコクピットへの一撃で落としている。全く躊躇がありません。まるで鬼神の如く… ですな」
クリーアは報酬の金貨袋を手にすると、すっと立ち上がった。
「いずれにせよ、帝国に対する大きな障壁となる前に何とかするべきでしょう。若さゆえの伸び代もありますし、蒼き旅団へ加入したことによる帝国への損害も甚大となりますゆえ…」
「言われずとも分かっておる。私が介入するにふさわしい事案ではないか。この書状、有効に活用させてもらう」
「…では、またいずれ…」
「待て。もう一つ、調べて欲しいことがある」
思い出したように、マーダーはクーリアを呼び止めた。
「…と、いいますと?」
「少年の側にいる、この娘… 非常に興味をそそる」
マーダーは書類の中にある1枚の写真を指差した。
「…御意」
そう呟いてクリーアがその場を立ち去ると、”マーダー卿”はその懐から吸殻入れを取りだした。そして吸い終わったタバコを放り込むと、もう一本の新しいタバコを取り出した。その銘柄から、大衆向けの安いものではないことがわかる。マーダー卿は火筒でタバコに火を付けると、大きく深呼吸して甘い香りを楽しんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を覚えている者は幸せである。心健やかであろうから。だからこそ伝えよう。数々の英雄たちの物語を。皆さん、こんばんは。ブレンドフィア=メンションです。今夜は歴史を学ぶものにおいて、知らぬものはいないであろう有名人について、取り上げていこうと思います。
アムンジェスト=マーダー… 知らないという方でも、伝奇小説のモデルとしてよく取り扱われる”メッド=クラウン卿”だといえば納得するかもしれません。この人物を有名にしたのは、彼がまだ16歳の頃のエピソードでした。ならず者に故郷を破壊され皆殺しにされた少年が、大道芸人に扮してならず者達の中に紛れ込み、その全員を狂気的な手段で血祭りにあげたという事件に端を発します」
「当時の事件を記したバンバスの書編は物語っています。その所業はとても人の成せるものではなく、まさに悪鬼のそれであると記されているんですね」
そのように語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授である。
「その死体からは内臓が抜かれ、壁にその臓物が飾られるように打ち付けられていた。残酷な事件に遭遇することの多い警らの役人でも顔を背け、死人ともっとも接する機会の多かった勇敢な兵士ですら近寄ろうとしなかった、と。内蔵を抜かれた死体はことごとく破壊され、原型をとどめていなかったとも描かれています」
「そんな彼は騎士になっても尚その性癖は治ることはなく、周辺諸侯からは”恐怖公”の名を冠していたとの記述があります」
と語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「戦場においては神鋼機兵との相性も良く、立ち会った全ての兵士が恐怖におののいた。まるで獲物を嬲るようにじわり・じわりと死の恐怖を与えつつ、やがて死に至らしめる。そんな彼の紋章は踊る人形。帝国軍第13騎士団の軍旗を見たものは皆逃げ惑い、震え上がったと記載されています。そのような人物と同じ時代を生きたライヴ=オフウェイ少年との因縁は、決して浅くはなかったと、私は考えています」
では、このアムンジェスト=マーダーとライヴ=オフウェイ少年との接点はいつが最初であろう?
ディーパ・ティイという街がある。既にブラウ=レジスタルスによって開放された街であり、激しい戦場となった為に復興が遅れ、ようやく市民が立ち上がったばかりだった。フェアンレギオン砦の麓の町、ブラガルーンから南西に50Giz(約80.5km)に位置しており、ローン=リアリズレンの提唱する戦術『遊撃戦論』に従って開放された町でもある。
リアリズレンによる『遊撃戦論』は、腿に以下の4つの項目で構成されている。
・軍事行動の計画性
・防御と攻撃の関係
・主導権の問題
・兵力の柔軟な運用
この中でもっとも重要視されているのは軍事行動の計画性であり、防御と攻撃の問題と密接にリンクしていることである。敵対している周辺諸国… 例えば前章におけるウィクサー首長国などとの関係性を分析し、時には情報をリークし時には完全に反抗しながら戦力をまとめ上げ防御と攻撃のバランスを確保している点がそれにあたる。均衡した情勢下で帝国軍を圧倒するために人海戦術を多用していたウィクサー首長国に対し、質的優位のある帝国軍に圧倒的優位性があるわけではない。しかし他方で帝国軍はその質的優位性を最大限に活用することで人海戦術の弱点となりうる。したがって戦略的攻撃の中でも戦闘においては防御、つまりは外線作戦を展開できるというのだ。
具体的にいえば、その本質は奇襲である。正規の戦争とはそれ以上の奇襲効果が求められるし、同時に、それを行わなければならない。重要なことは遊撃戦争の基本方針を正規の戦争と比べて、より戦略的攻撃の中でも集中的な奇襲的進撃を行うことにあった。
◇ ◇ ◇ ◇
ディーパ・ティイの町に宿営を初めて数日。リーヴァはボランティアの病院での看護任務にあたっている。この地を開放したローンの考えの通り、可能な限り清潔で空気我欲風通しも良いこの街の郊外でテントを張り、そこを病院代わりとしていた。この街は冬でも比較的温暖で、一年を通して食べ物に事欠くことはない。故に、完全な復興は時間の問題となっていた。
「敵襲、敵襲…!」
それは突然のことだった。
「回せー…ッ!!」
俺はいつの間にかアジ=ダハーカ内の流儀に慣れてしまっていた。俺達の号令で整備班が慌ただしく動く。
「スタンバイできてます、期待してますよ。幸運を!」
「レクルート・ファハン、ライヴ、出ます!」
アジ=ダハーカのカタパルトが開き、俺のファハンがカタパルトから射出された。射出時、一気にGがかかる。
「で、今度は何処に現れたって?」
ディーパ・ディイの中心から3Giz(約18km)。それは丁度森林地帯のキャンプ地だった。それこそリーヴァがボランティアを行っている病院がある場所なのだ。俺は内心、大きな不安にかられていた。
既にフラウのラウェルナが防戦に入っていた。だが…。
「ち… ちょうどいいところに来た! 恥ずかしながら加勢をお願いしたい!」
フラウは珍しく苦戦していた。敵のドラグナーは、俺にとっては初めて見るタイプ。
「全く、帝国軍人というのはモラルも何もあったもんじゃないな…」
「お前は…?」
「ライヴ。…ライヴ=オフウェイ!」
「ほほう、お前が噂の…。実に光栄だ。この戦い、我がドラグナー:スターク・ヘイムダルと私:アンター=ゲヴェイナーが承ろう!」
スターク・ヘイムダル、と言ったか? 俺の知っているヘイムダルより洗練されたデザインをしたドラグナーだ。ランダーにしては羽根が大きく、スカイアウフにしては重そうなイメージ。つまり、中途半端だったヘイムダルが格好良くなった感じとは、まさにこのようなデザインだった。
「アンター、とか言ったな? この先の病院はどうした?」
『-…知らん。とにかく、俺達はある人物の保護を命じられている-』
「ある人物…?」
『-死にゆくお前には関係ないことだ!-』
スターク・ヘイムダルは小さな半径で一気に振りかぶり、剣を突き出してきた。俺は大剣でその軌道を軽く弾き、一気に間合いを詰める。その勢いを活かして、ヘイムダルの頭部を切り飛ばした!
『-なに!?-』
俺はジャンプし、切り取った首の傷口から真下に剣を突き… 立たなかった。スターク・ヘイムダルは俺の動きを予測したのか、超信地旋回で俺の大剣をギリギリでかわした。敵の胴体と俺の大剣が擦れて、耳障りな音とともに火花が散る。アンターが操るスターク・ヘイムダルは態勢を立て直すと、剣を腰溜めに構え、そのまま突進してきた。俺はレクルートの左足のピックを地面に突き立て、超々信地旋回でその一撃をかわした。その回転した勢いもそのままに、アンター騎の背中から袈裟懸けに斬りつける。
ヒット!…だが、浅い。
『-ただのヘイムダルとは違うのだよ!-』
アンターは叫びながら、更に信地旋回で態勢を立て直す。今度は中段に構えると、その剣をスッと上段へと構えた。そしてゆっくりと切先で円を書いてみせる。
「…おいおい、満月殺法とでも言うのかよ…!」
俺は構わず体験を腰だめに構えて突っ込んでいった。
「!?」
アンター騎は弧を描いていた剣をその両腕から離すと、左腕を胴体いっぱいに引きつけ、そのままパンチを食らわしてきた。だが、俺のほうがリーチが長い。そのまま突進しようとした。
パァァ…ン!
火薬が弾けるような音とともに、その腕に装着してある”ニードル”が加速を付けて伸びてきた。加えてアンター騎自身も間合いを詰めてくる。
…避けられない!
俺は右肩から崩れるように前転、かろうじてダメージ軽減を図った。しかし、肩を覆うパッドに大きな傷跡を残す結果となってしまった。
『-ほほう、あれを避けるとは、相当の手練とは聞いてはいたが…-』
「それは嬉しいお言葉で…!」
俺は速攻で起き上がり、間合いを取り直す。
「ところでさ、アンターさん。今のはなんだ?」
『-…何の事を言っている?-』
「さっきの攻撃だよ。グンとニードルが射出されたよな? あれは…」
『-パイルバンカーのことか?-』
「そうそう、それって、ファハンにも付いてるの?」
『-…馴れ馴れしいやつだな、貴様。何も知らずにそいつに乗っているのか?-』
「コイツに乗り出したのは行きがかり上でね、コイツの性能云々は身体でひとつひとつ覚えてる真っ最中だよ!」
『-そのようなことも知らぬ素人に、同胞はやられてきたというのか…?-』
「正確には体捌きだけだね。で、どうなの?」
『-…ああ、ファハンにもついている。標準でな。…はぁ…-』
「どうかした?」
『-興が削がれた。…ええい、実にバカバカしい…-』
「なら、やめるかよ?」
『-やるさ。だが、お前とは次の機会にな。今はお前の顔も見たくない-』
そう言うと、アンター騎は早々に戦線から消えてしまった。
ばかばかしい、か。でも、知らないものは聞かなきゃわからないものな。例え相手が誰であれ。
「次は…ッ!?」
俺は別のヘイムダルの方に移動・フラウと背中合わせに向き直った。全部で残り7騎。機体番号が読めるので、それをざっと読んでいく。俺の眼前には13-05、13-06,13-07,13-01の四騎。一方、俺の後ろで背中を守ってくれているのがフラウ。彼女の方には、13-02,13-03、13-07の三騎。中でも13-01が他のドラグナーよりも装飾が派手で、ちょっぴり偉そう。でも型式は同じみたい。おそらくコイツが隊長騎なんだろう。俺はその13-01に向けて語りかけた。
「帝国軍ともあろう方々が、抵抗もできない怪我人や病人だらけの施設を襲うとは世も末だねぇ。…おかしいんじゃないか?」
『-それが上からの命令であれば、我々は従うまで…!-』
「おかしいと思わないの? そんな立派なもんに乗っててさ」
『-それは…-』
「上官命令であれば、倫理的な問題もあっさりとクリアなんだ。すごいね~、帝国の騎士様は」
『-貴様、言葉がすぎるぞ!-』
「はいはい、13-03は黙ってて。俺は今、あんたさん方の隊長さんに聞いてるの」
『-おかしい… とは思う。だが、仕方がないのだ。我らが団長の命に背くことは、すなわち反逆罪となるのだから-』
「ふ~ん…、一応自覚はあるんだ。ちなみにその団長さんの名前、聞いてもいい?」
『-アムンジェスト=マーダー… メッド=クラウン卿その人だ-』
『-メッド=クラウンですって!?-』」
フラウが即座に反応した。そういや、もともとどこかの騎士様だったっけ。
『-第13騎士団団長の直轄部隊自らが来たって言うの?-』
『-あんたも噂くらいは聞いたことがあるだろう。”恐怖公”の話を…-』
「…知らん。全く知らん。なんだ、そのヴラド=ツェペシュみたいな設定は?」
『-…ヴラド… 何だそれは。気が逸れた。我々はここにいるというリーヴァ=リバーヴァという少女を保護しに来ただけだ。それ以外のことは知らん-』
俺はこの言葉に驚きを隠しきれなかった。
「お、おい! 何故リーヴァを狙ってる? 彼女が何をしたって…!?」
『-我々は知らぬ。だが坊主。お前は騎士団の中でも最も厄介な方に目をつけられた。覚悟しておくことだ。それにしても流石だな。その口先ひとつで我々の戦意を奪ってしまうのだから。全く、わけのわからん小僧よ…-』
そう言うと、八騎の敵のドラグナー・ヘイムダルもまた、羽を広げ次々と飛び去った。
「フラウ、君はどう思う?」
『-……-』
「フラウ!」
『-ああ、ごめんなさい。少し考え事をしてたものだから…-』
「…そんなにヤバいやつなのか?」
『-…ええ、他に比類ないほどにね。実力もかなり上だと聞いているわ-』
俺は即座にキャンプ地の方へ向かった。無事ならば、そこにリーヴァがいるはず…。
「リーヴァ! …リーヴァはいるか?」
俺はスコープの倍率を変えながら、キャンプの中を呼んで回った。
「なによ、ちゃんとここにいるわよ。一体どうしたの?」
「……。よかった…!」
「一体どうしたの? 大事なことだから、二度言いました」
「お前が狙われてる。それも厄介なやつに」
「え、何故? そんな覚え、全く無いんだけれど」
「大事なことだから、もう一度言う。お前は敵将にその身柄を狙われている。すぐに俺達とアジ=ダハーカへ戻るんだ!」
「…嫌よ。だって、まだお仕事残っているんだもの」
「それどころじゃない、すぐに帰るんだ!」
「それは出来ないわ。だって、今晩はここで泊まりよ。苦しんでる患者さん、一杯いるし何より交代要員が他にいないんですもの。私がいなくなった間に万が一急変でもされたら、どうするのよ?」
「…フラウ、聞いたか?」
『-ええ、嫌でも聞こえました。で、あなたはどうするの?-』
「俺はリーヴァがここにいる間、毎日でもこの場に居続ける…! そうローンさんに言伝を頼む!」
『-…そうね、できるだけ交代で彼女の身柄を守れるよう、相談してみる-』
「すまない、助かる」
『-その御礼は後でちゃんと返してもらいますからね!-』
「ああ、煮るなり焼くなり好きにしなさいってんだ」
フラウのラウェルナがローラーダッシュで視界から消えた。俺はファハンから降りると、リーヴァの元へと駆け寄る。
「本当に強情なんだからな、キミは」
「仕方ないわよ。そうなってしまっているんですもの。それに…」
「それに?」
「ここには頼れる勇者様がいるんでしょ?」
◇ ◇ ◇ ◇
結局、だ。ローンの計らいにより、このキャンプ村にアジ=ダハーカが宿営することになった。滅多に側で見られないフルックツァグ・リッターを間近で見られるとあって、近所や難民キャンプから子供たちが集まってくる。俺は愛される遊撃部隊を目指して、大いに地元へのサービスに努めていた。
「…やつは呑気に、一体何をやってるんだか…」
「まぁそう言うな、マーン。これも我々の仕事だよ」
「ローン様はそう言うでしょうが、あなたはあいつに甘すぎやしませんか? 今までこのような前例はなかったでしょう」
「…そうだな。だが、私の遊撃戦論は覚えているか?」
「もちろんですとも。重要な四ヶ条…
・軍事行動の計画性
・防御と攻撃の関係
・主導権の問題
・兵力の柔軟な運用
…ですよね」
「そうだ、よく覚えててくれたな。さすがは秀才と謳われたマーンだ。今回のそれは重要な”防御と攻撃の関係”に由来する。彼らとのコミュニケーションを図っておくことによって、必要な情報や協力が得られ易くなるのだ。故に、”軍事行動の計画”が練りやすくなる。いいかい、マーン。戦争は地元住民の協力無くしては勝利できない。その事をよく覚えておくことだ」
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、ああ~疲れた! 子供たちの相手も疲れるもんだな…!」
「でも、お陰で随分助かってるわ。子供たちの笑顔が戻っているのが何よりの証拠よ」
リーヴァは屈託のない笑顔で俺を見つめた。
「でも、私が狙われてるって話は本当なんでしょう?」
「ああ、何故だかは分からんが、敵将からキミの名前が出てきた。それが不思議でならない」
「…それはきっと、ライヴが有名になりすぎたせいよ。ホント、いい迷惑ね」
クスクスと笑うリーヴァ。だが、もしそれが本当であれば大変なことだ。
「ちょっとばかり目立ち過ぎた… かな?」
「もちろんよ。ダーフの村での一件からこっち、ずっと無敗じゃない。アジ=ダハーカですら敗退してその土地を撤退することがあったらしいのに、ライヴときたら全く関係なく、いともたやすく勝利を導くんですもの。あたしだって、もし敵将ならばライヴの身近な人を捕らえてどうにかしようと思うわ。だからね」
「?」
「もしあたしが邪魔になった時には、すぐに見捨ててちょうだい。あなたはこの国の希望なの。あたしのせいで簡単に落ちてもらったら困るわ。だからお願い、約束して。あなたの進むべき道をあたしの存在が邪魔になるようなら、見捨てるって」
「…出来るわけあるか! キミは俺にとって大事な人だ。それに何より、ここに来てすぐ、助けてくれた恩人でもある」
「だから、それは記憶喪失なのよ。記憶を失ったことで、あなたは本来の力を発揮できているのかもしれない。だから決して魂の入れ替えじゃない。あなたはあなたよ、他の誰でもない、ライヴ=オフウェイその人だわ」
◇ ◇ ◇ ◇
「て、敵襲、敵襲ー!!」
あれから数日が経った。最前線にいる斥候から、次々と敵の襲来を告げる狼煙があがる。小さな山々しか無い平地で構成されているこのディーパ・ティイでは、敵の拠点からあっという間に敵集団が到着する。その進撃速度よりも速い情報伝達方法が、この狼煙だ。カンファという樹脂を多く含んだ低木を乾燥させて燃やし、その炎に鉱物を投げ込むことによって煙の色が変化する。その煙の色によって情報の内容がわかるという、古来からの知恵だった。
俺達は各ドラグナーに乗って待機をする。
『-新しい情報が入った。敵の中に厄介なのが混ざっている。その徽章に”踊る人形を確認。第13騎士団本隊が向かってくるとのことだ。騎士団の第一部隊から第3部隊はアジ=ダハーカへできるだけ動けないキャンプの人員を載せ、動けるものはこの場から避難するよう促すこと。ドラグナー隊と第四・第五・第六騎士団はこの先5Giz(約8km)先で接敵、敵の進軍を食い止めよ。アジ=ダハーカはキャンプの民を安全な場所におろした後、戦線に加わるものとする。いいか、敵はあのメッド=クラウンだ。くれぐれも留意されたし。以上だ!-』
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