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第三章

フィスクランド攻防戦Side-B

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「ええッ!? ぼ、ボクがリーダーなの?」
時間を少し戻して、トリスモス島から姫様を救出する、という作戦会議中のお話。ボクはライヴの、突然の言葉に仰天しつつも興味は津々だった。
「ああ。多分だけど、全体を見渡せるドラグナーはシェスターのラーヴァナが適任だと思う。確かに強さだけならシュタークが上だし、冷静さにかけたらアギルの方が適任だろう。でも、発想の豊かさはシェスターに敵うものはいないと俺は思う。で、副官にアギルについてもらう。これならどうかな?」
ボクは突然の申し出に少々パニックに陥ってた。
「で、アギル。頼めるかな?」
「俺はいいが、シュタークは?」
「直接戦闘に入ったらシュタークさんに敵うものはいない。けれど、まだ水上訓練で一杯一杯だからさ。シュタークも依存はないだろう?」
「ああ、依存はない。なにせ、移動に足を引っ張る指揮官なんぞ聞いたこと無いもんな」
「シュタークさんには本当に申し訳ないと思っている。でも、今回はどうしても成功させなければならないんだ」
「…分かった」
「…という訳だ。引き受けてくれるね、シェスター」
無邪気な笑顔でストレスをかけてくる。私はこの手の笑顔に弱いんだよね。もしかして、作為的にやってる?
「…決定でいいね?」
「わかった、わかった、わかりました! ボクが引き受けるよ。で、具体的な作戦は?」

◇     ◇     ◇     ◇

「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸いである。心豊かであろうから。故に、伝えよう。彼らの勇敢な精神を。皆さん、こんばんは。この壮大なクーリッヒ・ウー・ヴァンの物語をナビゲートします、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌いかがですか?

さて。この地、フィスクランドに築かれたオベリスクには、ライヴ=オフウェイ少年の活躍に隠れたもう一つの物語が描かれています。ご存知でしたか? …それ位知っているよ! そんな声も聞こえてきそうですね。それがトリスモス島での救出作戦です。作戦を遂行するにあたって、ライヴ=オフウェイ少年は部隊を3つに分けました。ひとつは、ウィクサー首長国からフェアンレギオン砦を守る、フラウ=シュルヌを指揮官とする部隊。ライヴ=オフウェイ自身が指揮する、海上での陽動部隊。そして3つ目が今回語られる、シェスター・ネッテが指揮したアイネット姫救出作戦です。彼女たちはどのようにして作戦を遂行していったのでしょうか? 今夜は、そこに焦点を当ててお話を進めていきましょう…」

「…今、私はここフィスクランドにあるジーストディ海の畔に来ています。その一角にあるオベリスク。このオベリスクには、このように刻まれています。当時このフィスクランド攻防戦において、2つの戦いがあったと。ひとつは、トリスモス島でのアイネット姫救出作戦。件のライヴ=オフウェイ少年は、そのその作戦中で陽動部隊として参加していました」
このように語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授である。
「フィスクランドのアイネット姫は、クーニフ歴37年1月の某日、フィスクランドの領主の臣下の裏切りによってその身をさらわれてしまいました。それはライヴ少年たちがフェアンレギオン砦を攻略してすぐのことだったと記されています。このフィスクランドはグロウサー帝国の海上の要所としての色合いが強く、同時に貿易では盛んに交易が行われた都市でもありました。莫大な富と強固な軍事力を誇ったこの都市で起こった、このアイネット姫の誘拐事件。その裏には敵対していたウィクサー首長国の姿がありました」

「…そうなんです。東の大国、ウィクサー首長国はこの一帯を虎視眈々と狙っていました。なぜなら、この地はもともとウィクサー首長国が支配していた地域であり、そこをグロウサー帝国が落とした土地であるからです」
そう語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「グロウサー帝国の三代目、ハウザー皇帝の命により、この地がグロウサー帝国の土地になりました。大変多くの犠牲者が出ていたと更に古いオベリスクに刻まれています。ですが、それから十代に続く長い間この土地が豊かになったということは、歴史上の事実であり、もしウィクサー首長国領のままであったなら、その当時の様子から荒涼とした土地であったかもしれません。いずれにせよ、この土地がグロウサーの領土であったことで、かつてない繁栄を遂げたことに変わりはありません」

「それだけに、ウィクサーサイドからすれば、喉から手が出るほど手に入れたい土地であったのです。(ヒストリカ教授)」

クーニフ=グロウサー歴37年2月、フィクスランド攻防戦と同日にそれは行われた。アイネット姫においては前章で触れた通りである。圧倒的勝利をおさめたライヴ率いる海上陽動戦力に対し、本当雨の作戦のはずだったアイネット姫救出作戦は、あまり注目されないっまま見過ごされてきた。ここに、10余年前新たに発掘された貴重な文献がある。バンバスの幹を薄く削り紐で綴られた書簡…。ここに詳細な記述がある『アイネット姫救出作戦』について、まずは講義を始めていこう。

◇     ◇     ◇     ◇

「じゃ、行くわよ。シュタークさんは移動中、このバーを何があっても手離さないでね。ボクが一層懸命にガイドするからね」
不安げなシュタークに、ボクは精一杯の声をかけた。いくら難易度が下がるとはいえ、いきなり
『シュタークさんが沈まないよう、一生懸命牽引してくださいね。よろしく』
と言われても、こちらも初めてなのだ。緊張して当然である。
ましてや敵はおそらくマリーネ・スカイアウフとも揃えてきてるだろう。もしも複数のスカイアウフに襲われでもしたら、どうしよう…。ボクの頭の中には不安しか思い浮かばなかった。

『水面効果というものがあります。それを利用すればきっと、楽に危険を回避できると思いますよ』
とは、無責任にもライヴの弁。彼によると、水面スレスレで攻撃を仕掛けるのは非常に難しいそうで、確かにそれは体感で知ってはいる。それ故に、最初から専念して水面スレスレを高速で飛んでいる方が有利に働くというのだそうだ。本当にそのようなことなどあり得るのだろうか?とにかく、だ。今はライヴの言葉を信じて物事を進めるしかない。

軽巡洋艦『アンシュテンディケ・ロール』を旗艦とした高速艦隊の舳先にそれぞれドラグナーを配備、闇夜に紛れてトリスモス島沖合までボクたちを運んで貰っていた。ココからみるトリスモス島は投光機が煌々と焚かれ、不夜城と化したなんとも不気味な雰囲気。『アンシュンテンディケ・ロール』の海上及び海中のレーダー網に、まだ反応はない。

ヌッツさんの情報では、ここに配備されているドラグナーはマリーネ3騎とスカイアウフ3騎。後は生身の兵士だと言う。できれば生身の兵士とはやり合いたくないなぁ… 私はぼんやりと考えていると、アギルから通信が送られてきた。
『-大丈夫か? 緊張しているなら、俺が代わってもいいんだが…-』
「ううん、大丈夫。あのライヴくんから信頼されたんだもの、ここはボクの顔を立てさせて」
『-わかった。何かあったらすぐに相談するんだぞ、俺がいるんだから-』
「ありがと! おかげでなんだかリラックスできたわ」
『-ならよかった。そろそろ作戦開始時間だ、くれぐれも要注意でな-』
「うん、分かってる。まかせて!」
時計を見る。そろそろフィクスランド沖ではライヴくんが動き始めている頃だ。ではこちらも始めるとしますか…!

「シュタークさん、繰り返して言うけどそのロープの先のバー、絶対に離しちゃいけないんだからね」
『-ああ。俺の命、シェスターに預けた。後は運命の女神ガットゥン=デ=シークサルスにでも祈っているさ-』
「じゃ、みんな! ライヴくんが本格的に動き出すから、それに合わせて突撃するわよ!!」

ボクは旗艦『アンシュテンディケ・ロール』を発艦すると、まずはシュタークのダグザードの元へと飛んだ。そして、牽引用のロープを確認すると、シュタークに合図する。シュタークの登場するダグザードはおそるおそる頷いて、ロープの先のバーを握りしめた。では、作戦開始としましょう…!
「艦船は1分後に投光機を付けて! 砲撃もそれに合わせて開始。いい? 貴方達は排他的水域からは入り込まないように注意ね! 貴方達が砲撃を開始したと同時に側面からボク達がアタックします。…ライヴくんと打ち合わせした通り、皆さん、よろしくお願いします!」
『ああ、お嬢ちゃん。間違いなくちゃんと仕事はするさ。心配せずに行っておいで』
「感謝します。では、作戦スタート!」
幸運をヴィエ・グルック!」

私はロープを握り、飛んだ。そのロープに引っ張られて、ダグザードも発艦する。アギルのマガン・カドゥガンも発艦を確認。進路を左に切ると、ダグザードも上手くついてきた。ナルホド、確かにこれならちゃんと上手くシュタークをトリスモス島へ連れていける。後は敵連中の攻撃をいかにかわして、水面スレスレを飛ぶことに集中できるか、だ。…1分経過、左後方にいるフィクスランド艦隊が投光機を煌々と焚いた。と同時に敵砲台へ向けて艦砲射撃を開始する。トリスモス島の砦も負けてはいない。即座に投光機を艦隊に向けると、砲撃を開始した。ボクはスコープを通して戦場を注視した。

…敵スカイアウフがフィクスランド艦隊に向けて飛び立った! 後はマリーネの姿だけなんだけど… その姿が見えない。けたたましくサイレンの音がこちらにまで聞こえてきた。砦の投光機は艦隊だけでなく、全天を指向している。一応、セオリー通りね。なら、見つかる前に上陸しよう! それほどまでに早く、私たちは島の近くにまで到着していた。

で、上陸、と。

「敵だーッ!」
砦の兵士が私達を見つけた。ボク、ドラグナーで生身の兵士とやりあうのって趣味じゃないんだよね~。ダグザードもマガン・カドゥガンも上陸を確認。敵の兵士も敵いっこないのに、ドヤサとやって来る。確かに、たまにドラグナーとやりあえる超人のような騎士もいるにはいるが、このような砦で出くわすことは滅多にないと経験則で知っている。だから、弾幕でも張ろう。
「フィクスランド艦隊へ、転進して現場を一旦離れて! こちらは上手く上陸できた。くれぐれもドラグナーとマトモにやり合おうと思わないで!」
『わかってるよ、お嬢ちゃん』
「無線が、作戦が今のところ順調に進んでいることを告げる。
「んじゃ、どいてどいて! 弾幕とはいえ、当たったら痛いだけでは済まないよ!」
ボクのラーヴァナは浮上して、周囲をぐるっと回った。そして一基づつ、砲台を潰しににかかる。シュタークとアギルは砦の城門を破壊、内部へと侵入を試みた。
『-いやがったぜ、敵さんのマリーネちゃん-』
シュタークである。先程までの緊張から解かれたというのもあるのだろう、その声には気迫が感じられた。
『-コッチも敵スカイアウフが戻ってきてるぜ!-』
砦の壁を盾にしつつ、アギルのマガン・カドゥガンが攻撃に入った。

シュタークのダグザードはその大きすぎる大剣を抜くと、敵マリーネ・ドラグナーに襲いかかった!水中ならばともかく、陸上ではこちらにかなりの分がある。あっさりと二騎を片付けると、最後の隊長騎と睨み合いが始まった。

一方のアギルは間接攻撃を得意とするマガン・カドゥガンである。その手に持ったガイスト・カノンで一騎、一騎を確実に攻撃しその装甲を削っていく。

ボクは空っぽになった砦の中央部にラーヴァナを待機させると、傍らの剣を取って飛び降りた。ヌッツさんの情報では、司令室から程近い一室に姫が幽閉されているとのこと。渡された図面を元に、ボクは現在地を確認・剣を抜いて走り出した。出くわした兵士は片っ端から切り伏せていく。立ち止まってはいけない、少しの怪我でも与えればいいのだ。一般兵ならばそれを理由に敵は大概引いてくれる。それが騎士ともなればそうもいかない。カッチリ倒さない限り前進はできなくなる。急げ急げ!騎士がやって来る前に!

走った! 走った! 走った!

そしてついに幽閉されているとされる部屋の前まで到着する。私は剣の柄で錠を壊すと、部屋の中へと踊りこんだ。

「…なんだ、楽しみに、していたのに、お嬢ちゃん、一人か…」
人一倍大柄な剣士がそこにいた。たどたどしい帝国語で、私に話しかけてくる。

「なんだじゃないわよ、最悪! こちとら、か弱いレディだってのに、神様ってば何考えてるかわからないものだわ!」
「とにかく、この、人質、渡す、出来ない。お前、倒す…? 殺す。OK?」
「OKな訳ないでしょ? ここはジタバタさせてもらうわよ…!」
その大男は巨大な両刃のアックスを振りかざすと、真っ向から振り下ろした。私はかろうじて横へ飛び、受け身を取って剣を構え直す。こんなの反則だわ、マトモにあの一撃を食らったら、ボクなんて剣ごと叩き切られちゃうじゃない!

ボクは立ち上がると姿勢を低くして大きく回り込みながら間合いを詰めた。大男はアックスを床から引っこ抜くと、今度は大きくブン回す! ボクはそのアックスのを両手叩いて、上へ飛び上がり、アックスの上面を転がるようにその攻撃を回避した。男のアックスはそのままジャイアントスイングで回転、第二撃目が来る。今度は下面のを両手で叩いて、その軌道の下へと滑り込む。男はなおも回転する。ボクはなおも回り込みながら間合いを詰めていく。
「フン!」
男の横殴りな三撃目がボクに襲いかかった! ボクは姿勢をなおいっそう低くして、一気に男の足元へと飛び込む!
そして地面を転がり、受け身を取ってアックスの内半径の中に入りこんだ。
「こ、このアマ…!?」
「レディに向かって失礼ね!」
瞬間、ボクの剣はこの大男の左小指を切り取っていた。

「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男はアックスを振り上げようとした、しかし…!

振り下ろすのが遅れた。右腕に力が入り、アックスの軌道が不安定になる。このボクがソコを見逃すはずがない!
私は右腕で、男の振り下ろされた腕を右へいなすと、そのまま剣を男の喉元に突き立てる。ヒュ~… という空気の漏れる音とともにドウ… と男は後ろに倒れ込んだ。

「甘かったわね。軸手の小指は武器を扱う要の指…。ソコを切られたら、普通に武器を使えなくなるのは自明の理じゃない」
「き、貴様… 最初からそれを狙って…」
ヒュ~… ヒュ~… と空気の漏れる音が大きくなる。かすれた声で男は何やら呪いの言葉らしきものを吐いていた。
「チェックメイトよ」
私は突き立った剣をそのままピッと横に薙いだ。首の動脈が切断され、血液が飛び出してくる。そのままその大男は絶命した。

「アイネット姫! アイネット姫はいらっしゃいますか?」
ボクはあらん限りの声を出した。
「こ、ここに…」
ソファの影に隠れるようにして、アイネットは座り込んでいた。ナルホド、公爵夫人によく似て美人でいらっしゃる。
「ああ、ご無事でしたか。では早速脱出しましょう。こんなところ、姫には窮屈すぎる」
ボクは一言「失礼」というと、アイネットのスカートを剣を使って破り始めた。
「な、何を…」
「こうしないと走れませんでしょう? なに、同じ女同士、恥ずかしがることもないでしょう。それに…」
「それに?」
「ボクの乗騎には、姫のお着替えが既に準備されています」

ボクはラーヴァナにアイネットを乗せると、ゆっくりと上昇を開始した。
「こちらシェスター。姫は無事に保護しました。帰投します!」
『-あいよ、こちとら敵さんを倒してからコッチ、随分待ち草臥れちまった-』
『-こちらも敵スカイアウフは大方駆逐しました。後は脱出するのみです-』
「了解! じゃ、当初の予定通りの場所でおちあいましょう!」

◇     ◇     ◇     ◇

帰りは、ここに来たときと同じように『さーふぼーど』を使って水上を滑りながら帰投した。既に中継地点には艦隊が到着しており、頃合いかなと思ってアイネットに着替えを渡した。
「はい、お姫様。着替えです。船に到着してから…」
「嫌です! 今から着替えさせてもらいます!」
顔を真赤にしながら、アイネットはラーヴァナのコクピット内で着替え始める。
「ちょ、ちょっと待っ…」
ラーヴァナの姿勢が崩れ、軌道が変化した。

『-おわぁぁぁぁぁああ!?-』
哀れ私が牽引していたシュタークのダグザードはバランスを崩し、乗船を目の前に海中へと沈んでいくのであった…。

◇     ◇     ◇     ◇

「そういうことがあったんだよ! ほんとうに大変だったんだから!」
私はライヴに全力で抗議した。でも、その抗議ですら彼は笑って優しく受け流してくれる。
年がひとつ違うと、こんなにも違うのかなぁ…。
ボクはなんとなく、このライヴという男の子に興味を持ち始めていることを自覚し始めていた。
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