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第1章
side ルーク 恥と悔いと誓い 1
しおりを挟む晩翠の騎士団からオーウェン公爵家に派遣されてから暫く経った。セト様はあの外出以来、オーウェン公爵家の敷地外に出たことはない。それは恐らく、自身の置かれた立場と世間体を考慮した結果なのだろう。以前、申し訳なさそうに謝られたことがある。
「…ごめんね、俺の護衛なんてつまらないでしょ?」
6歳らしからぬ表情と配慮に、胸が締め付けられる思いだった。私は貴族出身ではあれど、三男に生まれたため家を継ぐ重圧も責任感もないまま育った。親の出世の道具のように扱われるのが嫌で家を飛び出し騎士の道を進んだが、幸いにも命の危険に晒されるようなことも今までなかった。
今目の前に居る今の主人は、数ヶ月前に毒を盛られ死の淵を彷徨った過去がある。6歳の子供が、自分の立場を自覚して考えを改めるには十分過ぎる出来事である。記憶はないにしても、無意識に刻まれたものが今の彼には残っているのかもしれない。
共に派遣されることになったロイは、最初はかなり抵抗を示していた。態度に表すのは良くないが、彼の気持ちを理解できないこともなかった。彼は、平民出身だから。きっと今まで沢山の侮辱や蔑みを受けてきたことだろう。私もそれは知っているし、うちの騎士団がどれだけ実力派だとしても、依頼してくる貴族や派遣先ではまだまだ差別思想は抜けていないのが現状だ。自分も家の名前を言って鼻で笑われたことが何度もある。
だからこそ身構えるものもある。それにそもそも、騎士団から長期派遣される護衛など本来はなかなかない案件なのである。何か大きな祭り事の警備や、旅路の護衛などの依頼が来ることはあっても、ひとつの家に住み込みで働くことは珍しい。この依頼が舞い込んだ時、騎士団長は私に言った。
「たまには羽を伸ばすのもいいんじゃないか?お前は、真面目過ぎるからな」
確かに、騎士団に入団してから5年、自分の為に有給を使ったことはなかった。特に必要なかったからだ。貴族の子息の護衛など、長期休みみたいなものだと思ったのだろう。確かに、力を持て余すことになるだろうと自分も思った。ただ一つ気がかりなのは、依頼主であるオーウェン公爵が私とロイを直々に指名したことだ。
団長がこの依頼を受けたのは、これが理由だろう。うちの団長は豪快で、悪く言えば大雑把なところがある。それでも、団員には常に気を配り、誇りもしっかりと持っているから、それなりに受ける仕事は選んでいる。
オーウェン公爵家は、社交界でもかなり力の強い家で、その名を知らない者はいない。名高い公爵家の中でもトップ3に入るほどの勢力だという。凄いのは、良い噂は聞いても、悪い噂は聞かないというところだ。当主がかなりの手腕なのだろう。
そんな公爵家から、指名された私とロイは、騎士団長からの評価が高い2人だ。自分で言うのもどうかと思うが、客観的に見て解っている人選だった。私は木属性で、戦闘には向いていないけれど、冷静さと頭の回転の速さなら自信がある。これまでも幾度となく部隊の司令塔を担ってきた。木属性というだけで嫌煙されることもある。それなのにオーウェン公爵は私を選んだ。ロイだって、実力は申し分なく、寧ろ接近戦なら団長の次に強いと言っても過言ではない位だ。それでも彼には、平民の出自というネックがある。
我々晩翠の騎士団は出自や属性では判断しない。でも世間はまだまだ差別意識が残っていて、それは社会的地位が高い人程濃ゆい。だからこそ、不思議だったのだ。よりによって私とロイが選ばれるなんて。
「まぁまずはご子息が社交界デビューするまでの契約だ。今は魔物被害も落ち着いているし、普段とは違うことをするのも良いだろ」
楽しそうな騎士団長の命で、私とロイはオーウェン公爵家へと派遣された。
オーウェン公爵と対峙した時、この人は敵に回してはいけない、と本能的に悟った。それはロイも同じだったようで、気を抜いていたことを後悔した。でも何よりも驚いたのは、暫くの間私達の主となるセト様と対面した時だ。
大人しい子供だと思った。彼はじっくりと観察して、その場の状況を理解していた。…そう、彼は全部分かっていたのだ。我々が何故護衛として付くのかも、馬車には何故オーウェン公爵家の家紋がないのかも、公爵の服装が地味なのも、着せられたフードの意味も。
異様に聡い子供を前に、私は名だたる貴族の嫡男とはどういう存在なのかを目の当たりにした。認識が甘かったのだ。これは、容易い任務などではない。私は、彼に劣ることのないように気を引き締めていかなければならないことを理解した。きっとそれは、ロイも同じだった。偏見の目に晒され、常にレッテルで判断されることに辟易している身であるのに、我々もまた彼のことを『貴族』という肩書きだけで想像し決めつけた。
セト様は恐らく、我々の───主にロイの───線引きに気づいている。明確なものは分からなくとも、こちら側の空気感を感じ取ったのだろう。あの日以降必要な会話以外したことはなかった。そもそも屋敷から出ないのだから、護衛する時間も少ない。彼は自身の立場を良く理解しているのか、一日の殆どを自分の部屋で過ごしている。
彼が助けた獣人のロルフという子供が遊び相手としているから退屈はしていないだろう。それでも、同年代の子供達は、例え貴族でももう少し走り回っているように思う。人形で遊んで、勉強して、本を読んで、歌を歌う。毎日毎日それの繰り返し。時々庭に出て花を摘んで奥様に届けたりしているが、馬車に乗ることはない。
窮屈な暮らしをしているのに、彼はいつもロルフくんのことばかり気にしている。どうやら彼を外に出せないことが悩ましいらしい。死ぬ寸前だった彼からしたらセト様は救世主だし、それに何より見ていれば分かる。彼はセト様の傍にいられるだけで十分幸せなのだ。彼なりに、恩返しとして役に立ちたいと思う程には。
小さな優しい主人との距離を測りあぐねている我々は、彼が外出する機会が訪れることを心待ちにしていた。
しかし、外出よりも前に、我々は彼と向き合う機会を得ることになる。
それが、今回の演習である。公爵様から呼び出されると、「君達の実力を実際に見せてもらいたい」という話があった。セト様とロルフくんに、剣の使い方や魔法を使った戦闘を見せて欲しいということだった。親心からの発言かと思ったが、どうやらきっかけはセト様の進言らしい。直ぐに彼が、私達と深く関わる機会を設けたことを悟った。同時に深く感謝し、大人として情けない気持ちになった。
オーウェン公爵家の広い庭に出ると、公爵は素晴らしい精度の魔法で十数体の氷像を創り出した。どうやらそれを的として使えという意味らしい。
私の魔法とは相性の悪い氷属性の的を前に、私はひとつ息を吐いた。相性が悪いからといって、氷属性と相対することは初めてではない。それでも、火属性のロイと比べたら見劣りはするだろう。だから敢えて先攻を選んだ。
私は、自分の属性に劣等感はない。不利なのは事実だし、戦闘向きではないことも理解している。それでも、過去の私は木属性だからという理由だけで騎士団に入ることを諦めるつもりは毛頭なかったのだ。だからこそ、技を磨き、力技で捩じ伏せるのではなく緻密に計算した作戦と魔法で戦略的に戦うことを選んだ。持っているものが弱いのならば、それ以外を強くしなくてはならない。恵まれていないのならば、より一層の努力をしなくてはならない。それがこの世の理なのだから。
公爵の合図と共に、私は自分自身に風魔法を付与し、スピードを上げて氷像へと走った。そして抜いた剣に細かく渦を巻く風を纏わせ、その風圧で氷像を細かく切り刻んだ。木属性でも前線で戦える殺傷威力の高い技を繰り出せるのだ、という証明をするために私が身につけた戦い方である。頭を使えば、努力をすれば、弱点は克服できる。私はそれを証明するために晩翠の騎士団にいる。
全ての氷像を破壊して元の位置に戻ると、セト様がキラキラした目でこちらを見ていた。純粋な瞳がいたたまれなくて、思わず卑下た私にセト様は首をぶんぶんと横に振りながら言った。
「そんな事ない!あんな一瞬で粉々にするなんて、十分凄いよ!?」
「…ふふ、ありがとうございます」
彼の言葉に、ゆるゆると口元が綻んでしまう。こんなに真っ直ぐに含みない褒め言葉はいつぶりだろうか。大抵の貴族は、守られることが当然だと思っているから礼なんて言わないし、褒めることもない。幼い彼の屈託のない笑顔と尊敬の眼差しが、じわじわと心に染み込んでいく。
彼の興奮に乗じて、ロイまで私を褒め始めた時は何だか恥ずかしくなったが、公爵様が横にいるのにも関わらず憮然なロイの口調を慌てて指摘した。でも何故かセト様は嬉しそうに我々に自由に話すよう言いつけた。ロイはすんなりと受け入れたが、流石に公爵家の嫡男に向かって護衛騎士が軽い口調で話しかけるのは如何なものかと苦言を呈したかった。
しかしその流れで、ロイがセト様に自分の出自を告白した。ロイが自らそれを言うのは、恐らく騎士団に入団した時以来だろう。その瞳には不安の色が浮かんでいた。ロイはかなり警戒心が高く、今までの経験から貴族に心を許すことはほぼない。そんなロイが、信じてみたいと思ったのだ。かなりの進歩である。不安げに視線を下げたロイを、セト様はじっと見つめた。私はそのまま成り行きを見守ることにした。
彼が、ロイを傷つけるようなことを言わないことを確信していたから。
「…分かった。俺も、2人の前では猫被らないし、素で話すよ。それでおあいこだろ?」
悪戯っ子のように笑ったセト様に、ロイは驚いた顔をしていた。きっと怒りや蔑みを想定していたのだろう。獣人の子供を拾い、人間と同等に扱っている時点で、そのようなちっぽけな差別をするような御方ではないことは分かっていただろうに。長年刷り込まれてきた憎しみと恐怖は、簡単には消えないのかもしれない。それでもきっと、彼はロイのそんな弱ささえ打ち砕いてくれるだろう。何故だかそう、断言出来る。
その後公爵様にまで許可を頂いてしまったので、仕方なく口調の件は飲み込むことにした。取り敢えず、社交の場ではしっかりとした言葉遣いを心掛けるよう、後でロイに念入りに言い聞かせなければならない。
自分の中での咀嚼が終わらぬまま、ロイは再び公爵様の創った氷像の前に立った。セト様はそんなロイに気づいていながらも触れることはなかった。本当に、賢い御方だ。
「始めっ!」
公爵様の合図と同時に、ロイは強大な魔力を練り上げ、大きな火の玉を創り出した。そのまま氷像に複数の火球はくるくると舞いながら氷像に向かって飛んでいく。的確なコントロールで火球は氷像に直撃し、立派な氷像がみるみるうちに溶けて水になった。
残りの氷像に向かって走り出し、今度は剣に煉獄を纏わせて振りかざした。剣に触れた部分から氷像が蒸発し、ジュワッと音を立てて消えていく。あっという間に、無数の氷像が溶けて消えた。
一連の出来事に、セト様とロルフくんは感嘆の声を上げた。
「……すっごい!!凄い!!ロイ、凄いね!!」
「氷、どろどろって、溶けた」
「ふむ、なかなか見事だな」
「抜群のコントロールでしたな」
公爵様とセバス殿も、関心したように口々に感想を述べた。
ロイの戦い方は鮮やかだ。本人の魔力自体が高いのもあるが、その強度も凄い。簡単にいえば威力が高いのだ。一発の攻撃でかなりのダメージを与える。相性の悪い属性ばかりの木属性とは違い、火属性なら大抵は互角に渡り合える。万能型であり前線向きの騎士、それがロイだ。
「……どう、でしたか」
恐る恐る、といった感じでロイがセト様に口を開いた。そんなロイに、興奮した様子でセト様は声を上げた。
「凄かった!!ルークのもなんと言うか…技術が光っていて凄かったんだけど。ロイは、爆発力って感じ。一つ一つの威力が高いし、放った先も全部命中してたし、かなり高度な技だと思ったよ」
「…ありがとう、ございます…」
ぎこちなく頭を下げたロイに思わず笑ってしまいそうになる。長く彼を見てきたけれど、子供に頭を下げているところを見るのは初めてだった。それも、屈辱的なものではなく、自分から下げたのだから嬉しいことこの上ない。彼もまた、成長している。
いつの間にか防御シールドを解いたセバス殿が、お茶の用意をしに屋敷の中へと戻った。公爵様も職務があると自身の部屋へと消えていく。立派な庭に、セト様とロルフくんと我々だけが残った。
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