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第1章
side ロルフ セトとの出会い
しおりを挟むボクはロルフ。狼の獣人で、獣化が出来ない役立たず。
ロルフという名前は、ボクを拾ってくれた人間、セトが付けてくれたもの。
ボクは元々群れで暮らしてて、そこには父親も母親も兄弟もいた。けど、居場所はなかった。一族で唯一獣化が出来ないボクは、一族から欠陥品として扱われた。別に暴力を振るわれていたとか、虐げられていたとかそういう訳じゃない。
でも、確かに感じていた蔑みの視線と落胆の目。ボクが言葉を発する度、憐れみと同情と優越感が入り交じった顔をされるのが心地悪くて、必要なこと以外喋らなくなった。そのせいで話すこと自体苦手になったけど、特に支障はなかった。
群れとはぐれたのは、引越しの時。ボク達みたいな狼の獣人は、人間に見つからないように山奥や森の奥で過ごす。そのため、気候によって住む場所は変わる。いくつかの拠点を毎年転々としながら暮らすのだ。
拠点を移す大移動の時、ボクは足を滑らせて崖から落ちた。当然だ。本来は狼の姿で歩く道を、2本の足で歩いていたのだから。幸いそこまで高くはなくてかすり傷程度で済んだけど、家族の群れは落っこちたボクに気づくことなく進んで行って、あっという間に見えなくなった。
ボクは鳴かなかった。鳴けば……声を上げれば、渋々といった感じで助けられて、何事もなく群れに戻っていたかもしれない。でもそうしなかったのは、そこにボクの居場所がなかったから。
一生あそこに居続けるくらいならば、もし死ぬことになったとしても外の世界を見たかった。一族以外の存在と話してみたかった。誰かに、触れてみたかった。
その後、食料を探す道中で人攫いに捕まって売り飛ばされた。ボクは檻の中に入れられて、動物と同じ扱いを受けた。ボクを降りに入れた人間は最初はボクの存在に喜んでいたけど、獣化が出来ないことを知ると急に冷たくなった。こんなもんか、と思った。殴られ、蹴られ、胃液を吐きながら、物凄い形相でボクを睨む男を見て絶望した。
結局ボクは、獣としても人間としても価値のない、欠陥品なのだ。
何もかも諦めて、汚い檻の中で死ぬのをじっと待っていた。欲を言えば最期にもう一度だけ、青い空を見たかったと思いながら、空腹さえ感じなくなったその時。
「起きろ!死ぬな!おい!」
聞いた事のない声が、聞こえた。ボクを殴る人間よりも、ボクに興味のない両親よりも、ボクを蔑む兄弟よりも、綺麗で澄んだ声。
薄らと目を開けると、見たことない男の子がこちらに向かって手を伸ばして、何かを叫んでいた。視界もぼやけて、耳もくぐもっていてよく聞こえなかったけど。
でも何故か、その、空みたいな青い瞳は、はっきりと見えた。
綺麗だ。
いつも見ていた、あの青い空よりももっと。宝石みたいで、キラキラしてて、綺麗。
無意識に手を伸ばしていた。その青に、触れるんじゃないかと思って。
それからはあっという間だった。男の子になんか美味しい丸いのを口に突っ込まれて、必死にそれを噛み砕いた所までは覚えていたけど、次に目を覚ましたら、ボクは立派でふかふかのベッドに寝ていた。
顔を上げると空色の瞳を持った男の子がこちらを見ていた。驚きと嬉しさが入り交じったような表情で。
ボクは死んだのかと思ってたから、目の前の男の子がもしかしたら神様なのかもしれないと思った。けどどうやら違うようだった。その男の子は、セトと名乗った。ボクが寝ている間に色々と交渉してくれたようで、ボクはそのままその家に留まることとなった。人間の世界の仕組みはよく分からないけど、どうやら地位のある家柄らしく色々問題があるようだった。
公爵様はいい人だった。セトが決めたのなら、とボクのことをセトに一任することを決めたらしい。奥様も、ステキな人だった。ボクを見ると優しく撫でて、「セトと仲良くね」と楽しそうに笑った。ボクは初めて、家族の温かさを知った。
セトは、本当はボクが自由に過ごせて、歩き回れるようにしたいらしい。でも現状それが出来ないらしくて、セトは何度も申し訳なさそうに謝った。ボクは本当に、何も気にしていなかった。だって元々獣人だった時から、ボクは自由に駆け回ることも、誰かと心から楽しいお喋りをすることもなかったから。
でもここに来てからは、セトの家の広いお庭で遊んだり、2人でおやつを食べたり、お部屋で遊んだり、一緒にお昼寝したり。楽しいことばかりだ。セトがくれるお菓子はいつも美味しくて、綺麗で、楽しくて好き。でも一番好きなのはやっぱりセトだ。
セトはボクが何かすると絶対褒めてくれるし、撫でてくれる。話すのがゆっくりでも、ちゃんと最後まで聞いてくれる。だからボクがこれ以上望むものなんて、何もないのだ。
今はただ、セトに恩返しがしたい。あのごみ溜のような場所から救ってくれて、家族の温かさを教えてくれたセトを、守れるようになりたい。ボクはまだ子供だけど、早くセトを抱っこできるくらい大きくなるんだ。…そうなったら、一緒に寝ることは出来ないかもしれないけど。
「ロルフ、おやつだよ~!」
廊下の向こうからセトの声が聞こえる。どうやら今日の授業が終わったらしい。
魔法が使えるようになって、セトはきっともっともっと強くなる。…でも、セトは少し怖がっていた。今はもう何でもないように振舞っているけど、きっとその不安はまだ胸の中にある。
大丈夫だよ、セト。ボクが、セトを守れるようになるよ。
君がボクを助けてくれたみたいに、ボクも君を助けたいから。
だから待っててねセト。……ボクが立派な獣人になるその時まで。
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