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第1章

神殿からの使者

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さて、やってまいりました魔力検査日!!!昨日は色々悩んだし不安になったりもしたけど、もう今はなるようになれ!!という感情しかない。

だって焦ったって検査の時間はやってくるし、どんなに不安になったって属性は変わらないのだ。どんと構えるしかないし、後は検査結果を見てから考えるしかない。


「……まぁ、何とかなるだろ!!」


そう自分に言い聞かせながら、俺はベッドから飛び起きた。だだっ広いベッドの横で寝ているロルフが「セトぉ…?」と唸った。ごめん、大声出して。

幸い、ロルフがそのまま起きることはなかった。俺はほっとしつつベッドから降りる。そろりと部屋の扉を開けると、既にアニーが待機していた。


「アニー、他の部屋で朝の支度お願いしていい?ロルフは起こさないようにしたいんだ」

「かしこまりました。ではお隣の部屋へ行きましょう」


にこにこなアニーは、多分俺とロルフの関係を微笑ましく思っているのだろう。大人が子供を見る時特有の生暖かい目線を感じる。

ロルフは、俺と同じベッドで寝ている。多分本来、これはやってはいけないことなのだと思う。貴族として、公爵家の人間として、その家の者じゃない存在と同じ部屋で…しかも同じベッドで寝るのは、はしたないと言われても仕方がない。まぁ俺は男だしそこまで気にすることじゃないと思ってるけど、常識的にはそうもいかない。

ロルフは、本来使用人と同等の扱いをしなくてはならない位置の存在なのだと、理解していない訳ではない。実際使用人にはそのように接するよう伝えている。ロルフは別に地位には興味がないようで、俺と居られれば文句はないらしい。

俺はロルフを使用人として扱うつもりはないし、友達として接している。気持ち的には兄弟に近いけれど、言葉には出来ないのが窮屈な所だ。貴族ってやっぱりめんどくさい。

仲間とはぐれて攫われて、悪辣な環境で虐げられてきたロルフは、俺よりも小さい。そんなロルフを少々甘やかしてしまうのは、仕方のないことだと俺は思う。殆ど欲を言わないロルフが言った、俺と一緒に寝たいという初めての我儘を無視出来るほど、俺は非情にはなれなかった。

父上には多少釘を刺されたし、セバスにも自覚は持ってくださいと注意された。だから俺は、『ロルフが俺の背を越すまで』という条件を提示した。だって俺達はまだまだ子供だし、俺のこの先の道のりの長さを加味するとこのくらいの我儘は許してもらわなきゃ。

そんなこんなで何とか2人の首を縦に振らせた俺は、毎日ロルフと同じベッドで眠っている。朝起きると、朝日に照らされたロルフのふわふわのセレストブルーが一番に目に入って、酷く安心するのだ。

獣人の成長はあっという間だ。ロルフが俺の背を抜くのなんて、多分2年も要らないだろう。それまでは、このだだっ広いベッドの上で、2人で眠るのだ。これで暫くはきっと寂しい夜はない。

俺の助けが要らなくなるまで、俺はロルフを守ると決めたのだ。








午後。神殿からの使いが、オーウェン公爵家にやってきた。来たのは2人。見るからに上司っぽい雰囲気の人が、俺に目線を合わせるようにしゃがんだ。


「こんにちは、セトくん」

「こ、こんにちは…」


白い長い髪を垂らしたその人は、神官らしい服装に身を包んでいる。後ろから見たら女の人と間違えてしまいそうなくらい、長くて綺麗な髪だ。


「はぁ、君のお父さんが無茶言うから大変だったんだよ」


しゃがみ込んだまま柔らかな表情で俺の頭を撫でた。どうすればいいのか分からなくて固まった俺に、彼はまたくすりと笑った。


「お前の要領が悪いだけだろう。声をかけてからどれだけ経ったと思ってるんだ」


父上が不機嫌そうに答える。成程、関係性は分からないが、どうやらこの2人は知り合いらしい。父上が営業スマイルを外して誰かと話しているのはかなり貴重な姿だ。今の所は、家族と屋敷の者にしか見せていない。

つまりは、かなり気心知れた仲なのだろう。神殿の人間を屋敷に呼ぶなんて大それたことを、と思ってはいたけど、知り合いが居たからだったのか、


「アダムだって知ってるだろう?神殿は誰にでも平等である神聖な機関だ。我々の独立した力は、政治にも国事にも屈することはない。いくら力のある貴族と言えど、私的に動かすことは出来ないんだよ」

「分かっている。だから表向きはセトの"治療"ということにしてあるだろう」


この世界の神殿は、かなり中立な立場を保っている。それは、神殿に集まる力が壮大なことに起因している。

神殿は、この世界で最も神に近いと言われる神聖な場所だ。そこには、特別な力を持った者が多く集まる。大きな力を持った子供は、政治的な力に利用されたり、貴族に玩具にされやすい。子供を不憫に思い、また王国の権力が揺らぐことを恐れたかつての王は、一定数生まれる莫大な魔力を保持する子供や、奇特な属性の子供を保護し、魔力暴走や権力争いに巻き込まれないよう育てるために、神殿を作った。

魔力は、神様からの贈り物。珍しい属性は、神の気まぐれ。"特別"とされるものを持っている者達は、自然と己を守るために神殿に向かうようになった。聖なる場所で祈り、神に感謝して日々を過ごし、護られることに喜びを感じた彼等は、やがて誰かを護りたいと神官を目指すようになる。


こうして、現在のような神殿が出来上がった。特別な力の中には、病を治す力や、瘴気を消し去る物もいる。やがて医学で直せない病や傷は、神殿の管轄となったらしい。その貴重な力は尊重され、なくしてはならないと、今や貴族の権力も王家の圧力にも揺るがない独立組織となっている。

貴族個人の依頼になんて、よっぽどの理由がない限りは了承されないのだろう。だから父上は、毒を飲んだ俺の診療"という名目で彼等をここまで呼びつけたのだ。本当は魔力検査のためなのに。

やっぱり父上はかなり過保護だ。


「その手続きが大変だったつってんの。後処理も考えると本当頭が痛いよ……。全く昔からお前は人使いの荒い……いえ、何でもありませんすみません許してゆるっ……ぁあああああああ!!!」


文句を垂れ流す彼の足を、グリィ…!と音が聞こえてきそうなほど力を込めて父上がすり潰すように踏みつけた。オーウェン公爵家にいる父上は常に家族に優しく暖かい人なので、その行為に少し驚く。


「ちっ、父上!?」

「セト、めんどうはさっさと済ましてしまおう。おいで」


父上はニコニコしながら俺の頭を撫でた。く、黒い……黒いです笑顔が……。

頬が引き攣るのを感じながら、俺は苦笑いで誤魔化した。やっぱり、優しいのは家族にだけなのかも。オーウェン公爵、恐るべし……!実父だしないとは思いたいけど、この人だけは敵に回したくないなぁ…。




別室に移って、お互いがソファーに座ったことを確認してから、神殿の人は再び口を開いた。


「さて、改めて。私はサイード・ヘンリオン。神殿で神官として働いている。そこのアダムとは幼なじみというやつでね。まぁ、腐れ縁さ」

「父上の…!」

「こっちはドミニク。私の弟だ」


さっきからサイードさんが足を踏み抜かれても父上と言い合いをしても一言も発さなかったドミニクさんが、ペコリと頭を下げた。サイードさんとは対照的にクリクリと跳ねている髪の毛は、短く切りそろえられている。サイードさんと比べると幼い顔立ちだが、言われてみれば髪の色は同じだし、目元がよく似ている。


「弟は少々でね。話しかけることはないが、Yes・Noで答えられる質問ならちゃんと答えられるよ。ね?」


横を見たサイードさんに、ドミニクさんがコクコクと頷いた。言葉を発しないのには何か理由があるのだろうが、突っ込む程親しくはないし、触れられたくないことかもしれないので黙って頷いておいた。

関心したようにサイードさんがニコリと笑ってから、話題を元に戻す。


「今日は君の魔力検査をするよ」


そう言って、サイードさんはゴソゴソと何やら機械のようなものを取り出して机に置いた。父上は特に反応もしなかったので、多分ごく一般的な道具なのだろう。


「これを使って君の魔法の属性と魔力量を測定する。ここに君の手を置いて、魔力を吹き込んでもらう。そしてここに、私とドミニクの手をかざして、我々が測定するんだ」


俺はその道具をまじまじと見つめた。それはたとえるなら天秤のような形をしていて、何かを載せる場所が2箇所付いている。その片方に俺の手を、もう片方にはサイードさんかドミニクさんのの手を載せると使えるようになるということだろうか。


「俺だけの魔力では動かないのですか?」

「うん、そうだよ。これは"見られる"者と"見る"者双方の魔力がないと動かない。結構古典的な道具でしょ?私たちももっと簡単な方法があればと模索しているんだけどねぇ。この方法が一番正確に測定出来るんだよ。悔しいけど、先人の知恵には敵わないってことかな」


俺の知ってる世界では、科学というものが発展していて、映像を箱に写したり、写真として景色を保存したり、魔法がなくてもそれなりに色んなことが出来た。

便利な物に人々は直ぐに慣れていったけど、確かに便利な物を使わずに過ごすことを選ぶ人もいれば、手間隙かけて行う方が良い方向に転がる事象もあった。つまりは、そういうことなのだろう。


「検査が出来る人は限られているんだ。鑑定スキルがないと詳細には見れないからね。私は魔力量を、ドミニクは魔法属性とスキルを見ることが出来るよ」

「スキル…?」

「スキルっていうのは、その人の得意なことや向いているものとかかな。魔法属性は血縁とかに関連する事が多いんだけど、スキルは何の影響も受けない。つまり、その人特有のものだね」

「特有…」


魔法属性が血と関連するというのは、授業で習ったから分かる。見た目と同じように、親の魔法属性を受け継ぐことが多い。まぁ、稀に隔世遺伝はあるみたいだけど。だから、ある程度「あの一族はあの魔法」みたいなものがあるらしく、相性の悪い属性の家系には争い事は仕掛けない、というのが暗黙のルールらしい。

それとは別に、個人特有のスキルがあるという訳だ。これは、もしかしたらドミニクさんが話さないことや、サイードさんがドミニクさんの言いたいことが分かることと関係があるのかもしれない。


「私は、セトが何の属性だったとしても構わない。セトが私の息子であることに変わりはないのだから」

「父上」


ゴツゴツした大きな手が俺の頭を撫でた。家系の魔法属性から外れると、白い目を向けられることもあるらしい。それは、貴族の常識講座で学んだことだ。


「セトくんは、この世界にどんな属性があるか知ってる?」

「…一応、少しだけ勉強しました」


この世界の魔法には、9つの属性がある。火属性、水属性、木属性、雷属性、土属性、風属性、闇属性、光属性。それぞれ仕える属性は人によって違うし、その属性以外の魔法は基本使えない。大体皆1つか2つの属性が自分の属性として定められる。そしてもうひとつ、誰でも使えるという無属性の魔法がある。無属性は、上記8つのどれにも当てはまらない、属性のない魔法の総称だ。


「アダムは水属性。イヴァンさんは木属性だから、セトはそのどっちかの可能性が高い。でも稀に、そのどちらにも当てはまらない時もある」

「隔世遺伝ですね」

「…うん、それもある。あとは、神の悪戯ギフトだね」

「神の悪戯ギフト…?」


聞き慣れない単語に首を傾げると、サイードさんは肩を竦めた。


「稀に、神が気まぐれで特別な力を授けることがあるんだ。加護とか、能力とか、特殊なスキルとか。その形は様々だけど、どれも希少なものだということに変わりはない」


な~んか、嫌な予感がするなぁ…。

脳内に自称神あのバカを思い浮かべながら、サイードさんを見た。


「まぁ無い人が殆どだから、あまり気にしなくていいよ」


サイードさんは俺を安心させるかのように優しい顔で言った。ありがとうサイードさん。その気遣い、とても嬉しいです。ただね、嫌な予感がするんだよね。あのバカ、この世界来てから1回もコンタクト取ってこないし、本当に見てんのか?って半信半疑だし、なんか色々適当だし。

俺に対しての配慮とか諸々、全然してない気がするんだよね。バカだから。


「…さて、説明はこんなもんでいいかな。取り敢えずさっさとやってしまわないことには進まないからね。魔力量測定と属性検査、どっちから先にやる?」

「え、選んでいいんですか?」

「うん。別にどっちが先でも関係ないしね」

「じゃあ属性検査先で」

「だよね~~」


サイードさんはへらりと笑いながら、検査機器を弄り始めた。ドミニクさんが補佐して、俺はそわそわしながらそれを見つめる。

父上はセバスが用意した紅茶をのんびりと飲んでいる。本当に、俺がどんな属性でも構わないのだろう。つくづく、良い家に生まれたものだ。

少しの緊張を紛らわせるために俺も紅茶へと手を伸ばす。お茶請けにはロルフの大好きなジュエリードロップが用意されていた。ロルフのきらきらした目を思い出して、少し心が落ち着く。セバスはこれを狙って用意したんだろうか。ちらりとセバスの方を見ると、ペコリと会釈をした。う~ん、流石読めない男…。


「よし、準備が出来たよ。始めようか」


ソーダ味のジュエリードロップをひと粒口に入れたところで、サイードさんが顔を上げた。


いよいよ、魔力検査開始である。
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