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第1章
これからよろしくね
しおりを挟む屋敷に帰ると、薄汚れた塊を持って帰ってきたことに使用人達はてんやわんや。取り敢えず父上が信頼出来る医者を呼んで、診てもらった後、メイド達がその汚さに悲鳴を上げながら風呂に入れた。
当の本人はよっぽど疲労が溜まっていたのか全く起きなくて、結局灰色同然だった髪の毛はセレストブルーが本来の色で、モップみたいになっていた所は短く切って整えた。お陰で隠れていた耳は見えるようになり、肩口に揃えられた髪の毛も今はふわふわだ。
客人用ベッドで寝かされた小さな身体は、規則正しく呼吸をしている。医者によると、重度の栄養失調と、軽い脱水症状が主で、後は折檻による身体の傷や痣が目立つ程度らしい。栄養のあるものを食べてちゃんと水分を取れば命に別状はないらしい。良かった良かった。
俺はベッドの脇で寝顔を眺めながら、書斎で掻き集めた獣人に関する本を片っ端から読み漁っていた。まぁ、掻き集めたのは俺じゃなくてセバス何だけどね。お願いしたら光の速さで用意してくれた。さすセバ。
この世界に来たてで獣人のことを知らなかった俺は、彼が起きる前に色々と調べて学んで置くことにしたのだ。引き取った以上、知っておく必要があるから。という訳で、色々調べてみたんだけど。結果としては、中々心痛い現実ばかりだったというのが正直なところだ。
まず獣人は、人間とは違う。動物の種類によって性能は異なるが、基本的な性質としては動物の方が濃く出て、人間要素は人間に近い形態になれることと、人間の言葉を話せるようになることくらいらしい。獣人は基本、獣人だけのコミュニティで暮らしているから、人間が普段の生活でその姿を認識することはあまりない。
けれど、やはり珍しい存在なので、中には愛玩動物として飼っている貴族や、違法な取引きで売りつけている悪徳業者もいるらしい。俺が引き取ったこの子も、多分攫われてきた子供なのだと思う。あの店は、近々告発して潰すらしい。父上がとてもいい笑顔で教えてくれた。
恐らく店に出ていた動物の中には獣人も混ざっていただろう、という見解らしい。そこら辺はしっかり調べて、保護するつもりだって言ってた。まぁ、父上が悪いことをする筈がないと信頼しているので、特に気にはしていない。
問題は、俺が獣人を拾ってきてしまったことによる、オーウェン公爵家の印象についてだ。やはり、獣人を家に置いていれば、それはペットとして扱っている印象が強く、あまり好意的な視線は集められないだろう、というのが色々調べたり聞き回ったりした上で俺の中で出た結論。となると、彼が獣人であるという事実は屋敷の中で留めておく必要がある。
彼を守る為でもあり、オーウェン公爵家の評判を落とさない為でもあるけど、俺はやっぱりしっくりは来なかった。だってそれじゃあ、この子は自分を隠して生きていかなきゃならなくなる。この先大きくなって、外に出ることも叶わないなんてことになったら、あの牢屋にいる時となんら変わりはない。
それに、あの店主は彼が獣化出来ないって言ってたし。そうなると、この耳を隠して行動しなきゃならないから、必然的に学園やパーティーには出して上げられなくなる。人によっては、外に出られないことが苦痛になる場合もある。やはり何か解決策を模索しないといけないかもしれない。
「…どうにか、良い方法はないかなぁ…」
この子が笑って自由に生きられる未来を用意してあげたい。それが、エゴだとしても。
彼はなかなか目を覚まさなかった。それでも、メイドが定期的に水をの覚ませたりして命は繋いでいたし、俺も講義と食事の時以外は側に居た。見張りもルークを付けていたので、特に何も問題はなかった。
結局彼が目を覚ましたのは、連れて帰ってから4日目の夕方だった。講義が終わると、いつものようにその部屋へ向かった。静かな寝息をBGMに本を開いていると、段々と眠たくなってくる。昼寝にはまだ早いのに、と頭を振りながら睡魔と戦っている時だった。
「ん…」
自分のではない声がして、バッ!と顔を上げる。ベッドを見れば、綺麗な金色の目がこちらを見ていた。
「ルーク!セバス呼んできて!」
部屋の外に声を掛けてから、やっと目を覚ました少年を見た。
「気分はどう?痛い所とか、気持ち悪い所とか、ない?」
「ない…」
ふるふると首を横に振る動作にほっとしながら、綺麗な金色の瞳を覗き込んだ。白にほんの少しだけ青を溶かしたような髪色は、光が当たれば銀色にも白髪にも見えるくらい儚げで、美しい。対比のように力強く輝く金色の瞳が、その生命力を表しているようで。
「かみさま…?」
もしかしたら、ここがあの世だと思っているのかもしれない。じっとこちらを見つめる瞳に、俺は否定するように首を振る。
「神様なんかじゃ、ないよ。…俺はセト。君は?名前、わかる?」
「……ろるふ」
「ロルフ…素敵な名前だね」
血の通う、小さな手をぎゅっと包み込む。あの日、あんなに冷たかった手が、今はこんなにも温かい。
「良かった…目が覚めて。全然起きないから、心配してたんだぞ」
「…しんぱい」
ロルフは不思議そうな顔をした。まるで、心配されることに慣れていないように。俺はそれに気付かないふりをして、会話を続けた。
「そう、心配。ロルフ、食べたいものとかある?お腹にいいものなら、食べさせてあげる。消化に悪いものは…うーん、ちゃんと元気になってからなら父上に頼んでみよう」
「たべたいもの……」
ロルフは数秒考え込んでから、「いろんないろのきらきらの、まるいやつ」と答えた。一瞬なんの事か分からなかったけど、直ぐにジュエリードロップの事だと分かった。あれならほぼ水分だし、今すぐあげても大丈夫だろう。
「ジュエリードロップだね。あれ、気に入った?」
「…セトが、くれた。……うれしかった」
「そっか」
俺は部屋の外で待機していたセバスにジュエリードロップを持ってくるようお願いした。セバスの事だからついでにロルフが目覚めたことを父上達にも報告するだろう。
ロルフについてどうするか、本人の意見も踏まえて考えなくてはならない。
「……セト、たすけてくれてありがとう」
「ロルフはどうしてあそこにいたの?」
「んー…、かぞくとはぐれて…ひとりでいたら、つかまった……」
うーん、やっぱり獣人攫いの仕業なのかな。それとも、人身売買の延長線?どっちにしろ、良くない人達だっていうのは確かだ。
「ロルフ、家族の所に帰りたい?」
「…そんなに。…ボクは、できそこないだから…」
「獣化出来ないってやつ…?」
「うん。ふつう、こどもでもれんしゅうしてできるようになる。…でもボクは、できなかった」
金色の瞳に影が落ちる。獣人の常識は、俺には分からない。けれど、周りの誰もが簡単に出来ることを出来ない孤独は安易に想像出来る。周りからの、視線の痛さも。
「…ごめん、もういいよ。話してくれてありがとう」
俺は自分の身体よりも小さなロルフをぎゅっと抱き締めた。帰りたい気持ちがないなら、無理に家族を探す必要もない。そこがロルフにとって良くない環境なんだったら尚更だ。
「ロルフ。君は今日からここで暮らすことになると思う。成る可く人間として扱って貰えるよう、父上にもお願いしてみる。でも多分、完全には無理だと思う。もしかしたら、ロルフが嫌な気持ちになることがあるかも。もし何かあったら、隠さないでちゃんと教えてくれ」
「…わかった」
「俺のことが鬱陶しく感じた時も言って。無理強いはしたくないから」
今はまだ、子供だ。でもいずれ大人になった時、オーウェン公爵家の力なんて必要ない状況になるかもしれないし、俺のことが煩わしくなるかもしれない。
そうなった時、俺はちゃんとロルフを送り出せるようにしなくてはならない。俺の偽善だけでロルフを縛り付けるようなことは、絶対にあってはならない。
「あともうひとつ、大事なことを言うの忘れてた。ロルフは俺の家族だからね!そこは忘れないで!」
「かぞく……」
「うん、家族。ペットじゃないし、奴隷でもない。家族で、俺の友達」
例え存在をひた隠しにしなくてはならなくなったとしても。ロルフは今日、この瞬間から、俺の大事な家族で友達だ。この先もずっと。
可能な限りロルフを守ろう。あそこから連れ出した責任として。彼の人生を変えてしまった代償として。猫や犬も拾ったら最期まで面倒見るのが責任だと言うし、それくらいの覚悟ならあの時にもうしてた。
「これからよろしく、ロルフ」
「……よろしく、セト」
俺達はふかふかのベッドの上で固く握手を交わした。ロルフの大きな金色の瞳が、キラキラと輝いていた。
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