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しばいにん
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竹田 哲平:♂(25) 舞台役者。劇団に入って2年、中々役を貰えず燻っている青年。
峰橋 夏鈴:♀(26) 舞台役者。哲平の学生時代の先輩。売れっ子役者。
佐々木 源二:♂(42) 劇団『菊の花』団長。元舞台役者。老人と兼役。
柚月 葵:♀(22)舞台役者。最近劇団に入団した新人。
志波:♂(年齢不詳) 突然哲平の前に現れた謎の男。
所要時間 :約50分。
──────────
竹田 哲平 ♂:
峰橋 夏鈴 ♀:
佐々木 源二 ♂:
柚月 葵 ♀:
志波 ♂:
──────────
竹田N:死のうと思っていた。25までに役者として成功しなかったら死ぬと決めていた。
田舎町の線路。
死んだとしても新聞に少し掲載されるだけ、ニュースでも少し触れられる。
そんな程度だろう。
でも、それでも何か形を残したかった。
俺はこの世界で生きていたんだという…形を。
◀◁
佐々木:だーかーらぁ!ここはそうじゃねえんだって!何回言えばお前は役になりきれるんだ竹田!
竹田:いや、でもここは主人公が彼女の死を嘆くシーンなので…。
佐々木:だからって自分も死ぬ事を決意するなんてシーンはねぇだろうが!馬鹿かお前は!!
竹田:いやでも…最愛の人が死んだら、自分が生きてる意味、無くなるじゃないですか…
佐々木:はあ…話にならん!…そんなんじゃいつまで経っても役なんか貰えねえぞ、お前。
竹田:はい…すみません…。
──────────
(秋の肌寒い空気の中、夕暮れ時に帰り道をとぼとぼ歩く哲平)
竹田:はぁ…またダメだった、なんで自分なりの演技をしただけなのにあんなに怒られるんだよ…やっぱ、向いてないのかなぁ。
峰橋:いやいや!そりゃあ台本と違うことするからでしょー?
竹田:うわ、先輩…どこから現れたんすか。
峰橋:………君って本当にリアクションが薄いよね、学生時代からそう。
竹田:ほっといてくださいよ…で、何しに来たんですか。
峰橋:あ、そうだった。あのさ…申し訳ないんだけど、今日泊めてくれない?家の鍵…ロッカーに置いたまま忘れちゃって…劇団戻ったんだけど閉まっちゃってたんだ。
竹田:あぁそうだったんすね…泊めるのはいいですけど、その代わり────
峰橋:はいはい!ご飯作れってんでしょー?分かってるよ。
じゃ、スーパー寄って帰ろ!
竹田:…うす、今日何作るんすか?
峰橋:んー、何食べたい?好きなのでいいよ
竹田:じゃあ…オムライスがいいです、先輩のやつ…美味しいんで。
峰橋:ふーん?そんなんでいいの?じゃあ卵とか買っていこーか。
──────────
(竹田の家、テーブルで向かい合って座る2人)
竹田:はあ~、ご馳走様でした!美味かったです。
峰橋:お粗末さまでした、食器私が片付けとくから!ゆっくりしてて~。
竹田:そりゃ俺の家なんだからゆっくりしますよ…ふう。
(竹田はテレビを付ける、そこには舞台劇が映っていた。)
竹田:…早く、俺も出たいな……。
峰橋:んー?何見てるのかと思ったら…舞台かぁ。
竹田:はい…なんか、役者目指してずっと頑張ってきましたけど…全然成果出なくて、向いてないのかなって。
峰橋:感傷に浸っちゃってんだ!青年だねぇ~
(峰橋はそう言うとクスクスと笑い出す。)
竹田:う…いいでしょ別に!感傷に浸るくらい誰だってやるもんですよ…。
峰橋:ふふ…はーあ、気持ちはわからないでもないよ?私だって売れるのに時間はかかったし。
竹田:でも先輩高校の頃から演技上手かったし、時間かかったって言っても1年くらいじゃないすか…俺なんて2年ですよ?23の頃に入ってから2年間鳴かず飛ばずで…。
峰橋:もう…そんな悲観的にならないの!君の演技は好きだよ?私。ただ周りが求めるものとは違うだけ、ピタッとハマる役がきっとあるよ!
竹田:はぁ…先輩が楽観的なだけでしょ………先輩、俺劇団辞めようと思うんです。
峰橋:え…なんでなんで!?竹田君が辞めちゃったら私誰の家に転がりこめばいいの!?
竹田:それが目当てかよ…あの子とかいいんじゃないすか?最近入ったあの…。
峰橋:あー!柚月ちゃんね~…あの子はなんというか…ちょっと苦手なんだよね~、なんでだろ。てかてか!なんで辞めちゃうの?
竹田:実は前々から考えてて…俺演技向いてないんじゃないかなって、ここでこのまま燻って時間無駄にするよりどっか就職した方がやっぱいいのかなーって…。
峰橋:いやいや!そんな事ないよ!君の演技は凄い!私が保証してあげる。
竹田:いやでも、佐々木さんに怒られてばっかりで…今日だって怒られたし。
峰橋:んー、佐々木さんは自分がこう!って思ったのにそぐわないと癇癪起こすからなぁ…でも今日の演技凄く良かったと思うよ?私は。
竹田:え、ほんとすか?俺がへこんでるから適当に褒めて機嫌取ってる…とか?
峰橋:人の善意をなんだと思ってんのさ君は…良いと思ったよ、主人公が愛する人の死を心の底から悲痛に思って一緒に死のうとするの。脚本変えちゃうのは駄目だけどね!
竹田:そう、ですか…そっか……良かったですか。
峰橋:うん!私は好きだな、そういう純愛。憧れちゃうよね。
竹田:はは……現実にはあんな愛は無いですけどね…。
峰橋:そうかなぁ?私らが知らないだけで、どこかで誰かが物語みたいな生き方をしてるかもしれないよ?
竹田:そうですかね。
峰橋:きっとそうだよ。
竹田:あ、俺明日バイト朝からなんでそろそろ寝ますね。適当に布団使っちゃって下さい。
峰橋:ホントだ!もうこんな時間…バイト頑張ってね、おやすみ竹田くん。
竹田:…はい。おやすみなさい、峰橋先輩。
──────────
(翌日、昼過ぎ。バイト終わりに劇団に来た竹田。)
竹田:…ふぅ。こんにちは~…あ。
柚月:『私は貴方を絶対に許しません…!』んー、違うなぁ…。
竹田:柚月さん…台本読んでるのか。
柚月:あ!竹田さんだ~!!こんにちはー!
竹田:あ、あぁ…こんにちは。台本読んでるの?
柚月:はいそうです!私ヒロインの妹役なんですけど、ファンタジーものってあんまり分かんなくて…。
竹田:あぁ、時代背景とか情景浮かばなくて分かんないよね。
柚月:そーなんです!!あ、竹田さん今お暇ならちょっと手伝って貰えませんか?読み込み!
竹田:あぁ…いいよ、どれやればいい?
柚月:じゃあこの主人公とヒロインの敵役を…!
竹田:分かった。俺これ読んだことないからちょっと待ってね…。
柚月:はーい!
(数分後、竹田が台本を閉じ柚月に声をかける)
竹田:柚月さん待たせちゃってごめん、いけるよ。
柚月:えっ、もうですか!?まだちょっとしか経ってないですよ?
竹田:うん、敵役の感じ分かんなくてちょっと…。
柚月:そんなちょっとで捉えられるもんなんですか…?
竹田:え?うん、もっと読み込んだ方がいいかな……?
柚月:あ、いえいえ!ラフにやるだけなので大丈夫です!
竹田:ありがとう、じゃあやろうか。
柚月:はい!……『貴方は…!どうしてこんな事を!』
竹田:『あぁ…?なんだお前は、コイツらと知り合いか?』
柚月:『私はこの人達の家族です…質問に答えて!何故こんな事をしたのです!?』
竹田:『チッ…んなもん決まってんだろうが。俺はコイツらの敵だ、コイツらは俺の組織に歯向かいやがった』
柚月:『だからってこんな…ッ!……許せない。』
竹田:『はァ…?お前に許して欲しいとは思っちゃいねぇよ、どけ。そいつらは殺さなきゃなんねぇ。』
柚月:…あ、えとっ……『私は貴方を絶対に許しません…!』……はぁ……。
竹田:うん、いいね…凄く良かったよ。
柚月:竹田さんが上手すぎて、緊張しちゃってセリフが…すみません!
竹田:いや、別にそんな事はないよ。
セリフを噛むくらい大丈夫、初めは皆噛んじゃうもんだし。
柚月:ありがとうございます…うーん、やっぱり難しいです…!頑張らなきゃ…。
竹田:ゆっくりでいいと思うよ。柚月さん演技始めたばかりにしては凄く上手いし、俺も負けてられない、ね。
柚月:竹田さんもなんか、すごく、こう…役に入り込んでて凄かったです…!
竹田:そうかな…俺は自分のやりたい感じに出来なかった、ダメダメだったよ。
柚月:そうですかね…?あ、佐々木さんに呼ばれてたの忘れてました!すみません竹田さん、ありがとうございました!
竹田:うん、頑張って……ふう、そろそろ帰るか。
──────────
竹田:はぁ…どうしよう…俺、何したいんだろう。
志波:…おや、どうしたんだい?そこのお兄さん。こんな昼間から…今にも死にそうな顔だね。
竹田:え…誰、ですか?
志波:あぁ!初めましてだお兄さん、僕は志波という。ただそれだけの男だよ。
竹田:あ、竹田と申します…えっと、どっかで会ったことありますっけ……?
志波:竹田君か!いい苗字だねぇ!おっと…いや、僕と君は正真正銘初対面だよ。おっ…?語呂がいいね今の。そう思わない?
竹田:あ、はぁ…えーと…何か?
志波:いんやぁ~、お兄さんが余りにも死にそうな表情をしていたから。つい声をかけちゃってねぇ。
竹田:え、そんなにでしたか…?はは、こりゃ申し訳ない……。
志波:なんで謝るんだい?死にたいと思うのは生きている証拠だろう。死んでたら死にたいとは思えないからね!
竹田:あぁ…そう、ですかね…?死にたいとは思ってないんですけど、死んでもいいかな…とは、思ってます。
志波:ふぅ~ん?なんでそんなに思い詰めてるのかなぁ?僕に聞かせてくれないかい?
竹田:あー、実は僕役者をやってまして…と言っても全然売れてなくて、何の役も貰えてないので役者と名乗っていいかは…分からないんですけど。
志波:ほう!役者かぁ!凄くいいね、演じる人間。
芝居人は僕も好きだよ。
竹田:はい…でも、その芝居人に…俺はなれないんですよ。
志波:何故?僕はあまり詳しくは無いけれど、竹田君は芝居をしているんだろう?ならもう芝居人なんじゃないのかい?
竹田:いえ、俺何も出来なくて…いつも人とは違う求められてない演技をしてしまって…才能無いのかな、と。
志波:才能かぁ…難しい問題だねそれは。
僕もとりわけ才能がある訳では無いけれど、才能ってのは努力の一つだと思っているよ。
竹田:努力の…一つ?それはどういう…。
志波:んー、説明が難しいな。
才能というのは努力という大きなカテゴリーの中の一つに過ぎない、という事だよ。
努力は才能に勝るだとか言うじゃない?
あれと同じく努力を積み重ね鍛錬し続けた人間は、才能にも引けを取らない強みを見せる。
そう思うんだ。
竹田:うーん…よく分からないですけど。
なんか、そう思った方が気が楽かも知れませんね。
志波:そうそう!その調子だよ~!世の中の大抵の事象はさ、結局人それぞれ価値観と感情があって、それが複雑に絡まり合っているんだ。
君の世界じゃ君が主役なんだ、好きにやるといいと思うよ?
竹田:そう……ですね!なんか、気持ちが晴れた感じです。
ありがとうございます…志波さん。
志波:僕は大層な事はしてないさ、君が考え君が導き出したんだ。
僕は道筋を立ててみただけだよ。あ!そうだ竹田君!連絡先交換しないかい?
竹田:連絡先ですか?いいですけど、なんで…?
志波:実は僕心理カウンセラーをやっていてね?君みたいに悩める若人を見ると解決したくてうずうずしちゃうんだよ。
竹田:そうだったんですね、道理で話を聞くのが上手いわけだ…というか、若人って…そういえば志波さんも若く見えますけど…ご年齢は?
志波:僕かい?僕は…今年でいくつだったかなぁ。多分30歳?とかかな。もう覚えてないや。
竹田:え!?全然見えませんね…!てっきり同じくらいだとばかり……。
志波:ははは!良く若く見られるんだ。
はい、これ僕の電話番号ね!じゃあ、また何かあったら電話して!またね竹田君~!
竹田:はい、ありがとうございました!
…志波さん、か……良い人だったな。
よし!劇団戻って佐々木さんに謝りに行こうかな…!
(意気込み、劇団に戻ろうと踵を返す竹田。向かいの方から柚月の姿があった。)
竹田:あれ、柚月さん。
柚月:あ、竹田さん…どうしてこんな所に?
竹田:いや、俺の家この辺だから…柚月さんこそどうして…。
佐々木さんに呼ばれてたんじゃ……?
柚月:あー、ちょっとお芝居で佐々木さんに怒られちゃって…それで……気晴らしに散歩してました!
竹田:そうだったんだ。確かに佐々木さん言い方きついもんなぁ…。
柚月:ちょっと、聞いてくれます…?
竹田:あぁいいよ。どっか喫茶店でも行こうか?
柚月:あ、ちょっと散歩したらすぐ劇団戻るので!どこか…あ、あそこのベンチで大丈夫です!
(近くにあったベンチに座る竹田と柚月。)
竹田:で、何があったの?確か先輩も今日昼過ぎに行くって言ってたから、そんな怒られる事はないと思ってたけど…。
柚月:えっと、実は竹田さんとお芝居したあの後、佐々木さんに呼ばれて台本の練習をしてたんです……。
──────────
(回想。劇団で芝居の練習をしている柚月、佐々木、峰橋。)
佐々木:おい柚月!違うって言ってんだろ!?そこはもっと悲しそうな感情を出せ!ここのシーンはお前の演技で観客に情景を伝えさせなきゃなんねぇんだぞ!
柚月:そうは言っても…私初心者ですし…。
佐々木:初心者だからなんだ!芝居人になりてぇと思ったんなら皆同じだ!初心者だからって甘えていい理由にはならねぇんだ!
柚月:もー!怒鳴らないで下さいよ!私だって真面目にやってるのにぃ…。
峰橋:まぁまぁ佐々木さん、柚月ちゃんもふざけてやってる訳じゃないんだし…。
佐々木:峰橋…お前はいつも人の肩を持つ。
竹田もそうだし、柚月も。
峰橋:なっ、別に私は肩を持つとかそんなんじゃ…!
佐々木:分かってる、お前は周りをよく見てる、芝居に挫折しそうな奴らに声をかけて芝居を愛してもらいたいと思ってる…。
峰橋:…………。
佐々木:でもなぁ、それじゃ成長はしねぇんだ。そいつらが自分でやらなきゃ成長はいつまで経っても来ない。
峰橋:分かってますよ、そんなの……。
佐々木:ならいいんだ。よし、じゃあ少し休憩だ!俺ぁ裏で煙草吸ってるから30分したら呼びに来い。
柚月:あ、はい!……あの、峰橋さん。
峰橋:ん?どうしたの柚月ちゃん。
柚月:あの、気を遣ってくれてありがとうございました!私、佐々木さんの演技指導あんまりよく分かんなくて…どこをどうしたら良くなるのか言ってくれないから。
峰橋:あー、佐々木さんはね…でも悪い人じゃないよ。
あの人もお芝居に物凄い情熱を持ってる、けど。
私はその人がその人なりに思った演技をすればいいなとは、思ってるんだ。
柚月:ですよね…!私、私なりの演技見つけたいと思います!!お芝居大好きなので!
峰橋:うん、その意気だよ!………なんか、私柚月ちゃんの事誤解してたなぁ。
柚月:へ?誤解ですか?
峰橋:うん、入ってきたばかりの時はあんまり演技に興味無い子なのかなぁって思ってた。
柚月:あー、でも合ってますよ。私大学で2ヶ月前くらいから演劇サークルに入ってて…演技めちゃくちゃ上手い!ってみんなに褒められて……お芝居に本気で打ち込んでる人達とも渡り合えると思っちゃって。ぶっちゃけ…調子に乗ってたというか。
峰橋:そうだったんだ…。
柚月:でも、ここに入ってすぐ気付かされました。
私なんてまだまだ未熟で、演技と呼べるものじゃなかったんだって。
峰橋:そんな事は…柚月ちゃんは上手いよ、始めたばっかりとは思えないくらい。
私なんて最初は下手だったんだよ。
柚月:え!?峰橋さんがですか!?信じられない…です。
峰橋:あはは!でもね、最初はみんなそんなものなんだよ。
竹田君だってそうだった、高校の頃酷かったんだよ?
柚月:え!?あの竹田さんがですか!?あんなに上手いのに…。
峰橋:上手いでしょー?でも昔はダメダメだった。セリフは噛むし棒読みだし感情は込もってないし。
柚月:竹田さんが…なんか、想像できないです。
峰橋:でも彼も今じゃあんなに凄くいい演技をするようになった。
佐々木さんには好かれてないけどね?
柚月:あははは…はぁ、そっか。竹田さんや峰橋さんでもそうやって上手くなっていったんなら、私も頑張るしかないですね!
峰橋:お!いいねその調子だよー!
あーあ…私、柚月ちゃんの事大好きになっちゃった!
あ、ねぇねぇ!今度お家遊びに行ってもいい?
柚月:え!!いいんですか!?全然大丈夫です!
峰橋:やったー!じゃあ約束ね!
あ、そろそろ30分か。私佐々木さん呼んでくる!
柚月:はい!行ってらっしゃーい!
──────────
(回想終了。)
竹田:それで……どうして散歩に?なんか聞いた感じだと凄くいい雰囲気で終わってるけど…。
柚月:その後なんですよ。
その…佐々木さんと峰橋さん、喫煙所で次の公演の話をしてて。
竹田:あぁ、ちょっと前に言ってたやつ…。
柚月:はい、そしたら佐々木さんの怒鳴り声が聞こえてきて…なんか言い合いしてたみたいで。それで気まずくて…散歩に…。
竹田:言い合い…あの二人、たまに言い合いはするけどそんなに酷かったの?
柚月:いつもみたいに軽い言い合いじゃなくて、峰橋さんも躍起になってる感じで…。
竹田:峰橋先輩が?珍しいな…そんな怒る人じゃないのに。
柚月:その、実は…。
(そう言いかけた瞬間、柚月の携帯が鳴った。)
柚月:わ!?あ…アラーム…。
竹田:あ、もうすぐ14時か…そろそろ劇団戻る?
柚月:そう、ですね……。
竹田:佐々木さん達の様子は俺が見てくるから柚月ちゃんは練習頑張って。
柚月:え、あ…はい、ありがとうございます…。
竹田:じゃあ、俺ちょっとコンビニ行ってから向かうから先戻っておいて。
柚月:あ、はい!分かりました。
それじゃあ竹田さん、また後で!
竹田:うん。
──────────
(劇団に戻ってきた竹田、劇団裏の喫煙所に佐々木と峰橋がいる。)
竹田:あ、いた……あの!佐々木さ───
(竹田の言葉を遮るように峰橋が言葉を吐く)
峰橋:だからどうしてですか!なんで竹田君を…!
佐々木:何回も言わせるな。
決まった事にグダグダ言っても仕方ないだろ、それに峰橋…お前も見てれば分かるはずだ。
あいつは駄目だ。
峰橋:だからってそんな…!いくらなんでも早過ぎます!竹田君の意見も聞いて決めて下さいよ!
佐々木:俺がここの劇団のトップなんだ!俺の決定は絶対!あいつは次の公演には絶対に出せない!
(佐々木と峰橋の言葉を物陰から聞いていた竹田。驚きのあまり携帯を地面に落としてしまう。)
竹田:あ…っ!
佐々木:なっ、誰だ!?…お前、竹田…。
聞いてたのか…。
峰橋:竹田君…!?どうしてここに、もう帰ったんじゃ…!
竹田:あ、えっと……ぁ、忘れ物を…しちゃって…!すぐに帰ります、すみません。
竹田:すみません、でした…。
(竹田は携帯を拾い、その場から走って離れた。)
峰橋:竹田君!!ちょっと待って!
佐々木:峰橋!行かせろ…どうせあいつは使わんのだ。居ても意味が無い、あいつから居なくなるのならそれで構わない。
峰橋:佐々木さん…貴方それでも劇団の!……あの子は、誰よりも演技に真っ直ぐ向き合ってるのに…!
なんで気付いてあげれないんですか…。
(竹田の後を追う様に走り出す峰橋。)
佐々木:おい!峰橋!…ったく!最近の若いのは年上の言う事をとことん聞かんな…!
竹田が誰よりも演技に向き合ってるだと…?そんなもん俺だって見てりゃ分かる。
だが峰橋…そのままじゃ駄目なんだよ、演技に向き合い過ぎてちゃ自分を見失っちまう…だから、俺はあいつを……。
──────────
(劇団から少し離れた所にある廃れた雑居ビルの屋上に座る竹田。)
竹田:俺……次の公演も出れないのか。
これじゃ…努力のしようもない、な。
……もう、いいか…死のう。
志波:やぁやぁ。竹田くん。
(竹田の後方、ビルの貯水タンクの上に志波が座っている。)
竹田:な、志波さん…?どうして。
志波:お、どうしてここに!って顔だね!
竹田君が走ってるのが見えてね、ここに向かっていたぽかったから先回りしたんだ。
竹田:なんで先回りなんか…止めに来た、とかですか?
志波:そう!止めに来た…なんてね。
止めやしないよ、僕は竹田君の恋人でも親友でも家族でもないからね!別に君が死んだってどうだっていいんだ。
ただね。
竹田:ただ…なんですか。
志波:芝居が出来ない、そんなクソ下らない理由で死ぬくらいならさ。
…僕にその死を売ってくれないかい?
竹田:死を…売る…?
志波:そう、死を売って欲しい。
僕はとある理由で死ねなくなってしまってね。体も若い頃のまま変わらない。
どうやら老衰でも死ねないみたいなんだ。
竹田:なんですか…それ。
そんな話、信じられ…
志波:うん、そうだよね。
あ、実演してみようか?ここにナイフがあるだろう。これを………こう!
(ポケットから小型のナイフを取り出す志波、そのナイフを自らの首筋に当て、素早く引いた。)
竹田:な、ちょっ!?何して…っ!
志波:ぐ、ぅ……ぷっ!あははは!
なーんちゃって!ほら、見てよこの首!
竹田:ぁ……なん、確かに切っていたのに…!
志波:そう、血が出ない上にナイフ程度じゃこんなミミズ腫れくらいしか出来やしない。
こうなったのには理由があってね…。
竹田M:それから志波さんは俺に話をした。
数年前、ある男から「死を売って欲しい」とそう言われた事。
そして志波さんはとある理由でその男に死を売った事。
それからというもの事故に遭おうが、強盗に刺されようが、火災に巻き込まれようが、溺れようが、死ぬ事は無かったと。
志波:死ねないという事象は僕の心を殺すのに十分だったんだ。
死ねない、何をしても。
それだけで頭がおかしくなりそうだった、何度も死のうと思った。
でも…死ねないんだよね。
もう僕は売ってしまったから。
竹田:……そんな、事が。
現実にあるはずがない…!
志波:けれど君は見た。僕の姿を。
僕の現在を、現実を…そうだろう?
竹田:だからってなんで、俺に…!
志波:君の死にたい理由って、芝居が出来ないからだろう?役者になれず、死のうと思っている。違うかい?
竹田:それは…そう、ですけど。
でも、死にたいと思ってる人からなんで死を…?
志波:それはね、竹田君。
君は…死ぬべきじゃないからだ。
君の周りの人間、環境、見てご覧。
死ぬには勿体ないと思うよ?
竹田:そんなの、あんたに何が分かるんだッ!!!
志波:分かるよ、僕もしばいにんだから。
竹田:芝居、人…?アンタが、か。
志波:あぁ、そうさ。
僕も昔は役者を目指していてね、でも役なんて貰えず、ずっと燻ってた。
そう…君と同じく。
竹田:俺と……同じ。
志波:うん、だから君には。
僕と同じようになって欲しくない。
死ねないのは辛いけれど、ここで君を見殺しにしたら僕は…過去の自分を、まだ死ねていた時の僕を見殺しにしている気がするんだ。
だから、これは僕のエゴ。
君には死んで欲しくない、だから…僕に君の死を売ってくれないかな?
竹田:死を売って、死ねなくなるなんて話…俺には、にわかに信じ難いです。
ナイフが切れるものなのかすらも分からないし、ただ俺の自殺を止めに来た人かもしれない。
志波:うん…でも、それならそれでいいんじゃないかな。
ただまぁ、僕の今の死を売った話…ぶっちゃけると実は全部嘘なんだよね!
僕は嘘つきだからさ。
竹田:…は??
志波:ただ、君には死んで欲しくない。
そこは本心だよ。
竹田:はぁ…なんでこう、死を売った訳じゃないのに…俺は死ねないんでしょうか。
数ヶ月前にも死のうとしました、電車にでも轢かれればニュースにはなって自分が生きてた形を残せるだろうと。
でも、俺は出来なかった。
死ぬ勇気が無いんです。
志波:………。
竹田:…志波さん、俺のこんなちっぽけな死ならいくらでも売ってあげますよ。
どうせ俺は、死があっても…死ねないですから。
志波:ふふ、そうかい。
なら君の死を買おうか!ただ生憎僕は今お金を持っていなくてねぇ…何か願い事はあるかい?
竹田:んー…今は特に無いですけど…まぁ、思い付いたら電話しますよ。
志波:ははは!そうかそうか、待ってるよ!
僕に出来ることなら、叶えてあげよう。
じゃあ、生きるんだよ。
またね…竹田君。
(そう言うと志波は屋上の扉を開け、階段を降りていった。)
竹田:はぁ……なんか、変な人だな。
あの人。
死を売るだとか…馬鹿馬鹿しい。
竹田N:そしてそれを少し真に受けてしまっている自分も…本当に、馬鹿馬鹿しい。
竹田:……さ、逝こう。
(竹田が屋上の柵に手をかけたその直後、峰橋が屋上に入ってくる。)
峰橋:…っ!竹田君!!
竹田:峰橋…先輩。なんでここに。
峰橋:探したぁ……!
ここ…学生の時に来てたでしょ?
演劇部で部長に怒られて…ここで泣いてたよね。
竹田:なっ!なんでそれ知って…!てか、俺なんかのことをどうして…。
峰橋:怒られた日、すぐに帰っちゃうでしょ?いつも最後まで残ってるのに。
だから1回だけ後ついてってさ、そしたらここに居て…君が泣いてた。
竹田:…後ついてって…何、してんすか…!
てか、泣いてないですよ…!
(峰橋の顔を見た安堵からか、竹田の目からは涙がこぼれ落ちる。)
峰橋:んーん、泣いてたよ。
今日だって…泣いてる。これで見るのは2回目だね。
竹田:…ぐ、ふ…っ!泣いて、ねぇって…ぅ、う……!!
(目からとめどなく涙がこぼれる竹田。)
峰橋:あはは!めっちゃ泣いてるー!てかほら!早くこっちおいで!落ちちゃうよー!
竹田:…ぅ、泣いてないっす……!
(柵から手を離し峰橋の方へ寄る竹田。2人の後ろには夕陽が輝きながら沈んでいた。)
峰橋:わぁ、夕陽すごく綺麗…!
竹田:……あぁ…そう、すね。綺麗だ…。
峰橋:ふふ…私はずーっと、見てたよ?
君が演技にどれだけ打ち込んでて、、どれだけ愛してて、どれだけ頑張ってたのか。
峰橋:私は…全部見てた。だから君には辞めて欲しくなかったの、お芝居を。
竹田:そうだったんすね…なんか、カッコ悪ぃな俺…。
でも、佐々木さんは俺を使わないって言ってたし…これ以上続けてても意味無いんで、やっぱ辞めます。
峰橋:ん…そっか。
じゃあさ、辞めちゃう前に!…私とお芝居しようよ!台本持ってきてるんだよね~!
竹田:え、お芝居って…ここでやるんですか!?万が一誰かに見られたら…!
峰橋:あっはっは!こんな廃ビルに人は来ないし、歩いてる人達も誰も気付かないよ。ここ結構高いし。
竹田:いや、そりゃそうですけど……。
峰橋:ね!お願い!私達2人だけ、ここでやりたいの。
竹田:…はぁ……ほんと、先輩ズルいっすよ。
そんなん言われて断れる訳、無いじゃないすか。
峰橋:ふふん!そりゃあこんな可愛い先輩に言われちゃあね!
さ、早くやろ!竹田君のセリフから!
竹田:……ふぅ…『あぁ、何故僕は…こうも君を救えないのだろう…!』
峰橋:『いいえ…貴方が私を救えなかったんじゃない、私が救われなかっただけ。だから…貴方は気に病まないで』
竹田:『どうして…君はそう頑固なんだ……もう、最期だと言うのに!』
峰橋:『うふふ…貴方の怒っている所、初めて見たわ…どんな表情も、愛おしい…』
竹田:…ぁ、『もう…!喋らないでくれ!絶対に君を、救うから!』
峰橋:『救わなくて、いいの…ただ、最期のわがまま…聞いてくれるかしら?』
竹田:『最後だなんて言うな!どんな願いも、何回でも…君の為なら叶えてやる!』
峰橋:『そう…じゃあ、ヘレン…私に、貴方の人生で1番の……とっておきの、キスを。』
竹田:…あの、先輩これって……。
峰橋:しーーーっ!演技に集中して!
竹田:……『あぁ、分かった…ティファニー……俺の今生で…1番を君に捧げるよ。来世だって、君に捧げてやる…!』
峰橋:『ふふ、嬉しい…ヘレン……』
竹田:………。
峰橋:…もう、このヘタレ…!
(峰橋は竹田の襟を掴み体を引き寄せ、竹田にキスをする。)
竹田:ん、な…っ!?
峰橋:…はーぁ、残念!演じきれなかったね~?竹田君ってめちゃくちゃヘタレだよね、ほんと。
竹田:は、いや…え、?
峰橋:ふふ、なんて…ただ私が竹田君とキスしたかっただけなんだけどね?
竹田:先輩…俺、初めてだったんすけど。
峰橋:うん、知ってるよ?てか私も初めてだし!
竹田:は!?いや、俺でいいんすか!?
峰橋:はぁ?……竹田君だから、私も勇気振り絞ってしたんじゃん…バーカ。
竹田:…え、あ。あ、そういう…?
峰橋:うん、そういう事。
はぁ~!!ドキドキ、した…!
竹田:え、全然…分かんなかった、です。
先輩、俺の事いつから…?
峰橋:んー…高校の時、泣いてるの見てかな?ここまで真剣に演技と向き合ってるんだって気になって…気付いたら、好きになっちゃってた!キャー!恥ずかし!
竹田:…あ、と…。
峰橋:ふう、どうせ辞めちゃうなら。
気持ちだけ伝えちゃおっかなって思ってさ!返事はしなくても───
竹田:先輩。
峰橋:へっ?あ、なに…?
竹田:俺…俺なんかが先輩と幸せになんて、無理だと思ってたんですけど。
峰橋:え、えっと……?
竹田:俺でも良いんだって、思っちゃいました。
先輩のせいですからね、諦められなくなったの。
(峰橋は目に薄らと涙を浮かべる)
竹田:俺も、先輩の事好きでした。
ずっと、ずっと。
峰橋:…うん!私も、竹田君が好き!
(峰橋はそう言いながら屋上の柵を手で触れる。)
峰橋:はーあ、私今日死んでもいいや…ずっと好きだった人と付き合えて、キスまでしちゃって。
竹田:何言ってんすか。
これからでしょ、俺だって死のうと思ってました。
けど、峰橋先輩が俺を死なせなかったんですからね。
希望なんて無かったのに、峰橋先輩が俺に希望を見せたから。
峰橋:あははー!よくやった私!!
んー、そうだね。
私は竹田君に死んで欲しくないから、死ぬなら私と一緒に死んでよね。これは約束!ね!
…それ以外は許さないよ?私、意外と重い女だから!
竹田:ははは……死なないですよ。
死は、さっき売っちゃいましたから。
峰橋:えー?なにそれ!変なの!
(峰橋はそう言ってころころと笑う。)
峰橋:……幸せだなぁ。
ねぇ竹田君、好きだよ。
竹田:はい、俺も好きです。
峰橋せんぱ──────
(竹田が言いかけたその時、峰橋が触れていた柵が。
音を立てて折れた。)
峰橋:へ……?
竹田:っあ……!
──────────
竹田M:先輩は、即死だった。
ビルから落ちた先輩と一緒に、俺も落ちた。
けれど、何故か俺は無傷で。
彼女だけが、死んだ。
志波さんの言った事は本当だった。
俺は、死ねなくなった。
彼女の後を追おうと何回も死のうとした。
首吊りも、飛び降りも、飛び込みも、刺したり、切ったり、潰したりしても。
何をやっても、死ねなかった。
そりゃそうだ。
俺はもう、死を売ったんだから。
──────────
(当時劇団。)
佐々木:全く、峰橋も竹田も最近全然来ないな…。
柚月:…佐々木さん、知らないんですか?
佐々木:あァ?何がだ。
柚月:峰橋さん、ビルの屋上から落下死…したんですよ…。
(涙を流し始める柚月、驚いた顔でそれを見る佐々木)
佐々木:な、死ん……どうして!
柚月:知らないですよ!!竹田さんも音信不通になって…私、約束…したのに!
どうして……!
佐々木:……死んだ、のか。
…だから…!だから駄目だって言ったんだ!!
竹田は演技に向き合い過ぎていた…。
あいつは危ない、演技が出来なくなった時、あいつは躊躇なく死を選ぶ。
……そんな奴なんだ。
柚月:……だから、竹田さんを突き放して…。
佐々木:あぁ、そうだ。
あいつは演技に近く触れ過ぎてたんだ。
だから少しでも演技から離して、なのに…!死ぬ奴があるか、馬鹿野郎…ッ!!
柚月:峰橋さん…私の家遊びに来るって、言ったのに!
どうして死んじゃうんですか!ばかぁ!!
(泣き喚く柚月、静かに偲び泣く佐々木。)
──────────
(2年後、峰橋の墓前でブツブツと呟く竹田の前に志波が現れる。)
志波:おや!竹田君じゃないか、久しぶりだねえ。
どうしたんだいこんな所で。
竹田:…あ、志波…さん…なんでアンタが。
志波:ん~?僕は神出鬼没を売りにしてるんだぁ~♪
…それにしても久しぶりだねぇ、どこかでお話しようよ!
竹田:もう、人と喋る気は…。
志波:え、なんでさ!つれないねぇ……あっと。
もしかして………彼女かな?この中にいるの。
(竹田はその言葉を耳にした瞬間、志波の胸ぐらを掴んだ。)
竹田:お前…ッ!!お前のせいで!!!!
志波:ッ!…痛いな、離せよ。自業自得だろ。
(竹田は得体の知れない恐怖を感じ、志波から手を離す。)
竹田:もう、どこか消えてくれ…!!
志波:おや!?竹田君…君ってば何回も死のうとしたんだねぇ。
あちこちに傷跡があるよ~?
竹田:…でも────
志波:死ねなかった……だろう?
竹田:……なんなんだ、アンタ。
俺に何をしたんだ。
志波:ぶっ、はははは!!死を買ったんだよ。
僕は、君から。
故に君は死ねない、もう君に死は無い。
言っただろ?
竹田:なんだよ、それ…!あの話は俺に死んで欲しくないが為の嘘だったんじゃないのかよ!?
志波:嘘だという嘘だよ。僕は嘘つきだからね。
竹田:そんな………じゃあ、死を返してくれよ。
俺に!!!俺に死を返してくれ!!願い事を聞いてくれるんだろ!?
先輩と一緒に死なせてくれよ!!
志波:んー、残念ながらそれは出来ないんだ。
死は僕が君から買ったもの、いわば契約だ。
契約は履行されるべきであり、僕は紛れもなく君から死を買った。願いを叶えるという代償を払ったしね。
ほらあれだよあれ!クーリングオフは受け付けてません、ってやつ!
竹田:ふざ、けんなよ…!なんで彼女が死んで!!俺が生きてるんだよ!?
俺が………!俺が死ねば良かったんだ!!!
先輩よりも生きるに値しない俺が!!!
死を返せないなら、俺を殺してくれ!!!
…頼む。なぁ、早く彼女の所に逝かせてくれよ!!!
志波:…はぁ……竹田君、残念ながら君を殺す事は出来ないけど、君の願い事を叶えられる道筋を立ててあげよう!
竹田:…は?…なん、だよ。
志波:君は2年間何をしてたんだい?全く。
竹田:だから、何を言って───
志波:まあ聞けよ、なぁ竹田君。
僕はどうやって、死を手に入れた?
(その言葉を聞いた瞬間、竹田は膝から崩れ落ちた。)
竹田:あ…ああ……そう、か。そういう、事かよ。
志波:…願い事、叶いそうだねぇ?
おっと!もうこんな時間だ!それじゃ、僕はもういくよ……バイバイ、竹田君。
竹田:………ごめん、先輩…待たせちゃって。
俺もすぐに……すぐにそっちいくから。
──────────
(冬、路地裏で凍えるホームレスの老人。)
老人(佐々木役):はぁ…はぁ…嫌だ。
死にたく、ない。
竹田:…そこの貴方、今にも死にそうですね。
老人(佐々木役):なんだ、あんたは…。
竹田:死にたくない、そう仰いましたね。
死なない方法、知りたいでしょうか?
老人(佐々木役):あ、あるのか…!?そんな方法が!
竹田:はい、私に……。
死を、売ってくれませんか?
──────────
(廃ビルの屋上、貯水タンクに座っている志波。)
志波:ふふーんふーんふーん♪
…それにしても、演劇を始めたらきっといい芝居人になれそうだなぁ僕は。
あ、そういえば竹田君…今頃もう見つけてる頃かな。
あの子は格別に面白かったなあ。
…ねぇ、竹田君。キミはいい芝居人にはなれなかった。
でも死を買う人…死買人にはなれたね!
おっ、今のもしかして上手いんじゃない!?
…さて、次は誰が僕に売ってくれるのかなあ。
──────────
竹田:先輩、ごめん待たせて。
峰橋:あれ、竹田君!もう来ちゃったの!?
竹田:はい、1人にしてすんません…。
峰橋:もう、こんなすぐに死んじゃうなんて… ずっと見てたよ。
君の葛藤も、悲しみも。
死んで欲しくなかったなぁ…君には君の人生を歩んで欲しかったよ。
竹田:先輩。
俺は先輩がいないと…生きてても意味、ないですから。
峰橋:ふふ、そっか。残念だなぁ…でも、"約束"!
守ってくれて嬉しかったよ。
竹田:はは、当たり前じゃないすか。
じゃあ…行きましょうか。
峰橋:…うん!
──────────
志波:…いやぁ、いい喜劇だったよ。竹田君。
待てよ?竹田君にとっては悲劇…なのかな?まぁどうでもいいか。
……僕は死を買う死買人。
さながら君達は、死を売る死売人。
あはは!奇遇だねぇ。
みーんな揃いも揃って『しばいにん』だ。
End.
峰橋 夏鈴:♀(26) 舞台役者。哲平の学生時代の先輩。売れっ子役者。
佐々木 源二:♂(42) 劇団『菊の花』団長。元舞台役者。老人と兼役。
柚月 葵:♀(22)舞台役者。最近劇団に入団した新人。
志波:♂(年齢不詳) 突然哲平の前に現れた謎の男。
所要時間 :約50分。
──────────
竹田 哲平 ♂:
峰橋 夏鈴 ♀:
佐々木 源二 ♂:
柚月 葵 ♀:
志波 ♂:
──────────
竹田N:死のうと思っていた。25までに役者として成功しなかったら死ぬと決めていた。
田舎町の線路。
死んだとしても新聞に少し掲載されるだけ、ニュースでも少し触れられる。
そんな程度だろう。
でも、それでも何か形を残したかった。
俺はこの世界で生きていたんだという…形を。
◀◁
佐々木:だーかーらぁ!ここはそうじゃねえんだって!何回言えばお前は役になりきれるんだ竹田!
竹田:いや、でもここは主人公が彼女の死を嘆くシーンなので…。
佐々木:だからって自分も死ぬ事を決意するなんてシーンはねぇだろうが!馬鹿かお前は!!
竹田:いやでも…最愛の人が死んだら、自分が生きてる意味、無くなるじゃないですか…
佐々木:はあ…話にならん!…そんなんじゃいつまで経っても役なんか貰えねえぞ、お前。
竹田:はい…すみません…。
──────────
(秋の肌寒い空気の中、夕暮れ時に帰り道をとぼとぼ歩く哲平)
竹田:はぁ…またダメだった、なんで自分なりの演技をしただけなのにあんなに怒られるんだよ…やっぱ、向いてないのかなぁ。
峰橋:いやいや!そりゃあ台本と違うことするからでしょー?
竹田:うわ、先輩…どこから現れたんすか。
峰橋:………君って本当にリアクションが薄いよね、学生時代からそう。
竹田:ほっといてくださいよ…で、何しに来たんですか。
峰橋:あ、そうだった。あのさ…申し訳ないんだけど、今日泊めてくれない?家の鍵…ロッカーに置いたまま忘れちゃって…劇団戻ったんだけど閉まっちゃってたんだ。
竹田:あぁそうだったんすね…泊めるのはいいですけど、その代わり────
峰橋:はいはい!ご飯作れってんでしょー?分かってるよ。
じゃ、スーパー寄って帰ろ!
竹田:…うす、今日何作るんすか?
峰橋:んー、何食べたい?好きなのでいいよ
竹田:じゃあ…オムライスがいいです、先輩のやつ…美味しいんで。
峰橋:ふーん?そんなんでいいの?じゃあ卵とか買っていこーか。
──────────
(竹田の家、テーブルで向かい合って座る2人)
竹田:はあ~、ご馳走様でした!美味かったです。
峰橋:お粗末さまでした、食器私が片付けとくから!ゆっくりしてて~。
竹田:そりゃ俺の家なんだからゆっくりしますよ…ふう。
(竹田はテレビを付ける、そこには舞台劇が映っていた。)
竹田:…早く、俺も出たいな……。
峰橋:んー?何見てるのかと思ったら…舞台かぁ。
竹田:はい…なんか、役者目指してずっと頑張ってきましたけど…全然成果出なくて、向いてないのかなって。
峰橋:感傷に浸っちゃってんだ!青年だねぇ~
(峰橋はそう言うとクスクスと笑い出す。)
竹田:う…いいでしょ別に!感傷に浸るくらい誰だってやるもんですよ…。
峰橋:ふふ…はーあ、気持ちはわからないでもないよ?私だって売れるのに時間はかかったし。
竹田:でも先輩高校の頃から演技上手かったし、時間かかったって言っても1年くらいじゃないすか…俺なんて2年ですよ?23の頃に入ってから2年間鳴かず飛ばずで…。
峰橋:もう…そんな悲観的にならないの!君の演技は好きだよ?私。ただ周りが求めるものとは違うだけ、ピタッとハマる役がきっとあるよ!
竹田:はぁ…先輩が楽観的なだけでしょ………先輩、俺劇団辞めようと思うんです。
峰橋:え…なんでなんで!?竹田君が辞めちゃったら私誰の家に転がりこめばいいの!?
竹田:それが目当てかよ…あの子とかいいんじゃないすか?最近入ったあの…。
峰橋:あー!柚月ちゃんね~…あの子はなんというか…ちょっと苦手なんだよね~、なんでだろ。てかてか!なんで辞めちゃうの?
竹田:実は前々から考えてて…俺演技向いてないんじゃないかなって、ここでこのまま燻って時間無駄にするよりどっか就職した方がやっぱいいのかなーって…。
峰橋:いやいや!そんな事ないよ!君の演技は凄い!私が保証してあげる。
竹田:いやでも、佐々木さんに怒られてばっかりで…今日だって怒られたし。
峰橋:んー、佐々木さんは自分がこう!って思ったのにそぐわないと癇癪起こすからなぁ…でも今日の演技凄く良かったと思うよ?私は。
竹田:え、ほんとすか?俺がへこんでるから適当に褒めて機嫌取ってる…とか?
峰橋:人の善意をなんだと思ってんのさ君は…良いと思ったよ、主人公が愛する人の死を心の底から悲痛に思って一緒に死のうとするの。脚本変えちゃうのは駄目だけどね!
竹田:そう、ですか…そっか……良かったですか。
峰橋:うん!私は好きだな、そういう純愛。憧れちゃうよね。
竹田:はは……現実にはあんな愛は無いですけどね…。
峰橋:そうかなぁ?私らが知らないだけで、どこかで誰かが物語みたいな生き方をしてるかもしれないよ?
竹田:そうですかね。
峰橋:きっとそうだよ。
竹田:あ、俺明日バイト朝からなんでそろそろ寝ますね。適当に布団使っちゃって下さい。
峰橋:ホントだ!もうこんな時間…バイト頑張ってね、おやすみ竹田くん。
竹田:…はい。おやすみなさい、峰橋先輩。
──────────
(翌日、昼過ぎ。バイト終わりに劇団に来た竹田。)
竹田:…ふぅ。こんにちは~…あ。
柚月:『私は貴方を絶対に許しません…!』んー、違うなぁ…。
竹田:柚月さん…台本読んでるのか。
柚月:あ!竹田さんだ~!!こんにちはー!
竹田:あ、あぁ…こんにちは。台本読んでるの?
柚月:はいそうです!私ヒロインの妹役なんですけど、ファンタジーものってあんまり分かんなくて…。
竹田:あぁ、時代背景とか情景浮かばなくて分かんないよね。
柚月:そーなんです!!あ、竹田さん今お暇ならちょっと手伝って貰えませんか?読み込み!
竹田:あぁ…いいよ、どれやればいい?
柚月:じゃあこの主人公とヒロインの敵役を…!
竹田:分かった。俺これ読んだことないからちょっと待ってね…。
柚月:はーい!
(数分後、竹田が台本を閉じ柚月に声をかける)
竹田:柚月さん待たせちゃってごめん、いけるよ。
柚月:えっ、もうですか!?まだちょっとしか経ってないですよ?
竹田:うん、敵役の感じ分かんなくてちょっと…。
柚月:そんなちょっとで捉えられるもんなんですか…?
竹田:え?うん、もっと読み込んだ方がいいかな……?
柚月:あ、いえいえ!ラフにやるだけなので大丈夫です!
竹田:ありがとう、じゃあやろうか。
柚月:はい!……『貴方は…!どうしてこんな事を!』
竹田:『あぁ…?なんだお前は、コイツらと知り合いか?』
柚月:『私はこの人達の家族です…質問に答えて!何故こんな事をしたのです!?』
竹田:『チッ…んなもん決まってんだろうが。俺はコイツらの敵だ、コイツらは俺の組織に歯向かいやがった』
柚月:『だからってこんな…ッ!……許せない。』
竹田:『はァ…?お前に許して欲しいとは思っちゃいねぇよ、どけ。そいつらは殺さなきゃなんねぇ。』
柚月:…あ、えとっ……『私は貴方を絶対に許しません…!』……はぁ……。
竹田:うん、いいね…凄く良かったよ。
柚月:竹田さんが上手すぎて、緊張しちゃってセリフが…すみません!
竹田:いや、別にそんな事はないよ。
セリフを噛むくらい大丈夫、初めは皆噛んじゃうもんだし。
柚月:ありがとうございます…うーん、やっぱり難しいです…!頑張らなきゃ…。
竹田:ゆっくりでいいと思うよ。柚月さん演技始めたばかりにしては凄く上手いし、俺も負けてられない、ね。
柚月:竹田さんもなんか、すごく、こう…役に入り込んでて凄かったです…!
竹田:そうかな…俺は自分のやりたい感じに出来なかった、ダメダメだったよ。
柚月:そうですかね…?あ、佐々木さんに呼ばれてたの忘れてました!すみません竹田さん、ありがとうございました!
竹田:うん、頑張って……ふう、そろそろ帰るか。
──────────
竹田:はぁ…どうしよう…俺、何したいんだろう。
志波:…おや、どうしたんだい?そこのお兄さん。こんな昼間から…今にも死にそうな顔だね。
竹田:え…誰、ですか?
志波:あぁ!初めましてだお兄さん、僕は志波という。ただそれだけの男だよ。
竹田:あ、竹田と申します…えっと、どっかで会ったことありますっけ……?
志波:竹田君か!いい苗字だねぇ!おっと…いや、僕と君は正真正銘初対面だよ。おっ…?語呂がいいね今の。そう思わない?
竹田:あ、はぁ…えーと…何か?
志波:いんやぁ~、お兄さんが余りにも死にそうな表情をしていたから。つい声をかけちゃってねぇ。
竹田:え、そんなにでしたか…?はは、こりゃ申し訳ない……。
志波:なんで謝るんだい?死にたいと思うのは生きている証拠だろう。死んでたら死にたいとは思えないからね!
竹田:あぁ…そう、ですかね…?死にたいとは思ってないんですけど、死んでもいいかな…とは、思ってます。
志波:ふぅ~ん?なんでそんなに思い詰めてるのかなぁ?僕に聞かせてくれないかい?
竹田:あー、実は僕役者をやってまして…と言っても全然売れてなくて、何の役も貰えてないので役者と名乗っていいかは…分からないんですけど。
志波:ほう!役者かぁ!凄くいいね、演じる人間。
芝居人は僕も好きだよ。
竹田:はい…でも、その芝居人に…俺はなれないんですよ。
志波:何故?僕はあまり詳しくは無いけれど、竹田君は芝居をしているんだろう?ならもう芝居人なんじゃないのかい?
竹田:いえ、俺何も出来なくて…いつも人とは違う求められてない演技をしてしまって…才能無いのかな、と。
志波:才能かぁ…難しい問題だねそれは。
僕もとりわけ才能がある訳では無いけれど、才能ってのは努力の一つだと思っているよ。
竹田:努力の…一つ?それはどういう…。
志波:んー、説明が難しいな。
才能というのは努力という大きなカテゴリーの中の一つに過ぎない、という事だよ。
努力は才能に勝るだとか言うじゃない?
あれと同じく努力を積み重ね鍛錬し続けた人間は、才能にも引けを取らない強みを見せる。
そう思うんだ。
竹田:うーん…よく分からないですけど。
なんか、そう思った方が気が楽かも知れませんね。
志波:そうそう!その調子だよ~!世の中の大抵の事象はさ、結局人それぞれ価値観と感情があって、それが複雑に絡まり合っているんだ。
君の世界じゃ君が主役なんだ、好きにやるといいと思うよ?
竹田:そう……ですね!なんか、気持ちが晴れた感じです。
ありがとうございます…志波さん。
志波:僕は大層な事はしてないさ、君が考え君が導き出したんだ。
僕は道筋を立ててみただけだよ。あ!そうだ竹田君!連絡先交換しないかい?
竹田:連絡先ですか?いいですけど、なんで…?
志波:実は僕心理カウンセラーをやっていてね?君みたいに悩める若人を見ると解決したくてうずうずしちゃうんだよ。
竹田:そうだったんですね、道理で話を聞くのが上手いわけだ…というか、若人って…そういえば志波さんも若く見えますけど…ご年齢は?
志波:僕かい?僕は…今年でいくつだったかなぁ。多分30歳?とかかな。もう覚えてないや。
竹田:え!?全然見えませんね…!てっきり同じくらいだとばかり……。
志波:ははは!良く若く見られるんだ。
はい、これ僕の電話番号ね!じゃあ、また何かあったら電話して!またね竹田君~!
竹田:はい、ありがとうございました!
…志波さん、か……良い人だったな。
よし!劇団戻って佐々木さんに謝りに行こうかな…!
(意気込み、劇団に戻ろうと踵を返す竹田。向かいの方から柚月の姿があった。)
竹田:あれ、柚月さん。
柚月:あ、竹田さん…どうしてこんな所に?
竹田:いや、俺の家この辺だから…柚月さんこそどうして…。
佐々木さんに呼ばれてたんじゃ……?
柚月:あー、ちょっとお芝居で佐々木さんに怒られちゃって…それで……気晴らしに散歩してました!
竹田:そうだったんだ。確かに佐々木さん言い方きついもんなぁ…。
柚月:ちょっと、聞いてくれます…?
竹田:あぁいいよ。どっか喫茶店でも行こうか?
柚月:あ、ちょっと散歩したらすぐ劇団戻るので!どこか…あ、あそこのベンチで大丈夫です!
(近くにあったベンチに座る竹田と柚月。)
竹田:で、何があったの?確か先輩も今日昼過ぎに行くって言ってたから、そんな怒られる事はないと思ってたけど…。
柚月:えっと、実は竹田さんとお芝居したあの後、佐々木さんに呼ばれて台本の練習をしてたんです……。
──────────
(回想。劇団で芝居の練習をしている柚月、佐々木、峰橋。)
佐々木:おい柚月!違うって言ってんだろ!?そこはもっと悲しそうな感情を出せ!ここのシーンはお前の演技で観客に情景を伝えさせなきゃなんねぇんだぞ!
柚月:そうは言っても…私初心者ですし…。
佐々木:初心者だからなんだ!芝居人になりてぇと思ったんなら皆同じだ!初心者だからって甘えていい理由にはならねぇんだ!
柚月:もー!怒鳴らないで下さいよ!私だって真面目にやってるのにぃ…。
峰橋:まぁまぁ佐々木さん、柚月ちゃんもふざけてやってる訳じゃないんだし…。
佐々木:峰橋…お前はいつも人の肩を持つ。
竹田もそうだし、柚月も。
峰橋:なっ、別に私は肩を持つとかそんなんじゃ…!
佐々木:分かってる、お前は周りをよく見てる、芝居に挫折しそうな奴らに声をかけて芝居を愛してもらいたいと思ってる…。
峰橋:…………。
佐々木:でもなぁ、それじゃ成長はしねぇんだ。そいつらが自分でやらなきゃ成長はいつまで経っても来ない。
峰橋:分かってますよ、そんなの……。
佐々木:ならいいんだ。よし、じゃあ少し休憩だ!俺ぁ裏で煙草吸ってるから30分したら呼びに来い。
柚月:あ、はい!……あの、峰橋さん。
峰橋:ん?どうしたの柚月ちゃん。
柚月:あの、気を遣ってくれてありがとうございました!私、佐々木さんの演技指導あんまりよく分かんなくて…どこをどうしたら良くなるのか言ってくれないから。
峰橋:あー、佐々木さんはね…でも悪い人じゃないよ。
あの人もお芝居に物凄い情熱を持ってる、けど。
私はその人がその人なりに思った演技をすればいいなとは、思ってるんだ。
柚月:ですよね…!私、私なりの演技見つけたいと思います!!お芝居大好きなので!
峰橋:うん、その意気だよ!………なんか、私柚月ちゃんの事誤解してたなぁ。
柚月:へ?誤解ですか?
峰橋:うん、入ってきたばかりの時はあんまり演技に興味無い子なのかなぁって思ってた。
柚月:あー、でも合ってますよ。私大学で2ヶ月前くらいから演劇サークルに入ってて…演技めちゃくちゃ上手い!ってみんなに褒められて……お芝居に本気で打ち込んでる人達とも渡り合えると思っちゃって。ぶっちゃけ…調子に乗ってたというか。
峰橋:そうだったんだ…。
柚月:でも、ここに入ってすぐ気付かされました。
私なんてまだまだ未熟で、演技と呼べるものじゃなかったんだって。
峰橋:そんな事は…柚月ちゃんは上手いよ、始めたばっかりとは思えないくらい。
私なんて最初は下手だったんだよ。
柚月:え!?峰橋さんがですか!?信じられない…です。
峰橋:あはは!でもね、最初はみんなそんなものなんだよ。
竹田君だってそうだった、高校の頃酷かったんだよ?
柚月:え!?あの竹田さんがですか!?あんなに上手いのに…。
峰橋:上手いでしょー?でも昔はダメダメだった。セリフは噛むし棒読みだし感情は込もってないし。
柚月:竹田さんが…なんか、想像できないです。
峰橋:でも彼も今じゃあんなに凄くいい演技をするようになった。
佐々木さんには好かれてないけどね?
柚月:あははは…はぁ、そっか。竹田さんや峰橋さんでもそうやって上手くなっていったんなら、私も頑張るしかないですね!
峰橋:お!いいねその調子だよー!
あーあ…私、柚月ちゃんの事大好きになっちゃった!
あ、ねぇねぇ!今度お家遊びに行ってもいい?
柚月:え!!いいんですか!?全然大丈夫です!
峰橋:やったー!じゃあ約束ね!
あ、そろそろ30分か。私佐々木さん呼んでくる!
柚月:はい!行ってらっしゃーい!
──────────
(回想終了。)
竹田:それで……どうして散歩に?なんか聞いた感じだと凄くいい雰囲気で終わってるけど…。
柚月:その後なんですよ。
その…佐々木さんと峰橋さん、喫煙所で次の公演の話をしてて。
竹田:あぁ、ちょっと前に言ってたやつ…。
柚月:はい、そしたら佐々木さんの怒鳴り声が聞こえてきて…なんか言い合いしてたみたいで。それで気まずくて…散歩に…。
竹田:言い合い…あの二人、たまに言い合いはするけどそんなに酷かったの?
柚月:いつもみたいに軽い言い合いじゃなくて、峰橋さんも躍起になってる感じで…。
竹田:峰橋先輩が?珍しいな…そんな怒る人じゃないのに。
柚月:その、実は…。
(そう言いかけた瞬間、柚月の携帯が鳴った。)
柚月:わ!?あ…アラーム…。
竹田:あ、もうすぐ14時か…そろそろ劇団戻る?
柚月:そう、ですね……。
竹田:佐々木さん達の様子は俺が見てくるから柚月ちゃんは練習頑張って。
柚月:え、あ…はい、ありがとうございます…。
竹田:じゃあ、俺ちょっとコンビニ行ってから向かうから先戻っておいて。
柚月:あ、はい!分かりました。
それじゃあ竹田さん、また後で!
竹田:うん。
──────────
(劇団に戻ってきた竹田、劇団裏の喫煙所に佐々木と峰橋がいる。)
竹田:あ、いた……あの!佐々木さ───
(竹田の言葉を遮るように峰橋が言葉を吐く)
峰橋:だからどうしてですか!なんで竹田君を…!
佐々木:何回も言わせるな。
決まった事にグダグダ言っても仕方ないだろ、それに峰橋…お前も見てれば分かるはずだ。
あいつは駄目だ。
峰橋:だからってそんな…!いくらなんでも早過ぎます!竹田君の意見も聞いて決めて下さいよ!
佐々木:俺がここの劇団のトップなんだ!俺の決定は絶対!あいつは次の公演には絶対に出せない!
(佐々木と峰橋の言葉を物陰から聞いていた竹田。驚きのあまり携帯を地面に落としてしまう。)
竹田:あ…っ!
佐々木:なっ、誰だ!?…お前、竹田…。
聞いてたのか…。
峰橋:竹田君…!?どうしてここに、もう帰ったんじゃ…!
竹田:あ、えっと……ぁ、忘れ物を…しちゃって…!すぐに帰ります、すみません。
竹田:すみません、でした…。
(竹田は携帯を拾い、その場から走って離れた。)
峰橋:竹田君!!ちょっと待って!
佐々木:峰橋!行かせろ…どうせあいつは使わんのだ。居ても意味が無い、あいつから居なくなるのならそれで構わない。
峰橋:佐々木さん…貴方それでも劇団の!……あの子は、誰よりも演技に真っ直ぐ向き合ってるのに…!
なんで気付いてあげれないんですか…。
(竹田の後を追う様に走り出す峰橋。)
佐々木:おい!峰橋!…ったく!最近の若いのは年上の言う事をとことん聞かんな…!
竹田が誰よりも演技に向き合ってるだと…?そんなもん俺だって見てりゃ分かる。
だが峰橋…そのままじゃ駄目なんだよ、演技に向き合い過ぎてちゃ自分を見失っちまう…だから、俺はあいつを……。
──────────
(劇団から少し離れた所にある廃れた雑居ビルの屋上に座る竹田。)
竹田:俺……次の公演も出れないのか。
これじゃ…努力のしようもない、な。
……もう、いいか…死のう。
志波:やぁやぁ。竹田くん。
(竹田の後方、ビルの貯水タンクの上に志波が座っている。)
竹田:な、志波さん…?どうして。
志波:お、どうしてここに!って顔だね!
竹田君が走ってるのが見えてね、ここに向かっていたぽかったから先回りしたんだ。
竹田:なんで先回りなんか…止めに来た、とかですか?
志波:そう!止めに来た…なんてね。
止めやしないよ、僕は竹田君の恋人でも親友でも家族でもないからね!別に君が死んだってどうだっていいんだ。
ただね。
竹田:ただ…なんですか。
志波:芝居が出来ない、そんなクソ下らない理由で死ぬくらいならさ。
…僕にその死を売ってくれないかい?
竹田:死を…売る…?
志波:そう、死を売って欲しい。
僕はとある理由で死ねなくなってしまってね。体も若い頃のまま変わらない。
どうやら老衰でも死ねないみたいなんだ。
竹田:なんですか…それ。
そんな話、信じられ…
志波:うん、そうだよね。
あ、実演してみようか?ここにナイフがあるだろう。これを………こう!
(ポケットから小型のナイフを取り出す志波、そのナイフを自らの首筋に当て、素早く引いた。)
竹田:な、ちょっ!?何して…っ!
志波:ぐ、ぅ……ぷっ!あははは!
なーんちゃって!ほら、見てよこの首!
竹田:ぁ……なん、確かに切っていたのに…!
志波:そう、血が出ない上にナイフ程度じゃこんなミミズ腫れくらいしか出来やしない。
こうなったのには理由があってね…。
竹田M:それから志波さんは俺に話をした。
数年前、ある男から「死を売って欲しい」とそう言われた事。
そして志波さんはとある理由でその男に死を売った事。
それからというもの事故に遭おうが、強盗に刺されようが、火災に巻き込まれようが、溺れようが、死ぬ事は無かったと。
志波:死ねないという事象は僕の心を殺すのに十分だったんだ。
死ねない、何をしても。
それだけで頭がおかしくなりそうだった、何度も死のうと思った。
でも…死ねないんだよね。
もう僕は売ってしまったから。
竹田:……そんな、事が。
現実にあるはずがない…!
志波:けれど君は見た。僕の姿を。
僕の現在を、現実を…そうだろう?
竹田:だからってなんで、俺に…!
志波:君の死にたい理由って、芝居が出来ないからだろう?役者になれず、死のうと思っている。違うかい?
竹田:それは…そう、ですけど。
でも、死にたいと思ってる人からなんで死を…?
志波:それはね、竹田君。
君は…死ぬべきじゃないからだ。
君の周りの人間、環境、見てご覧。
死ぬには勿体ないと思うよ?
竹田:そんなの、あんたに何が分かるんだッ!!!
志波:分かるよ、僕もしばいにんだから。
竹田:芝居、人…?アンタが、か。
志波:あぁ、そうさ。
僕も昔は役者を目指していてね、でも役なんて貰えず、ずっと燻ってた。
そう…君と同じく。
竹田:俺と……同じ。
志波:うん、だから君には。
僕と同じようになって欲しくない。
死ねないのは辛いけれど、ここで君を見殺しにしたら僕は…過去の自分を、まだ死ねていた時の僕を見殺しにしている気がするんだ。
だから、これは僕のエゴ。
君には死んで欲しくない、だから…僕に君の死を売ってくれないかな?
竹田:死を売って、死ねなくなるなんて話…俺には、にわかに信じ難いです。
ナイフが切れるものなのかすらも分からないし、ただ俺の自殺を止めに来た人かもしれない。
志波:うん…でも、それならそれでいいんじゃないかな。
ただまぁ、僕の今の死を売った話…ぶっちゃけると実は全部嘘なんだよね!
僕は嘘つきだからさ。
竹田:…は??
志波:ただ、君には死んで欲しくない。
そこは本心だよ。
竹田:はぁ…なんでこう、死を売った訳じゃないのに…俺は死ねないんでしょうか。
数ヶ月前にも死のうとしました、電車にでも轢かれればニュースにはなって自分が生きてた形を残せるだろうと。
でも、俺は出来なかった。
死ぬ勇気が無いんです。
志波:………。
竹田:…志波さん、俺のこんなちっぽけな死ならいくらでも売ってあげますよ。
どうせ俺は、死があっても…死ねないですから。
志波:ふふ、そうかい。
なら君の死を買おうか!ただ生憎僕は今お金を持っていなくてねぇ…何か願い事はあるかい?
竹田:んー…今は特に無いですけど…まぁ、思い付いたら電話しますよ。
志波:ははは!そうかそうか、待ってるよ!
僕に出来ることなら、叶えてあげよう。
じゃあ、生きるんだよ。
またね…竹田君。
(そう言うと志波は屋上の扉を開け、階段を降りていった。)
竹田:はぁ……なんか、変な人だな。
あの人。
死を売るだとか…馬鹿馬鹿しい。
竹田N:そしてそれを少し真に受けてしまっている自分も…本当に、馬鹿馬鹿しい。
竹田:……さ、逝こう。
(竹田が屋上の柵に手をかけたその直後、峰橋が屋上に入ってくる。)
峰橋:…っ!竹田君!!
竹田:峰橋…先輩。なんでここに。
峰橋:探したぁ……!
ここ…学生の時に来てたでしょ?
演劇部で部長に怒られて…ここで泣いてたよね。
竹田:なっ!なんでそれ知って…!てか、俺なんかのことをどうして…。
峰橋:怒られた日、すぐに帰っちゃうでしょ?いつも最後まで残ってるのに。
だから1回だけ後ついてってさ、そしたらここに居て…君が泣いてた。
竹田:…後ついてって…何、してんすか…!
てか、泣いてないですよ…!
(峰橋の顔を見た安堵からか、竹田の目からは涙がこぼれ落ちる。)
峰橋:んーん、泣いてたよ。
今日だって…泣いてる。これで見るのは2回目だね。
竹田:…ぐ、ふ…っ!泣いて、ねぇって…ぅ、う……!!
(目からとめどなく涙がこぼれる竹田。)
峰橋:あはは!めっちゃ泣いてるー!てかほら!早くこっちおいで!落ちちゃうよー!
竹田:…ぅ、泣いてないっす……!
(柵から手を離し峰橋の方へ寄る竹田。2人の後ろには夕陽が輝きながら沈んでいた。)
峰橋:わぁ、夕陽すごく綺麗…!
竹田:……あぁ…そう、すね。綺麗だ…。
峰橋:ふふ…私はずーっと、見てたよ?
君が演技にどれだけ打ち込んでて、、どれだけ愛してて、どれだけ頑張ってたのか。
峰橋:私は…全部見てた。だから君には辞めて欲しくなかったの、お芝居を。
竹田:そうだったんすね…なんか、カッコ悪ぃな俺…。
でも、佐々木さんは俺を使わないって言ってたし…これ以上続けてても意味無いんで、やっぱ辞めます。
峰橋:ん…そっか。
じゃあさ、辞めちゃう前に!…私とお芝居しようよ!台本持ってきてるんだよね~!
竹田:え、お芝居って…ここでやるんですか!?万が一誰かに見られたら…!
峰橋:あっはっは!こんな廃ビルに人は来ないし、歩いてる人達も誰も気付かないよ。ここ結構高いし。
竹田:いや、そりゃそうですけど……。
峰橋:ね!お願い!私達2人だけ、ここでやりたいの。
竹田:…はぁ……ほんと、先輩ズルいっすよ。
そんなん言われて断れる訳、無いじゃないすか。
峰橋:ふふん!そりゃあこんな可愛い先輩に言われちゃあね!
さ、早くやろ!竹田君のセリフから!
竹田:……ふぅ…『あぁ、何故僕は…こうも君を救えないのだろう…!』
峰橋:『いいえ…貴方が私を救えなかったんじゃない、私が救われなかっただけ。だから…貴方は気に病まないで』
竹田:『どうして…君はそう頑固なんだ……もう、最期だと言うのに!』
峰橋:『うふふ…貴方の怒っている所、初めて見たわ…どんな表情も、愛おしい…』
竹田:…ぁ、『もう…!喋らないでくれ!絶対に君を、救うから!』
峰橋:『救わなくて、いいの…ただ、最期のわがまま…聞いてくれるかしら?』
竹田:『最後だなんて言うな!どんな願いも、何回でも…君の為なら叶えてやる!』
峰橋:『そう…じゃあ、ヘレン…私に、貴方の人生で1番の……とっておきの、キスを。』
竹田:…あの、先輩これって……。
峰橋:しーーーっ!演技に集中して!
竹田:……『あぁ、分かった…ティファニー……俺の今生で…1番を君に捧げるよ。来世だって、君に捧げてやる…!』
峰橋:『ふふ、嬉しい…ヘレン……』
竹田:………。
峰橋:…もう、このヘタレ…!
(峰橋は竹田の襟を掴み体を引き寄せ、竹田にキスをする。)
竹田:ん、な…っ!?
峰橋:…はーぁ、残念!演じきれなかったね~?竹田君ってめちゃくちゃヘタレだよね、ほんと。
竹田:は、いや…え、?
峰橋:ふふ、なんて…ただ私が竹田君とキスしたかっただけなんだけどね?
竹田:先輩…俺、初めてだったんすけど。
峰橋:うん、知ってるよ?てか私も初めてだし!
竹田:は!?いや、俺でいいんすか!?
峰橋:はぁ?……竹田君だから、私も勇気振り絞ってしたんじゃん…バーカ。
竹田:…え、あ。あ、そういう…?
峰橋:うん、そういう事。
はぁ~!!ドキドキ、した…!
竹田:え、全然…分かんなかった、です。
先輩、俺の事いつから…?
峰橋:んー…高校の時、泣いてるの見てかな?ここまで真剣に演技と向き合ってるんだって気になって…気付いたら、好きになっちゃってた!キャー!恥ずかし!
竹田:…あ、と…。
峰橋:ふう、どうせ辞めちゃうなら。
気持ちだけ伝えちゃおっかなって思ってさ!返事はしなくても───
竹田:先輩。
峰橋:へっ?あ、なに…?
竹田:俺…俺なんかが先輩と幸せになんて、無理だと思ってたんですけど。
峰橋:え、えっと……?
竹田:俺でも良いんだって、思っちゃいました。
先輩のせいですからね、諦められなくなったの。
(峰橋は目に薄らと涙を浮かべる)
竹田:俺も、先輩の事好きでした。
ずっと、ずっと。
峰橋:…うん!私も、竹田君が好き!
(峰橋はそう言いながら屋上の柵を手で触れる。)
峰橋:はーあ、私今日死んでもいいや…ずっと好きだった人と付き合えて、キスまでしちゃって。
竹田:何言ってんすか。
これからでしょ、俺だって死のうと思ってました。
けど、峰橋先輩が俺を死なせなかったんですからね。
希望なんて無かったのに、峰橋先輩が俺に希望を見せたから。
峰橋:あははー!よくやった私!!
んー、そうだね。
私は竹田君に死んで欲しくないから、死ぬなら私と一緒に死んでよね。これは約束!ね!
…それ以外は許さないよ?私、意外と重い女だから!
竹田:ははは……死なないですよ。
死は、さっき売っちゃいましたから。
峰橋:えー?なにそれ!変なの!
(峰橋はそう言ってころころと笑う。)
峰橋:……幸せだなぁ。
ねぇ竹田君、好きだよ。
竹田:はい、俺も好きです。
峰橋せんぱ──────
(竹田が言いかけたその時、峰橋が触れていた柵が。
音を立てて折れた。)
峰橋:へ……?
竹田:っあ……!
──────────
竹田M:先輩は、即死だった。
ビルから落ちた先輩と一緒に、俺も落ちた。
けれど、何故か俺は無傷で。
彼女だけが、死んだ。
志波さんの言った事は本当だった。
俺は、死ねなくなった。
彼女の後を追おうと何回も死のうとした。
首吊りも、飛び降りも、飛び込みも、刺したり、切ったり、潰したりしても。
何をやっても、死ねなかった。
そりゃそうだ。
俺はもう、死を売ったんだから。
──────────
(当時劇団。)
佐々木:全く、峰橋も竹田も最近全然来ないな…。
柚月:…佐々木さん、知らないんですか?
佐々木:あァ?何がだ。
柚月:峰橋さん、ビルの屋上から落下死…したんですよ…。
(涙を流し始める柚月、驚いた顔でそれを見る佐々木)
佐々木:な、死ん……どうして!
柚月:知らないですよ!!竹田さんも音信不通になって…私、約束…したのに!
どうして……!
佐々木:……死んだ、のか。
…だから…!だから駄目だって言ったんだ!!
竹田は演技に向き合い過ぎていた…。
あいつは危ない、演技が出来なくなった時、あいつは躊躇なく死を選ぶ。
……そんな奴なんだ。
柚月:……だから、竹田さんを突き放して…。
佐々木:あぁ、そうだ。
あいつは演技に近く触れ過ぎてたんだ。
だから少しでも演技から離して、なのに…!死ぬ奴があるか、馬鹿野郎…ッ!!
柚月:峰橋さん…私の家遊びに来るって、言ったのに!
どうして死んじゃうんですか!ばかぁ!!
(泣き喚く柚月、静かに偲び泣く佐々木。)
──────────
(2年後、峰橋の墓前でブツブツと呟く竹田の前に志波が現れる。)
志波:おや!竹田君じゃないか、久しぶりだねえ。
どうしたんだいこんな所で。
竹田:…あ、志波…さん…なんでアンタが。
志波:ん~?僕は神出鬼没を売りにしてるんだぁ~♪
…それにしても久しぶりだねぇ、どこかでお話しようよ!
竹田:もう、人と喋る気は…。
志波:え、なんでさ!つれないねぇ……あっと。
もしかして………彼女かな?この中にいるの。
(竹田はその言葉を耳にした瞬間、志波の胸ぐらを掴んだ。)
竹田:お前…ッ!!お前のせいで!!!!
志波:ッ!…痛いな、離せよ。自業自得だろ。
(竹田は得体の知れない恐怖を感じ、志波から手を離す。)
竹田:もう、どこか消えてくれ…!!
志波:おや!?竹田君…君ってば何回も死のうとしたんだねぇ。
あちこちに傷跡があるよ~?
竹田:…でも────
志波:死ねなかった……だろう?
竹田:……なんなんだ、アンタ。
俺に何をしたんだ。
志波:ぶっ、はははは!!死を買ったんだよ。
僕は、君から。
故に君は死ねない、もう君に死は無い。
言っただろ?
竹田:なんだよ、それ…!あの話は俺に死んで欲しくないが為の嘘だったんじゃないのかよ!?
志波:嘘だという嘘だよ。僕は嘘つきだからね。
竹田:そんな………じゃあ、死を返してくれよ。
俺に!!!俺に死を返してくれ!!願い事を聞いてくれるんだろ!?
先輩と一緒に死なせてくれよ!!
志波:んー、残念ながらそれは出来ないんだ。
死は僕が君から買ったもの、いわば契約だ。
契約は履行されるべきであり、僕は紛れもなく君から死を買った。願いを叶えるという代償を払ったしね。
ほらあれだよあれ!クーリングオフは受け付けてません、ってやつ!
竹田:ふざ、けんなよ…!なんで彼女が死んで!!俺が生きてるんだよ!?
俺が………!俺が死ねば良かったんだ!!!
先輩よりも生きるに値しない俺が!!!
死を返せないなら、俺を殺してくれ!!!
…頼む。なぁ、早く彼女の所に逝かせてくれよ!!!
志波:…はぁ……竹田君、残念ながら君を殺す事は出来ないけど、君の願い事を叶えられる道筋を立ててあげよう!
竹田:…は?…なん、だよ。
志波:君は2年間何をしてたんだい?全く。
竹田:だから、何を言って───
志波:まあ聞けよ、なぁ竹田君。
僕はどうやって、死を手に入れた?
(その言葉を聞いた瞬間、竹田は膝から崩れ落ちた。)
竹田:あ…ああ……そう、か。そういう、事かよ。
志波:…願い事、叶いそうだねぇ?
おっと!もうこんな時間だ!それじゃ、僕はもういくよ……バイバイ、竹田君。
竹田:………ごめん、先輩…待たせちゃって。
俺もすぐに……すぐにそっちいくから。
──────────
(冬、路地裏で凍えるホームレスの老人。)
老人(佐々木役):はぁ…はぁ…嫌だ。
死にたく、ない。
竹田:…そこの貴方、今にも死にそうですね。
老人(佐々木役):なんだ、あんたは…。
竹田:死にたくない、そう仰いましたね。
死なない方法、知りたいでしょうか?
老人(佐々木役):あ、あるのか…!?そんな方法が!
竹田:はい、私に……。
死を、売ってくれませんか?
──────────
(廃ビルの屋上、貯水タンクに座っている志波。)
志波:ふふーんふーんふーん♪
…それにしても、演劇を始めたらきっといい芝居人になれそうだなぁ僕は。
あ、そういえば竹田君…今頃もう見つけてる頃かな。
あの子は格別に面白かったなあ。
…ねぇ、竹田君。キミはいい芝居人にはなれなかった。
でも死を買う人…死買人にはなれたね!
おっ、今のもしかして上手いんじゃない!?
…さて、次は誰が僕に売ってくれるのかなあ。
──────────
竹田:先輩、ごめん待たせて。
峰橋:あれ、竹田君!もう来ちゃったの!?
竹田:はい、1人にしてすんません…。
峰橋:もう、こんなすぐに死んじゃうなんて… ずっと見てたよ。
君の葛藤も、悲しみも。
死んで欲しくなかったなぁ…君には君の人生を歩んで欲しかったよ。
竹田:先輩。
俺は先輩がいないと…生きてても意味、ないですから。
峰橋:ふふ、そっか。残念だなぁ…でも、"約束"!
守ってくれて嬉しかったよ。
竹田:はは、当たり前じゃないすか。
じゃあ…行きましょうか。
峰橋:…うん!
──────────
志波:…いやぁ、いい喜劇だったよ。竹田君。
待てよ?竹田君にとっては悲劇…なのかな?まぁどうでもいいか。
……僕は死を買う死買人。
さながら君達は、死を売る死売人。
あはは!奇遇だねぇ。
みーんな揃いも揃って『しばいにん』だ。
End.
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