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3章:それぞれのテイマーの道

76. ミシャさんからの提案

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「えっと……何をしてるんですか?」
「あぁ、これ? ちょっと伸びすぎた鼻を折ってあげただけさ♪」

 そう言うと、ミシャさんは事の経緯を簡単に説明してくれた。
 この街の中央広場では、誰もがパフォーマーとして芸を見せてお客さんを募ることが出来る。商業組合に申し出をして場所を借りる必要もなく何処でも好きにやっていいのだが、実はここにパフォーマー同士の暗黙のルールがあるらしい。その暗黙のルールと言うのが『上位のパフォーマーがいい場所を使う』というもの。
 そしてミシャさんはそのルールに則った場所でパフォーマンスをしていたのだが、そこに現在椅子となっているこの男性プレイヤーが乗り込んで来た。

「ミシャ、僕と勝負をしないかい? どちらがより観客から評価されたかによって優劣を決めようじゃないか」

 この男性プレイヤーはSNSや動画配信を駆使して人気になっているパフォーマーで、パフォーマーのイベントを介さずに1対1で優劣を決めようとしたらしい。本来そんな勝負は受ける必要はないのだが、それをミシャさんは二つ返事で受けた。

「OK、OK。じゃあ、私が勝ったら君は椅子ね♪」
「……椅子?」

 そして始まったパフォーマンス勝負だが、実質勝負にすらならなかった。
 この椅子の人は複数の武術系スキルや魔法スキルを駆使したダンスパフォーマンスでファンを獲得していった人らしく、今回も得意のダンスパフォーマンスを披露した。
 それに対するミシャさんはと言うと……1度見たダンスパフォーマンスを完コピし、そしてそのパフォーマンスは誰が見てもミシャさんの方が上だったらしい。
 そうして見事に自分の得意ジャンルで完膚なきまでに負けたプレイヤーは、ガチ泣きしながら椅子となったとさ。

 ――哀れな。

 私はその様をみて、自分の身の丈に合った生き方を貫こうと心に決めた。
 ちなみに後から聞いた話なのだが、この椅子の人は事前に自分のファンを大勢呼んでいたらしく、その上で観客からの評価を勝負条件としたパフォーマンス勝負をしかけ、有名なミシャさんに勝った実績を作ろうとしていたらしい。


「ま、時々こういう子の鼻を折って整えてあげるのも上位者の務めさ♪ ところで、ナツちゃんは今日デートかい?」
「デッ!? ち、違いますよ! 今はシュン君にこの街を色々案内してもらってるだけで、そういうのじゃないです!」
「……それは、まごうことなきデートじゃないかな?」

 尚もデートだと言うミシャさんに、これまでの経緯を簡単に説明した。

「ほうほう、森で危ない所を助けてくれたのがこの子だったと。……流石ナツちゃん。ロコに引き続きこの子まで引き寄せるとは、何というリアルラック。これは最早運命としか言いようがないね」
「えっと、シュン君のこと知ってるんですか?」
「名前までは知らなかったけど、その子の事は知ってたよ。何せ私と同じ二つ名持ちだし」

 ――二つ名持ち?

 聞きなれない言葉に疑問符が浮かんだが、そんな私を置いてミシャさんは「う~ん」と腕を組んで悩み始めた。ちなみに今も椅子の人の上だ。
 
「……よし、そうしよう♪ ちなにみ2人はこの後時間ある?」
「私は大丈夫ですけど?」
「はい、僕もとくに予定は無いですね」
「オッケー、じゃあちょい待ち」

 何かを閃いた様子のミシャさんは、その後システムウィンドウを出して誰かに通話を掛け出した。

「もしもし、ロコ今暇? ……えぇ、じゃあそれ今すぐ切り上げて。この前のオファーについて話したい事があるの。……OK、OK。じゃあ今からロコの家に行くね。それともう1人連れて行きたいから使い捨てキー頂戴」

 通話の相手はロコさんだったようだ。ロコさんは今ファイさんと一緒にバグモンスター対策の検証を手伝っていたはずだけど、ミシャさんの勢いにはロコさんも勝てないらしい。
 そして話はまとまり、私、ミシャさん、シュン君とでロコさんのプライベートエリアへと向かった。

 ……

 …………

 ………………

「それで、オファーの件についての話とはなんじゃ? ……外部の者も連れてきておるようじゃが」
「ふっふっふ。私は閃いたのさ! っと、その前にシュン君にサラッと事情説明するとだね。シュン君は最近ちょっと話題になってるバグモンスターって知ってる? あれね、運営も対処出来てない本物のバグなんだって。それで運営の協力の元、バグモンスターを倒す為のギルドを秘密裏に作る予定なの。あ、ちなみにもう1人メンバーが居て、何と驚き、あの鬼武者なんだよ!」
「え、ちょっと、ミシャさん!? いきなり何を!!」
「まぁまぁナツちゃん、この子なら大丈夫だから。私の人を見る目を信じなさい♪」

 ――無茶苦茶だ! これって守秘義務も絡む話だから簡単に話していい内容では無いはずなのに!

 先ほどオファーという話題が出ていたので、恐らくロコさんからバグモンスター対策ギルドへの誘いがあったのだろう。けれど、その情報をいきなり外部に漏らすのはどう考えても駄目なはずだ。

「少し驚きましたけど、この顔ぶれなら運営が協力を求めるのも納得出来ますね」
「でしょ? で、ロコへの提案なんだけど、ギルド名って表に公表されるじゃない? だから、馬鹿正直にバグモンスター対策ギルドなんて付けられない。だけど、構成メンバーが豪華過ぎて目立つから下手な名前を付けられない」
「うむ、それはわっちも悩んでおったのじゃ。どういう理由でどういう活動をする為のギルドなのかを表す必要があるからの。お主が言うようにメンバーがメンバーじゃからそこが難しいのじゃ」

 そう言うと、ロコさんは視線でミシャさんに続きを話すよう促した。

「そうそう、だからね。……このギルドを二つ名持ちを束ねるギルドにしない?」
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