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君を絶対…

復唱してください

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◇◇◇

 州長は、州民をまとめ、その州を繁栄させるよう努めなければならない。
 そのため、独自の法律を作ることができたり、他州との交易を決めたりすることができる。
 そんな州長の家は、その州の中でも華美で目立ち、厳重に警戒されていることが多い。

「お。もしかして、あのでっかい家?」

 物陰から、うみが面白そうに言う。
 高い塀が立派にそびえ立っている。黒光りする門の奥には、白塗りの立派な屋敷が悠々と構えていた。
 まるで、王族が住む城のようなこの屋敷は──ホペ州で最も大きい建物であり、ゆのかがつい昨日まで住んでいたホペ州長の家だ。

「ゴテゴテの城じゃん。あそこに住んでたの?」

 ゆのかは、コクコクと頷いた。

「すげー。お姫様みたいだね。」
「私、は……そんな…こと……」
「ま、住み心地が良くなきゃ、家出なんてしないよね。」

 ゆのかが首を1回縦に振ると、うみは笑った。

「門の前にいる使用人は、強いの?」

 うみが、門の前にいる2人の男を指さす。
 ゆのかは少し考えた。ゆのかは使用人と親しくないため、誰が強いかなんて知らない。せいぜい、名前と顔が一致している程度だ。

「分から…ない…………」
「航ちゃんより弱い?」
「多…分……」
「ギターがある部屋も、見当ついてるんだっけ?」
「見当…て、いうより……知ってる。」
「マジか。じゃあ、聞いていい?」

 うみは、砂の上に、大まかなゆのかの家の平面図を書いた。

「あの門がここだとして…ここ以外から、この家に入れる場所ってあるの?」
「裏…門………
 でも、多分…見張られてる……」

 ゆのかは、裏門にあたる場所を指さした。

「なるほどね。ちょうど真反対か…
 ギターのある部屋は、何階?」
「3階…
 門…から、見て…1番、右の…部屋……場所で、いうと…この辺……」
「鍵は?」
「かかってる…」
「その鍵の場所は?」
「4階…の、おばあ…様の…部屋の…ケース…」
「うーん…ちょっと面倒くさそうだな。
 その部屋のドアは、何でできてる?」
「え……?
 えっと……木…多分。」

 そしてうみは、また考えた。

(木なら……申し訳ないけど、最悪ぶっ壊せばいっか。)

 不法侵入に、器物損壊。うみが爽やかに笑っている時は、大抵恐ろしいことを考えているか、誰かに嫌味を言う時だ。

「わかった。
 ゆのかが情報をたくさんくれたおかげで、想像よりは楽に取り返せるかも。ありがと。」
「いえ…」

 うみは、足で平面図を消した。

「じゃあ、今からギター奪還するんだけど…約束して欲しいことがあるから、復唱してください。
 その1。“気分が悪くなったら、すぐ言います。”」
「え…?」
「復唱して?」

 要するに、今からうみが言うことを守れということだ。ゆのかは、口を開いた。

「気分…が…悪く、なったら……すぐ、言い…ます…」
「その2。“ここでの作戦は、星さんに内緒です。”」

 なぜ星に内緒なのか。そう疑問に思ったものの、復唱が優先され、うみに聞き返すことはなかった。まさかその星から“ゆのかの半径1m以内に近づくな”と言われているなんて、ゆのかは思ってもいない。

「ここ、での…作戦は……星さんに…内緒、です…」
「その3。“俺の傍から離れません。”」
「うみ…君…の」
くんはいらない。もう1回。」
「う………
 ……え?」

 ゆのかは思わず、言葉を止めてしまった。

(まさか…呼び捨て……?
 そ…そんなの……無理だよ…!!)

 臆病なゆのかは、さっきからずっと、うみの気に障らないかどうか、手探り状態で話している。呼び捨てなんて、できるはずもない。
 萎縮しきっているゆのかに、うみは優しく言った。

「じゃ、後で呼んで?
 あんま時間もないし、とりあえず行こっか。」

 うみが手招きする。ゆのかは慌ててついていった。

(いつかは、呼び捨てで呼ばなきゃ……)

 できることなら、うみの言う通りにしようとゆのかは努力することにした。
 もちろん、うみがまだ少し怖いから言う事を聞くというのもあるが……そうでなくても、ゆのかはうみに何度も助けてもらった恩がある。

(これから…仲間になる人…ギター、取り返してくれる人……“海”と、同じ…綺麗な名前…………
 強い人だから、恐れ多いけど……呼べるように…頑張ろう……)

 そうこうしているうちに、門番をしている使用人が見えなくなった。
 場所は、門から見て右側。目の前には、ゆのかの家の塀。そこでうみは、足を止めた。

「ゆのか、ばんざいして?」
「……?」

 ゆのかは言われた通り、両手を上げる。

「ちょっと失礼。」

 そう言って、うみはしゃがむと……ウエストポーチからとても長い紐を出した。
 丈夫な茶色の太い紐は、一方の端は普通の紐だが、もう一方は何やら編み込まれていて網のようになっている。うみは、その紐の一部をゆのかのお腹の周りに巻き付けた。

(よく分からないけど、特殊な巻き方なのかな…?
 手先、器用だなぁ……)

 うみは、余った紐の一部をゆのかに差し出した。それでも紐は5mほど残っている。

「ここ、両手で掴んでて?
 絶対、離さないこと。」
「何…する…の…?」
「見てのお楽しみ。」

 うみは、ゆのかの反対側の紐を、自分の手首にぐるぐる巻き付けると、塀の僅かなでっぱりに手をかけた。
 グッ!と体を持ち上げると…次は、足をかける。うみの体が15cmほど、地面から離れた。

(って、何してるの…?!)

 ゆのかが唖然としている間にも、うみはどんどん塀を登っていく。あっという間に、塀の1番上まで辿り着いた。
 塀の上にまたがると、持っている紐をクッと引っ張る。

(もしかして…ここから侵入…するの?)

 紐の張りがゆのかに伝わり…それが、紐を引く合図だと、ゆのかは察した。
 うみに言われた通り、しっかり紐に掴まっていると、徐々に体が上昇していった。

(この紐…すごい。)

 編み込まれていた部分が、ハンモックのようになっているため、座った状態で引き上げられている。
 ゆのかは力を使わず、全く疲れることなく、塀の上まで到着した。

「大丈夫?苦しくなかった?」
「あ…はい…」
「よかった。
 じゃあ次は、ゆのかから先に降ろすね。」

 ゆのかは、下を見た。

(もし…ここから、落ちたら……
 か、考えちゃ、駄目…!落ちても…草の上だから……きっと、大丈夫…きっと。)

 塀の上は不安定で、ほんの少しの風に吹かれても、下に落ちてしまいそうだ。
 そんな場所から降りることを考えると、一気に不安になる。

「そんな顔しなくても大丈夫だよ。落とさないから。」

 顔に出ていたようで、うみに指摘されてしまった。

「あ…えと……
 し、信用…して、ない……わけじゃ……」
「知ってる。
 初めてだから怖いのは当たり前だって。目を閉じてれば、すぐだよ。」

 その言葉に、ゆのかはすぐさま目をギュッと閉じた。うみは、その顔をまじまじと見つめる。

(うわ…まつ毛、なっが。鼻は高いし、唇小さいし…肌、しっろ。
 初めて見た時から思ってたけど…マジで美人だよなぁ。多分、出会ってきた中でも、群を抜い)

『くれぐれも手を出すんじゃねぇぞ。』

 突然、頭の中で、星に警告され…うみは、ゆのかを観察するのをやめた。
 そして、ゆのかを、塀の向こう側へゆっくり下ろしていく。
 ゆのかは、体が宙ぶらりんになっている感覚に、ビクビクしてしまう。しばらくして、体の下降が止まった。地面に着いている感覚もある。
 柔らかい草の匂いに包まれて、目を開けると…ゆのかは、地面に座っていた。

(ここ…庭だ……
 塀を越えたんだ…よかったぁ……)

 安心したその時、辺りに一陣の風が吹いた。
 そしてなんと…風の中に、さっきまで塀の上にいたはずのうみがいる。

「え…えぇ…っ?!」

 塀の上を見ると、うみの姿はない。
 見間違いではない。目の前にいるうみは、正真正銘のうみだ。ゆのかは、驚きを隠せない。

「ふふっ。驚いた?」
「えっ…あ、の……飛び…降りた……?」

 4、5mはある塀。家でいうと、2階から地面までの高さと同じくらいだろう。
 うみは、驚いているゆのかから素早くロープをほどき、小さくまとめた。

「正解。早く行こ?」

 うみは、ゆのかの手首を優しく掴んだかと思うと、慣れた手つきで手を握った。

(この人、何者…………?)

 普通なら、手を握られたことで、顔を赤くしたり黄色い悲鳴をあげたりするところだが…あの高い塀から飛び降りたことに衝撃を受けたゆのかは、そんなことをする余裕がなかった。

 そのまま、2人は、開いた窓から部屋の中へ侵入していった。


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