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君を絶対…

自分の気持ち、大事にしてよ

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「……おい、うみ。いい加減」
「引き取り代、いくらがいい?
 10万エイ?20万エイ?30万までなら、全然出すよ??」

 星が何かを言いかける。だが、うみは遮って話を続けた。

「…………だ。」
「あ、ごめん。聞こえなかった。
 いくら?」
「や…だ……っ…」

 絞り出すような小さな声に…うみの嬉しそうな表情が、少しだけ変わった。

「どういうこと?」
「あ……ご、ごめ…っ、ごめん…なさい……!」

 ゆのかの心臓が飛び跳ねる。言葉に力がこもっているのに、うみの顔が笑ったままだった。
 ゆのかは、自分の手をギュッと握りしめた。

「ほ…本当に…ご…めん……なさ…い………
 危険、なのは……分かっ…てます……で、でもっ…大好きな…人の……大切な、形見…でっ……
 壊すの……やめて…ください………っ、返して…ください…!」
「いや、それはちょっと自分勝手なんじゃない?
 ギター、捨ててもいいって思えるくらいには、いらないんでしょ?じゃあ、壊されたって、文句ないってことじゃん。」
「いらなくない…!!」

 取り返す時に、怪我をする可能性もある。それにも関わらず、ギターを返せと言うことが、自分勝手なのは…ゆのかも充分、分かっていた。
 それでも、感情が先走る。どうしても譲れない思いがあった。

「ずっと……返して…欲しかったっ………お父さんの、相棒で……っ私の……宝物…で……
 でもっ…私……弱…くて……取り返す…なんてっ……できなかった………
 お願い…します………返して…ください…!」

 そんなゆのかの様子を見て、うみはとても楽しそうだった。

「えー、どうしよっかなぁ。
 ギター見たら、衝動で壊しちゃうかもしれないし…考えたら俺、君ん家の場所すら知らないから、そもそもギターまでたどり着くかどうか…」
「私も…っ、一緒に、行きます!」

 この中で、ゆのかの家の場所を知っているのはゆのかしかいない。勢いに任せて、口が動く。
 そのまま、頭をバッと下げた。

「だから………お願い…します……ギター…返して…ください……力を…貸して…ください………」

 いらないわけがない。両親を失ったゆのかにとって、唯一目に見える両親との“思い出”なのだから……

「分かった。いいよ。」

 出会った時の、優しい声。
 ゆのかは、おそるおそる顔を上げると…底意地悪そうだったうみが一転して、優しげな表情をしている。

「え……?で…でも……さっ…き………………」
「ちょっと考えすぎ。
 もっと自分の気持ち、大事にしてよ。」
「…?…??」
「はい、これ。」

 ゆのかは、おにぎりの皿をうみに押し付けられる。

「お腹すいたでしょ?作ったから、食べて。」
「え…や……あ…の…」
「食べ終わって、準備できたら行こ。」

 うみはベッドから立ち上がった。ゆのかは思わず、ポカンとしてしまう。

「あいるさん。このの準備があるでしょ?
 この部屋貸すよ。俺、広場にいるから。」
「おう!
 うみ、ありがとな。」
「いーえ。終わったら、適当に呼んで。
 星さんは聞きたいことあるから、一緒に来て欲しいんだけど。」
「…ああ。」

 うみはゆのかの方を向く。目が合ったゆのかは、体をビクッと震わせた。

「ちゃんと守るから。心配しないで。」

 うみはそう言って……星と、部屋から出ていってしまった。
 部屋に残されたゆのかは、呆然としていた。

(つまり……私は、うみさんあの人と一緒に…ギターを取り戻しに、家に行くってこと………?
 あの人…ギター欲しかったんじゃないの…?)

 そこまで考えて、ゆのかは気づいた。

(ていうか、よく考えたら…私、勢いに任せて、“家に行く”なんて…とんでもないこと、言っちゃった…!!)

 あれだけ戻りたくなかった家に行くことが…大きなプレッシャーとなって、ゆのかに全てのしかかる。
 とはいえ、“一緒に来てください”と言ってしまった手前…今更、やっぱり行きたくないなんて我儘を言えるわけがない。

「ゆのか、食わねぇの?」

 目の前のおにぎり3つを見つめて動かなくなったゆのかに、あいるが声をかけた。

「え…と……食欲…なくて……」
「食えるだけ食っとけ。ハラが減ってたら、この後持たねぇぞ?」

 あいるに勧められて、断る訳にもいかず、ゆのかはおにぎりに手を伸ばした。
 大きさは片手サイズで、ちょうどいい。形は三角形。巻いてある海苔は柔らかい。

「いただき…ます。」

 一口食べてみる。うす塩味に、米は硬めだがふわっと握られている。中身はなく、食べやすい。塩加減と握り具合も、ゆのかにとって絶妙で、とても美味しい。

(ずっと、豪華な料理ばっかりで……おにぎりなんて、久しぶりに食べた…)

 優しい味を噛み締めるように、ゆのかはおにぎりを食べる。あいるは、嬉しそうにゆのかの隣に座った。

「ウマいか?」
「うん…」
「それなら良かった!
 あたし、うみがおにぎりこんなん作るの、初めて見たぜ?きっと、ゆのかが心配だったんだよ!」

 助けてくれた時は、申し訳なくなるほど優しかったうみが…“ギターを壊す”と言った時の、不敵な笑みを浮かべていたことを思い出す。
 ゆのかは未だに、どっちが本当のうみなのか分からない。
 ただ…圧倒的な力を持っているうみに、逆らってはいけないことだけはよく分かっているつもりだ。

「なぁ、もしかして…うみのこと、ビビってんのか?」
「えっ…?」
「さっきのアイツの言ってること、マジでサイコパスだったし。」
「え……えっ…と……
 そんな…こと……ない…かも…」

 少しも思っていない“そんなことない”に、あいるは、ブッ!と吹き出した。

「一応、言っとくけど…アレ、本気じゃねぇぞ?」
「え、と……どこから…嘘……?」
「ぶははっ!全部だよ。
 アイツが音楽聴いてるとこなんて、見たことないぜ?」
「えぇ…?!」

 ほぼ初めから嘘だったことに、ゆのかは目を丸くした。

「でも…どうして、そんな…嘘………」
「うみはな。冗談言って、人をからかうのがシュミなんだよ。
 だから、あんま気にすんな!」

 あいるは、うみがなぜ嘘をいていたのか、分かってはいたが……この後のことを考えて、適当に誤魔化すことにした。

「さー、とっとと食って、準備すっぞ!
 海に入ったならシャワー浴びて、服も何とかしねぇとな!」

 刻一刻と、ゆのかの家へ行く時間が迫っている。

(怖い…行きたくない………
 でも……もう、行くしかないんだ………何とか、頑張らなきゃ。)

 ゆのかは気持ちを引きしめて、あいるの言葉に頷いた。


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