めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

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はじまり

022 避難・1

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 避難エリアまであと少しという場所で圭は舌打ちをした。
 握る穂の手にも緊張が走ったのが伝わってくる。
 圭達の向かおうとする避難エリアへと先行する、人型をした茶色い物体をいくつも視認したからだ。
 資料写真でしか見た事はなかったが、泥人形の姿をした侵蝕者を他の何と見紛うだろうか。

 侵蝕者は眼前の避難エリアを押し包まんと四方八方から迫っている最中であり、すべての避難エリアが似たような状況に違いない。
 視界に入る侵蝕者の数はおよそ20といったところだが、シティ敷地内に土をベースにした施設は無かった筈。一体どこから湧いて出たのか。

「…っ!」

 突然、数メートル先の煉瓦ブロックが持ち上がった。
 侵蝕者だ。
 それは飛び出てくるような勢いこそなかったが、時間をかければ間違いなく煉瓦ブロックを押し退けて姿を見せるだろう。
 何の事はない。侵蝕者は煉瓦舗装の下にある土を材料としているのだ。
 その証拠に周囲には、巨大モグラが這い出てきたかのような穴がいくつも残されている。
 道路舗装は対侵蝕者の第一歩だと聞かされてはいたが、本当に出現を遅らせる程度のものとなれば言葉通りの第一歩だ。

(考えろ……!)

 実はそれほど考える事でもなかった。
 移動を開始してからは授業で教えられた侵蝕者の知識を思い返していたからだ。
 自身に言い聞かせたのは、落ち着いて知識を実行に移すための激励だ。

【侵蝕者は土の身体を持ち、その動きは鈍重である】

 人型をしているとはいえ、肉体を構成しているのは土ばかりという侵蝕者だ。
 その動きは緩慢としていて、運動能力に障害を持つ者でなければ見切る事は容易い。
 落ち着いて対処すれば、単体の侵蝕者をすり抜ける事は難しくはないのだ。
 盛り上がったブロックを強く踏みつけ、そのまま駆け抜ける。地上に顔も出していない状態を恐れる理由など皆無だ。

 ただ、注意しなくてはいけない事がある。
 退魔師技能、またはそれに準じた装備のない人間が侵蝕者に捕まる事は死に直結する。
 侵蝕者は敵と見做した存在に触れると、即座にそれを取り込もうとする習性があるからだ。
 取り込むというよりも、敵の身体を自身の土で覆う事によって窒息死させてしまうのだ。

 退魔師のように特殊な訓練を受けた者でなければ、一度捕まったら逃げ出す事は不可能だと言われている。
 侵蝕者の行動ひとつ取ってみても、本能的な行動なのか、それとも何者かの命令なのか、それすらも人類は答えを出せていない。
 その行く手を阻まない限り、人間以外の動物には見向きもしない事から、侵蝕者は単純ながらも意思に近い物を持っているのだろうとされている。

 しかし、土塊の何処にそのようなものが宿るのか、人間の見地からでは理解不能な事柄である。
 走りながら、手近に転がっていた合成樹脂製の椅子を拾い上げた。
 圭の行動を予測し、さすがに手を繋いだままでは邪魔だと判断した穂の指先が名残惜しそうに離れてゆく。

【侵蝕者は目標物を捕らえるために手を使う】

 侵蝕者が人の形を模している事に意味があるのか、それも疑問のひとつだ。
 ただ、これまでの長い戦いの中で確実に分かっている事もある。
 それは、侵蝕者は敵を捕捉する時に必ず手を使うという事だ。
 手と言っても指が五本あるような上等なものではなく、ボクシンググラブを嵌めているかのような丸い形状だ。
 その先端を対象物に触れさせる事によって、初めて取り込もうとする動作に移る。

 つまり、だ。

「――くらえっ!」

 目の前を進む侵蝕者に追いついた圭は、思いのほか軽い椅子を振り上げ、走る速度そのままの勢いで叩き付けた。
 軽く頑強な椅子の脚は侵蝕者の両肩に食い込み、その腕は容易く粉砕され地面に落ちる。
 その場にあった物で間に合わせてみた割には上出来すぎて怖いくらいだ。
 こうして腕を失くした侵蝕者に、さしたる脅威はない。
 もっとも、砕け落ちた土は本体へと吸収・再生を始めるので、ほんの十秒ほどの余裕が生まれるだけなのだが。

「穂っ!」

 しかし今はそれで十分だった。
 圭が一時的に戦闘力を奪ったのは、避難エリアへの最短ルートを確保するための措置に過ぎない。
 邪魔だったのは一体のみ、それも背を向けていたからこそ可能だった事だ。
 もしも複数の侵蝕者が待ち受けていたとなれば、多少遠回りになっても迂回しただろう。

 一呼吸遅れて追いついてきた穂の手を取ると、再び避難エリアに向かって足を動かす。
 今や追い抜かれ、二人を追う形となっている侵蝕者の速度も緩やかなまま、特に障害もなく避難エリアへと逃げ込めそうだった。

『よーし、五番四番のゲート上げろ!』

 どうやら圭達がこの避難エリアで確保するべき最終組らしい。
 この区画の警備主任の声が拡声器越しに響き、圭の後方で重い機械音が唸りを上げた。
 避難エリアを中心として広がる幾筋かの同心円状の溝。
 その外周部の二つの溝から赤黒く重々しい金属製の支柱が幾本もせり上がってきた。

 隣り合った支柱同士は、これもまた頑強そうな鎖とワイヤーとで繋がっている。
 どちらも一般生活の中では目にするような規格サイズではなく、象すらも縛り付けられそうな代物だ。
 しかし宙に浮いた二本の線以外、支柱の間は隙間だらけ。
 その程度で侵蝕者の侵攻を止められる筈もないだろうと、走る速度を緩めながら背後に不審の目を向ける圭。

『少年! 早く離れないと危ないぞ!』

 圭の杞憂を察したのか、警備主任が早く来いと大きく手振りする。
 確かにそうだ。こんな貧弱な設備に過度の期待をして、侵蝕者の餌食になってしまっては恥ずかしいにも程がある。
 圭は多くの客でひしめく避難エリア中心部を目指すべく正面に向き直――った瞬間、激しい放電音が二人の耳朶を打った。

「な――!?」

 思わず振り返った二人の鼻腔に、焦げ臭い空気が飛び込んでくる。
 支柱に張られた鎖が真っ赤に灼ける地獄の門となり、触れる空気すらも燃やし尽くさんばかりの熱を放っていた。
 それは相当量の通電をさせているのだろう、外気に晒した顔だけでなく、服に包まれる身体にまで痛いくらいの熱が突き刺さってくる。

 目標へと一直線に進み、迂回する事を知らない侵蝕者が赤く発光する鎖に触れた。
 身体を形成する土が、触れた部分を中心に瞬く間に乾いてゆき、軽い砂となって崩れ落ちてゆく。

 超熱量によるバリケード。
 無数の侵蝕者相手であっても強固な防御壁となり、中心部に避難した人間を護るのだ。
 侵蝕者は白熱灯に群がる蛾のように、勝手に突入しては自壊してゆく。

 だが、絶対的な防御であるかのように見えても、謎の存在である侵蝕者が相手なのだ。
 その設備がどれほどの効果を上げるのかは、誰にも分からない。
 実際、崩れ落ちた砂は消えるでもなくその場に残っている。そして次の侵蝕者が同じ場所で同じように瓦解する。
 その繰り返しにより、いつしか出来上がった砂の山が鎖の熱を遮断するようにして後続の侵蝕者を前進させるのだ。

 足を持ち上げる事のできない侵蝕者は段差の移動が不可能とされているが、それは単体での話であり、群れとなった場合においては移動できない場所など皆無ではないだろうか。
 しかし、避難エリアに配されている対侵蝕者の電熱柵は五重の層を形成しており、更に言えばそれぞれの柵は溝に沿って回転移動ができる。侵蝕者の残骸を崩しつつ全滅させる事も、そう困難ではないだろう。
 対侵蝕者の設備を見くびっていた圭だが、その威力を見て安堵の息を漏らした。

 その時、幾筋かの白い尾を引く火球が飛ぶのを目撃した。
 あれはなんだと声にする間もなく、火球は無人となった施設に着弾する。
 耳をつんざく轟音に、二人の表情は一瞬で凍り付いた。
 施設が次々と破砕され、不吉な音を矢継ぎ早に唱和する。

 そして、その被害は電熱柵にも及んだ。
 弾き飛ばされた瓦礫によって支柱の数本が薙ぎ払われ、その反動で引き千切られた鎖とワイヤーがその勢いに任せるまま荒々しく踊り狂った。

「ああっ!」

 穂の叫び声は爆音に掻き消されて圭の耳には届かなかった。
 倒れ込んだ穂に腕を引かれ、そこで初めて穂に被害が及んだ事を悟る。
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