その男、月の騎士につき!

竜田彦十郎

文字の大きさ
2 / 15
異世界転生から始まる……?

見知らぬ町

しおりを挟む
「――あだっ!!」

 落ちに落ちまくって、背を打ち付けた。
 反射的に叫んでしまったが、思っていたよりも――むしろ、まったく痛くはなかった。これならば、柔道の受け身の練習の方がよっぽど痛い。
 落下感は長く続いていたようにも思えたが、そもそもが現実世界でなかったのだ。物理的な合理性を求める方がどうかしているのだろう。

「な――なんだ?」
「いきなり人が現れたぞ?」
「誰か、警備兵を――」
「おい、あんた。大丈夫か?」

 周囲に起こるざわめき。
 とりあえずは人のいる場所への移動は果たせたようだ。

「ああ、大丈夫。大した事は――」

 心配そうに声を掛けてくれた人へ言葉を返しつつ、上体を起こした。

「お、おお……!」

 周囲の様子を見た俺は、言葉を失ってしまった。
 目の前に広がる町並みは、さながら中世ヨーロッパ。都心部から少しばかり離れたような、隙間の多い風景だったからだ。

 こちらを注視する人達も、あきらかに外国人然としている。
 それでいて、言葉が通じる。
 これはもう完全に――

「異世界……来ちゃったのか」

 右手で左手の甲を抓ってみる。
 痛い。
 この痛みは夢なんかではない。

(しかし、ここからどうしよう……)

 異世界転生、そりゃあ凄いとは思う。
 とはいえ、望んで来た訳でもない。
 旅行程度なら……そう思わなくもないが、現実的に考えれば元の世界に帰りたい。

(さしあたっては……テティスか)

 起こしに来て。そう言っていた。
 知りたい事は山ほどあれども、肝心な事は何ひとつ伝えられていない気がする。
 起こすのだとしても、どこに行けばいいのやら。
 そもそも、だ。テティスが女神の類であるならば、人間の身で行けるような場所なのか。

「どうしよっかなぁ」

 何から手を付けたものか見当もつかないが、それでも悲観はしていなかった。
 異世界モノの定番、冒険者にでもなって食い繋げば良い。
 幸い、剣の扱いには覚えがある。競技剣術ではない、みっちり仕込まれた実戦剣術だ。

 身体の感覚からいって、赤ん坊からのスタートという訳ではないらしい。
 視線の高さや、指先の感覚、着ている服だって欠片程の違和感もない。

 え? 服?

 慌てて自身の身体を見下ろすと、毎日着ていた学校の制服。
 見慣れているのは良いのだが、この場ではあまり良いとは言えないだろう。
 なにしろ周囲は中世ヨーロッパ。行き交う人々も、実にそれっぽい格好だ。
 この学生服、都会での最先端ファッションだぜ、なんて言い訳はおそらく通じまい。

 仮に通じるのだとしても、あきらかに周囲から浮いた格好の俺は注目を浴びまくりだ。
 実際、俺の周囲には何事かと足を止める人が増えてきている。
 この世界を知り尽くしていれば目立つ事も悪くはないのだろうが、右も左も分からないとなれば、単なる道化師でしかない。

 これはいっその事、大道芸人とでもしておけば逆に違和感はなくなるかもしれないな。
 とりあえずは広い場所を確保して、大道芸に見えなくもない体術を披露してみようか。

 そう思った矢先、馬の甲高い嘶きが人集りの向こうから聞こえてきた。

「な、なんだなんだ!?」
「うわ、危ねえっ!!」

 異口同音に、馬の進行方向から逃れようとする人々。
 まるでモーゼの十戒とばかりに人垣が割れ、そこに現れたのは大型の馬に跨った真っ白い人物。
 手綱や鐙に掛けられた手足以外を、白いローブですっぽりと覆い隠している。
 表情もまったく窺い知れなかったが、フードの奥の視線が俺に向けられているのは肌で感じ取れた。

「乗れ!」

 やや高めの声。女性のようにも聞こえたが、くぐもった声だけで判断はできかねた。
 そもそも、いきなり現れて乗れとか言われてもって話だ。

 俺の躊躇を感じたのかどうか。最初の一声から促すような素振りも見せず、睨み合いにも似た膠着が続いた。

「 こっち……! こっちです!! 」

 俺と馬を囲む人垣の奥から、そんな声が聞こえてきた。
 その声に続いて聞こえてくるのは、ガチャガチャと金属を擦るような摩擦音。
 人垣の隙間から、鎧に身を包んだ数人の男の姿が見えた。

 どう見ても警備兵だ。こっちの世界での警察みたいなものだろう。どちらかと言えば自警団かもしれない。
 そういえば、俺がこの場に現れた直後にそんな声が聞こえてきていた気もする。

「どうする? 私と一緒に来るか、警備兵に連れて行かれるかの二択だぞ」

 考えようによってはそれ以外の選択肢もあるのだろうが、今の俺は警備兵にとってみれば、とりあえず連行しておくべき対象なのは間違いない。
 この世界で頼る存在のない身としては、連行された先でどんな目に遭わされるか分かったものではない。

 白ローブもそれを理解しているのだろう。余裕のような雰囲気すら伝わってくる。フードに隠れた口元はさぞかし歪んでいるに違いない。

「くそっ、底意地悪いな!」

 改めて差し出された手を取り、白ローブの後ろに飛び乗った。
 下から見上げていたせいで馬が大きく見えていたのかと思ったが、実際に乗ってみると、俺の知っている高さよりもかなり視界が広がっている。
 こっちの世界の馬はみんなこうなのか? それとも、白ローブがそれなりの人物なのか。
 駆けつけていた警備兵がこっちを指差して何事か叫んでいるが、馬の嘶きによって俺の耳にまで届かない。

「舌を噛むなよ!」

 言うや、馬は突如として疾走した。
 鞍は大きく同乗者用の鐙もついていたが、あまりのスタートダッシュに上半身が仰け反りそうになる。

「――うおっ!?」

 思わず白ローブの腰に抱きついてしまった。
 格好悪いとか、そんな事を言ってはいられない。地面は石畳であったし、頭から落ちれば死んでしまう事だって考えられる。
 人ふたりを乗せているとは思えぬ力強さで人々の頭上を跳び越え、閉められようとする門を駆け抜け、俺達を乗せた馬は名も知らぬ町を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...