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1章
35.白紙になった捜査
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有沙の遺体が発見された次の日、洋平は出勤して直ぐに朋美の方へ駆けていき、謝りに行った。
仮に彼女が鬼のように怒っていても、もし、謝らなければ、どんな処遇を取られるのか知ったものではないのだから仕方無いであろう。
「き、昨日は本当にすみましぇんっ……!」
彼女の顔色を伺い過ぎてかなり焦っていたせいか、大事なところで噛んでしまう。
彼の顔色は驚くほど真っ青で、今すぐにでも怒鳴られてしまうのではないか、とオドオドしている。
「……別に貴方、前科持ちじゃあないわよね? 何で他殺がどうのこうのって言ったら逃げたのよ??」
噛んだことに全く触られないと逆に恥ずかしくなる。彼は俯いたまま、口を噤んで何も答えない。
問いに無言で返せば怪しまれる一方なのにも関わらず、嘘を吐ついてまでして答えないのだろうか。
吐いていい嘘と悪い嘘があるというが、他人に迷惑をかけないのなら、それは吐いていい嘘だとは感じる。
まあ、正確には嘘を吐いてまで、身の潔白を晴らしたくは無かったのであろう。
「まあ、いいけど。私は書類まとめないからね?」
あの時は空気が読めずに問い詰めれたくないことを問い詰めてしまった彼女だが、今回はそれ以上彼に対して問い詰めることはなかった。
けれども、仕事を放棄して逃げ出した罪は大きいらしく書類の纏めは全て任されてしまう。
それ相応の対価なのでまだこれは肯定できる。
態度を変えない、自身を気遣わないといった彼女の様子に安心したのか、彼は何度も縦に首を振って頷いた。
「……そういえば。警部、娘さんの犯人の捜査、辞めるらしいわよ」
彼女の口から驚く言葉が出てきた。
彼は当然のように愕然としている。「なんで」とは決して言わなかった。
あんなに好いていた娘を殺されて、警部が犯人を易易と許している訳がない。
だから、この決断には何らかの理由があると彼は察したからだ。
「そうですか……」
彼女から目を逸らして彼はぽつりと言う。
犯人に心当たりがある、若しくは、娘が死んだ事に現実を受け止められていない……等の色々な線が思い付くが、本当の理由は警部にしか分からない。
彼はこの事件に関する書類をまとめ始める。
「ねぇ、もう知ってるかしら? 貴方が前に集めてた女装男子の子の写真集あったでしょ??」
どうやら彼女は暗い雰囲気を和ませる為に世間話をし始めたようだ。
何のことかと一瞬戸惑うが、記憶を探る内に何とか全て理解をする。
前から薄々勘付いていた事ではあるが洋平は結構界隈問わず、色んなジャンルを漁っているらしい。
「はいっ、女装男子のKAEDEですよね!? 勿論、今でも好きですよ! でも最近、SNS更新してないなあ……」
関係ない事ではあるが女装男子のKAEDEとは、SNSのフォロワー数二十万人を超える、皆に好かれる超大手女装男子だ。
そして、彼がインフルエンサーの中で最もお気に入りの女装男子でもある。
「──死んだらしいわよ」
「え?」
彼は言葉の意味を理解する間もなく、一瞬で真顔になる。
最早、その表情では感情すらも読み取れないが言っていることが繊細な話題なので仕方がない。
世間話かと思いきや平然とこんな悲しい報告をされてしまったのだ。感情が分からない滑稽な表情になるのも、当たり前だろう。
「また桜宮の週刊誌に載ってたわ……。確か、ショック死? らしくて……。他にもそのショック死の原因になった知り合いが自殺したんですって」
段々と彼の顔色が悪くなっていく。
酷い動揺から、彼女の発している半分は理解出来ていなかったと思う。
好きなアイドルが前に浮気をスクープされて休業した上に、お気に入りのインフルエンサーである女装男子までもが亡くなるなんて、彼はかなり付いていない。
「さ、桜宮って人、僕の推しを片っ端から潰そうとしてるんですかね……!? しかも今回は亡くなってしまうだなんて……」
頬に手を当てながら、彼は他の刑事に迷惑にならないほどに大声で叫んでいる。
その週刊記者という人も洋平の存在なんて全く持って知らないであろう。とんだ言い掛かりだ。
しかもKAEDEという男性が亡くなったのは週刊記者のせいではない。
「いや、アンタが潰してるんじゃないの? とんだ疫病神よ……」
面倒臭そうに彼を睨んでから、彼女はボソッと呟く。
彼女の言うことはあながち間違ってはいないかもしれない。
人の死に関わることを疫病神といって一言で纏めるのも不謹慎だが、担当した事件の有沙は遺体として見つかり、大好きなアイドルは浮気がスクープされ、好きな女装男子とやらは亡くなってしまったのだ。
「た、確かに疫病神かもです……。好きな芸能人のSNSのフォロー外しておこっ」
苦笑いして、彼はそう言う。
また、話している内に資料が全て纏め終わっているようだ。
我知らず、窓から外をみると昨日の天気とは正反対な青空から日差しが漏れていて、少し眩しかった。同時に美しく緑色をした葉が、ふわふわと舞って視界から外れていく。
──……恋をするには良い天気だよね。布団干しておけば良かったな。
洋平は光り輝く太陽にそっと手を翳して、心の中で呟くのだった。
仮に彼女が鬼のように怒っていても、もし、謝らなければ、どんな処遇を取られるのか知ったものではないのだから仕方無いであろう。
「き、昨日は本当にすみましぇんっ……!」
彼女の顔色を伺い過ぎてかなり焦っていたせいか、大事なところで噛んでしまう。
彼の顔色は驚くほど真っ青で、今すぐにでも怒鳴られてしまうのではないか、とオドオドしている。
「……別に貴方、前科持ちじゃあないわよね? 何で他殺がどうのこうのって言ったら逃げたのよ??」
噛んだことに全く触られないと逆に恥ずかしくなる。彼は俯いたまま、口を噤んで何も答えない。
問いに無言で返せば怪しまれる一方なのにも関わらず、嘘を吐ついてまでして答えないのだろうか。
吐いていい嘘と悪い嘘があるというが、他人に迷惑をかけないのなら、それは吐いていい嘘だとは感じる。
まあ、正確には嘘を吐いてまで、身の潔白を晴らしたくは無かったのであろう。
「まあ、いいけど。私は書類まとめないからね?」
あの時は空気が読めずに問い詰めれたくないことを問い詰めてしまった彼女だが、今回はそれ以上彼に対して問い詰めることはなかった。
けれども、仕事を放棄して逃げ出した罪は大きいらしく書類の纏めは全て任されてしまう。
それ相応の対価なのでまだこれは肯定できる。
態度を変えない、自身を気遣わないといった彼女の様子に安心したのか、彼は何度も縦に首を振って頷いた。
「……そういえば。警部、娘さんの犯人の捜査、辞めるらしいわよ」
彼女の口から驚く言葉が出てきた。
彼は当然のように愕然としている。「なんで」とは決して言わなかった。
あんなに好いていた娘を殺されて、警部が犯人を易易と許している訳がない。
だから、この決断には何らかの理由があると彼は察したからだ。
「そうですか……」
彼女から目を逸らして彼はぽつりと言う。
犯人に心当たりがある、若しくは、娘が死んだ事に現実を受け止められていない……等の色々な線が思い付くが、本当の理由は警部にしか分からない。
彼はこの事件に関する書類をまとめ始める。
「ねぇ、もう知ってるかしら? 貴方が前に集めてた女装男子の子の写真集あったでしょ??」
どうやら彼女は暗い雰囲気を和ませる為に世間話をし始めたようだ。
何のことかと一瞬戸惑うが、記憶を探る内に何とか全て理解をする。
前から薄々勘付いていた事ではあるが洋平は結構界隈問わず、色んなジャンルを漁っているらしい。
「はいっ、女装男子のKAEDEですよね!? 勿論、今でも好きですよ! でも最近、SNS更新してないなあ……」
関係ない事ではあるが女装男子のKAEDEとは、SNSのフォロワー数二十万人を超える、皆に好かれる超大手女装男子だ。
そして、彼がインフルエンサーの中で最もお気に入りの女装男子でもある。
「──死んだらしいわよ」
「え?」
彼は言葉の意味を理解する間もなく、一瞬で真顔になる。
最早、その表情では感情すらも読み取れないが言っていることが繊細な話題なので仕方がない。
世間話かと思いきや平然とこんな悲しい報告をされてしまったのだ。感情が分からない滑稽な表情になるのも、当たり前だろう。
「また桜宮の週刊誌に載ってたわ……。確か、ショック死? らしくて……。他にもそのショック死の原因になった知り合いが自殺したんですって」
段々と彼の顔色が悪くなっていく。
酷い動揺から、彼女の発している半分は理解出来ていなかったと思う。
好きなアイドルが前に浮気をスクープされて休業した上に、お気に入りのインフルエンサーである女装男子までもが亡くなるなんて、彼はかなり付いていない。
「さ、桜宮って人、僕の推しを片っ端から潰そうとしてるんですかね……!? しかも今回は亡くなってしまうだなんて……」
頬に手を当てながら、彼は他の刑事に迷惑にならないほどに大声で叫んでいる。
その週刊記者という人も洋平の存在なんて全く持って知らないであろう。とんだ言い掛かりだ。
しかもKAEDEという男性が亡くなったのは週刊記者のせいではない。
「いや、アンタが潰してるんじゃないの? とんだ疫病神よ……」
面倒臭そうに彼を睨んでから、彼女はボソッと呟く。
彼女の言うことはあながち間違ってはいないかもしれない。
人の死に関わることを疫病神といって一言で纏めるのも不謹慎だが、担当した事件の有沙は遺体として見つかり、大好きなアイドルは浮気がスクープされ、好きな女装男子とやらは亡くなってしまったのだ。
「た、確かに疫病神かもです……。好きな芸能人のSNSのフォロー外しておこっ」
苦笑いして、彼はそう言う。
また、話している内に資料が全て纏め終わっているようだ。
我知らず、窓から外をみると昨日の天気とは正反対な青空から日差しが漏れていて、少し眩しかった。同時に美しく緑色をした葉が、ふわふわと舞って視界から外れていく。
──……恋をするには良い天気だよね。布団干しておけば良かったな。
洋平は光り輝く太陽にそっと手を翳して、心の中で呟くのだった。
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