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1章

31.花埋もれる美しき屍

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 遺体が発見された現場は有沙の家から遠く離れた国有地の山だった。
 市街地に囲まれているが、道の整備もしっかりしていなく、また、美味しい山菜がなっているなんてことすらもない為、人の出入りは年配の方を含め、かなり少ないらしい。

「……お疲れ様です」

 彼女達が現場付近へ立ち入ると、直ぐに関係者の人々が口々に呟く。
 普段の事件とは違い、被害者が少なからず関わりのある警部の娘だからか、雰囲気が何時もより一層重く感じられる。
 遺体を写真に収める為のシャッター音だけがその場で繰り返し、悲しく響いていた。

「う、あ、…有沙……」

 暫く歩いていると、微かに警部の泣き声が聞こえてきた。
 実は警部自身は家族や人々を守る為に警察になったらしい。にも関わらず、まさか自分の娘の事件について調べる事となるとは思わなかっただろう。

「此方が発見された、ご遺体です」

 先程写真を取っていた解剖師が俯きながらも、丁寧に遺体の所へ案内してくれる。
 朋美と洋平は遺体を見て思わず目を丸くした。

「……美しい」

 彼女は警部に聞こえないくらいの声量でボソリと呟く。そう言ってしまうのも仕方がない。
 遺体は崩れないように丁寧に土の中に埋められ、その周りには枯れた薊が敷き詰められていた。
 浸潤で空流が悪い地中に埋もれていたからか、かなり屍蝋化が進んでいる為、原型が綺麗に保たれている。

「首を縄のようなもので縛られた跡がありました。丁寧に埋められていることから知人、若しくは面識のある人に絞殺されたと見てよいでしょう」

 解剖師が出来るだけ分かりやすく説明する。
 枯れた薊の色、体温が低下した事による雪のように白い肌、髪色に映える美しい白のワンピース。
 加えて有沙の顔がかなり整っているからか、誰が見ても美しいと答えてしまうだろう。
 きっと埋められた当初は花々が枯れていない為、これ以上に美しかったのかもしれない。

「他殺……。それなのに死体の周りは丁寧に装飾されているわね。もう枯れてしまっているけれど」

 他殺──その他愛もなく口にされた言葉が彼の頭の中でぐるぐると駆け回る。

 先日降った大雨の影響で、泥濘んでいた土から、屍が顔を出したらしい。
 正確には薊の花がだけれど。
 それを偶々此処へ来た通行人に発見された。
 もし、道がきちんと整備されていて、この山に来る登山客が多ければ、発見が遅れることは無かったのであろう。

「人を殺す人の神経を疑うわ。私には理解できない。たとえ、殺意がなくても、ね……」

 彼女が悪意もなく発した台詞で、洋平の顔色が少しだけ変わった。
 もしかしたら、心当たりがあるのだろうか。
 一筋の冷や汗が頬を伝っていく。身体を震わせて如何にも動揺していると言わんばかりに早口で言葉を連ねる。

「で、でも犯人は絞られますよね。友人の紗代さんか、母親、ストーカー……。赤の他人が無差別に殺してここまでするなんてないでしょうから」

 さり気なく母親が彼の犯人候補に入っていて、父親である警部は入っていないのには、普段の行いの良し悪しが完全に分かってしまう。この違和感のない考えに関しては彼女も疑問を抱かなかった。

「まあ、そうでしょうね。ところで、顔色が悪いようだけど、何かあったの?」

 彼の心情を察することが出来なかったみたいである。挙句の果てに、空気を読まずに平然と触れられたくもない事について問い詰められ、辺りが葬式中のように気不味く静まり返る。

 彼の瞳は何故か段々と涙でいっぱいになり、最終的にその場から駆け足で逃げていってしまった。

「はぁ、全く……。何なのかしら?」

 大きな溜息と共に冷たく言葉を発する朋美。その声色には少しばかりだが、仕事を放棄したことに対する些細な怒りも見える。

 雨の影響で少し湿っていた薊が風で倒れ、ほんの少し心地の良い音を立てた。

「捜査中にすまない……」

 警部が泣き出したことを周囲に詫ている。
 けれども、誰しも優しい警部を追い詰めるなんて浅はか事はできない。大事な娘を失ったというのに平然としている方が異様だろう。

「あの、警部知ってますか? 薊の花言葉……」

 同じく有沙の捜索をしていた一人の刑事が警部に話しかける。
 こんな時に薊の花言葉の話なんて、と思うかもしれないが、警部は顔をポカンとさせながら「知らないな」と不思議そうに呟いた。
 どうやらその刑事は実家が花屋な為、花に詳しいらしい。

「……独立と報復ですよ」

 誰もが花言葉を聞き、顔を見合わせた。それはいつも周りに対応を合わせる事のない彼女までもが。

 一見、遺体付近に好きな花を並べただけに見える光景だが、もしかすれば意味があるかもしれない。
 多くの人は"報復"という言葉に注目する人が多いだろうが、警部は違った。

「独立、か……」 

 優しく寂しさの感じ取れる声で、ゆっくりと警部は発する。その喋り方は何処か落ち着いていて、まるで音色のようだった。
 警部には犯人を捕まえようという気力はなく、娘が自分のせいで死んでしまった……と思っているのかもしれない。

 その頃、現場から逃げ出してしまった洋平は只、独りぼっちで泣いていた。
 有沙の死を自分のせいだと言わんばかりに──。
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