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1章
30.一本の虹
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「なるほど。有沙さんはその田中紗代さんの家へ行く、と言って家に出たんですね?」
有沙が行方不明になって既に数カ月。
ようやく、事情聴取で小さな進展が見られようとしていた。
因みに場所は有沙の実家で、たった今、母親へ事情聴取擬きなような事を行っていたところなのだ。
母親の話によると元々、家出癖の多い娘だったらしく、今回同様たった数カ月の間家を出ていて連絡が取れなかったくらいなら気にも止めなかったそう。
「ええ、でも大袈裟じゃないですか? きっと、直ぐに連絡は取れると思いますし……。そもそも有沙なんか帰ってきたところで──いえ、何でもありません」
途中まで意味深な愚痴のような言葉を溢して、言いま逃れようとした有沙の母親だったが、他人には人一倍厳しい朋美は容赦なく、その言葉を見逃さなかった。
確かに普通の家庭ならば、娘が数カ月も連絡をしなかったら慌てるであろう。
「有沙なんか帰ってきたところで……ってどういうことですか?」
彼女は上から目線で面倒くさそうに喋りながら、母親に問い掛けた。
勿論、そんなことを聞いたら母親の堪忍袋の緒がブチッと切れてしまうであろう。
ヒステリックを起こしたのか、大きな溜息と共に五月蝿いくらいに叫び出す。
逆ギレをした挙句に声を枯らして、目を充血させながら叫んでいる様子は醜いという言葉がお似合いだと感じる程。
「あ、あんたたちには関係ないでしょうっっ!? さっさと出てって頂戴っっ!!!!」
身体を思い切り押され、母親の元へ事情聴取をしに来ていた有沙と洋平は玄関から追い出されてしまった。
しかし、どういうことか、彼女は下を向きながら、あの母親に触られた肩をそっと撫でているのだ。
普段は怒っているのか不安になるほどにピリピリとした表情がどこか切なく悲しそうに感じられる。
一方で、彼は彼女が母親に強く押された事で肩を痛めてしまった、のだとでも思ったのだろうか。
「はぁ、余計なことに首突っ込むからそうなるんですよ……。痛かったんですか?」
と、少し上から目線で物憂そうに声を掛けた。
一つ物申すと彼女が問い質したのは言い方が悪かったというだけで、余計なことではないと思うのだが。
不幸なことに、しんしんとした冷たい雨が降っている中、外に押し出されたので、二人の身体や髪は乾ききれないくらいにびしょ濡れだ。
彼女は数秒の沈黙の後、はっとした顔で語り始める。まるで、今までの間意識が飛んでいたように。
「……私の母親も同じようにキレてて……昔はそうじゃなかったのだけれど、母親の弟が亡くなってからは、よくこうやって私を家から追い出してたなって思ったのよ」
何処か訳ありな家庭の雰囲気に、彼は気不味そうに口を噤んだ。
その瞬間、タイミングがよく、彼のスマホの音が二人の間の暗い雰囲気を覆すくらいに愉快な音を立てて鳴り響く。
心から安堵したような彼のその表情には、きっと助かった、という気持ちも含まれているのであろう。スマホを風のように早くポケットから取り出すと、直ぐ様電話に出た。
「あ、はい……そうです。──え? どういうことですか? えっと、分かりました。直ぐに向かいます」
かなり動揺している事が分かる彼の声から、話の内容はあまり良くないものだと分かる。
そして、ピッという通話を切る音だけが、その場に寂しく響いた。
電話で何かを報告された彼と、様子から電話の内容を察した彼女の顔色がみるみると色褪せていく。
しかし、目の前で動揺する様子を無邪気な後輩に見せる訳にもいかない。
出来るだけ動揺を隠して、取り敢えず彼に問い掛けた。
「……で、なんて連絡が来たのよ? どうせ警部からなんでしょ?」
彼女の言葉を聞いて彼は微かに震えた腕を自身の手のひらで優しく掴むと、下唇を一度だけぎゅっと噛んだ。
それから気不味そうに此方から目を逸らすと、彼はか細い声で発した。
「……有沙さんの遺体が山で見つかったそうです」
当然、これから報告される内容が良くないものだとはしっかりと覚悟していたが、まさか今行方を捜索中の有沙の遺体が見つかったという報告だとは思っていなかったのかもしれない。
彼女は持っていたビニール傘を勢いよく、濡れた床に落としてしまう。
「……え?」
彼女は酷い驚きからか、それとも残酷な現実が受け止めきれないという戸惑いからか、そんなちっぽけな言葉しか吐き捨てる事ができなかった。
只でさえ知り合いである警部の身内だったのだ。
いつも自慢げに警部に話されるので、有沙の顔や好み、性格等は会ったことが無くてもかなり詳しく知っている。
こんな事を言うのもなんだが、愛着が湧いていたのであろう。出来ることなら、自慢の娘さんの笑顔をもう一度見せる為にも、助けてあげたかった。
私情でしかない。そんなのは分かっている。
そう、分かっているのだが……。
二人の張り詰めた佇まいとは裏腹に、先程まで降っていたじめじめとした暗い雨は段々と止んでいく。
溜息を漏らす程に美しい爽やかな青空には、大きな一本の虹が凛として浮かんでいた。
有沙が行方不明になって既に数カ月。
ようやく、事情聴取で小さな進展が見られようとしていた。
因みに場所は有沙の実家で、たった今、母親へ事情聴取擬きなような事を行っていたところなのだ。
母親の話によると元々、家出癖の多い娘だったらしく、今回同様たった数カ月の間家を出ていて連絡が取れなかったくらいなら気にも止めなかったそう。
「ええ、でも大袈裟じゃないですか? きっと、直ぐに連絡は取れると思いますし……。そもそも有沙なんか帰ってきたところで──いえ、何でもありません」
途中まで意味深な愚痴のような言葉を溢して、言いま逃れようとした有沙の母親だったが、他人には人一倍厳しい朋美は容赦なく、その言葉を見逃さなかった。
確かに普通の家庭ならば、娘が数カ月も連絡をしなかったら慌てるであろう。
「有沙なんか帰ってきたところで……ってどういうことですか?」
彼女は上から目線で面倒くさそうに喋りながら、母親に問い掛けた。
勿論、そんなことを聞いたら母親の堪忍袋の緒がブチッと切れてしまうであろう。
ヒステリックを起こしたのか、大きな溜息と共に五月蝿いくらいに叫び出す。
逆ギレをした挙句に声を枯らして、目を充血させながら叫んでいる様子は醜いという言葉がお似合いだと感じる程。
「あ、あんたたちには関係ないでしょうっっ!? さっさと出てって頂戴っっ!!!!」
身体を思い切り押され、母親の元へ事情聴取をしに来ていた有沙と洋平は玄関から追い出されてしまった。
しかし、どういうことか、彼女は下を向きながら、あの母親に触られた肩をそっと撫でているのだ。
普段は怒っているのか不安になるほどにピリピリとした表情がどこか切なく悲しそうに感じられる。
一方で、彼は彼女が母親に強く押された事で肩を痛めてしまった、のだとでも思ったのだろうか。
「はぁ、余計なことに首突っ込むからそうなるんですよ……。痛かったんですか?」
と、少し上から目線で物憂そうに声を掛けた。
一つ物申すと彼女が問い質したのは言い方が悪かったというだけで、余計なことではないと思うのだが。
不幸なことに、しんしんとした冷たい雨が降っている中、外に押し出されたので、二人の身体や髪は乾ききれないくらいにびしょ濡れだ。
彼女は数秒の沈黙の後、はっとした顔で語り始める。まるで、今までの間意識が飛んでいたように。
「……私の母親も同じようにキレてて……昔はそうじゃなかったのだけれど、母親の弟が亡くなってからは、よくこうやって私を家から追い出してたなって思ったのよ」
何処か訳ありな家庭の雰囲気に、彼は気不味そうに口を噤んだ。
その瞬間、タイミングがよく、彼のスマホの音が二人の間の暗い雰囲気を覆すくらいに愉快な音を立てて鳴り響く。
心から安堵したような彼のその表情には、きっと助かった、という気持ちも含まれているのであろう。スマホを風のように早くポケットから取り出すと、直ぐ様電話に出た。
「あ、はい……そうです。──え? どういうことですか? えっと、分かりました。直ぐに向かいます」
かなり動揺している事が分かる彼の声から、話の内容はあまり良くないものだと分かる。
そして、ピッという通話を切る音だけが、その場に寂しく響いた。
電話で何かを報告された彼と、様子から電話の内容を察した彼女の顔色がみるみると色褪せていく。
しかし、目の前で動揺する様子を無邪気な後輩に見せる訳にもいかない。
出来るだけ動揺を隠して、取り敢えず彼に問い掛けた。
「……で、なんて連絡が来たのよ? どうせ警部からなんでしょ?」
彼女の言葉を聞いて彼は微かに震えた腕を自身の手のひらで優しく掴むと、下唇を一度だけぎゅっと噛んだ。
それから気不味そうに此方から目を逸らすと、彼はか細い声で発した。
「……有沙さんの遺体が山で見つかったそうです」
当然、これから報告される内容が良くないものだとはしっかりと覚悟していたが、まさか今行方を捜索中の有沙の遺体が見つかったという報告だとは思っていなかったのかもしれない。
彼女は持っていたビニール傘を勢いよく、濡れた床に落としてしまう。
「……え?」
彼女は酷い驚きからか、それとも残酷な現実が受け止めきれないという戸惑いからか、そんなちっぽけな言葉しか吐き捨てる事ができなかった。
只でさえ知り合いである警部の身内だったのだ。
いつも自慢げに警部に話されるので、有沙の顔や好み、性格等は会ったことが無くてもかなり詳しく知っている。
こんな事を言うのもなんだが、愛着が湧いていたのであろう。出来ることなら、自慢の娘さんの笑顔をもう一度見せる為にも、助けてあげたかった。
私情でしかない。そんなのは分かっている。
そう、分かっているのだが……。
二人の張り詰めた佇まいとは裏腹に、先程まで降っていたじめじめとした暗い雨は段々と止んでいく。
溜息を漏らす程に美しい爽やかな青空には、大きな一本の虹が凛として浮かんでいた。
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