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1章
4.悪魔の囁き 紗代編①
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「おはようございます。七瀬先生」
「田中先生……! おはようございます」
朝早い時間の職員室。
朝練指導後の汗臭い教師の臭いと、プリントをコピーするインクの臭いがきつく混じっていて少し憂鬱な気分になる。室内は換気をしているので多少匂いは和らぐのだが、鼻が良い人にはやはり気になってしまうであろう。
そんな中、彼等は元気よく挨拶を交えた。
彼女の名前は田中紗代今年この学校にやってきた新任教師だ。
黒髪の真っ直ぐと伸びた髪がエアコンの風で左右に揺れている。トリートメントの香りだろうか。職員室のむせ返る程の強烈な臭いをかき消すような花の香りに、近くの教頭が鼻の下を伸ばしている。
そして、その言葉に挨拶を返しているのが、この学校に勤務して四年経つ、七瀬理久。
教員にするには勿体無いくらいの整った顔立ちに、爽やかな笑顔。傍から見ればとても男子高校生を誘拐している変態とは思えないだろう。
爽やかで優しい教師という覆面を被った理久にまんまと騙され、彼女は密か想いを寄せていた。
──七瀬先生ったらイケメンで誰にでも優しくて、生徒からも人気だけど、彼女はいないと言っていたし、私にもチャンスあるよね。
職場結婚が只でさえ少ない教師という仕事に就いているのにも関わらず、心の中でそう呟く。
まあ、確かに紗代はとてもという程ではないが顔は美人の部類に入るだろう。教頭のように少し気を遣えばまんまと落ちてしまう人もいる。
「七瀬先生、今日良かったらご飯に行きませんか? 相談したい事もあるので……」
ニコリと可憐な笑顔で微笑んで彼にそう提案をした。勿論、相談は建て前に過ぎない。ご飯を二人きりで食べに行き、距離を縮めるのがメインだ。
「いいですよ。でも、今月金欠で……ラーメンとかでもいいですかね?」
そして、理久が言う金欠というのも嘘だ。
時間の掛かる焼肉より早く食べきれるラーメンをわざと選び、さっさと解散して愛斗の所へ帰りたいからだ。そんな事にも気付かず、彼女は内心大喜びしていた。
二人の様子を見ていた教頭はありもしない悩みを心配して来週食事に誘おう、と心に決めるのだった。
***
「大変ですよ。あの子、根は真面目何ですけど問題行動が多くて……」
ラーメンを食べ切って既に一時間は経っている。今回は紗代に一本取られたようだ。これ以上長引くと、愛斗不足で精神的に暴れてしまうと判断した彼は彼女にバレないように偽の用事でも作って帰ることに決めた。
「あの、これから実家に帰らないと行けないので帰りますね。昨夜、母が倒れて……」
周りは酔っ払ったサラリーマンしかいない程に遅い時間に実家に帰ろうとするのは、まずありえない。それよりも、理久の頭の中は本当に愛斗の事しか考えられないくらいに沢山だったのだ。
「まあ、大変。私もそろそろ……ってもう終電過ぎてるじゃないですか!?」
何だか嫌な予感が理久の頭に過ぎった。
もし、家に行きたい等と言われてしまったら如何すれば、と。残念ながら、こういう事に限って嫌な予想というものは当たってしまうのであろう。
不幸な事にその予感は完璧に的中した。
「七瀬先生の家って近所ですよね……? 良かったら、泊めてもらえませんか」
彼女は困ったような演技をして、甲高い声をさせながら問い掛けている。
そう、家には監禁している愛斗がいるのだ。
ルームシェアしている友達だと言っても、不自然なレベルにやせ細っているのを見れば怪しむに決まっている。
「すみません……同居人が居ますし、今夜はそのままタクシーで実家に向かうので案内できません。タクシー代なら貸せますよ」
彼の言葉により紗代の思考は一瞬で停止した。いい年したイケメンの大人が、誰かとルームシェアをしているのだ。
もしかしたら、ルームメイトは女性かもしれない。変な汗が一滴だけゆっくりと頬に流れる。
「その相手ってもしかして恋人ですか…?」
質問された彼はまるで営業スマイルのような表情で優しく微笑む。
そして、彼女が言葉を遮る間もなく直ぐに口を開く。同時に心臓の鼓動が段々と激しくなる。
「違いますよ、僕の片想いです」
彼女の気分が急落下するのを肌で感じた。
けれども無自覚で自分の事だけは鈍感な理久は、
──僕、なんか変なこと言ったかな……。
と考えている。
軽く会話して店を出た後、理久は急いで家へ向かう。一刻でも早く愛斗に逢いたくてたまらなかったのだ。
走っていくのを見た彼女はこう思った。
──あの方向って七瀬先生の家よね? 彼が嘘をつくレベルに会いたい次元の美人ってこと?
唾をごくりと飲み込むと、少しでもいいから顔を見てみたい、と思ってしまった。
当然、後を追うのはストーカー行為だ。頭の中で良心と好奇心が必死に戦う。恐ろしい悪魔の囁きと良心を忘れさせまいと必死な天使の囁きが交互に聞こえてくる。
もし、この時に後を追うのを辞めていれば"あんなこと"は起こらなかったかもしれない。
「ちょっとくらい良いよね……?」
ところが良心より好奇心が勝ってしまい、彼女の足は理久の後を追っていくのだった。
「田中先生……! おはようございます」
朝早い時間の職員室。
朝練指導後の汗臭い教師の臭いと、プリントをコピーするインクの臭いがきつく混じっていて少し憂鬱な気分になる。室内は換気をしているので多少匂いは和らぐのだが、鼻が良い人にはやはり気になってしまうであろう。
そんな中、彼等は元気よく挨拶を交えた。
彼女の名前は田中紗代今年この学校にやってきた新任教師だ。
黒髪の真っ直ぐと伸びた髪がエアコンの風で左右に揺れている。トリートメントの香りだろうか。職員室のむせ返る程の強烈な臭いをかき消すような花の香りに、近くの教頭が鼻の下を伸ばしている。
そして、その言葉に挨拶を返しているのが、この学校に勤務して四年経つ、七瀬理久。
教員にするには勿体無いくらいの整った顔立ちに、爽やかな笑顔。傍から見ればとても男子高校生を誘拐している変態とは思えないだろう。
爽やかで優しい教師という覆面を被った理久にまんまと騙され、彼女は密か想いを寄せていた。
──七瀬先生ったらイケメンで誰にでも優しくて、生徒からも人気だけど、彼女はいないと言っていたし、私にもチャンスあるよね。
職場結婚が只でさえ少ない教師という仕事に就いているのにも関わらず、心の中でそう呟く。
まあ、確かに紗代はとてもという程ではないが顔は美人の部類に入るだろう。教頭のように少し気を遣えばまんまと落ちてしまう人もいる。
「七瀬先生、今日良かったらご飯に行きませんか? 相談したい事もあるので……」
ニコリと可憐な笑顔で微笑んで彼にそう提案をした。勿論、相談は建て前に過ぎない。ご飯を二人きりで食べに行き、距離を縮めるのがメインだ。
「いいですよ。でも、今月金欠で……ラーメンとかでもいいですかね?」
そして、理久が言う金欠というのも嘘だ。
時間の掛かる焼肉より早く食べきれるラーメンをわざと選び、さっさと解散して愛斗の所へ帰りたいからだ。そんな事にも気付かず、彼女は内心大喜びしていた。
二人の様子を見ていた教頭はありもしない悩みを心配して来週食事に誘おう、と心に決めるのだった。
***
「大変ですよ。あの子、根は真面目何ですけど問題行動が多くて……」
ラーメンを食べ切って既に一時間は経っている。今回は紗代に一本取られたようだ。これ以上長引くと、愛斗不足で精神的に暴れてしまうと判断した彼は彼女にバレないように偽の用事でも作って帰ることに決めた。
「あの、これから実家に帰らないと行けないので帰りますね。昨夜、母が倒れて……」
周りは酔っ払ったサラリーマンしかいない程に遅い時間に実家に帰ろうとするのは、まずありえない。それよりも、理久の頭の中は本当に愛斗の事しか考えられないくらいに沢山だったのだ。
「まあ、大変。私もそろそろ……ってもう終電過ぎてるじゃないですか!?」
何だか嫌な予感が理久の頭に過ぎった。
もし、家に行きたい等と言われてしまったら如何すれば、と。残念ながら、こういう事に限って嫌な予想というものは当たってしまうのであろう。
不幸な事にその予感は完璧に的中した。
「七瀬先生の家って近所ですよね……? 良かったら、泊めてもらえませんか」
彼女は困ったような演技をして、甲高い声をさせながら問い掛けている。
そう、家には監禁している愛斗がいるのだ。
ルームシェアしている友達だと言っても、不自然なレベルにやせ細っているのを見れば怪しむに決まっている。
「すみません……同居人が居ますし、今夜はそのままタクシーで実家に向かうので案内できません。タクシー代なら貸せますよ」
彼の言葉により紗代の思考は一瞬で停止した。いい年したイケメンの大人が、誰かとルームシェアをしているのだ。
もしかしたら、ルームメイトは女性かもしれない。変な汗が一滴だけゆっくりと頬に流れる。
「その相手ってもしかして恋人ですか…?」
質問された彼はまるで営業スマイルのような表情で優しく微笑む。
そして、彼女が言葉を遮る間もなく直ぐに口を開く。同時に心臓の鼓動が段々と激しくなる。
「違いますよ、僕の片想いです」
彼女の気分が急落下するのを肌で感じた。
けれども無自覚で自分の事だけは鈍感な理久は、
──僕、なんか変なこと言ったかな……。
と考えている。
軽く会話して店を出た後、理久は急いで家へ向かう。一刻でも早く愛斗に逢いたくてたまらなかったのだ。
走っていくのを見た彼女はこう思った。
──あの方向って七瀬先生の家よね? 彼が嘘をつくレベルに会いたい次元の美人ってこと?
唾をごくりと飲み込むと、少しでもいいから顔を見てみたい、と思ってしまった。
当然、後を追うのはストーカー行為だ。頭の中で良心と好奇心が必死に戦う。恐ろしい悪魔の囁きと良心を忘れさせまいと必死な天使の囁きが交互に聞こえてくる。
もし、この時に後を追うのを辞めていれば"あんなこと"は起こらなかったかもしれない。
「ちょっとくらい良いよね……?」
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