厄災の街 神戸

Ryu-zu

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第四章 天使と悪魔

逃亡者、天使の家へ

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時は少し戻る。



多くのゴブリンに抱えられ、部屋から連れ去られた男と女2人。
全く抵抗もしないで連れて行かれた。
妻や娘には普段から偉そうなことを言っているのに、こんな時は本当に頼りにならない。
娘は顔色が真っ青だ。妻も今にも死にそうな顔をしている。
「紗衣、彩花、大丈夫や、すぐに助けが来る」

 ウギャギャ
静かにしろと、横からゴブリンに突かれ蹴られる。

女は二人共どこかの部屋に連れて行かれ、男はまた違う部屋に放り込まれた。

部屋の中にはその男以外にも何人かの男が居た。

「こんにちわ」
男は何も考えずそこに居る男たちに挨拶をしたが、誰からも返事はない。

「あのーどこに座れば?」
誰からも返事はない。

だが、他の男の心の中は皆同じだろう。
 (知らんがな!)
ゴブリンに攫われて、これからどうなるのは分からない状態で、この男は何を呑気に挨拶なんてしとるんや。

部屋の中をウロウロし、のどが渇いたのでその家の冷蔵庫を開ける。
もちろん何も入っていない。

その様子を見て、他の男たちは苛立ちを隠せない。
こいつは普段から空気の読めない奴なんだろう。



この男は自分の非を絶対に認めないタイプの男だ。
そして都合の悪い事は、すべて人のせいにする。

両親は在日中国人。
だが、中国語は話せないし中国語を読むことも出来ない。
母国語の読み書きも出来ないのになぜ中国人を語るのか。
自分はそうなりたくないと、小さな頃から思っていた。
日本で生まれ、日本で育ち、日本の文化しか知らず、日本語しか話せないのに、自分を中国人だと言うのは何かがおかしい。

20歳を過ぎて、自立するために家を出て一人暮らしを始める。
その際に日本に帰化して参政権を得た。
両親を見下し、自分からは連絡する事はまったく無い。



俺の名前は雲国 才楊くもくに さいようだ。くもくにだ。
俺の選択に間違いはない。

会社も何社も何社も就職活動したが、今の会社が一番ましだった。
内定通知を送ってきたのもここだけだったし、良くわかってる会社だ。
そして入社30年、今では課長だ。

同期の奴には部長職や取締まり役に付いてる奴も居るが、まともな事をしていないだろう。
コネや裏金を使って出世したのは間違いない。

部下は皆使えない奴ばかりだ。
失敗するたびに、俺が言ったとおりにやったとか嘘をつく。
俺が言ったとおりにやれば何事も上手くいく。
上手くいったのを上に報告したら、手柄の横取りだとかぬかしやがる。
女性の部下は、ちょっとコミュニケーションを取っただけでセクハラだとか騒ぐ。
胸や尻なんて脂肪の固まりだ。揉むくらいなんでも無いだろうに。

ほんと、この世はどうしようもない奴ばかりだ。

今回の化け物に捕まったのも、このマンションの住人のせいだ。
ちゃんと避難場所まで連れても行かないで、自分たちだけで避難しやがった。
そのせいで俺の家族がピンチに陥ったじゃないか。

そりゃ確かに、最初はすぐに警察か自衛隊が救助に来るから避難の必要は無いと思ったよ。
それでももっと真剣に俺を説得しなかったあいつらが悪い。

はぁ、世の中クズばっかりだな。




  グギャ

 グギャギャギャ

またゴブリンが部屋の中に入ってきた。
知らぬ顔をして背中を向ける。

 グギャ
後ろから両腕をゴブリンに捕まれて、また連れていかれる。


2階のその部屋に入ると、そこには武器を持ったゴブリンが居た。
青い髪の筋肉質で大柄なゴブリン?亜人?が「タタカえ」と命令してきた。
人語が喋れる奴がいるんだな。

向こうは小刀、こっちは金属バットだ。
ゴブリンは2匹、こっちも2人。
勝負はあっけなく人間側の勝ちだった。

それなのに、なぜこんなに苦しいのだ?
全身が引きちぎられる様な痛みに耐えがたい苦痛。

何分経っただろう。

ハァハァハァ

ウゲェェェェ

何か黒い肉の塊みたいなものが口から出てくる。

ハァハァハァ

もう一人の男もそばで苦しんでいた。
だが、その男はいつの間にか若い男に入れ替わっていた。
俺が苦しんでる間に入れ替わったんだな。

またゴブリンに腕を掴まれ違う部屋に連れて行かれる。
今度は若い男ばかりの部屋だ。

洗面所に行き、顔を洗う。
鏡を見て驚愕した、若いころの自分の顔がある。
ちょっと理解に困る。


翌日の朝、また怪物が部屋に入ってきた。
俺ともう一人、そいつと二人で連れて行かれる。
なぜか身体が軽い、とても調子がいい。


部屋に入ると、また昨日の青髪の怪物が居た。

 「タタかエ」
今度は若い男と戦わされる。

バットを持たされ、叩き合いを強要される。

ドガッバキッ
俺の先制攻撃で、一度も相手にバットを振らせることも無く倒せた。
相手は戦いと言う物を知らないのだろう。
俺の顔を見つめて、ただ立っているだけだった。
楽勝だ。

まだ生きてるが、もう俺の勝ちだからいいだろう。
だが、怪物は許してくれなかった。
トドメを刺すまでやらされた。
まぁバットを振り下ろすだけなので大した問題ではない。

そしてまた部屋に連れて行かれると、今度は知らない若い男が一人しかいなかった。
部屋に入るなりその男が聞いて来る。

 「おい、あんたレベルはいくつや?」
「はぁ?レベル?」
この男は何を言ってるんだろうか?

 「明日は俺ら二人が戦う事になるやろう」
こいつはもう明日の段取りを聞いているんだな。
俺には通達は無かったが、二人のうち一人に言えば良いと言う事か。

こいつと戦うなら今のうちに少しでも弱らせておきたい。
毒でも盛りたいところだ。

夜になると、不思議な事に真っ暗なのに周りが良くわかる。
色の無い世界だが、動物はこんな風に見えてるんだろう。

武器を探すが、家の中にはそんな物は何も無い。
ベランダに出ると、エアコンの室外機を置いてる下にコンクリートのブロックがあった。
これでいける。

ブロックを外して手に持って部屋に戻る。
ソファーに寝ころんでいる若い男の顔面にブロックを叩きつける。
  うぎゃっ!

間髪入れずに何度も何度も叩きつける。
 「な、なんで・・・」
 
小さい声を発して男は動かなくなった。
何か頭の中でヒュンヒュン言うが、こんな状況じゃ耳鳴りがしても仕方ない。

ベランダに出れるなら外に逃げれるんじゃないのか?
そう思い、ベッドに掛けられてる白いシーツを捲った。

犬歯で切れ目を付けて左右に引き裂き幅広のひも状にする。
所々に結び目を作ると良いのは、昔テレビで見た記憶がある。

ベランダの手すりに結び付けると簡易の脱出用の梯子になる。
やはり俺の考えは素晴らしい。

シーツのひもを9本作った。
シーツが2mくらいなので、15mはあるはずだ。
マンションなら5階分だから、まず下まで降りれる計算だ。
まあ俺の計算に間違いはない。

紐を一回下まで降ろすと、ギリギリ届いているようだ。
もう一度引っ張り上げて、時間を潰す。

今この時間はまだゴブリン達もウロウロしているし、宴会でもしているのか騒がしい。
寝静まるのを待とう。


下の方が静かになって1時間ほど経った。

 シーツの紐を伝って下に降りる。
2フロアー降りたところのベランダ外から部屋の中を見ると人が居る。

よくよく見ると妻が居る。

ベランダに降り立ち、掃き出しの窓を開ける。
鍵も掛かってなくて、すんなりと開いた。
鍵が掛かってないなら逃げれば良いのに。
凡人にはそんな発想すら思い浮かばないのだろう。

「おい、紗衣」
 「あっあなた? どうやってここに?」
「あぁお前たちを助けるために探していたんだ」

自分一人で逃げるつもりなどあろうはずがない。
ここで家族が見つからなくても、後で探しに来るつもりだった。うん。

部屋の中を見渡すと、陰気で項垂うなだれてる女性が多数いる。
そして何故かみんな下半身が裸だ。
あぁみんな恐怖でお漏らしをしたから下半身は脱いでるんだな。
間違いない。

「紗衣、おまえも漏らしたのか」
 「???」
すぐ横で目を閉じてピクリとも動かない娘の彩花が居た。
「彩花は大丈夫なのか?」

娘もお漏らししたんだろう、やはり下半身は裸だ。

「とにかく逃げるぞ」
 「あ、はい」
娘はまだ動かない。
「彩花、起きろ」
こいつは普段からよく寝る子だから、と才楊は思い込む。

 「どこに逃げてどう生きるんよ」
 「モンスターにこんな事されて生きてけるはずないやん」

こんな事?お漏らし位、そんなに重要じゃない。
「いいから起きろ、中学までいくぞ」

中学校に、自分たちだけ避難した奴に文句を言いたい。
 
 「でもお父さん、私たち裸だから」
「そんなもん自業自得やろ、どっかで借りたらいい」
 「はぁ?自業自得?だいたいここに残るって言い張ったんはお父おとんやろ!」
 「うちもお母さんもみんなと一緒に行こうって言ったやん!!」
娘が凄い剣幕で怒り出す。

 「そうですよ、お父さん。私はもうこんな歳だからいいけど、彩花はまだ嫁入り前なんだし」
 「こんな歳の私でも凄いショックでふさぎ込むって言うのに」
こんな歳と言っても、まだ40歳。女盛りだろうに。
それより、今まで俺に文句など言った事の無い嫁が、こんなに突っかかってくるのは珍しい。

確かに、嫁も俺もこの歳になるとクシャミしただけで漏らす事もある。
やっぱり女だから、人前で漏らす事は恥なのかも知れない。

「そんなことは後でいい。とにかくここから逃げるぞ」
だんだんと声が大きくなってきた嫁と娘を急かす。

ベランダに出てシーツの梯子を掴む。
まずは自分が先に降りて下でシーツを固定し降りやすくすると告げる。
そのままだと、ユラユラして降りにくい。

なにか、若返ったのは顔だけじゃなかったし、腕力も学生時代のようで、スルスルと降りれる。
地面に着き、シーツの梯子を1階の手すりに強く結びつける。

下を見ているのでOKサインを出しているが、反応なく一向に降りてくる気配はない。
声を出すのは少し躊躇する。
もしも化け物達に聞こえたらアウトだ。

もう一度登り、ベランダで嫁の紗衣の手を引く。

紗衣に続いて、娘の彩花もシーツを伝って降りて来る。
先に下に着き、紗衣を抱きしめ降ろす。

上を見ると、娘の裸の下半身がうごめく。
ヘアーは薄めだな。
いやいや、俺はまともな男だ。
まともな男だから、若い女性の下半身に反応するんだ。
いやいや、それは違う。

馬鹿な男が葛藤する。

娘がそこまで降りて来たので、抱えて降ろすとまだ上から降りて来る裸のお尻がある。
厄災から数日も経っているのにアンダーヘアーも綺麗に手入れされている。
きっと永久脱毛とかしているんだろう。
筋がハッキリと見える。

紗衣にもこれくらいの器量があればもう一人くらい子供が居たかもなのに。
そんな事を考えながら、しばし眺めていたが我に返り尋ねる。
「だ、誰だい?」
 「すみません、私も一緒に逃げさせてください」

家族以外に厄介な奴が参加してきたと才楊は思う。

「あぁ自分の事は自分でやってくれ」

手探りで歩く女性陣に聞く。
「みんなは何も見えないのか?」
 「こんな真っ暗ですから見えないですよ」

そうかーと顔が綻んだ。
急遽参加してきた女性の裸のお尻を眺めて喜ぶエロ親父。

そんな事をしている場合じゃないと我に返り、マンション群の外に出る事にした。
芦屋や西宮、大阪方面からの灯りで、ここよりはまだ足元が見えるだろう。

振り返りその女性をマジマジと見ると、その顔は見た事がある。
「同じ階の貴橋さんの奥さんですよね?」
 「あ、はいそうですが、声でわかりましたか?」
真っ暗闇で、顔で判断出来る訳は無い。喋ったことも無いけど。

同じ階の30歳前後の若奥様で何度か見かけた事はある。
表札も何度も見た。
かなり綺麗な女性だ。
ついついまた目線が下がるが、今は逃げる事が先だ。

足元が見えるまでは俺が紗衣の手を引く。
紗衣は彩花の手を引く。
余った手は、貴橋さんの奥さんの手を握る。

少しドキドキする。

マンションのフェンスを乗り越えなければならない。
俺はすぐに乗り越えられたが、女性はなかなか時間が掛かる。

フェンスの外側から紗衣を抱き上げこちらに降ろす。
そして、娘の彩花。
最後に貴橋さんの奥さんを抱き上げる。
お風呂に入れてないんだろう、少し体臭がするが、何か股間を刺激する匂いだ。
持ち上げるのにお尻や太ももに手をやらなければならない。
紗衣は何度も触ったお尻だが、娘も貴崎さんの奥さんも、柔らかいのに張りがある。

外の道路まで出たかったが、区画外には石垣とフェンスで隔離されていた。
小森のようなところを抜けてフェンスを乗り越え石垣を降りれば道路まで行けるが、危険だ。

左右を木々に囲まれた遊歩道を走る。
3人とも手を引かれてる状態だから、それほど早くは走れない。

 「あ。足がちょっと痛い」
下半身は裸なんだから、もちろん靴など履いていない。 

「少し我慢して走ろう。あいつらにまた捕まりたくなければな」


小道をとっとと走っているとマンション群を抜けて住宅街に出た。
ここまでくれば安心だろう。

少し行くとうっすら明かりが灯ってる家が1件だけある。
「あそこに助けを求めよう」
下半身裸の女性3人を引き連れて、才楊さいようは走り出す。

家の前に着くと玄関に回り込む。
女性3人は安堵の顔色を見せた。

 ドンドンドンドン


「すいませーん、要救助者ですー」

自分で自分達の事を要救助者なんて言うんだ とお尻丸出しの貴崎さんの奥さんは思った。

 ドンドンドンドン

「は~い」
家の中から女性の声がした。




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