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第四章 天使と悪魔
天使が見た厄災の正体
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教室に戻るとザワザワと騒がしい。
それもそうだろう、老人が皆若返って恰幅も良くなりそしてハツラツとしている。
誰?って思ってしまうだろう。
教室に小学生の少年少女は3人いた。
小学4年の女の子2人と5年生の男の子。
中学生が2人、どちらも女性だ。
高校生は4人いる。
男女半々だが、お互いにそれほどの知り合いじゃないらしい。
後は20代の青年たちが3人。
30歳~42歳の中年と言われる人たちが3人。
40代~60代の高年、初老の人達が5人。
そして老人'Sが7人と戸弩力を足して
合計28人の戸弩力ファミリーである。
どんな繋がりか気になっていたが、全員近くの病院の入院患者だった人の集まりだ。
そして、戸弩力雅史は病院の内科の若手医師だった。
病院に居た方が良かったのでは?と思うが、まず食料が無い。
その日の朝に居た職員しか世話係が居ない。早朝だったから医者も少ない。
そして、ゴブリンが侵入して来た時に患者も従事者も守れなかったからが一番大きな理由だろう。
なんとなく教室が暗く感じたのは、皆何かしらの病気を持ってここに居たからだろう。
元々ここに避難してきたのは35人と戸弩力入れて36人が居たと言う。
点滴も消毒もないここで、病気の悪化で亡くなった人も・・・ 居たらしい。
そして、今も余命宣告をされた子が2人。このままだと命を紡ぎ続けるのは無理な人が12人も居る。
残りの人も病状が少しでも悪化すれば即、死につながる人ばかりだ。
ここ、3階の他の教室には誰も居ないのが不思議だったが、体の良い隔離じゃないのかと勘ぐってしまう。
加奈子は提案する。
このまま死を待つか、レベルを付けてこの世界に立ち向かうか。
「今日はもう外が暗くなってきたから、明日の朝から希望者はレベルを付けていきましょう」
「本当におじいちゃんたちみたいに元気になれるの」
少女の問いかけに雅史が答える。
「見たとおりだよ。みんな若返ってるやろ?」
「偽物ちゃうで~緑ちゃん。徳爺だぞー」
「徳爺はそんなに男前ちゃうわ!」
「あはははは、そりゃ嬉しい言葉やな♪」
「ほんまに徳爺なん?」
「ほんまやで」
「んじゃうちの秘密知っとうか?」
徳太郎はその緑と言う少女の耳元で何かを囁く。
「はぁ~ ほんまに徳爺やん」
「そんなイケメンやったら結婚したってもえぇで」
「そやな~嬉しいな。でも緑ちゃんが20歳になったらやな」
「・・・」
「うち、そんなに長生きでけへんし・・・」
この少女は余命宣告をされている。
10歳までは生きられないだろうと言われてもう7年、そして今10歳になっている。
本人に生きたいと言う気持ちが無ければもうこの世に居なかったかも知れない。
一度も学校と言う場所に行ったことが無いこの少女は、今が初めての学校生活である。
「今、調子の悪い人は居ませんか?」
加奈子は皆に問いかける。
「調子の良い奴なんざここにおるんか!」
「おーい、そんなに突っかからんでも」
「天使様かなんか知らんけど、人の命をどうこう出来る訳ないやろが」
「何様のつもりか知らんけどのー。偽善者様か?詐欺師様かぁ?」
「あぁ天使様かw」
「そーんな簡単に病気が治るんやったら、入院する奴なんざ おらんやろ」
「わしらぁ神さんに見捨てられたんじゃ」
「な~にが天使様じゃ、ふざけんな!」
その男は矢継ぎ早に加奈子を罵倒する言葉を吐き出す。
「じゃぁ死ねばいいよ」
「はぁ?」
「私はあなたなんか知り合いでも何でもないし、死にたいなら死んだらいいよ」
「それが天使様のゆぅ言葉か?あぁ?」
「関係ないよ。私が誰だろうと、あなたが死にたいなら止めないよって言ってるの」
加奈子のキツめの攻撃に雅史もみんなもどうすれば良いのか思いつかない。
「実際に、今ここでみんなの病気を治すことは出来るよ」
「でもそれじゃ今を生きられるだけで、この先この世界で生きて行けるかわからないからね」
「進化したら確実に病気も治るし健康でこの厄災と戦える身体も手に入る」
「でもそれは人間を辞める事だから挙手制にしてるんじゃない」
「人間のまま死にたいって人も居るだろうからね」
みんな何も言わず加奈子の次の言葉を待っている。
すでに進化している人は加奈子の言ってる事を理解できる。
自分の病気も治り、若い肉体も手に入り、あとは自分が強くなるだけだ。
だが、人間を辞めたと言うのもやっぱり理解している。
今までの普通の人間では出来ない事を、今は普通にやっている。
それが良いのか悪いのかわからない。
最初はとても嬉しかった。
自由に動ける事もスキルを覚えた事も超人になったような感覚も、すべてが真新しく新鮮だった。
だが、それで死んでいった仲間も見た。
自分も怪我を負った。
だから人に進化をお勧めする事はしない。
「だいいち、レベルが付いて健康になって若返った人がすぐそばに12人も居るのに、あなたは一体何を見てるの? 一体何を理解してるの? 何もわかってないじゃない」
「世の中、そんなうまい話がある訳ないやろが!」
「どうせ何かしらのトリックがあるに決まっとろうがー!」
「ふんっ おバカさんにもほどがあるよ」
「じゃぁこの男性以外は全員レベル付けするって事でいいよね?」
「すみません、私はいいです」
高校生くらいの女性が小さく手を上げる。
「明日桜ちゃん、どうして?」
「ん~何のために生きれば良いかわかんないし」
「でも、君ももうあまり時間は無いんだよ」
「もうどっちでも良いよー、生まれてきたのが間違いだったんよ」
「そんな言い方するな!」
「そうやで、明日桜ちゃん、とりあえず70年ほど生きてみ」
「嫌な事もいっぱいあるけど、良い事もその何倍もあるよ」
「ん~」
「まぁお二人とも、本人が生きたくないと言ってるのを無理やりってのはちょっと違うでしょう」
「病気だけを治すことも出来ますし、もう少し考えて貰ってからで良いんじゃないかな」
絡んできた40代の男だけを除いて、みんなに明日の事を話す。
みんながみんな半信半疑だが、目の前に元老人だった人が居るんだから。
でもそれを言っても、いまいち実感が無い様だ。
仲間外れの様になったその男は、プイっと教室から出て行った。
小学生組と中学生の子達が話を聞きに再度来る。
「本当に治るの?治ったら走ったりしてもいいの?」
緑と言う子が聞いて来る。
こんな小さな子がずっとずっと人としての生活を、普通の人が出来る事を我慢してきたんだと思うと目の奥がジンっとしてくる。
「走れるし、飛べるし、もしかしたらお空も飛べるようになるかもね」
「うっそ~。人間が空なんて飛べないよ~」
「そう?飛べるよ?」
「無理無理~絶対むり~」
「じゃぁ見ててね、緑ちゃん」
加奈子はまだお披露目するつもりは無かったスキルを使う事にした。
スキルの内容や使い方は、生まれたときから知ってるように頭の中に流れ込んできている。
窓まで行き、外に飛び出す。
「えぇぇぇぇぇぇぇ???」
「天使の翼!」
加奈子の身体をスッポリと包み込んでもまだ余るくらいの大きな2枚の白い翼が飛び出てくる。
初めて使うから少し制御に戸惑うが、落下する事も無く飛び回れる。
窓のところまで戻り、手を差し出し少女を呼ぶ。
「すっご~いすご~い」
「おいで、緑ちゃん」
「すっご~い」
興奮する少女を抱きかかえ、軽く飛び上がる。
「うっわ~飛んでるよ~」
「「「「「「「「ほ、本物の天使様じゃったー」」」」」」」」
実際に鳥のようにこの翼だけで飛んでる訳じゃないんだろうけど、この演出は見てる人たちに多大な影響を与えるだろう。
この翼に炎を乗せる事も出来るが、火の耐性が無い少女を抱いてるので今は使えない。
教室に戻るとみんなが集まって来て、色々と質問攻めにあう。
慕って来る人には優しく対応できる。
でも、先ほどの男のように絡んでくる奴には1ミリも優しさなど掛けるつもりは無い。
だって、人間だもん。
心だけは。
食事の配給が回ってきたが、もちろん加奈子の分は無い。
お昼も食べずに色々とやってたので、リュックから崩れたサンドイッチと生ぬるいオレンジジュースを出して、昼夜兼用の食事を始める。
食事も終わり、雑談も終わり、もう就寝する人も居る。
「それじゃー徳さん、雅史さん、行きましょうか」
階段に回るのが面倒だから、窓から飛び降りる。
徳さんはまだ少しビビっている。
「ねぇ雅史さん」
「はい、なんなりと」
「これからスキルやステータスをどうするか考えてる?」
「弓職って矢の確保がなかなかしんどいんじゃないの?」
「そうなんです。いちいち使った矢は回収したりしてるんです」
「ここは森や林が無いから素材の収集が出来ないし」
「無限に打てる矢ってあるでしょ」
「そんな夢のような物、無いですよー」
「マジックボウにマジックアロー」
「あっ、でも存在は知ってますが入手の方法がわかりません」
「簡単でしょ クスクスッ」
「今から練習しましょ。消耗品が無くなったら思いっきり惜しみなく使えるよ」
「僕に出来ますかねー」
「出来るよー。それとあなたの名前にある弩も覚えたいね」
「それと、あなたはまずレベルを10以上にあげましょう」
「今後ともファミリーの指揮はあなたが執るんだからね」
「徳さんも雅史さんのサポートお願いね」
「加奈子さん、どこかに行くつもりで?」
「違う違う、この先の先のお話ね」
「あとは明日桜ちゃんの事も考えてあげないとねー」
「あの子もドナーがなかなか見つからなくて、もうあまり時間は無いんですよ」
「そっかー。病気を治すことは簡単だけど。それでいいのか判断つかない」
中学のグラウンドを出て道路を抜けて東へ進む。
少し歩くと青い看板のコンビニがある。
一応だけど中を覗いてみる。
バックヤードに行くと、まだ商品が荒らされずに残っていた。
「雅史さん、まだここに食料あるよ」
「もうここは見たもんだとみんなが思ってたんだろうね」
「明日、トオルさんに言っときます」
「一番近いコンビニなのにね」
「灯台下暗し ですな」
「全くその通り」
真っ暗なお店の中で色々と散策していると二人とも 夜目 と言う暗視スキルを覚えていた。
コンビニでお水を1本貰いリュックに入れる。
真っ暗の中を抜けると大きなクレーンがある埠頭に着く。
ここから見える大阪湾はキラキラとネオンが明るい。
その明るさがここまで届く。
神戸港から大阪湾、関西空港に掛けて、海岸線には大小さまざまな人工島がある。
ここ六アイも大きな人工島だし、近くには、灘浜、住吉浜、魚崎浜、深江浜、そしてその向こうに南芦屋浜がある。
大阪方面はもちろんの事、南芦屋浜でさえ電気が煌々とついている。
だが、神戸市である深江浜は真っ暗だ。
「ねぇ雅史さんに徳さん、この停電してるのが神戸だけってのはわかるけど、あの薄い紫っぽい色のガラス質の大きな壁は何だと思う?」
「憶測ですよ。あくまでも憶測ですけど、神戸だけが隔離されてるんじゃないかと」
「わしもそうとしか思えんな」
「ちょっとクレーンの上に登ってくる」
「天使の翼!!」
加奈子はウィングで飛び上がり船舶専用の大型のクレーンの最上部に座る。
(これは・・・)
「憶測通りですな」
雅史が跳躍を使いポンポンと駆け上がり、上まで上がってきた。
「もう完全に神戸だけ覆われてるね」
すぐそこの芦屋市は普通の環境にしか見えない。
六甲山の方を見ると、やはり神戸と芦屋で綺麗に区切られている。
「ちょっと上空まで行ってみる。明石の方も見ときたいし」
「雅史さん、私に抱かれてもいい?」
「こ、光栄です」
「ぷふっ」
雅史は肩に担いでいる弓と矢をクレーンの上の平たい所に降ろした。
加奈子は雅史を抱きしめ、そのまま上空に飛び上がる。
下を見ると、徳さんがなんとかクレーンに登ろうと足掻いているが、諦めたようだ。
かなり上がった所で、雅史が言葉を出した。
「やっぱり明石市も、対岸の淡路島も灯りがまぶしいくらいですな」
「海峡大橋も一応イルミネーション付いてるね」
「これはトオルちゃんと七和田さんには言わないとダメね」
「あっ」
「どうしました?」
「ありがとーございます。加奈子様ー」
「どしたの???」
雅史は加奈子の腕を振りほどいて空に浮く。
「えぇぇぇぇぇぇぇ???」
「多分、抱えられて"空を飛んだ"から覚えたんでしょうね」
雅史は空翔という飛行スキルを覚えた。
それもそうだろう、老人が皆若返って恰幅も良くなりそしてハツラツとしている。
誰?って思ってしまうだろう。
教室に小学生の少年少女は3人いた。
小学4年の女の子2人と5年生の男の子。
中学生が2人、どちらも女性だ。
高校生は4人いる。
男女半々だが、お互いにそれほどの知り合いじゃないらしい。
後は20代の青年たちが3人。
30歳~42歳の中年と言われる人たちが3人。
40代~60代の高年、初老の人達が5人。
そして老人'Sが7人と戸弩力を足して
合計28人の戸弩力ファミリーである。
どんな繋がりか気になっていたが、全員近くの病院の入院患者だった人の集まりだ。
そして、戸弩力雅史は病院の内科の若手医師だった。
病院に居た方が良かったのでは?と思うが、まず食料が無い。
その日の朝に居た職員しか世話係が居ない。早朝だったから医者も少ない。
そして、ゴブリンが侵入して来た時に患者も従事者も守れなかったからが一番大きな理由だろう。
なんとなく教室が暗く感じたのは、皆何かしらの病気を持ってここに居たからだろう。
元々ここに避難してきたのは35人と戸弩力入れて36人が居たと言う。
点滴も消毒もないここで、病気の悪化で亡くなった人も・・・ 居たらしい。
そして、今も余命宣告をされた子が2人。このままだと命を紡ぎ続けるのは無理な人が12人も居る。
残りの人も病状が少しでも悪化すれば即、死につながる人ばかりだ。
ここ、3階の他の教室には誰も居ないのが不思議だったが、体の良い隔離じゃないのかと勘ぐってしまう。
加奈子は提案する。
このまま死を待つか、レベルを付けてこの世界に立ち向かうか。
「今日はもう外が暗くなってきたから、明日の朝から希望者はレベルを付けていきましょう」
「本当におじいちゃんたちみたいに元気になれるの」
少女の問いかけに雅史が答える。
「見たとおりだよ。みんな若返ってるやろ?」
「偽物ちゃうで~緑ちゃん。徳爺だぞー」
「徳爺はそんなに男前ちゃうわ!」
「あはははは、そりゃ嬉しい言葉やな♪」
「ほんまに徳爺なん?」
「ほんまやで」
「んじゃうちの秘密知っとうか?」
徳太郎はその緑と言う少女の耳元で何かを囁く。
「はぁ~ ほんまに徳爺やん」
「そんなイケメンやったら結婚したってもえぇで」
「そやな~嬉しいな。でも緑ちゃんが20歳になったらやな」
「・・・」
「うち、そんなに長生きでけへんし・・・」
この少女は余命宣告をされている。
10歳までは生きられないだろうと言われてもう7年、そして今10歳になっている。
本人に生きたいと言う気持ちが無ければもうこの世に居なかったかも知れない。
一度も学校と言う場所に行ったことが無いこの少女は、今が初めての学校生活である。
「今、調子の悪い人は居ませんか?」
加奈子は皆に問いかける。
「調子の良い奴なんざここにおるんか!」
「おーい、そんなに突っかからんでも」
「天使様かなんか知らんけど、人の命をどうこう出来る訳ないやろが」
「何様のつもりか知らんけどのー。偽善者様か?詐欺師様かぁ?」
「あぁ天使様かw」
「そーんな簡単に病気が治るんやったら、入院する奴なんざ おらんやろ」
「わしらぁ神さんに見捨てられたんじゃ」
「な~にが天使様じゃ、ふざけんな!」
その男は矢継ぎ早に加奈子を罵倒する言葉を吐き出す。
「じゃぁ死ねばいいよ」
「はぁ?」
「私はあなたなんか知り合いでも何でもないし、死にたいなら死んだらいいよ」
「それが天使様のゆぅ言葉か?あぁ?」
「関係ないよ。私が誰だろうと、あなたが死にたいなら止めないよって言ってるの」
加奈子のキツめの攻撃に雅史もみんなもどうすれば良いのか思いつかない。
「実際に、今ここでみんなの病気を治すことは出来るよ」
「でもそれじゃ今を生きられるだけで、この先この世界で生きて行けるかわからないからね」
「進化したら確実に病気も治るし健康でこの厄災と戦える身体も手に入る」
「でもそれは人間を辞める事だから挙手制にしてるんじゃない」
「人間のまま死にたいって人も居るだろうからね」
みんな何も言わず加奈子の次の言葉を待っている。
すでに進化している人は加奈子の言ってる事を理解できる。
自分の病気も治り、若い肉体も手に入り、あとは自分が強くなるだけだ。
だが、人間を辞めたと言うのもやっぱり理解している。
今までの普通の人間では出来ない事を、今は普通にやっている。
それが良いのか悪いのかわからない。
最初はとても嬉しかった。
自由に動ける事もスキルを覚えた事も超人になったような感覚も、すべてが真新しく新鮮だった。
だが、それで死んでいった仲間も見た。
自分も怪我を負った。
だから人に進化をお勧めする事はしない。
「だいいち、レベルが付いて健康になって若返った人がすぐそばに12人も居るのに、あなたは一体何を見てるの? 一体何を理解してるの? 何もわかってないじゃない」
「世の中、そんなうまい話がある訳ないやろが!」
「どうせ何かしらのトリックがあるに決まっとろうがー!」
「ふんっ おバカさんにもほどがあるよ」
「じゃぁこの男性以外は全員レベル付けするって事でいいよね?」
「すみません、私はいいです」
高校生くらいの女性が小さく手を上げる。
「明日桜ちゃん、どうして?」
「ん~何のために生きれば良いかわかんないし」
「でも、君ももうあまり時間は無いんだよ」
「もうどっちでも良いよー、生まれてきたのが間違いだったんよ」
「そんな言い方するな!」
「そうやで、明日桜ちゃん、とりあえず70年ほど生きてみ」
「嫌な事もいっぱいあるけど、良い事もその何倍もあるよ」
「ん~」
「まぁお二人とも、本人が生きたくないと言ってるのを無理やりってのはちょっと違うでしょう」
「病気だけを治すことも出来ますし、もう少し考えて貰ってからで良いんじゃないかな」
絡んできた40代の男だけを除いて、みんなに明日の事を話す。
みんながみんな半信半疑だが、目の前に元老人だった人が居るんだから。
でもそれを言っても、いまいち実感が無い様だ。
仲間外れの様になったその男は、プイっと教室から出て行った。
小学生組と中学生の子達が話を聞きに再度来る。
「本当に治るの?治ったら走ったりしてもいいの?」
緑と言う子が聞いて来る。
こんな小さな子がずっとずっと人としての生活を、普通の人が出来る事を我慢してきたんだと思うと目の奥がジンっとしてくる。
「走れるし、飛べるし、もしかしたらお空も飛べるようになるかもね」
「うっそ~。人間が空なんて飛べないよ~」
「そう?飛べるよ?」
「無理無理~絶対むり~」
「じゃぁ見ててね、緑ちゃん」
加奈子はまだお披露目するつもりは無かったスキルを使う事にした。
スキルの内容や使い方は、生まれたときから知ってるように頭の中に流れ込んできている。
窓まで行き、外に飛び出す。
「えぇぇぇぇぇぇぇ???」
「天使の翼!」
加奈子の身体をスッポリと包み込んでもまだ余るくらいの大きな2枚の白い翼が飛び出てくる。
初めて使うから少し制御に戸惑うが、落下する事も無く飛び回れる。
窓のところまで戻り、手を差し出し少女を呼ぶ。
「すっご~いすご~い」
「おいで、緑ちゃん」
「すっご~い」
興奮する少女を抱きかかえ、軽く飛び上がる。
「うっわ~飛んでるよ~」
「「「「「「「「ほ、本物の天使様じゃったー」」」」」」」」
実際に鳥のようにこの翼だけで飛んでる訳じゃないんだろうけど、この演出は見てる人たちに多大な影響を与えるだろう。
この翼に炎を乗せる事も出来るが、火の耐性が無い少女を抱いてるので今は使えない。
教室に戻るとみんなが集まって来て、色々と質問攻めにあう。
慕って来る人には優しく対応できる。
でも、先ほどの男のように絡んでくる奴には1ミリも優しさなど掛けるつもりは無い。
だって、人間だもん。
心だけは。
食事の配給が回ってきたが、もちろん加奈子の分は無い。
お昼も食べずに色々とやってたので、リュックから崩れたサンドイッチと生ぬるいオレンジジュースを出して、昼夜兼用の食事を始める。
食事も終わり、雑談も終わり、もう就寝する人も居る。
「それじゃー徳さん、雅史さん、行きましょうか」
階段に回るのが面倒だから、窓から飛び降りる。
徳さんはまだ少しビビっている。
「ねぇ雅史さん」
「はい、なんなりと」
「これからスキルやステータスをどうするか考えてる?」
「弓職って矢の確保がなかなかしんどいんじゃないの?」
「そうなんです。いちいち使った矢は回収したりしてるんです」
「ここは森や林が無いから素材の収集が出来ないし」
「無限に打てる矢ってあるでしょ」
「そんな夢のような物、無いですよー」
「マジックボウにマジックアロー」
「あっ、でも存在は知ってますが入手の方法がわかりません」
「簡単でしょ クスクスッ」
「今から練習しましょ。消耗品が無くなったら思いっきり惜しみなく使えるよ」
「僕に出来ますかねー」
「出来るよー。それとあなたの名前にある弩も覚えたいね」
「それと、あなたはまずレベルを10以上にあげましょう」
「今後ともファミリーの指揮はあなたが執るんだからね」
「徳さんも雅史さんのサポートお願いね」
「加奈子さん、どこかに行くつもりで?」
「違う違う、この先の先のお話ね」
「あとは明日桜ちゃんの事も考えてあげないとねー」
「あの子もドナーがなかなか見つからなくて、もうあまり時間は無いんですよ」
「そっかー。病気を治すことは簡単だけど。それでいいのか判断つかない」
中学のグラウンドを出て道路を抜けて東へ進む。
少し歩くと青い看板のコンビニがある。
一応だけど中を覗いてみる。
バックヤードに行くと、まだ商品が荒らされずに残っていた。
「雅史さん、まだここに食料あるよ」
「もうここは見たもんだとみんなが思ってたんだろうね」
「明日、トオルさんに言っときます」
「一番近いコンビニなのにね」
「灯台下暗し ですな」
「全くその通り」
真っ暗なお店の中で色々と散策していると二人とも 夜目 と言う暗視スキルを覚えていた。
コンビニでお水を1本貰いリュックに入れる。
真っ暗の中を抜けると大きなクレーンがある埠頭に着く。
ここから見える大阪湾はキラキラとネオンが明るい。
その明るさがここまで届く。
神戸港から大阪湾、関西空港に掛けて、海岸線には大小さまざまな人工島がある。
ここ六アイも大きな人工島だし、近くには、灘浜、住吉浜、魚崎浜、深江浜、そしてその向こうに南芦屋浜がある。
大阪方面はもちろんの事、南芦屋浜でさえ電気が煌々とついている。
だが、神戸市である深江浜は真っ暗だ。
「ねぇ雅史さんに徳さん、この停電してるのが神戸だけってのはわかるけど、あの薄い紫っぽい色のガラス質の大きな壁は何だと思う?」
「憶測ですよ。あくまでも憶測ですけど、神戸だけが隔離されてるんじゃないかと」
「わしもそうとしか思えんな」
「ちょっとクレーンの上に登ってくる」
「天使の翼!!」
加奈子はウィングで飛び上がり船舶専用の大型のクレーンの最上部に座る。
(これは・・・)
「憶測通りですな」
雅史が跳躍を使いポンポンと駆け上がり、上まで上がってきた。
「もう完全に神戸だけ覆われてるね」
すぐそこの芦屋市は普通の環境にしか見えない。
六甲山の方を見ると、やはり神戸と芦屋で綺麗に区切られている。
「ちょっと上空まで行ってみる。明石の方も見ときたいし」
「雅史さん、私に抱かれてもいい?」
「こ、光栄です」
「ぷふっ」
雅史は肩に担いでいる弓と矢をクレーンの上の平たい所に降ろした。
加奈子は雅史を抱きしめ、そのまま上空に飛び上がる。
下を見ると、徳さんがなんとかクレーンに登ろうと足掻いているが、諦めたようだ。
かなり上がった所で、雅史が言葉を出した。
「やっぱり明石市も、対岸の淡路島も灯りがまぶしいくらいですな」
「海峡大橋も一応イルミネーション付いてるね」
「これはトオルちゃんと七和田さんには言わないとダメね」
「あっ」
「どうしました?」
「ありがとーございます。加奈子様ー」
「どしたの???」
雅史は加奈子の腕を振りほどいて空に浮く。
「えぇぇぇぇぇぇぇ???」
「多分、抱えられて"空を飛んだ"から覚えたんでしょうね」
雅史は空翔という飛行スキルを覚えた。
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「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
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