厄災の街 神戸

Ryu-zu

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第三章 健斗と美咲と新たな出会い

新たな課題

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美咲は上のロータリーからトロールを狙う弓職の双子達の所に居た。

 「二人、ちょっとこっち来てくれへん?」

訝し気に二人は顔を見合わせる。

 『な、なんなん?』
 「もっともっと強ぅなってみーへんか?」
 『な、な、何をしたらえぇん?』『な、何をさせるつもりなん?』

美咲は二人の間に入り、腰に手を回し、そのまま風纏で浮き上がる。
 『ヒェ~』『うっわ~』

「今からな、むっちゃ変な事させるけど、付き合うてくれるか?」
 『ほ、ほんまなんなん?』

美咲の目論見は、風纏からの魔法矢の習得、その先に魔法弓の習得を促す事。

「まずな、うちに抱かれたまま矢をつがえずに空撃からうちを続けてくれん?」
 『か、空撃ち?』
「さっきも失矢しつやしてアタフタしとったやろ?」
 『・・・』

「まぁやってみてくれへんか?」

2人は言われた通りに弓で空撃ちを続けた。
心の中では(はぁ?あほちゃう?)と思いつつも、何故かやっている。

何回くらい弦を引いたか分からないくらい、意地になって引いて弾いた!

 『えっ? あっ?』『ありゃりゃ~』
魔法矢の前に風纏を覚えた。

1人は美咲よりも薄い黄緑色で、白緑びゃくろく色。
もう一人も薄い黄緑色で、若芽色。
因みに美咲の黄緑色は鸚緑おうりょく色である。

「一つ、強うなったなっ」
 
先程まで美咲の事をウサンクサイ奴だと思っていたが、今は師匠と呼ぶべき人だと感じ始めた。

しばらくすると、矢をつがえてない弓から自分の持ち色の風の矢がトロールに向かって飛んでいく。

 『『キャ~キャ~』』
 
  『我が意に従い飛突ひとつせよ!』
  『マジックアロ~~♪』

威力、スピード、射出速度、そして命中率が99.99%と、今までとはまったく違う。

 「よっしゃ~、あんたら見込みあるわ~」
 『『はいっ師匠!』』
「師匠はやめれ~」

美咲は、満面の笑顔で師匠と呼んでくる二人が凄くこそばゆい。


 「んじゃー戻ってくるわ~」
 『『ありがとうございましたー』』

 「そうそう、その風纏な、浮いてるだけやと徐々に落ちていくからな」
 「感覚の問題やから言葉で言うのは難しいけど、うちら二人の動き方見て覚えてな」

 『『はいっ師匠っ!!!』』
 「だから~師匠はやめれ~」


自分はなかなか会得出来なかった風纏のコントロールを、弟子には見て覚えろと?
昭和の職人かっ!

戦いながらも、美咲たちの会話を盗み聞きしていた健斗が心の中で思う。


その健斗が一人で奮闘しているが、少し押され気味な感じがする。
それは、トロールが一切ひるまないからであろう。

顔面にヒットした風刃も皮膚を切り裂き大量に血を流しているが、まだまだ致命傷には至らない。

トロールが持つ先天性のスキルである超回復が、小さな傷を瞬時に治していく。

ただ、顔面への攻撃だけを両腕でガードするのは、嫌がってる証拠だろう。




戦場に戻った美咲は、右から急角度でトロールの腹にメイデンクローを突き刺し、そしてえぐる。
だが、トロールの腹の脂肪は分厚くて致命傷にまではならなかった。


健斗は両腕を振るい、ガードした腕を風刃で削っていく。

トロールは健斗にタゲ意識を向け、身体を右に向けた。

その際に、左ひざが曲がった所を美咲は利用して、膝を足場にして飛び上がり、顎に左手拳でアッパーをぶち込み、そのまま上空に飛び上がる。

顔が上を向いてしまったトロールは美咲を視界に入れる。
美咲はトロールの頭部にメイデンクローを先にして空中ダイブするが、それを見ていたトロールは両手でそれをガードする。


健斗は腰の剣を抜き軽く上昇して、上段の構えからトロールの右腕にやいばを振り下ろす。
右腕の尺骨しゃっこつに刃が当たりそこで斬撃は止まってしまった。
剣のスキルがあれば切断までいけただろうが、悔やんでも仕方が無い。

美咲の攻撃は、トロールの左腕にメイデンクローが突き刺さり、素早く抜いてまた上昇する。


健斗はまだ練習中であるが、魔風剣の圧縮版を使ってみる事にした。

これは膨大な大きさの魔風剣を圧縮して剣にまとわせて魔剣として使ってみると言う技だ。

まだ少し圧縮に時間が掛かるので、こんな場面で使う物では無いと思うが、美咲が時間稼ぎをしてくれるだろうから、実戦で一度使ってみる。

精神を集中させ、魔風を剣に圧縮する。
「む~~~~」


美咲はもう一度脳天に空中ダイブするが、またガードされた。
トロールはその腕を大きく振り払い、美咲を投げ飛ばす。

飛ばされながら空中で3回転し、急ブレーキを掛け、急角度で急発進しトロールにメイデンクローを突き刺す。

美咲も健斗も、もう空中で自由自在に動けるようになっている。

少し前まで、急激な切り返しや急ブレーキは、一旦風纏を解いて地面や壁を使い、蹴りでおこなっていた。
今は、空気を蹴れるくらいに上達した風纏が、絶対的な二人の武器である。
 
 『師匠~すげ~』
「てへへっ」

健斗は魔風の圧縮が終わり、素早いすり足でトロールに近寄り、金棒を持つ腕に軽く飛び上がり切りつける。

 ザシュッ

トロールの右腕の肘から先がポトリと地面に落ちた。

 『お~お~やったなぁ』
後ろから魔法職の子の声がする。

「あんたはそこからでも魔法が撃てるやろ~」
健斗が笑いながら大声で言うと『うちは怪我人じゃ~』とうそぶく。


ロータリーの、東隣のマンションのゴミ集積場で座り込んでいる大剣使いの子達も、健斗と美咲の戦い方を凝視していた。
弓使いの二人が同じようなスキルで空中に浮き、そして今までのしょぼい弓力ではなく強く素早いその魔法矢を驚愕の表情で見つめている。

仲間が強くなることは凄く良い事なんだが、ポッと出てきたどこの誰かもわからん奴に、ちょちょいと指導されただけで数段階も強くなったのがどうしても納得がいかない。

自分は、厄災からたった一日でこのメンバーこのパーティーを作り上げた自負がある。

今はもう居ないが、造型師と鍛冶師のスキルを合わせ持つメンバーが、皆の武器を作ってくれた事も他のグループに大きなアドバンテージを取っていた。

それなのに、たった二人で自分達が手に負えなかったトロールを簡単に蹂躙していることも納得がいかない。

リーダーの心に、沸々と嫉妬と嫌悪の気持ちが湧いて来る。
「くっそー 何もんなんじゃ、あいつらは!」
 「ほんと、横師のくせに・・・」
 「横殴りだけでもムカつくのに、このままやと横取りされるな」

自分達を助けてくれた恩人なのに、何という言い草だろうか。
これが集団心理と言う物だろう。

誰か一人が言い出した事に、周りが同調して思ってもいない言葉が出て来る。
出てきた言葉を、今度は自分の意志意見だと思い違いをする、





腕を落とされたトロールは、怒り狂い猛り暴れる。

本来のトロールの回復力なら、切り落ちた腕でも傷口を合わせれば修復できるのだが、二人の猛攻に落ちた腕を拾う余裕が無い。

所詮、左腕しかない攻撃は健斗と美咲に当たるはずも無く、美咲の飛んだり跳ねたりの変則攻撃に全く対応出来ずに体力をどんどん削られる。

健斗は2発目の魔風剣の充電が終わり、背中を向けているトロールの左肩を目掛けて剣を振り下ろす。


トロールの左肩から股間に向けて振り下ろされた魔風剣は、その身体を一刀両断する。


ドシーンと大きな音を立てて、その二つに割れた巨体は地面に横たわる。

おおおおおおおおおおおおおおお!!!
よっしゃ~!!!


そこに居るほとんどの人が大声で歓喜した。

歓喜してないのは、少し離れたゴミ集積場で敵意を向ける4つの顔だけ。
 「結局横取りされたな・・・」
 「経験値も少なかったわ」



足を怪我してるはずの魔法職の子が飛び跳ねて喜んでいる。
そこに居る3人で輪を作るようにしてピョンピョンと飛び跳ねる。

まぁ表面の皮膚を剝がされただけだろうから、痛みはもう無いのかもな。




美咲が師匠と呼ばれてる事に健斗は少し刺激を受けている。
自分の方が人に教える事がもっと上手く出来るはずだ。

弟子も欲しい気がするし眷属も早く欲しい。
人間相手にでも眷属契約は有効なのだろうか?
それも試したいが、ここの人達はここでのパーティーがあるから無理だろう。

垂水区に行くまでにどこかで出会った人を眷属に勧誘してみよう。
今度、オオカミを見つけたら眷属にしてみよう。
マップでまたカーバンクルみたいな小動物を探して眷属にしたい。

とにかく、眷属が欲しいぃ~~~





弓使いの二人が風を纏い美咲に近寄ってくる。

 『師匠~』

 「師匠はほんま辞めてくれー」
 「はずいわ~」
 「んでも、もうそのスキルをコントロール出来とんやな~」

 『なんとなくお二人の動きに合わせて移動してたら本当になんとなく覚えました』
  『まだまだぎこちないけど、思った方向に動ける程度にはなりましたよー』
 『『師匠、ありがとうございましたー』』
 「もぅ~ あはははは」

 「それとな、弓も同じように魔法弓が出来るはずやから、それも練習してみーな」

 『・・・』
 『この弓は、今朝まで仲間やった人が作ってくれたやつやから、壊れるまで使うつもりやねん』

 「それはえぇけど、壊れてすぐに替えがある訳ちゃうんやろ?」
 「それならまずは魔法弓覚えるべきちゃうか?」
 「ちゃんと覚えたうえで、その弓を使う事を考えんとあかんのちゃう?」
 「それが亡くなった方への手向たむけでもあるんちゃうかな」

 『師匠~、その人は北区の実家の様子を見に行ってるだけで、死んでません』

 「ちょっ、な、なんや~紛らわしいなぁ・・・」


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