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呪いのことばとお母さま

16:嫉妬、のち晴れ

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「ミーシャ、ほら」

 そういって掌をさしだす兄さまを、ぼくはじっと見つめる。未だに心臓はドクドクといやな音をたてているし、背中には冷や汗がつたっていた。それなのに指先からひえていくように寒くて、なんだかからだがおかしかった。
 兄さまはぼくを怒りもせず、やさしい声音とまなざしで肖像画をわたすように促している。けど、ぼくはこの肖像画を捨てたくてたまらない。兄さまにわたしたくない。兄さまを、とられたくない。
 でも、それ以上にこのままわたさずにいて兄さまにきらわれたくない。聞き分けのないわるいこだと思われるほうが、よっぽど恐ろしいことのように思える。
 兄さまの少し後ろに控えているシルベスターは、だまってぼくたちの行動をみまもっていた。

「…ごめん、なさい」

 ちいさく震えるこえであやまりながら、兄さまの手の上に肖像画をおいた。兄さまはそれをしっかりと受け取ると、空いている手でぼくの頬をやさしくなでる。
 いつもと変わらない手のうごきに、じわりと視界がにじんでいった。泣いているところを見られたくなくて俯くと、ちいさく兄さまのため息がきこえてきて思わずびくりと身体がはねる。怒らせた?呆れられた?…嫌われた?
 そんな不安なことばばっかり思い浮かんで、兄さまの顔をまともに見ることができない。どうしよう、どうしよう…ぼく、これからどうすればいいんだろう。

「ミーシャはこの肖像画を、どうしたかったの?」
「っ…」

 怖くてかおは見れないけれど、声はいつもと変わらずやさしかった。頬をなでていた指先がこんどは頭へむかっていって、髪を優しくなではじめる。それも、いつもと変わらないやさしいうごきで。
 けれどぼくは、少しのあいだ兄さまの問いかけに答えられずにいた。数分か、それとも数十秒か。あまりにも静か過ぎるちんもくに耐え切れなくて、すこしつっかえながら漸く声をだした。

「そ、それっ、その、す、すてよう、と…しま、した」
「うん、そっか。じゃあなんで、捨てようと思ったの?ミーシャはとっても良い子だから、兄さまの物を勝手に捨ててやろうって意地悪しようとしたわけじゃないんでしょ?」

 兄さまの言葉にこくこくとうなずきながら、意地悪しようとしたわけではない事をしゅちょうする。違う、意地悪じゃない。いや、意地悪かもしれないけど…それはきっと、辺境伯家のお嬢さまに対してだとおもう。
 ぼくの兄さまは貴女にわたさないよって。兄さまは、ぼくが大好きなんだからって…きっと、肖像画の彼女にそういって意地悪したかったんだと思う。きっと、そう。

「ぼく、いじわる、しました。兄さまにじゃなくて、肖像画このひとに。兄さまをとられちゃうとおもって」

 堪え切れなかった涙が、ぽたぽたと落ちて兄さまのお部屋のゆかにまあるい染みをつくる。とられるわけじゃない。そんなこと、分かってる。でも、兄さまがぼくの知らない誰かと婚約して、将来をちかいあうなんて嫌だった。多分それが、知ってるひと…ダニエルでもきっと、そう思ったとおもう。
 兄さまがぼく以外をみるのが嫌だ。ぼく以外を好きって言うのがいや。思うのも、いや。
 ぼく以外を一番にするのが、いや…あぁ、そっか。分かった。ぼく、いつの間にか兄さまのことすきになってたんだ。家族としてじゃなくて、リディエルっていう一人のおとこの人として。きっとこれは、嫉妬だ。醜いぼくの、醜い嫉妬。こんなの、兄さまに知られちゃいけない。

「にい、さま、ごめんなさい…もうしませんっ。やくそくします」
「…うん、ミーシャはやっぱり良い子だね。ちゃんとごめんなさい出来て偉い。けどね、肖像画コレは幾らでも捨てていいよ」
「…んぇ?」

 ぽかん。効果音をつけるなら、きっとコレだ。兄さまの言っている言葉のいみがちっとも分からなくて、思わずまぬけな声をだしてしまった。動揺が勝って涙も止まってしまった。
 そろりと兄さまを見上げると、とってもいい笑顔をしていた。あれ、これ全然怒ってないな?おかしい、ぼくは兄さまに怒られてしかるべき事をしたはずなんだけど。これって、ぼくがおかしいのかな?
 ちらりとシルベスターを伺うと、兄さまの言葉にすごくうなずいていた。あ、これぼくがおかしいんじゃないや。他のみんながおかしいんだ。

「アンリ」
「御意」

 兄さまがひとことアンリを呼ぶと、アンリがすかさず肖像画を受け取りどこかへ去ってしまった。話のながれから察するに、どこかに捨てにいったんだろう。けど全然わけがわからなくて、ぼくの小さなあたまがちっとも働かなくなってしまった。
 なんで、どうして、どういう意味?疑問はおもいうかぶのに、ちっとも言葉になってくれない。どうしていいかわからず途方に暮れていると、兄さまがぼくを抱き上げて頬ずりしてきた。くすぐったいです!

「あぁ、本当に可愛い。嫉妬してくれたんだね?嬉しい、すっごく嬉しいよミーシャ。あの肖像画はね、俺の婚約者になろうと足掻いてるお馬鹿さんたちが迷惑も顧みず勝手に送ってくるんだ。兄さまはね、すっごく迷惑してるんだよ。だからね、今度から勝手に捨てていいからね」
「は、はい…?」
「うん、いいお返事だ。よしよし、今から兄さまと一緒にお茶しようね。不安にさせてごめん、兄さまはずーっとミーシャのものだからね」

 話の展開にちっともついていけないまま、あれよあれよと言う間にぼくは兄さまに連れて行かれた。
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