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ヒーローが、来た
12:きんしんめーれーだぞ
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「ミーシャ、ガードナー家をどうやって潰そうか」
ひくくうなるような声でそう言ったのは、お父さまだった。どうやらリディ兄さまはお茶かいでのできごとをきちんとお父さまに報告したらしい。えらすぎる。ぼくとしては、黙っておいておんびんに忘れてほしかったんだけどな。
このときのことがきっかけで、ダニエルに恨まれたらどうしよう。嫌いだって、いわれたら。考えただけでむねがぎゅーっとくるしくなって、悲しくてたまらない。
「…お父さま、ダニエルは悪くないです。なにもしないでください」
ゆうきを振り絞ってそうつたえると、お父さまはきょとんとしていた。可愛いなとか、おもってないです。お父さまはかっこよくてちょっぴり恐ろしいのです。
お父さまは何かをかんがえこむように腕を組んで、おくちをぎゅっとひきむすんだ。ぼくにはお父さまがなにを考えているのかはちっとも分からないけど、もしかしたらぼくのお願いを受け入れてくれるかもしれない。そんな期待をいだきながら、お父さまのかおをじっとみつめる。
たっぷりと数分は悩んでいたお父さまが、ふいに大きくため息をこぼした。
「…仕方ない、侯爵領での無期限謹慎で妥協しよう」
「む、むきげん…!」
「そうだ。公爵家を辱めた代償としては、これ位可愛いものだろう」
そう言ったお父さまは、ぐりぐりと眉間をもんでいた。うう、ぼくのせいで悩ませてしまった。もうしわけない。
でも縁を切れとはいわれなかったので、そこはよろこんでもいいかもしれない。文通だってお父さまは知っているはずなのに、やめろとは言わなかった。王都と侯爵領だと距離があるから、今までみたいに高頻度でのやりとりはできないだろうけど。
あとは、未だに怒りしんとうの兄さまをどうやって説得するかの方がたいへんかもしれない。あの日以来兄さまはいままでいじょうにぼくを構い倒すから、正直かくれてお手紙をかくのも一苦労なんだ。ダニエルの名前をだすだけで、あからさまに不機嫌になってしまうし。
…でも、ずっと兄さまと一緒にいれるのはちょっと嬉しい。兄さまはお勉強でいそがしいから、会えない日が少しつづいたこともある。けど今は、かならず一日数時間は一緒にいられる。
「…ミーシャ」
「はい、なんですか?」
「その、だな…あー…なんだ」
考え事をしていた、ふいにお父さまからはなしかけられた。お父さまはいっつもお仕事でいそがしくしているから家を空けがちで、こうして対面するのもじつは数週間ぶり。
どうやらぼくが寝ているあいだにかえってきては、目を覚ます前におしごとに行ってしまうらしい。ちょっと避けられているみたいで悲しかったじきはあったけど、今ではもうなれた。なれってこわい。
そんなお父さまが、ぼくに話しかけてくれている。それだけでとっても嬉しくて、なんだかほわほわした気持ちになった。
「もうすぐ5歳になるだろう。何か、欲しいものはあるのか?」
「…あ」
5歳、誕生日。そうだ、もうすぐぼくの誕生日だ。ちがう、ちがう。祝っちゃだめだ。だってこの日は。
「ミーシャ?」
「あっ…いえ、だいじょうぶ、です。ごめんなさい」
「ミーシャ!」
お父さまがぼくをおおきなこえで呼ぶけれど、こわくてふあんで振り返れない。お行儀わるいけどお父さまのお部屋をでて、追いかけられるまえに走り出した。
いきがくるしくて、あたまが痛い。だれもぼくを責めているわけがないのに、ののしられている気がする。その中には、あの女の声もあって。
『お前さえ、お前さえ産まれなければ!悪魔!人殺し!お嬢様を返しなさいよぉ!』
悪魔、人殺し。ちがうといっても否定されて、頬を打たれる。ぼくの味方の使用人たちが庇ってくれるけれど、あの女は鋭いナイフをふりまわして大事な人たちを傷つけていく。
ぼくが、ぼくがうまれてこなければ。そうしたらお母さまはいまごろ生きていたはずで、お父さまと仲よくくらしていたはずで。ぼくがこわしたから。ぼくが。ぼくが。
「ミーシャ!」
「っ……にい、さま」
気が付くとぼくは兄さまとはじめてなかなおりしたお庭のガゼボにやってきていた。兄さまはぼくを抱きかかえたままぎゅっとつよく抱き締められる。くるしいくらいの抱擁に、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。
恐る恐る両腕を兄さまのくびにまわして、ぎゅっとだきつく。兄さまはすごく走ってきたのか、息も切れてたしおかおも真っ赤だった。ぼくのためにあわててくれたのかな、でもなんでだろう。ちっともわかんないけど、兄さまが今傍に居てくれていることが凄く嬉しい。
「うっう、に、しゃまっ…ひぐっ」
「大丈夫、大丈夫だよ…ミーシャには兄さまがいるからね。大丈夫、大丈夫だから」
「にいしゃま…っ」
大丈夫、大丈夫と何度も繰り返してくれる。シルベスターのおまじないは、兄さまもつかいこなせるらしい。もしかしたら、シルベスターから教えてもらったのかも。
頭や背中をなでてもらいながら、何回もおまじないをかけてもらう。わんわんと大声で泣いていたけど、少しずつ気持ちがおちついてきた。しゃくり上げていておしゃべりするのは難しいけれど、たっぷり時間をかけたお陰か涙はとまってきた。
「よしよし、大丈夫だよ…ミーシャはえらいね、いい子だ」
「っふ、うっ…えらい?いー、こ?」
「うん、とってもいい子。世界で一番いい子…だから、何で泣いてるのか兄さまに教えてくれる?」
もちろん、嫌だったらいいよ。優しくそう言ってくれる兄さまに、ちゃんと応えたいとおもった。兄さまなら、無闇にぼくをひていしないと思ったから。
他のみんなを信用してないわけじゃない。けど、ぼくのこころに深々と刻まれているけがを晒すのは、まだちょっとだけこわいから。
「…あのね」
これは、ぼくが4歳になるまえのおはなし。
ひくくうなるような声でそう言ったのは、お父さまだった。どうやらリディ兄さまはお茶かいでのできごとをきちんとお父さまに報告したらしい。えらすぎる。ぼくとしては、黙っておいておんびんに忘れてほしかったんだけどな。
このときのことがきっかけで、ダニエルに恨まれたらどうしよう。嫌いだって、いわれたら。考えただけでむねがぎゅーっとくるしくなって、悲しくてたまらない。
「…お父さま、ダニエルは悪くないです。なにもしないでください」
ゆうきを振り絞ってそうつたえると、お父さまはきょとんとしていた。可愛いなとか、おもってないです。お父さまはかっこよくてちょっぴり恐ろしいのです。
お父さまは何かをかんがえこむように腕を組んで、おくちをぎゅっとひきむすんだ。ぼくにはお父さまがなにを考えているのかはちっとも分からないけど、もしかしたらぼくのお願いを受け入れてくれるかもしれない。そんな期待をいだきながら、お父さまのかおをじっとみつめる。
たっぷりと数分は悩んでいたお父さまが、ふいに大きくため息をこぼした。
「…仕方ない、侯爵領での無期限謹慎で妥協しよう」
「む、むきげん…!」
「そうだ。公爵家を辱めた代償としては、これ位可愛いものだろう」
そう言ったお父さまは、ぐりぐりと眉間をもんでいた。うう、ぼくのせいで悩ませてしまった。もうしわけない。
でも縁を切れとはいわれなかったので、そこはよろこんでもいいかもしれない。文通だってお父さまは知っているはずなのに、やめろとは言わなかった。王都と侯爵領だと距離があるから、今までみたいに高頻度でのやりとりはできないだろうけど。
あとは、未だに怒りしんとうの兄さまをどうやって説得するかの方がたいへんかもしれない。あの日以来兄さまはいままでいじょうにぼくを構い倒すから、正直かくれてお手紙をかくのも一苦労なんだ。ダニエルの名前をだすだけで、あからさまに不機嫌になってしまうし。
…でも、ずっと兄さまと一緒にいれるのはちょっと嬉しい。兄さまはお勉強でいそがしいから、会えない日が少しつづいたこともある。けど今は、かならず一日数時間は一緒にいられる。
「…ミーシャ」
「はい、なんですか?」
「その、だな…あー…なんだ」
考え事をしていた、ふいにお父さまからはなしかけられた。お父さまはいっつもお仕事でいそがしくしているから家を空けがちで、こうして対面するのもじつは数週間ぶり。
どうやらぼくが寝ているあいだにかえってきては、目を覚ます前におしごとに行ってしまうらしい。ちょっと避けられているみたいで悲しかったじきはあったけど、今ではもうなれた。なれってこわい。
そんなお父さまが、ぼくに話しかけてくれている。それだけでとっても嬉しくて、なんだかほわほわした気持ちになった。
「もうすぐ5歳になるだろう。何か、欲しいものはあるのか?」
「…あ」
5歳、誕生日。そうだ、もうすぐぼくの誕生日だ。ちがう、ちがう。祝っちゃだめだ。だってこの日は。
「ミーシャ?」
「あっ…いえ、だいじょうぶ、です。ごめんなさい」
「ミーシャ!」
お父さまがぼくをおおきなこえで呼ぶけれど、こわくてふあんで振り返れない。お行儀わるいけどお父さまのお部屋をでて、追いかけられるまえに走り出した。
いきがくるしくて、あたまが痛い。だれもぼくを責めているわけがないのに、ののしられている気がする。その中には、あの女の声もあって。
『お前さえ、お前さえ産まれなければ!悪魔!人殺し!お嬢様を返しなさいよぉ!』
悪魔、人殺し。ちがうといっても否定されて、頬を打たれる。ぼくの味方の使用人たちが庇ってくれるけれど、あの女は鋭いナイフをふりまわして大事な人たちを傷つけていく。
ぼくが、ぼくがうまれてこなければ。そうしたらお母さまはいまごろ生きていたはずで、お父さまと仲よくくらしていたはずで。ぼくがこわしたから。ぼくが。ぼくが。
「ミーシャ!」
「っ……にい、さま」
気が付くとぼくは兄さまとはじめてなかなおりしたお庭のガゼボにやってきていた。兄さまはぼくを抱きかかえたままぎゅっとつよく抱き締められる。くるしいくらいの抱擁に、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。
恐る恐る両腕を兄さまのくびにまわして、ぎゅっとだきつく。兄さまはすごく走ってきたのか、息も切れてたしおかおも真っ赤だった。ぼくのためにあわててくれたのかな、でもなんでだろう。ちっともわかんないけど、兄さまが今傍に居てくれていることが凄く嬉しい。
「うっう、に、しゃまっ…ひぐっ」
「大丈夫、大丈夫だよ…ミーシャには兄さまがいるからね。大丈夫、大丈夫だから」
「にいしゃま…っ」
大丈夫、大丈夫と何度も繰り返してくれる。シルベスターのおまじないは、兄さまもつかいこなせるらしい。もしかしたら、シルベスターから教えてもらったのかも。
頭や背中をなでてもらいながら、何回もおまじないをかけてもらう。わんわんと大声で泣いていたけど、少しずつ気持ちがおちついてきた。しゃくり上げていておしゃべりするのは難しいけれど、たっぷり時間をかけたお陰か涙はとまってきた。
「よしよし、大丈夫だよ…ミーシャはえらいね、いい子だ」
「っふ、うっ…えらい?いー、こ?」
「うん、とってもいい子。世界で一番いい子…だから、何で泣いてるのか兄さまに教えてくれる?」
もちろん、嫌だったらいいよ。優しくそう言ってくれる兄さまに、ちゃんと応えたいとおもった。兄さまなら、無闇にぼくをひていしないと思ったから。
他のみんなを信用してないわけじゃない。けど、ぼくのこころに深々と刻まれているけがを晒すのは、まだちょっとだけこわいから。
「…あのね」
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