推しは未来の魔王様！？

原作突入中

36:予期せぬ訪問者

俺の妊娠が発覚して約1ヶ月。
少しだけお腹がぽっこりとしてきた…確実に、子供が育っている。
週に一度、公爵邸に宮廷医がやってきて、検診を行う…経過は順調だそうだ。


前世と違ってエコー写真がある訳じゃないから、姿は見れないけれど。


最初はちゃんと母親になれるのか不安でいっぱいだった。
レイチェル曰く、マタニティブルーだそうだ。
妊婦にはどうしても気分が沈んでしまう時期があると、教えてもらった。


でも、クロ様やレイチェル、リオ…他にも父上やリシェ兄様。


今はみんながこの子を望んでいる。
生まれて来ることを、願われている…これほど嬉しい事はない。


だから俺は、最後まで生き抜かないといけないんだ。


「…レオ様、面会ですわ」


ひょっこりと扉から顔を覗かせているレイチェル。
今彼女は学園を休学し、俺の専属侍女として公爵邸で一緒に世話になっている。


…あれ、面会？
今日はクロ様もリオも…勿論リシェ兄様も、来ないはず。
というか全員昨日来たばかりだ、翌日に来るわけがない。


首を傾げていると、扉が大きく開かれとある人物が露わになる。


輝く銀色に、橙色の瞳。
アルファスト殿下が、そこに立っていた。
……両手にいっぱいの、花束を抱えて。


「…ほら、アルファスト殿下」
「わ、分かってる…レオ！その、えーっと…」


いつまでも入り口に立っている殿下を小突くレイチェル。
どうやら彼女は、殿下の意図を知っているようだ。


俺に声をかけた後、もごもご口籠ってしまう殿下。


幼い頃、俺に容赦なく悪戯を仕掛けていた姿とは大違いだ。
思わず、くすくす笑ってしまう。
そんな俺の姿に、殿下は顔を真っ赤に染め上げた。


「わ、笑うなっ…僕がどれだけ頭を悩ませたと…！」


はっと、唐突に台詞を切ってしまう彼。
そっかぁ…俺に花を贈る為に、沢山悩んでくれたんだなぁ。
そんな事を考えていれば、余計に怒ってしまった。


それがただの照れ隠しだと、分かっている。


「…レオ、妊娠おめでとう。元気な子を産んでくれ」


ずい、大きな花束を差し出される。
途端に鼻腔をくすぐる薔薇の香りに、思わず瞳を細めた。
こんなに大量に花があるのに、全然匂いがキツくない…不思議だ。


そっと崩れないように受け取ると、破顔する殿下の顔が目に入った。


釣られたように笑みを浮かべると、ぷいと顔を逸らされる。
あぁ、本当にこの人は可愛いなぁ。
俺にもし弟がいたら、こんな感じだろうか…。


「レオ様、活けましょう…きっと部屋が明るくなります」
「そうだね。…アルファスト殿下、お心遣い感謝します」


花束をレイチェルに渡すと、彼女は埋もれてしまった。
そんな姿にみんなして笑い合う…とても、幸せな空間。


こんな時間が、永遠に続けばいいのに。


「…レオ、その…お腹に触れてもいいか？」


予想外の、殿下の言葉。
どこかそわそわしている姿に、小さく笑う。


「勿論、良いですよ」
「本当か！」


無邪気に瞳を輝かせる殿下。
原作では絶対に見られない顔だ…ちゃんと彼らは、生きている。


そっと、壊れ物を扱うように優しく…掌が腹部に触れる。
ほんの少し膨らんだだけの、そこ。
そこに命があるのかと思うと、不思議な感覚に陥ってしまう。


「…此処に、兄上との子供が」
「そうですよ、アルファスト殿下…レオ様と、クロムウェル殿下の愛の結晶ですわ」


する、ゆったりとした動きで撫でられる。
少しくすぐったい…我慢だ、我慢。


数分間、そうしてお腹を撫でた殿下は急に神妙な顔つきになった。


突然どうしたのだろう？
その表情は、殿下の少し後ろに控えるレイチェルには見えてないようだ。


殿下の唇が、耳元へ近寄る。


「…僕が、必ず。必ず君達を守ってみせる」


そう囁いた殿下は、挨拶もそこそこに部屋を立ち去ってしまった。
残された俺とレイチェル。


あまりにも不穏な一言に、自分の身体を抱きしめた。