推しは未来の魔王様!?

柴傘

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原作開始前

11:仲違いと衰弱

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あの喧嘩…喧嘩なのかな、あれ。
まぁいいや。あの喧嘩以降、クロ様とは会っていない。
元々クロ様は公務や外交で忙しい身だ、俺との時間なんて予め決めていた日以外に取れる筈もない。


それが酷く、寂しく感じる。


最初の内は、クロ様から頻繁に謝罪の手紙が送られてきた。読むけど、返事はしていない。
このドロドロした汚い感情を、知られたくない。
クロ様はとっても綺麗な存在だから、俺のせいで穢したくない。


そんな事をずっと考えていたら、いつの間にか食事が喉を通らなくなっていた。
今ではすっかりベッドの住人と化している。
日に日に体力も落ちてきて…あれ、これ死んじゃうやつだ。


まずいまずいまずい、まだ死にたくなんてない。


少し運動をしよう。
そう思い立って、動き易い格好に着替えた後、リオを呼び公爵邸の広い庭園へ出た。
取り敢えず軽い散歩から始めよう。無理ない程度で食事も取って、ゆっくり体力をつけていこう。


俺のその行動に、屋敷中の人間が歓喜していたなんて聞いたのは、何年も後の事だった。




ちゃぷん。
晩夏ではあるが未だ残暑が続く中、温くなく程よい冷たさを保っている泉に足を浸ける。
いつだったか、リオの鍛錬を覗き見した場所だ。


1人になりたくて、リオには少し離れた所で待機してもらっている。
最近の趣味は、この心地良い泉に足を浸け、木々の木陰で涼みながら読書をする事。
徐々に、体力も戻ってきた。


…クロ様には、会っていない。
会える訳ない。此処まで避けておいて、会いに行く資格なんてない。
いつ婚約破棄されても可笑しくはないだろう。


パキン、


小さくなった枝が折れる音。
リオが迎えにきたのだろうか?それにしてはまだ明るいけれど…。
振り向くと其処には、焦がれていた銀色が立っていた。


「久しぶり、レオ」
「な、なんで…今学園に居るって、」
「君が回復しつつあると聞いて、一時的に外出許可を貰ったんだ」
「…そんな事、しなくて良いです。俺なんかに態々会わなくても…」


パンジー嬢が居るじゃないですか。
その言葉は飲み込んだ。肯定されたら今度こそ俺は立ち直れない気がするから。
クロ様から顔を背け、再び本に目を落とす。


ふわり、優しく温かな腕の中に捕らわれた。


「…離してくださ」
「嫌だ、もう離さない。絶対に逃がさない…私にはレオが必要なんだ」


力強い言葉に反して、腕は僅かに震えている。
そっと本を閉じ、彼を突き放す台詞を口にした…これが、お互いの為だから。


「俺に、殿は必要ありません…1人で生きていけます」


自分で言った癖に、酷く胸が痛む。
俺を抱きしめるクロ様の腕に、一瞬だけ力が入った後直ぐに緩まった。
漸く解放される、そう油断したのが悪かったのだろうか?


気がつくと、俺はクロ様に唇を奪われていた。


小鳥の様に啄むいつものキス、息を吸おうと僅かに開いたそこに、ぬるりと熱い何かが侵入してくる。
その正体に気づいた途端、一気に主導権を奪われた。


「っ…~ン、ふぁ…!」


ぞくぞくと腰辺りが粟立つ。
互いの舌が擦れ合う未知の快楽に、自然と瞳が潤んだ。
何も考えられず、ただクロ様に咥内を蹂躙される。


俺の濡れた声の合間に聞こえる淫らな水音に、余計興奮が掻き立てられた。
きもちよくて、くるしい。
クロ様に支配されてるみたいで、歓喜から肩が震える。


暫くして離された舌先に、銀の糸がふつりと切れる。
キスだけで脳が溶けそうだ。
ぼんやりとしたままクロ様を見上げると、何処か怒りの滲んだ瞳とかち合う。


驚いて思わず肩を揺らすと、逃げられない様に強く抱き締められた。


「…怖がらせてごめん。でも、レオが好きで仕方ないんだ…お願いだから、どうかそばに居て」


初めて聞く、クロ様の切ない声に息を呑む。
俺が彼を傷付けてしまっている…その事実に、どうしようもなく泣きそうになる。
ついうっかり、口を開いてしまった。


「…クロ様には、パンジー嬢が居るでしょう?小さくて可愛くて、花が咲く様な笑顔の彼女が」
「パンジー嬢?確かに彼女は可愛らしいと思うけれど…レオ、まさか彼女に惚れたのか?!」


俺の口から出た彼女の名前に、クロ様の眉が吊り上がる。
予想外の問いかけに、暫しきょとんとしてしまった。ゆるりと首を左右に振ると、あからさまにホッとした様子のクロ様。
そんなに彼女を俺に近づけたくないのか、そうか。


「レオ…その顔はずるい、可愛すぎる。でもパンジー嬢は駄目だ、タチが悪すぎる」


この人何言ってんだ。
分かった、俺たち話が噛み合ってない…一周回って冷静になったぞ。
もう意地なんて張らずに、素直に聞こう。


「クロ様は、パンジー嬢に惹かれているのではないんですか?あの日、ガゼボで…楽しそうに、話して、」


あぁ、駄目だ。思い出したらまた胸の中にぐるぐる、黒い何かが渦巻いてきた。
パンジー嬢は何も悪くないのに、憎らしくなる。
感情を抑え込むように、掌を握りしめて俯く。


「…私が、パンジー嬢に惹かれている?」
「っえ?」
「レオ、もしかしてパンジー嬢に嫉妬してたのか?そうなんだな?」


俺の顔を見ようと、覗き込んでくる殿下の目を片手で覆ってやった。
さっきの言葉で気付いてしまった…俺は勝手に、クロ様がパンジー嬢と浮気していると思い込んでいたんだろう。
恥ずかしすぎる、穴があったら入りたい。


あぁもう、俺は本当に頭が悪い。
あの日あの場で、ちゃんと話を聞いてればこんなに拗れなかった筈だ。
そっとクロ様の目隠しを外すと、眩しいくらい輝く笑顔が其処にある。


「うぅ…クロ様のばか」


そう言ってクロ様の胸に額を押し付けると、笑い声と共に一言ごめんと聞こえる。
こうして、俺たちの初めての痴話喧嘩は幕を閉じた。
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