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原作開始前
10:見知らぬ人
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数少ないクロ様の夏期休暇中のとある登城日、早めの時間に到着してしまった俺は、リオを引き連れ東の庭園を散歩していた。
此処はクロ様と、クロ様の母君であらせられる第二王妃様の居住区で、警備は物凄く厳重だ。
そんな東の庭園に顔パスで入れるのは、俺くらいだろう。
リオは俺の護衛役も兼ねているので、俺と一緒ならすんなり入れる…これも、クロ様の気遣いだ。
王宮の護衛だと、無駄に気遣ってしまう俺への配慮。
余りにも俺を気遣ってくれるクロ様に、迷惑じゃないかと心配してしまう。
笑顔で好きでやってるだけだよ、そう言ってくれるクロ様は酷く優しい…彼の負担にだけは、なりたくない。
婚姻したら、否が応でも何かしら迷惑をかけてしまうだろうから。
「…はぁ、」
「レオンハルト様、やはり今日はお断りした方が…朝よりも、顔色が良くありません」
小さなため息の後、心配そうにリオが顔を覗き込む。
近頃、例の夢のせいでよく眠れていない…今日もあの夢で飛び起きた。何となく寝付けなくて、早めに登城してしまった。
「いや、俺もクロ様に会いたいから…大丈夫、長居はしない様にするよ」
そう言って笑えば、何も言えなくなるリオ。
彼は、殊更俺とクロ様の仲を喜んでいる…俺の気持ちを、無下には出来ないんだろう。
ふと、遠くからクロ様の声が聞こえる。
今は執務中だと、彼の侍従に聞いた。約束の時間までには終われせると息巻いていた事も。
なのに何故、楽しげなクロ様の声が聞こえるのか。
いけないと思いながらも、俺は勝手に動く足を止められなかった。
「…まぁ、そうなんですの!」
「あぁ、本当に……は、……で…」
途切れ途切れで聞き取れないが、クロ様の声と確実に分かった。
相手は鈴を転がすような可愛らしい声の…女性。
どろり、黒い感情が胸に溢れる。
更に歩みを進めると、白を基調としたガゼボに見える二つの人影。
燃える様な赤毛を可愛らしく巻き、薄ピンクの可愛らしいドレスに身を包んだ麗しい御令嬢。
その真向かいに、楽しげに笑うクロ様がいた。
心臓を鷲掴みにされる様な、妙な感覚。
その光景はまるで1枚の絵画の様で、とても美しい。
俺なんかより、よっぽどお似合いな2人だった。
自然と身体に力が入り、表情筋が強張る。こちらに気付いた御令嬢が、美しい礼をした。
「王国の花に祝福を…ご機嫌よう、クロムウェル殿下。そちらの御令嬢は?」
「ッレオ!?何で此処に…あ、あぁ、彼女は…」
「お初にお目に掛かります、シノア侯爵家長女のパンジーと申します…レオンハルト様にお会いできて光栄ですわ」
そう言って美しく笑うパンジー嬢。
クロ様が何故か酷く慌てている…やはり、やましい事でもあるのだろうか?
また、黒く汚い感情が溢れた気がした。
「ご機嫌よう、パンジー嬢…殿下もお人が悪いですね、彼女がいらっしゃるなら仰ってください」
「い、いや、その…レオ、勘違いしてないか?」
「レオンハルト様、私は別件で登城したのです…その際久方振りに殿下にお会いしましたので、ご挨拶してただけですわ!」
慌てた様に言い訳を探すクロ様と、焦った様に潔白を口にするパンジー嬢。
あぁそうか…俺は2人の邪魔をしてしまったんだなぁ。
「お構いなく…俺はもう、お暇しますから。それでは殿下、パンジー嬢…失礼致します」
「っちょ、レオ!待ってくれ、誤解なんだ!」
そう言って俺の手首を力強く握るクロ様。ずきりと痛みが走ったが、クロ様は何処か必死だ。
でも、言い訳なんて聞きたくない。
俺は初めて、クロ様を睨みつけた。
「殿下、痛いです…そんなに慌てると、やましい事でも合ったのではと勘繰られますよ。もう少し上手く隠してください…それと、再来週の登城日ですが、急用が出来たので申し訳ありませんがお断りさせて頂きます。」
「レ、レオ…急用とは?私との逢瀬より大事な用なのか…?」
途端に捨てられそうな子犬の様な顔をする殿下、俺がこの顔に弱いと知っているから。
でももう、騙されない。
「えぇ、そうです。俺にとってとても大切な方に誘われまして…あの日を逃すと、また暫く会えませんので」
こんな話出鱈目だ。確かにその日、リシェ兄様に船遊びに誘われたが、登城日だというとすんなり引き下がってくれた。
暫く、クロ様に会いたくない。
俺の中に渦巻く嫉妬心を見られたくない、もしクロ様がパンジー嬢とそういう関係だったら?
それが理由で、婚約解消されたら?
俺はもう、生きていけないかもしれない。
それ程、クロ様を深く愛しすぎてしまった。
彼にとって俺との婚約は、王命でいつでも覆されてしまう程不確かな物なのだから。
これ以上の執着は、良くない。
ショックを受けたクロ様が、思わず俺の手首の拘束を緩めた。
その隙に一礼をし、リオを引き連れて王宮を出る。
その夜、何故か涙が止まらなかった。
それ以降、俺がクロ様に自ら会いに行くことは、一切なくなる。
例の夢を、毎日途切れる事なく見る様になったきっかけだった。
此処はクロ様と、クロ様の母君であらせられる第二王妃様の居住区で、警備は物凄く厳重だ。
そんな東の庭園に顔パスで入れるのは、俺くらいだろう。
リオは俺の護衛役も兼ねているので、俺と一緒ならすんなり入れる…これも、クロ様の気遣いだ。
王宮の護衛だと、無駄に気遣ってしまう俺への配慮。
余りにも俺を気遣ってくれるクロ様に、迷惑じゃないかと心配してしまう。
笑顔で好きでやってるだけだよ、そう言ってくれるクロ様は酷く優しい…彼の負担にだけは、なりたくない。
婚姻したら、否が応でも何かしら迷惑をかけてしまうだろうから。
「…はぁ、」
「レオンハルト様、やはり今日はお断りした方が…朝よりも、顔色が良くありません」
小さなため息の後、心配そうにリオが顔を覗き込む。
近頃、例の夢のせいでよく眠れていない…今日もあの夢で飛び起きた。何となく寝付けなくて、早めに登城してしまった。
「いや、俺もクロ様に会いたいから…大丈夫、長居はしない様にするよ」
そう言って笑えば、何も言えなくなるリオ。
彼は、殊更俺とクロ様の仲を喜んでいる…俺の気持ちを、無下には出来ないんだろう。
ふと、遠くからクロ様の声が聞こえる。
今は執務中だと、彼の侍従に聞いた。約束の時間までには終われせると息巻いていた事も。
なのに何故、楽しげなクロ様の声が聞こえるのか。
いけないと思いながらも、俺は勝手に動く足を止められなかった。
「…まぁ、そうなんですの!」
「あぁ、本当に……は、……で…」
途切れ途切れで聞き取れないが、クロ様の声と確実に分かった。
相手は鈴を転がすような可愛らしい声の…女性。
どろり、黒い感情が胸に溢れる。
更に歩みを進めると、白を基調としたガゼボに見える二つの人影。
燃える様な赤毛を可愛らしく巻き、薄ピンクの可愛らしいドレスに身を包んだ麗しい御令嬢。
その真向かいに、楽しげに笑うクロ様がいた。
心臓を鷲掴みにされる様な、妙な感覚。
その光景はまるで1枚の絵画の様で、とても美しい。
俺なんかより、よっぽどお似合いな2人だった。
自然と身体に力が入り、表情筋が強張る。こちらに気付いた御令嬢が、美しい礼をした。
「王国の花に祝福を…ご機嫌よう、クロムウェル殿下。そちらの御令嬢は?」
「ッレオ!?何で此処に…あ、あぁ、彼女は…」
「お初にお目に掛かります、シノア侯爵家長女のパンジーと申します…レオンハルト様にお会いできて光栄ですわ」
そう言って美しく笑うパンジー嬢。
クロ様が何故か酷く慌てている…やはり、やましい事でもあるのだろうか?
また、黒く汚い感情が溢れた気がした。
「ご機嫌よう、パンジー嬢…殿下もお人が悪いですね、彼女がいらっしゃるなら仰ってください」
「い、いや、その…レオ、勘違いしてないか?」
「レオンハルト様、私は別件で登城したのです…その際久方振りに殿下にお会いしましたので、ご挨拶してただけですわ!」
慌てた様に言い訳を探すクロ様と、焦った様に潔白を口にするパンジー嬢。
あぁそうか…俺は2人の邪魔をしてしまったんだなぁ。
「お構いなく…俺はもう、お暇しますから。それでは殿下、パンジー嬢…失礼致します」
「っちょ、レオ!待ってくれ、誤解なんだ!」
そう言って俺の手首を力強く握るクロ様。ずきりと痛みが走ったが、クロ様は何処か必死だ。
でも、言い訳なんて聞きたくない。
俺は初めて、クロ様を睨みつけた。
「殿下、痛いです…そんなに慌てると、やましい事でも合ったのではと勘繰られますよ。もう少し上手く隠してください…それと、再来週の登城日ですが、急用が出来たので申し訳ありませんがお断りさせて頂きます。」
「レ、レオ…急用とは?私との逢瀬より大事な用なのか…?」
途端に捨てられそうな子犬の様な顔をする殿下、俺がこの顔に弱いと知っているから。
でももう、騙されない。
「えぇ、そうです。俺にとってとても大切な方に誘われまして…あの日を逃すと、また暫く会えませんので」
こんな話出鱈目だ。確かにその日、リシェ兄様に船遊びに誘われたが、登城日だというとすんなり引き下がってくれた。
暫く、クロ様に会いたくない。
俺の中に渦巻く嫉妬心を見られたくない、もしクロ様がパンジー嬢とそういう関係だったら?
それが理由で、婚約解消されたら?
俺はもう、生きていけないかもしれない。
それ程、クロ様を深く愛しすぎてしまった。
彼にとって俺との婚約は、王命でいつでも覆されてしまう程不確かな物なのだから。
これ以上の執着は、良くない。
ショックを受けたクロ様が、思わず俺の手首の拘束を緩めた。
その隙に一礼をし、リオを引き連れて王宮を出る。
その夜、何故か涙が止まらなかった。
それ以降、俺がクロ様に自ら会いに行くことは、一切なくなる。
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