満月に囚われる。

柴傘

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33:報告と返事

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「ヴィンス、落ち着いてってば」
「いや、そのだな、だって…やっぱり緊張するから明日にしないか?」
「それ何回目だよ、俺と婚約したくないのか?」
「したいに決まってる!何なら今すぐ結婚したって…!」

そう言った後、もごもごと口籠るヴィンスに思わず苦笑する。

俺の手には、一通の手紙。先日ワングレイ侯爵家に送った、俺への婚約の申し込みの返事だ。
これは今朝届いた物だが、既に夕方。返事を見た後夕食の場でユースチス陛下達に報告をしないといけないから、俺としてはさっさと見たいんだけど…。

どうやらヴィンスの覚悟が決まらないらしい、うろうろと忙しなく部屋の中を歩き回っている。

「ほら、開けちゃったぞー」
「シ、シル!?何してるんだ、まだ私には覚悟が…!」
「大丈夫だって。俺、侯爵に好かれてないって言っただろ…ほら、良いってよ」

後ろでぎゃあぎゃあ騒いでいるヴィンスを無視し、返事にさっと目を通す。

時候の挨拶と、身体を労わる言葉。きっとこれは、体裁を気にしたからだろう。
簡潔に言えば、俺とヴィンスの婚約をワングレイ家は許可すると。ん?なんか、言い回しが変だな…。

そこだけがやや気になるが、手紙を食い入る様に見つめるヴィンスは嬉しそうだ。

その嬉しそうな表情が俺には嬉しくて、思わず笑みを浮かべてしまう。さっきまで泣きそうだった癖に、今はこんなにも幸せそうで。
そっと手を伸ばし、柔らかな毛並みを優しく撫でる。俺の手が心地良いのか、ヴィンスの喉がくるくると可愛らしく鳴った。

その様子を穏やかに眺めていると、レイモンドがひょこりと部屋に顔を出す。

「お二人とも、そろそろ夕食のお時間ですよ」
「もうそんな時間?危ない、間に合わないところだった…ほらヴィンス、行こう」
「あぁ、漸く兄上にいい返事が言える」

ヴィンスが差し出した腕に、俺はそっと掌を乗せた。



「そうかそうか、これで一安心だな…結婚の発表は、半年後の龍神祭にしたらどうだろうか。数ヶ月は婚約期間を設けねば体裁が悪いだろう?明日直ぐにでも婚約同意書を用意させよう」

そう穏やかに話す陛下は、本当に俺達の婚約を喜んでくれている様だ。

ヴィンス以外の人がこんなに喜んでくれるとは思っていなかったから、少しこそばゆい。
フレッド王子も嬉しそうに笑ってくれていて、俺も家族の一員になったみたいで…ここに、ザックも居たらなぁって思ってしまう。

俺のそんな心情を察したのか、隣に座っていたヴィンスが顔を覗き込んできた。

「ワングレイ侯爵家にも招待状を出そう。向こうの龍神祭で忙しいだろうが、もしかしたら弟君も来てくれるかもしれない」
「うん、そうだな…ザックに、ちゃんと俺の口から話したいし。」

龍神祭。それはユースチスだけではなく、世界中で同時期に行われるお祭りだ。

この世界を作り上げたと言われる龍神フィネア。その神が誕生したのが、龍神祭の日だと言われている。
フィネアの誕生を祝うお祭り、それが龍神祭…各国がどれだけ自国が豊かかを競い合うという面も含まれている。

だが不思議と、龍神祭の日に強盗や殺人などの事件が起きる事はない。龍神の加護だとも言われている。

そんなめでたい日に婚約や結婚の発表をするのは、とても縁起がいい事だとされている。
まさか俺が、その対象になるなんて…本当に、嬉しい。

「楽しみだな、龍神祭」
「あぁ、そうだな…これで正式に、シルのパートナーになれる」

そう言ってヴィンスと笑い合う。この時の俺は、後に起こる事件の事なんて知る由も無かった。
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