満月に囚われる。

柴傘

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32:初めてのキス

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「うん、随分回復したね。これならもう魔術を使っても、走り回っても大丈夫だ」

そう言ったのは、舞踏会の日以来お世話になっている宮廷医師だ。名前はエリク先生。
昔、山賊に襲われているところをユースチス陛下に救われたらしい。その後この国に移り住み、医療に多大な貢献をし宮廷医師になったそうだ。

エリク先生は勿論獣人族にも詳しいが、やはり人族。人族の病気が一番の得意分野らしい。

だからこうして、この国に住む人族や来賓の人族を専門的に見ているそう。中には勿論国賓もいるので、国際問題にならない様尽力している。
例に漏れず俺もエリク先生にとてもお世話になった。

そんな先生のお墨付きを貰い、俺はヴィンスと共に庭園を歩いている。

「外に出られるようになって良かったな。私ももうすぐシルの授業を受けれるのだと思うと、すごく楽しみだ」
「ありがとう、ヴィンス…俺も、早くヴィンスと一緒に魔術を使いたい」

そう言って笑えば、ヴィンスも心底嬉しそうに笑ってくれた。

狼耳がぴこぴこと忙しなく動いていて、本当に楽しそうなんだと嬉しくなる。俺、やっぱりヴィンスの事が大好きだ。
あの夜、俺の意識を引っ張ってくれたのはヴィンスだった。そして、眠っていた俺を起こしてくれたのもヴィンス。

アルフォンスの事も勿論好きだが、あれは恋に恋していただけなんだと今では思う。

そうじゃなきゃ、こんなにも相手の幸せを祈れない。俺はヴィンスに幸せになって欲しいし、ヴィンスが幸せならば潔く身を引ける。
引けるけど、酷く胸が苦しくなるだろう。それくらい、彼のことが好きだから。

俺だけのものにしたい欲求と、笑っていて欲しい感情が俺を揺さぶる。

「…ヴィンス」
「どうした、シル?」

花を愛でていたヴィンスが振り向く。

そんなヴィンスに近寄り、腕を掴んだ。そのまま軽く背伸びをして、ちゅっと柔らかな毛で覆われている頬へ口付ける。
ぽかん、そんな表情のまま固まったヴィンスから身体を離し、ぎゅっと正面から抱きついた。

恐る恐る回された腕が、やんわりと俺を抱きしめ返す。その様子すら、堪らなく愛おしい。

「あの日、俺を探しにくてくれてありがとう。俺を呼び戻してくれてありがとう。眠り続けている俺を起こしてくれて、ありがとう」
「…当然の事を、しただけだ」
「ヴィンスにとって当たり前でも、俺からしたら本当に嬉しい事だったんだ。出会った時からずっと優しく接してくれてて、魔術を楽しんでくれて、俺に対して直向きに愛をくれた…そんなヴィンスが、大好きなんだ」

そう言った瞬間、ふわりと抱き上げられる。

俺が見下ろした先にあったヴィンスの顔は、今にも泣きそうに歪んでいた。嬉しさと感動と、愛おしさがないまぜになった不思議な表情。
そっと両手で頬を包み込むと、満月の双眸がゆるりと細められた。

あぁ、好きだなぁ。俺は思わず顔を近づけ、ヴィンスの唇に己の唇を押し付けていたのだった。
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