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29:殿下の焦燥
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広間でダンスを終えた後、シルを休ませていた。
傍にはちゃんと、王宮勤めの騎士を侍らせて。
私も勿論、シルが視界に入る範囲内に居るようにしていた。ほんの一瞬、何処かの貴族に声をかけられ視線をそらした時以外は。
声を掛けて来たのは、名も知らない子爵家の男。彼は、何かに操られているように目が虚ろで。
その瞬間、私はシルの居た場所へ走っていた。シルが危ない、この城の中に呪いをかけた張本人が紛れ込んでいると直感した。
シルを守らなければ、それだけが頭の中を占めていた。あの日見つけた本以外に、呪いを退ける方法は見つけられていない。私には、物理的にしかシルを守ってやれる術がないのだ。
なのに何故、シルから離れたんだ。後悔ばかりが募っていく。シル、どうか無事で居てくれ。
「シル!シル、何処だ!?」
異様に静かな城の廊下に、私の声がやけに響く。
こういった客人が入らない廊下でも、不審者の侵入を阻む為に騎士を配置しているはずだ。なのに此処は、人一人いない。余りにも不自然な光景故に、ここにシルが居ると確信する。
ふと、少し先に何か光る物が落ちていた。慌てて近寄れば、そこにはシルの上着が落ちていて。
その直ぐ傍にも、私があげた髪飾りが落ちていた。
間違いない、シルはこっちの方角に来ている。髪飾りを懐にしまい、上着を片手に抱え角を曲がった。
するとそこには、見知らぬ老婆の前に立ち尽くすシルの姿。
「シル、もしかしてソイツが…シル?」
直ぐ傍まで駆け寄っても、シルは一向に此方を振り向かない。それどころか、異様なほど静かだ。
数秒か、数分か。張り詰めていた空気が緩んだのは、シルがゆっくりと此方を振り向いたから。
その行動にほっとする。どうやらただ放心していただけらしい…シルを此方へ引き戻そうと、私は手を差し出した。
「っ…シル!?」
掌に走る鋭い痛み。一瞬、理解が出来なかった。いや、理解したくなかっただけかもしれない。
シルの手に握られている、小ぶりなナイフ。何か魔術がかけられているのか、怪しく紫色に光っている。
此方を振り返ったシルの表情は、無だった。何もない、喜びも悲しみも。酷く虚ろで、まるで世界の全てに興味がないと言わんばかりの。
背筋がゾクリと粟立った。これは駄目だと、獣人としての本能が警鐘を鳴らす。
「…シル、頼む。戻ってきてくれ」
「………」
「シル!私は、君を傷付けたくない!」
繰り出されるナイフをひたすら避ける。どうか、私の声が届いてくれと願いながら。
シルが魔術を使えば、私など一発で倒される。それをしないのはきっと、呪いで操られているから。
だが私がシルに攻撃を加えれば、下手をするとシルを殺してしまう。それ程に、獣人族と人族の力の差は大きい。
何度目かに突き出された腕を、加減しながら両手で掴む。
「シル、今日は疲れただろう?部屋に戻ろう、シルが好きだって言っていた紅茶も用意する」
「………」
「もし小腹が空いているのなら、軽食も手配しよう。今日は兎に角、温かくして休むんだ。な?」
出来るだけ、日常会話のように話しかける。
私の声を聞いて、本来のシルが戻ってくるかもしれない。私の声が聞こえた事で、シルの心が少しでも呪いに打ち勝ってくれるかもしれない。
そう希望を込めて、声に僅かに魔力を乗せる。シルの奥深くに、聞こえるように。
するとふと、シルの腕から力が抜けた。
「ヴィンス、おれ…」
「シル、大丈夫だ。一緒に帰ろう…っ!」
一瞬の油断。それを見逃さなかったシルは、私を押し倒し馬乗りになる。
しまった、さっきのは犯人の演技か!大きく腕を振りかぶったシルを、真っ直ぐ見つめる。
胸を一突きされたら、きっとひとたまりも無いな。でもきっと、シルの腕力なら死にはしないだろう…いや、死んでたまるか。
シルの手で、誰も殺させやしない。それが例え私でも、犯人でも。
「ヴィンス、やだ…お、れ、まだ…なにも…」
ぽたり、シルの涙が私の頬に落ちた後、周囲が眩い光に包まれた。
傍にはちゃんと、王宮勤めの騎士を侍らせて。
私も勿論、シルが視界に入る範囲内に居るようにしていた。ほんの一瞬、何処かの貴族に声をかけられ視線をそらした時以外は。
声を掛けて来たのは、名も知らない子爵家の男。彼は、何かに操られているように目が虚ろで。
その瞬間、私はシルの居た場所へ走っていた。シルが危ない、この城の中に呪いをかけた張本人が紛れ込んでいると直感した。
シルを守らなければ、それだけが頭の中を占めていた。あの日見つけた本以外に、呪いを退ける方法は見つけられていない。私には、物理的にしかシルを守ってやれる術がないのだ。
なのに何故、シルから離れたんだ。後悔ばかりが募っていく。シル、どうか無事で居てくれ。
「シル!シル、何処だ!?」
異様に静かな城の廊下に、私の声がやけに響く。
こういった客人が入らない廊下でも、不審者の侵入を阻む為に騎士を配置しているはずだ。なのに此処は、人一人いない。余りにも不自然な光景故に、ここにシルが居ると確信する。
ふと、少し先に何か光る物が落ちていた。慌てて近寄れば、そこにはシルの上着が落ちていて。
その直ぐ傍にも、私があげた髪飾りが落ちていた。
間違いない、シルはこっちの方角に来ている。髪飾りを懐にしまい、上着を片手に抱え角を曲がった。
するとそこには、見知らぬ老婆の前に立ち尽くすシルの姿。
「シル、もしかしてソイツが…シル?」
直ぐ傍まで駆け寄っても、シルは一向に此方を振り向かない。それどころか、異様なほど静かだ。
数秒か、数分か。張り詰めていた空気が緩んだのは、シルがゆっくりと此方を振り向いたから。
その行動にほっとする。どうやらただ放心していただけらしい…シルを此方へ引き戻そうと、私は手を差し出した。
「っ…シル!?」
掌に走る鋭い痛み。一瞬、理解が出来なかった。いや、理解したくなかっただけかもしれない。
シルの手に握られている、小ぶりなナイフ。何か魔術がかけられているのか、怪しく紫色に光っている。
此方を振り返ったシルの表情は、無だった。何もない、喜びも悲しみも。酷く虚ろで、まるで世界の全てに興味がないと言わんばかりの。
背筋がゾクリと粟立った。これは駄目だと、獣人としての本能が警鐘を鳴らす。
「…シル、頼む。戻ってきてくれ」
「………」
「シル!私は、君を傷付けたくない!」
繰り出されるナイフをひたすら避ける。どうか、私の声が届いてくれと願いながら。
シルが魔術を使えば、私など一発で倒される。それをしないのはきっと、呪いで操られているから。
だが私がシルに攻撃を加えれば、下手をするとシルを殺してしまう。それ程に、獣人族と人族の力の差は大きい。
何度目かに突き出された腕を、加減しながら両手で掴む。
「シル、今日は疲れただろう?部屋に戻ろう、シルが好きだって言っていた紅茶も用意する」
「………」
「もし小腹が空いているのなら、軽食も手配しよう。今日は兎に角、温かくして休むんだ。な?」
出来るだけ、日常会話のように話しかける。
私の声を聞いて、本来のシルが戻ってくるかもしれない。私の声が聞こえた事で、シルの心が少しでも呪いに打ち勝ってくれるかもしれない。
そう希望を込めて、声に僅かに魔力を乗せる。シルの奥深くに、聞こえるように。
するとふと、シルの腕から力が抜けた。
「ヴィンス、おれ…」
「シル、大丈夫だ。一緒に帰ろう…っ!」
一瞬の油断。それを見逃さなかったシルは、私を押し倒し馬乗りになる。
しまった、さっきのは犯人の演技か!大きく腕を振りかぶったシルを、真っ直ぐ見つめる。
胸を一突きされたら、きっとひとたまりも無いな。でもきっと、シルの腕力なら死にはしないだろう…いや、死んでたまるか。
シルの手で、誰も殺させやしない。それが例え私でも、犯人でも。
「ヴィンス、やだ…お、れ、まだ…なにも…」
ぽたり、シルの涙が私の頬に落ちた後、周囲が眩い光に包まれた。
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