満月に囚われる。

柴傘

文字の大きさ
上 下
30 / 48

29:殿下の焦燥

しおりを挟む
広間でダンスを終えた後、シルを休ませていた。

傍にはちゃんと、王宮勤めの騎士を侍らせて。
私も勿論、シルが視界に入る範囲内に居るようにしていた。ほんの一瞬、何処かの貴族に声をかけられ視線をそらした時以外は。

声を掛けて来たのは、名も知らない子爵家の男。彼は、何かに操られているように目が虚ろで。

その瞬間、私はシルの居た場所へ走っていた。シルが危ない、この城の中に呪いをかけた張本人が紛れ込んでいると直感した。
シルを守らなければ、それだけが頭の中を占めていた。あの日見つけた本以外に、呪いを退ける方法は見つけられていない。私には、物理的にしかシルを守ってやれる術がないのだ。

なのに何故、シルから離れたんだ。後悔ばかりが募っていく。シル、どうか無事で居てくれ。

「シル!シル、何処だ!?」

異様に静かな城の廊下に、私の声がやけに響く。

こういった客人が入らない廊下でも、不審者の侵入を阻む為に騎士を配置しているはずだ。なのに此処は、人一人いない。余りにも不自然な光景故に、ここにシルが居ると確信する。
ふと、少し先に何か光る物が落ちていた。慌てて近寄れば、そこにはシルの上着が落ちていて。

その直ぐ傍にも、私があげた髪飾りが落ちていた。

間違いない、シルはこっちの方角に来ている。髪飾りを懐にしまい、上着を片手に抱え角を曲がった。
するとそこには、見知らぬ老婆の前に立ち尽くすシルの姿。

「シル、もしかしてソイツが…シル?」

直ぐ傍まで駆け寄っても、シルは一向に此方を振り向かない。それどころか、異様なほど静かだ。

数秒か、数分か。張り詰めていた空気が緩んだのは、シルがゆっくりと此方を振り向いたから。
その行動にほっとする。どうやらただ放心していただけらしい…シルを此方へ引き戻そうと、私は手を差し出した。

「っ…シル!?」

掌に走る鋭い痛み。一瞬、理解が出来なかった。いや、理解したくなかっただけかもしれない。

シルの手に握られている、小ぶりなナイフ。何か魔術がかけられているのか、怪しく紫色に光っている。
此方を振り返ったシルの表情は、無だった。何もない、喜びも悲しみも。酷く虚ろで、まるで世界の全てに興味がないと言わんばかりの。

背筋がゾクリと粟立った。これは駄目だと、獣人としての本能が警鐘を鳴らす。

「…シル、頼む。戻ってきてくれ」
「………」
「シル!私は、君を傷付けたくない!」

繰り出されるナイフをひたすら避ける。どうか、私の声が届いてくれと願いながら。

シルが魔術を使えば、私など一発で倒される。それをしないのはきっと、呪いで操られているから。
だが私がシルに攻撃を加えれば、下手をするとシルを殺してしまう。それ程に、獣人族と人族の力の差は大きい。

何度目かに突き出された腕を、加減しながら両手で掴む。

「シル、今日は疲れただろう?部屋に戻ろう、シルが好きだって言っていた紅茶も用意する」
「………」
「もし小腹が空いているのなら、軽食も手配しよう。今日は兎に角、温かくして休むんだ。な?」

出来るだけ、日常会話のように話しかける。

私の声を聞いて、本来のシルが戻ってくるかもしれない。私の声が聞こえた事で、シルの心が少しでも呪いに打ち勝ってくれるかもしれない。
そう希望を込めて、声に僅かに魔力を乗せる。シルの奥深くに、聞こえるように。

するとふと、シルの腕から力が抜けた。

「ヴィンス、おれ…」
「シル、大丈夫だ。一緒に帰ろう…っ!」

一瞬の油断。それを見逃さなかったシルは、私を押し倒し馬乗りになる。

しまった、さっきのは犯人の演技か!大きく腕を振りかぶったシルを、真っ直ぐ見つめる。
胸を一突きされたら、きっとひとたまりも無いな。でもきっと、シルの腕力なら死にはしないだろう…いや、死んでたまるか。

シルの手で、誰も殺させやしない。それが例え私でも、犯人でも。

「ヴィンス、やだ…お、れ、まだ…なにも…」

ぽたり、シルの涙が私の頬に落ちた後、周囲が眩い光に包まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで

橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。 婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、 不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。 --- 記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘! 次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。 --- 記憶は戻りますが、パッピーエンドです! ⚠︎固定カプです

無自覚主人公の物語

裏道
BL
トラックにひかれて異世界転生!無自覚主人公の話

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……

おがこは
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?! ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。 凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。

俺のまったり生活はどこへ?

グランラババー
BL
   異世界に転生したリューイは、前世での死因を鑑みて、今世は若いうちだけ頑張って仕事をして、不労所得獲得を目指し、20代後半からはのんびり、まったり生活することにする。  しかし、次代の王となる第一王子に気に入られたり、伝説のドラゴンを倒したりと、今世も仕事からは逃れられそうにない。    さて、リューイは無事に不労所得獲得と、のんびり、まったり生活を実現できるのか? 「俺と第一王子との婚約なんて聞いてない!!」   BLではありますが、軽い恋愛要素があるぐらいで、R18には至りません。  以前は別の名前で投稿してたのですが、小説の内容がどうしても題名に沿わなくなってしまったため、題名を変更しました。    題名変更に伴い、小説の内容を少しずつ変更していきます。  小説の修正が終わりましたら、新章を投稿していきたいと思っています。

年下男子は手強い

凪玖海くみ
BL
長年同じ仕事を続けてきた安藤啓介は、どこか心にぽっかりと穴が開いたような日々を過ごしていた。 そんなある日、職場の近くにある小さなパン屋『高槻ベーカリー』で出会った年下の青年・高槻直人。 直人のまっすぐな情熱と夢に触れるうちに、啓介は自分の心が揺れ動くのを感じる。 「君の力になりたい――」 些細なきっかけから始まった関係は、やがて2人の人生を大きく変える道へとつながっていく。 小さなパン屋を舞台に繰り広げられる、成長と絆の物語。2人が見つける“未来”の先には何が待っているのか――?

【完】俺の嫁はどうも悪役令息にしては優し過ぎる。

福の島
BL
日本でのびのび大学生やってたはずの俺が、異世界に産まれて早16年、ついに婚約者(笑)が出来た。 そこそこ有名貴族の実家だからか、婚約者になりたいっていう輩は居たんだが…俺の意見的には絶対NO。 理由としては…まぁ前世の記憶を思い返しても女の人に良いイメージがねぇから。 だが人生そう甘くない、長男の為にも早く家を出て欲しい両親VS婚約者ヤダー俺の勝負は、俺がちゃんと学校に行って婚約者を探すことで落ち着いた。 なんかいい人居ねぇかなとか思ってたら婚約者に虐められちゃってる悪役令息がいるじゃんと… 俺はソイツを貰うことにした。 怠慢だけど実はハイスペックスパダリ×フハハハ系美人悪役令息 弱ざまぁ(?) 1万字短編完結済み

処理中です...