満月に囚われる。

柴傘

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21:ちいさなおうじさま

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「シル、この後お茶でも…」
「おじうえー!」

魔術の授業を終え、片づけをしていた俺にいつものようなお茶のお誘いがかかる。

それを遮るように勢い良く開かれた扉に、思わず視線を向けてしまった。そこにはまだ小さな子狼…艶めく濃灰の毛並みには、見覚えがあった。
陛下と同じ色で、ヴィンスの事を叔父上と呼んでいた。という事は、この小さな子狼はこの国の王子殿下にあたる存在だということが分かる。

ちらりとヴィンスを振り返ると、何処か遠い目をしていた。

「…フレッド、1人で行動してはいけないと何回言った?護衛はどうした、また振り切ったのか」
「おじうえが此処にいるときき、全力できました!おじうえ、またおはなししてください!」
「お話しするのは構わない。が、授業をすっぽかすのは違うだろう?」

どうやら子狼…フレッド王子は、何もかもをすっ飛ばして此処に来てしまったらしい。

それが悪い事と本人も自覚しているのか、もごもごと言い訳めいた事を口にした後黙って俯いてしまった。
その時に小さく聞こえた、叔父上と一緒が良いというのが本音だろう。ザックと同い年くらいの小さな王子様の前に、俺はそっと跪く。

俺の気配に気がついた王子は、ゆるゆると顔を上げた。

「初めまして、フレッド王子。私はシルティア・ワングレイと申します、隣国の侯爵家の長男です。良ければこれから、私たちと一緒にお茶でもいかがですか?」
「おちゃ…それは、おじうえも一緒?」
「えぇ、勿論。いいですよね、ヴィンセント殿下」

笑みを浮かべたまま振り向くと、ヴィンスは驚いた顔のまま頷いた。

どうやら俺の唐突な行動が予想外だったらしく、純粋に驚いているようだ。驚きながらもこくりと頷きを返してくれる。
おずおずとヴィンスの様子を伺っていた王子も、許可を得られれば嬉しそうに顔が綻んだ。

その表情が何処かヴィンスに似ている気がして、俺も思わず笑みが溢れる。

「ではフレッド王子、我々と共に行きましょうか」
「うんっ!」

兎に角今は、ヴィンスと王子に話し合って貰わないと。

お互い何か、大きなかけ違いをしてしまっているような気がする。
俺は数年前、ザックの為を思って距離を取ってた時期があった。そのせいでザックに要らぬ不安を与えてしまい、結果大癇癪を起こしてしまう事態になる。

その経験則から、このままでは不味いと思ったんだ。

フレッド王子と手を繋ぎ、庭園のテーブルへエスコートする。その間もヴィンスからの視線が痛かったけど、今回ばかりは無視させて貰った。
俺達で王子を挟むように座り、お茶会が始まった。王子がヴィンスへ話をせがむと、ヴィンスは渋々口を開く。

話聞かせた内容はこの国の歴史だったり、文化だったりバラバラだ。だけど王子は、至極楽しそうに耳を傾けている。

本当にヴィンスの事が大好きなんだろう。そう思って見守っていれば、今度は俺に話をせがんできた。

「えーと、何を話せば良いんだろう」
「何でも良い。シルの国の事でも、シル自身の事でも」
「シルのおはなし、聞きたい!」

そう言われて悪い気はしない。俺は実演も混ぜて、魔術について分かりやすく説明した。

そしてそんな楽しい時間は、王子の専属のメイド達の来訪によって幕を下ろす。
どうやら城内を走り回り、王子を探していたようだ。そこにヴィンスの騎士達が加わり、事情を説明したのだという。

帰る時間だと分かってしまって、王子は俺にしがみつく。俺は、彼を引き渡さないと思われたんだろう。

「…フレッド王子、もうお茶会はおしまいですよ」
「やだ。シルも、おれがじゃま?」

うる、王子の瞳に涙の幕が張る。とんとんと優しく背を撫でながら否定した。

そんな王子の様子を見て、ヴィンスも何かに気づいたようだ。
王子の前にしゃがんで視線を合わせ、真摯な眼差しで言葉を紡ぐ。その姿は王族然としていて、眩しいくらい格好いい。

「フレッド、私はお前が邪魔になったのではない…私とばかり一緒にいて勉強を疎かにするのは間違っているから距離を取った。厳しい言葉も投げかけた。不安がらせて、すまなかったな」
「ち、ちが…おじうえはりっぱなお方です。おれとはちがって、すごいから、おれがじゃまで当然で…」

自分で言っていて悲しくなってしまったのか、遂に王子が泣き出してしまった。

おろおろと慌てるヴィンスの肩を叩き、そっと王子を抱き上げる。宥めるように揺さぶれば、少しずつ涙が止まっていった。
優しく笑いながら目を合わせ、なるべく落ち着いた声で言い聞かせる。

「誰も王子の事を邪魔だなんて思ってません。皆、王子が大好きなんですよ…勿論、私もです。」
「みんな、おれがだいすき…?」

きょとん、呆けた顔をしながら周囲にいるメイド達を見遣る。

メイド達はこくこくと必死に頷き、口々に王子が好きだと伝えた。その言葉は、俺ですら分かるほど好意が溢れている。
皆、この小さな小狼が大好きなんだ。勿論、ヴィンスも。

大好きだから、立派に育って欲しい。そんな願いが、伝わってくる。

「だから、辛くなったら言いましょう?王子だけが我慢しなくて良いんです。寂しかったら、寂しいって言って良いんです」
「…フレッド、私の所に遊びに来るのは構わない。だが、授業は放っては駄目だ。皆、お前に立派に育って欲しいから厳しくするんだ。賢いお前なら、分かってくれるな?」

ヴィンスがそう言った後、王子は目元を拭いはっきりと返事をした。
その姿は、この国の王族としてのオーラが漂っていたような気がする。

その日を境に、俺たちのお茶会に小さな狼が混ざる事が増えたのだった。
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